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リアクション
第九章 捕獲報告を受けた工房と、その付近での迷子たちと。
「……で、どうだったのです?」
通話中だった電話を切ってすぐ、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が問いかけた。
「人形、見つかったって」
「そうですか。それは何より」
「だからなんなりと依頼してくれていいよ。心配しなくても質を落とすようなことはしない」
「あら、私の心配をよくご存じで。では妹たちへの人形作成をお願いしましょうか」
「了解。どんなのを作ればいい?」
「と、思いましたがその前に質問させていただいてよろしいかしら?」
「何?」
「どうしてあなた、そんなつまらなそうな顔をしてらっしゃいますの?」
固定電話の子機を指定箇所に戻すリンスへと、亜璃珠が指摘する。
「つまらない顔なのは元からだけど」
なんてこともなく、リンスは言葉を返した。「そうではなくて」と亜璃珠は否定し、
「この結果が不満そうというか……。いえ、踏み込み過ぎですわね。お気になさらないで。
では人形はお任せしましたわ。完成し次第連絡をいただければ引き取りに参りますので」
そんなことを言いだせるほど親密な仲ではないな、と言いかけた言葉を自戒して、亜璃珠は席を立った。家に帰って、妹たちに今日のことを報告してあげよう。きっと楽しんで聞いてくれる。
「……これ、俺の独り言なんだけど」
工房のドアへと向かう足が、リンスの一言によって止められた。
「なんだろう。俺はほら、ああやって魂を込めちゃったりとかよくするわけでさ。そうしてると、ぼんやりとその魂のことがわかってくるんだよ。胡散臭いからあんまり人には言わないんだけど」
本当に胡散臭いわね、と思いつつ、黙って聞く。
「今回、逃げた人形に入った魂は、モチーフの子のものなんかじゃないんだよ。むしろその子だったら外に出たがらないと思うから。事故死じゃ外を歩くの怖いよね」
何を言っているのか、あまりわからない。本人が先に明言したように独り言なのだから、仕方のないことだろうがもう少し親切な独り言にしてくれてもいいのではないか。思いつつも、足は止めたままだ。聞いていてくれと言われたわけでもないのに。
「人形に入った魂はね。短い生涯を外に出ることなく終えてしまった女の子。
だから見るもの全てが新しくて、出来事全てが楽しくて、きっと友達なんかも初めてで。
本当は帰ってきたくなんてないんだ」
「……でもそれじゃあ、リンスさんが困るのでしょう? 納品できないなんて、依頼主の方も困ってしまいます」
「困るね。でも、その魂を入れちゃったのは俺だから。何もしないで『おかえり、さあその身体から出て行って』なんて言うのは酷いんじゃないかな、って」
リンスの声のトーンが、今までのものと変わっていた。
振り返ると、リンスは作業机に肘をついて俯いていて。表情は、見えなかった。
「なら、どうしたいと言うのです?」
「せめて彼女の望み通りのことをしてあげたいかなって。
電話でね、あの子は遊びたがってるって言ってたんだ」
それを聞いて、ああもう、と思った。
「……仕方ないですわね」
「?」
「私がその子と遊ぶのに協力してあげます。元から人形捜索には関わるつもりでしたし……それがちょっと変わっただけです。そうやって遊んであげれば、リンスさんが心配しているように、未練のあるまま魂を還す、なんてことにはならずに済むでしょう?」
「迷惑じゃないの?」
「……知りません、そんなこと」
ふい、とそっぽを向く。背後でリンスが笑んだような気配がした。
「崩城は優しいね」
「冗談はやめてくださいません? きちんと下心もあります」
「何それ」
「妹たちへの人形。とても素敵なものに仕上げると約束してください」
「もちろん。最高の物を作るよ」
「よろしい。では、私は人形さんの許へ向かいますわ。また後日お会いしましょう」
「うん。ありがと」
亜璃珠が去っていった工房で、リンスは呟く。
「なんで今日の来訪者はこんなに俺の表情や感情を読むのが上手いんだろうね。謎だね」
そんなに俺はわかりやすかったかなあ、と天井を仰ぎ見ながら。
*...***...*
「それがしオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)、リンスきゅんの御危機を聞き、タシガン島より 泳 い で 参 っ た !!!」
との宣言を受けて、リンスが返した言葉は、
「え、鯉って海水無理でしょ?」
「………………」
「淡水魚だから」
「……っは! 鯉の空回りやべーっスねー? ていうか恋の空回り? リンスきゅんって。へーへー、ほー? そーゆー想いっスか? いいっスねー、当たって砕けて迎撃されろ、それか死ね」
