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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

リアクション


・因縁2


「とはいえ、まともに戦うのは厳しいですね」
 伊東が呟いた。
 二対十六。一人で八人を相手にするには、伊東にも藤堂にも難しい事だった。
「平助、向こう方々は任せましたよ」
 伊東の強さは、真宵土方がその身で味わっている。だが、藤堂の方はまだ未知数だ。
「起動!」
 が杖型の試作型兵器を起動する。
「みんな、少しの間でいい。頼んだ!」
 杖型の魔力融合型デバイスは、使用者の魔力に呼応し、それを増幅する事も出来るようだ。彼の魔力と一体となり、チャージされていく。
 さらに禁じられた言葉と禁忌の書の魔力をも上乗せする。
「はい、ご主人様」
 まず、真奈が応じた。
 敵は二人。
 弾幕援護でけん制を行う。
 その前方を、歌菜が駆けていく。
「へえ、こんな可愛い子も戦えるんだ。ちょっとやりずれーな」
 藤堂がぼやきながらも、抜刀する。
「いくよ!」
 構えるのは幻槍モノケロス。しかし、それによる攻撃は本命ではない。
「うわ、煙幕か?」
 煙幕ファンデーションで目晦ましを行う。
 その隙に、槍を突く。
「……なんてな」
 槍を弾き、歌菜の間合いに飛び込んでくる。
 そのまま、槍の上で刀を滑らせながら、斬りかかる。
「おっと!」
 そこへ遙遠の放ったサンダーブラストが落ちる。即座に飛び退き、再び構えをとる藤堂。
「けったいな術を使うもんだなあ。伊東さん、こりゃしんどいっすよ?」
 不満気な顔をしながら伊東を見遣る。
 だが、言葉とは裏腹に余裕はありそうだ。
「ならば、あんまり遊んでないで本気を出せばいいでしょう。相手を侮ると、身を滅ぼしますよ?」
「そりゃお前も同じだろが!」
 芹沢が日本刀を振り下ろす。それを軽く流す伊東。
 そのすぐ脇から、近藤が『虎徹』による一撃を浴びせようとする。
「遅い!」
 芹沢の刃を流しながら、そのまま近藤の刀を受ける。続いて近藤の影から土方が斬りかかるが、伊東は起用に受太刀から切り返しを行い、土方へ刀を滑らせていった。
「ちっ……」
 一時後退する。
「これなら、どうよ!」
 土方のパートナー、真宵が援護するため、ファイアストームを繰り出す。
「え……」
 その炎をいとも簡単に振り払い、伊東が接近する。が、彼女まであと一歩というところで、止まる。
「バカ、攻撃はいいから回復に専念しろ!」
 伊東が止まったのは、アルティマ・トゥーレを足下に放たれたからだ。だが、決して彼の足が凍ったわけではない。
「へえ、そんな事も出来るんですね」
 伊東が静かに足下の氷を払う。砕いた氷が土方達の身体を掠めるように。ただ刀を振るうだけのように見える動作だったが、ちゃんと氷が鋭くなるように計算してのことだった。
「流派に頼らないやり方をしたければ、これくらいはしませんと」
 この攻撃を除き、伊東は刀一本以外を使っていなかった。
 一切無駄な動作をせず、全ての攻撃を防いでいる。
「確かに俺のは我流だ。小奇麗な技や作法に拘っちゃいねえんだよ!」
 またもアルティマ・トゥーレを放つ。
