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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

リアクション


断章一


・3days ――動き出す影――


 三日前、シャンバラ地方某所。
 傀儡師とその協力者達は、「依頼主」のもとへ到着した。
「僕は一度失礼するよ。この腕をどうにかしないといけないからね。明日にはここに戻るよ」
 腕を直すため、傀儡師はその場を後にする。残されたのはヒラニプラから着いてきた協力者と、依頼主とその仲間だった。
 腰に日本刀らしきものを提げた、額に傷のある青年。
 どこか色素の薄い感じのする白いツインテールの髪に真紅の瞳を持った女性。
 そして最後の一人は――
「へえ、あんたが傀儡師――マキーナの雇い主かい?」
 駿河 北斗(するが・ほくと)がその人物と対峙する。
「いかにも」
 依頼主の顔を見据え、北斗は続ける。
「細けえこたあ良い。折角こんなとこまであんたを追って来たんだ。マキーナに協力した事に免じて二つ質問に答えてくれよ」
「何だ?」
 北斗は物怖じすることもなく、あっけらかんと質問を投げた。
「あんたはジェネシスの遺産の使い方を知ってんのか? そんでその遺産には俺達が使えるもんが含まれているのか?」
「無論だ。自分の造ったものである以上、使えるのは当然だろう。お前達が使えるものも存在する」
「それだけ聞けりゃ上等だ。あんた俺を雇わないか? 報酬は成功報酬だけでいい。もしあんたの目的が成ったら――」
 北斗はじっと依頼主と目を合わせる。
「俺達に力を寄越せ。それまで俺はあんたに力を貸す、ギブ&テイクだ」
 初めて対峙した目の前の人物相手に、あくまで対等に交渉を図ろうとする北斗。
「力を寄越せ、だが力を貸す。矛盾しているな。今のお前には何が出来る?」
 力を求めているということは、裏を返せば力不足を自覚しているということだ。今の力でどこまでの事が出来るのか、それは重要になってくる。
「またこれを言うのか……俺はダークヴァルキリーを倒したし、『研究所』の守護者も倒した。あの守護者ってのはジェネシスの成果の一つなんだろ?」
「ほう、『魔導力連動システム』に勝ったと? 面白い事を言う奴だ」
 まだその言葉を信じていないようだ。
「本当よ。あのシステムは強力だけど完全じゃない。だから私達は勝てた」
 クリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)が付け加える。
「私達は貴方の目的や動機を問わないわ。パラ実の流儀は力こそ正義。それが大荒野に住まう皆の絶対摂理」
 決して今、力を持っていないわけではない。ただ、更なる力を求めるのは当然であると彼女は言う。
「例えば、貴方がジェネシス・ワーズワース本人だろうと、彼の成果物であったとしても、私達にはそんな事は問題じゃない。貴方が持つ力と貴方の人格は関係がないから」
 依頼主は沈黙を保っていた。
「貴方が力と言う名の適切な報酬を払ってくれるなら、私達は仲良く出来る。駄目なら対立する。シンプルでしょ?」
 クリムリッテ、北斗の二人が依頼主と向かい合ったままである。緊迫した空気の中、黒幕は口を開いた。
「大した自信だ。対立しても勝算はある、と。だからこうして交渉をしていると。だが残念ながら、お前達と私達の力は対等ではない」
 次の瞬間には、二人が弾き飛ばされていた。一瞬の出来事だったために、理解が追いつかない。
「アール、そのくらいでいい。これが『力』の差というものだ、小僧、小娘」
 アールと呼ばれた真紅の瞳の女性が、何らかの力を使ったらしい。
「だが、その意気に免じて雇ってやろう。人手はあるに越した事はない」
 北斗達にとっては腑に落ちないが、結果的に交渉は成立した。
「ならば、私達も協力致しましょう」
 依頼主の言葉を受け、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)が申し出る。
「お前も力を欲するか?」
「いいえ、私が欲しいのはあくまでも知識です。今すぐに教えて貰おうとは思いません。私の事を信用出来るようになってからで結構です。そのために――貴方の邪魔をする者を排除致しましょう」
 彼が一番欲しいのは、ワーズワースの技術だ。それを手に入れるためならどこまでも下手に出るつもりでいる。
「『知識』ならここにある。それを与える事は難しくはないが、使いこなせるかはお前次第だ」
 教えはするが、それを理解し、使いこなせるようになるかは雄軒にかかっている。古代の技術は、決して一筋縄でいくものではないのであった。