リンスのツッコミを聞いて、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は茶化しに茶化す。
「まぁほら俺様介錯で参ったしぃ。早く玉砕しろよ?」
「む、ぁ、貴様……! それがしの三分の一くらいの純情な感情を馬鹿にするとは……!」
「純情だろうがああ無情だろうがなんでもいいんだけどぉ」
「それがしはだな! 友人の危機に!!」
「けど、メールもらったの俺様だしぃ。しかもリンスきゅんじゃなくて高原からだしぃ〜」
「た、助けに来たのは事実である!」
光一郎に並べられた言葉に、顔を真っ赤にして肩をプルプルとさせるオットーをひとしきり笑い、ぐりんと振り返りリンスを見た。一方的に繰り広げられている漫才……のようなものを目の当たりにして、リアクションを返せずにいるリンスに、
「で、リンスきゅん? この鯉のこと知ってるんスか?」
質問。
「………………」
そして、間。
それが答えであると、光一郎は悟って大笑いした。
「ダメじゃん! 鯉、超ダメじゃん!! 空回りもいいとこっスよねぇ? アンタ誰状態!! 本当に会ったことあるんスか? 妄想なんじゃん?」
「り、リンスきゅん……」
プルプルしながらリンスを見上げたオットーに、リンスはぎこちなく微笑んだ。気を遣っていることは、傍目にも明らかである。
「俺としては、好意を寄せられるのは嬉しいよ。うん、鯉相手でも」
「で、本音はぁ?」
「まあ、できることなら人型の方が」
光一郎の促しにうっかり答えると、オットーが撃沈した。「あー……」と困ったように唸るリンスに、「気にしなくていいっスよいつもの弄り愛って建前のイジメっスから〜」と光一郎は気軽に言う。
オットーは、「む、これは同属……いや、仇敵パンツ番長の気配!」バツの悪さを隠すように、あるいは心の底からそう思っているように、先程までのプルプル顔から一転、真面目な顔で走り去って行った。
見届けてから、
「で、ね? マジ話していーっスか?」
ずりずりと椅子を引きずって来て、光一郎が椅子に座る。足を組んで、指も組んだ。
安楽椅子探偵。そんな言葉がぼんやり浮かぶ。
「俺様冷やかしのつもりで来たんですけどー、鯉がご執心なリンスくん? 彼、もっと能面とかオーメンとか、アーメンイケメン鉛直面? はたまたノーメンクラトゥーラ? だったわけでしょ?」
「俺は貴族じゃないよ」
「なんで知ってるんスか。ボケ殺しかよ。……まぁいいや。
それはさておき、前はもーっと無表情だったんじゃね? なんで今そんなに憑き物が落ちたかのよーに表情作れてるんスか?
ねえ、今回人形に吹き込んだ魂って、何?」
「安楽椅子探偵に、俺からも質問したいんだけど」
「何スか?」
「まず、俺はきみたちのことを知らない」
「そっスね、鯉が玉砕してたしぃ?」
「じゃあきみたちは……いや、俺に好意を寄せてる鯉はともかく、どうしてきみは俺の無表情さを知ってるって? まさかきみが俺に好意を寄せているとも思えないし。好意も興味もない相手の表情なんて、知るはずないでしょ?」
「……ち、俺様の冴え渡る名推理の披露がこんな形で打ち切りを迎えるとは」
やってくれるじゃん、と椅子の背もたれに身体を預けた。ギシッ、と軋んだ音を立てる。
「大当たりっスよ。俺様は場を掻き乱して鯉の恋路を邪魔してみたかっただけだしぃ」
なんで帰るしぃ、と使った椅子をそのままに、光一郎は入口へ向かう。
「あ、でも」
途中で一度振り返り、光一郎の使用済みの椅子を片付けているリンスに、悪戯っぽく笑い、
「あんたに興味は持ったしぃ? また遊びに来ますよ、鯉とね」
言い残して去って行った。
*...***...*
「お人形さん、無事に見つかったんですねぇ、よかったですぅ〜」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が微笑んだ。
「すぐに戻られるのですか? 一度お会いしてみたいですわ」
紅茶を淹れながら言ったのは、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)だ。お手製のパウンドケーキも皿に乗せて持ってくる。
「でさ、どうして逃げ出しちゃったの?」
それに手をつけながら、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が疑問符を浮かべた。リンスに問いかける。
「外で遊びたかったんだって」
それに対して簡潔に答え、リンスは紅茶を飲んだ。
「遊びたかったなら、僕たちも遊んであげられたね」
「そうですわね。わたくし、小さな子と遊ぶの好きですわ」
「私も好きですぅ。小さい子、可愛いです☆ お写真を見る限り、とっても可愛い子みたいですしねぇ〜」
写真を見ながら、メイベルは彼女が今、どのあたりに居るのかと想いを馳せる。その様子に気付いたらしいフィリッパが、
「リンス様、彼女は今どこで遊んでらっしゃるのですか?」