「だから無駄だと……」
 それを再び防ぐ。
「半分我流の歳では相手にならないか。なら十全の理心流……そして『虎徹』が相手仕ろう」
 近藤が伊東に向けて言い放つ。しかし、彼もまた今の状態では伊東と渡り合うのは難しいと自覚している。
 だから、これはあくまで伊東を引き付けるための方便だ。
 近藤が抜刀する。
「何度やっても同じですよ」
 その背後から、今度は原田が槍を突き出した。
「気合の……一撃ッ!!」
 ヒロイックアサルトによる渾身の一突き。
「君達の攻撃は、既に見切っています」
「そいつはどうかな?」
 原田の槍を払おうという瞬間、土方が袖口に隠し持っていた退魔拳銃の引鉄を引いた。
 パァン、という音の直後、金属によって弾かれる音が響く。
「――ッ!」
 だが、銃弾は一発ではなかった。
 二連射のうち、後の方が伊東の右腿を撃ち抜いたのだ。
 さらに、追い討ちをかけるかのように奈落の鉄鎖で動きを封じようとする。
「私とした事が……」
 膝をつく伊東に、芹沢が刀を向ける。
「それが慢心ってもんだ。壬生の狼を舐めねぇ方がいい」
「芹沢さん!」
 藤堂が声を上げる。
「あなたの相手は、私よ!」
 歌菜が藤堂へ向かって槍を振るう。直後、しびれ粉を散布し、さらに動きを封じる。
「セット」
 陣の準備が完了したようだ。
「クウィンタプルパウア!」
 増幅した魔力の全てを一気に放出する。当然、攻撃対象は伊東と藤堂だ。二人が動きを止めた今がチャンスだ。
「爆ぜろ!」
 伊東、藤堂から仲間が離れたところで、一気にたたみかける。
 おそらく、合成魔獣すらも一発で仕留められる勢いだろう。
「終わった……か?」
 だが、煙の中から風が起こった。
「伏せろ!」
 それが誰の叫びだったかは分からない。だが、もし一瞬でも遅れていたら、上半身と下半身が分かれていただろう。
「さて、油断してるフリもこのくらいでいいでしょう」
 煙が晴れると、刀型の魔力融合型デバイスを手にした伊東と藤堂が姿を現した。
「ひやひやしたっすよ。伊東さん、いつになったらやる気出すのか分からないっすから」
 二人とも、こちらの力量を測るために、あえて普通に戦っていたのである。
 伊東は、敵対する相手が試作型兵器を持っている事など、予測済みだったのだ。
「皐月……獲物よこしな!」
 咄嗟にが声を上げる。敵が強力な武器を使い始めた以上、攻めないわけにはいかないのだ。
「……え? 私の銃を……気をつけてね、よすが」
 佐々良 皐月(ささら・さつき)が銃型の光条兵器を取り出し、縁に渡す。それに加えて、彼女や周囲の仲間にパワーブレスを施す。
「目には目を、でいきますか」
 遥遠が杖型の試作型兵器を起動する。彼が見据えるのは、藤堂だ。
 二人の刀は刀身そのものは日本刀のような形をしていた。だが、一度それを振るうと、真空波が発せられる。
 それは魔法さえも用意に切り裂くようだった。
 縁が放った光の銃弾が容易く落とされたのだ。
「どちらがより使いこなせるかが勝負ですね」
 伊東が動いた。
「兄さん!」
 が新撰組の面々のところへ飛び込んでいく。兵器の一撃は、致命傷を与えるのに十分だ。
 それを承知しながらも、真は器型の試作型兵器を起動した。
「左之助兄さん直伝……気合の……一撃っ!」