            * * *
 
 二日前。
「……戻ったか、伊東」
 伊東 甲子太郎が姿を現した。しかし、彼は一人ではなかった。
「少々想定外の事が起こりました。しかし、エメラルド。アインはここに」
 彼に続き、メニエス・レイン(めにえす・れいん)ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)の三人が依頼主の眼前にやって来る。
 そしてエメラルドは身動きが取れないように縛られ、ミストラルに抱えられていた。
「まずはなぜアインの力が必要なのか、説明しないといけませんね」
 彼がメニエス達をある部屋に案内した。
「これは、何?」
 眼前にあるのは、ベッドに横たわる姿だった。
「ジェネシス・ワーズワースの『娘』ですよ。世界そのものを歪める力を持っています」
 それが如何なるものかは分からない。しかもほとんど死にかけている状態だ。
「では、戻りましょう」
 すぐにその部屋を後にする。あくまでも見せるだけであって、近づけさせようとはしない。
「では、改めて聞きましょう。アインをこちらに」
 伊東の声に応じ、メニエスはミストラルに指示しアインを引き渡す。
 エメラルドが依頼主に渡ったところで、メニエスが口を開いた。
「貴方、リヴァルトって名前の子供いない?」
 リヴァルトという名にその人物は反応した。
「息子にはいない」
「そう。ならいいわ。そんなことよりも、聞きたい事があるのよ」
 本題を告げる。
「魔導力連動システム、それと魔道書の事についてあたしは知りたいの。あの力はどういう仕組みになっているのかを」
 目の前の人物は表情一つ変えることなく、答える。
「システムを使うために必要なのは、膨大な魔力に耐えうる器だ。どうやらその条件は満たしているらしい。もっとも――」
 黒幕はメニエスの顔をじっと見据えた。
「我々は準備が出来次第、それの確保に向かうつもりだ」
「なんですって?」
 魔導力連動システムを我が物にしようとする彼女にとって、それは受け入れがたい事実だった。エメラルドを渡した上、このままだとシステムまでも目の前の黒幕が握る事になる。
「その力が必要なら、与えよう。アインをこちらへ渡してくれた礼だ」
「誰もあげるとは言ってないわよ。用が済んだらさっさと返してちょうだい」
 すぐにでもその場所へ向かいたいところだが、手ぶらで行くわけにもいかない。
「場所はパラミタ内海付近だ。先に行くというのなら止めはしない。もっとも――」
 伊東と傷の青年が刀に手を伸ばす。
「ここを力ずくで抜けられればの話だが」
 さらにこの場では紅眼の女、雄軒、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)も見守っている。
 メニエス達は強い部類に入るとはいえ、ここでリスクのある行動をとろうとはしない。
「アインはシステムを確保した後、くれてやろう。同時にお前はシステムの加護を手に入れる。条件としては悪くないはずだが」
 その真意は図れない。それは、例えそれだけのものをメニエスに与えたとしても、自分達が依然として優位だとでも言うかのようだった。
 彼女としては、このまましばらく目の前の人物と行動し、システムを確保する方がリスクは少ない。
(こっちにも手はあるのよ)
 壁沿いでじっと待機しているナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)を見遣る。自分と傀儡師の依頼主との会話を観察しているようだが、実際のところは分からない。特に何もする気配はないが、後の事に備えて敵戦力を見極めようとしている可能性だってある。
「魔道書についてはまだだったな――アール」
 件の人物が紅眼の女を呼び寄せ、メニエスに向けて紹介する。
「『全能の書』アールマハト、私のパートナーだ」
 女は無表情でメニエスを直視した。
 ここで彼女は悟る。自分が求めるものは、既に敵の手中にある事を。しかし、そこで諦める彼女ではない。
(自分の方が上だと思ってられるのは今のうちよ。全部、あたしが奪ってあげる!)