 デバイスに、ヒロイックアサルトを上乗せし、伊東を捉える。
「まだまだですね」
 伊東は一歩も動かず、ただ刀を振り下ろした。
「ぐ……あ……!」
 それはピンポイントで、真の兵器だけを消し飛ばした。直接兵器同士がぶつかれば、威力は相殺される。だが、魔力を纏わない部分というのが、魔力融合型デバイスには存在する。
 伊東はただそこを狙っただけだ。
「真!」
 原田が叫ぶ。
「伊東ォ!!」
 槍を構え、伊東を貫かんとする。だが、槍先が届く事はなかった。試作型兵器で薙ぎ払われたその部分は、形を残さず消滅していたのだ。
「さすがにやべぇな……」
 敵は武器を使いこなしている。芹沢が全快であっても、彼と互角に戦えるかは分からない。しかも、そんな相手が二人もいるのだ。
「仲間を傷つけさせはしませんよ」
 遥遠がサンダーブラスト、ブリザードで全体をけん制しながら藤堂に対し杖型デバイスを振り下ろす。
 その瞬間、杖は青白く輝いた――炎を帯びたのだ。
「うわ、あっちい!」
 藤堂はその杖を切断した。遥遠が握っている付近は、炎で包まれてはいない。そこを切り上げたのだ。ただ、それでも多少皮膚を掠めたようで、
「危うく指がなくなるとこだったわー。そんなもん振り回すの、やめとくれよ」
 同じ物を振り回しているのは、他ならぬ藤堂だ。ただし、刀だが。
「それじゃ、さよな――」
 そこへ、ヴィナがランスバレストを繰り出し、遥遠を離脱させる。
「……思っていたよりも、ずっと手強いね」
 遥遠にSPリチャージを施す。そして、ディフェンスシフトで防御体勢を取り、藤堂の攻撃に備える。
「次から次へと……勘弁しとくれよ」
 藤堂がこれまでとは異なる構えをとる。一気に決めるつもりだ。
「やぁぁあああああ!!」
 歌菜が、彼が刃を振るう前にカタをつけるべく、ヒロイックアサルトで高めた力で即天去私を繰り出す――槍型魔力融合デバイスで。
『――疾風!』
 それに対し、藤堂の一撃がぶつかる。その風はかまいたちとなり、歌菜の皮膚を切り裂く。
「絶対――負けない!」
 それでも槍を握る手を緩めなかった。
 しかし、ドンっと大きな音を立て、兵器は破損してしまう。藤堂の攻撃と、最大限の魔力のうねりに耐え切れなかったのだ。
 それは、藤堂も同じようで、二人とも弾き飛ばされてしまう。
「く……」
 藤堂のデバイスも、壊れる寸前だった。
「平助、何をしているのですか?」
 まだ余裕のある伊東が、彼に声をかける。
 芹沢や新撰組の顔ぶれは、もはや満身創痍だ。
「みんな……」
 皐月や、なぎこがヒールやリカバリーで傷ついた者達を癒していく。それでも、全員を完全回復させるには至らない。
「だから君はまだ青いままなんですよ。どんなに強い力を持っていようと、相手が格下だろうと、決して慢心してはいけませんよ。互角以上ならなおさらです」
 芹沢に視線を送る。
「ち、お前がここまでやるたぁな」
「私の力自体は、到底あなたには及びません。ただ、ものは使いようですよ。それが人であっても。それが上手いか下手か、あなたのその身体を引き抜いても、その差が一番大きいのですよ」
 伊東には一切の隙がなかった。肉体にも、精神にも。さらには相手の心理さえもついてくる。
 だが、そんな彼も完璧ではなかった。

 ――その言葉、そのまま返させて頂きますよ。

 伊東の影から、優梨子が飛び出してきた。狂血の黒影爪の効果だ。激闘を繰り広げている隙に、こっそりと入り込んだのである。十数人が入り乱れている中で、気配を完全に殺していた彼女を察知する事は、伊東にも藤堂にも――この場の誰にも出来なかった。
「な――!」
 優梨子はそのまま懐に入り込み、伊東を組み抑える。いくら兵器があろうと、この距離で振るえば自分もただではすまない。
「はじめまして。そして、さようなら――甲子太郎さん」
 吸精幻夜。
 伊東が動かなくなるまで、血を吸い続ける。
「伊東さん!」
 藤堂が駆け寄ろうとする。しかし、
「させないよ」
 ヴィナ達が立ち塞がる。
 そして、伊東は動かなくなった。
「この前の嬢ちゃんじゃねぇか。ほんと、とんでもねぇことしやがるぜ」
 鴨が呆れ気味に言い放つ。
「生きてらしたんですね、鴨さん」
 優梨子が芹沢に気付いた。今、彼がボロボロなのは、元を正せば彼女のせいである。
「しかし、今はそういう雰囲気ではないので……また今度ということで」
 彼女なりの挨拶なのだろう。それだけ言うと、すぐに彼から距離を置く。
「終わりましたよ」
「案外すんなりといったじゃねえか、お嬢」
 迷彩塗装と光学迷彩で潜伏していた蕪之進が、安堵していた。一応、優梨子が失敗した時は伊東を狙撃するつもりでもあったようだ。
「さて、あとはお前だけだな、平助」
 土方が藤堂の方を見遣る。
「浪士組だったお前が伊東についたとは、分からねぇもんだ」
 この人数相手に、藤堂一人では太刀打ち出来ない。
「く……俺は、まだ」
 その時、藤堂の姿が消える。何者かによって転送されたのだ。
「逃がしたか」
 だが、伊東は倒した。そのままこの場の者達は、傷の手当てを始める。
「あひるさん」
 芹沢に、なぎこが声をかける。なぜか名前を勘違いしているようだ。
「俺は鴨だ」
「この前は話も聞かずに帰っちゃってー。一緒にお怪我もなおしてあげようと思ってたんですよー!」
「はは、そしたらこんな苦労はしなかったな」
 ただ、芹沢の傷はそう簡単に癒えるものではなかった。
「それでね――」
 二人が話している最中、ゆらりと動く姿があった。
 伊東はまだ死んでいなかったのだ。
「ち……」
 伊東が最後の力で魔力融合型デバイスを振るおうとしたのだ。その一撃は、芹沢だけは殺せるよう、狙いを定められている。
 それが動こうとしたその時、

 キィン!

 伊東の刃が受け止められ、攻撃がわずかに逸れた。止めた者はかなりの痛手を被ったが。
「……お前」
 カガチだった。
「伊東、これで終いだ」
 土方が横たわる伊東に刀を突き立てた。今度こそ、本当に終わったのだ。
 だが、伊東の顔はなぜか満足げだった。
「鴨ちゃんよ、今はまだ死なれちゃ困るんだよねぇ」
 カガチが続ける。
「俺、実は剣始めて一年ちょいで、刀持ったのはもっと最近でさあ。そんな状態だったにも関わらず、まるで敵わなかった言い訳にするつもりじゃねぇが」
 彼は告げた。
「俺、強くなるからさあ、一年、いや三年、五年……えーと、十年くらい待ってもらってもいいすか。まあ、ともかく、そしたらもう一回やりあいましょうや、お互い万全な状態で。一度、本気のあんたと戦ってみてえんだ」
「死ぬかもしれねぇぞ?」
「構わねぇさ。俺あんたの事好きだし、全力出して負けんなら悔いはねぇ」
 これで、ヒラニプラで敗れて以来、言おうとした事は全て言えた。
「芹沢さん」
 続いて、今度が声を掛ける。
「今度、酒でもゆっくり酌み交わそう。いろいろ語りたいところだしな」
「ただ、普段の酒は控えとけ。いつも酔われてたんじゃかなわんぜ」
 まだ完全に打ち解けたわけではないが、そういう会話を交わす。
「どうした、原田?」
 一方、原田は何事かを考えているようだった。
「……いや、何でもねえさ」
 視線の先には、伊東の亡骸があった。
「伊東君の事は残念だが……平助は、出来る事ならこちらに戻ってもらいたいものだな」
 かつて、彼を裏切るような形で死に至らしめてしまった事を思い返す。
「平助なら、分かってくれると思うんだけどな」
 原田が気にかかっていたのは彼のことだったようだ。

 一つの因縁に終止符が打たれたものの、まだ彼らを取り巻く過去の因果は消える事はないようだ。