「さっき高原からもらった電話では……」
地図を取り出して、指先で辿る。三人の視線が地図に向かった。
「このあたりで遊んでるって」
大きな噴水があることで知られる広場を指差すと「ここでしたらそう遠くないですわね」フィリッパがメイベルに向けて微笑んだ。メイベルが「ふぇ?」きょとんとした声を出す。
「つまり、僕たちも今から行って彼女と遊ぼう、ってことでしょ?」
フィリッパの言葉を補足するように、セシリアが言った。頷くフィリッパ。
「行ってもいいですかぁ?」
メイベルは、大きな瞳をきらきらと輝かせて、セシリアとフィリッパに問う。
「たまにはいいよね、みんなで遊ぶのも」
「ええ、構いませんわ」
二人の肯定を受け、次にメイベルはリンスを見た。
「リンスさん、遊んできてもいいですか?」
「行ってらっしゃい。転ばないようにね」
そして返答を聞いてすぐに立ち上がった。るん、という擬音と、音符が飛び交うのが見えるような足取り。
セシリアとフィリッパは顔を見合わせて笑ってから、席を立ちリンスに一礼してから工房を出て行った。
*...***...*
メイベルらと入れ替わりに、工房入口でうろうろしていた挙動不審な少女――グラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)が恐る恐ると言った足取りで、工房に入ってきた。
けれどすぐ、工房内に広がる数々の人形に、圧倒されたように立ち止まり息を飲む。
「客?」
現実に引き戻したのはリンスの声で、また少しおろおろと挙動不審になりかけ――て、しっかりとした足取りでリンスの前まで歩いてきた。
「主が、人形作りを依頼してると思うのですが」
「主って?」
「沢渡 真言(さわたり・まこと)」
「うん、してる。執事的な人形、だったかな。早く作れって催促に?」
問い掛けに、グランはふるふると頭を振った。乳白金の髪がふわりと揺れる。そして言いづらそうに口を数回はくはくと動かしてから、
「……、私も、リンス殿に人形を作ってほしくて。来たんです」
恥ずかしさだとか、どこかに潜んだ後ろめたさだとか。
そんな想いとともに重大決心。やっと言えた。そんな一言に、
「うん、わかった」
あっさり肯定されて、少し肩の力が抜ける。
「いいのですか、そんな安請け合いするような……」
同時に、少し心配になって目の前の人形師に問いかけた。人形師は、「ん」と相槌とも疑問符とも肯定の言葉ともつかない不明瞭な言葉を発してから、
「客は選んでるから、これでも」
そう言われて、言葉に詰まった。
リンスの表情は変わっていないのに、微笑んでいる、と思った。
「どんな人形がいい?」
「主がリンス殿に依頼しているのと、同じように……両手で抱き締められるサイズ。でも、私よりも小さな人形」
了解、と言いながらリンスが紙に詳細を書いていく。
「あと、できたら主そっくりなのがいい。……これは、主には内緒」
「沢渡のこと、好きなんだね」
「……大好き」
グランは、照れたように笑って言った。
*...***...*
「何かお助けしたいのですけど……申し訳御座いません」
工房に入ってくるなりテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)はぺこりと頭を下げた。リンスが目を丸くする。まあ珍しく表情を変えるものだと少し伺い見ていると、
「何、どうして謝るの。とりあえず座りなよ」
椅子に座るようにリンスに促された。テスラは座るかどうかで一瞬、迷う。
と、リンスがじっとテスラの目を見てきた。座れ、と言っている。テスラはリンスの隣に椅子を引いて、座ることにした。
「リンスくんが困っていると聞きましたが、私、目が不自由ですので。人形を捜すことができなくて」
「困っているのに何も出来なくて、って?」
「はい」
理由を述べて、うなだれて。
「……かくれんぼでしたら、目に頼らないだけ私にも分があるのですけれど」
「マグメルまで隠れてどうするの」
苦く笑うと、ツッコまれた。
かくれんぼとして少しの間隠れるならともかく、ずっと隠れていたら。そして見つからなかったら。
「……どうしましょうね? リンスくん、見つけてくださいますか?」
「じゃあすっごく頑張ってソッコー仕事片付けて、見つけてあげる」
「うーん、ならいいです」
「何でさ」
「リンスくん、もう充分頑張っていますから、それ以上頑張らせるわけにはいけませんもの」
「努力家が努力するなみたいなこと言うなって」
「ふふ」
でも、この友人が、たくさんの努力をしていることは知っている。
そういう、自分に似たようなものを感じたから、今こうして友人として接せているのだから。
「ああそうだ。捜せないこと、気に病まないでね。もう見つかったみたいだから」
「そうなんですか?」
「噴水公園あたりで遊んでるんだって。夕暮れまで」
「あら、じゃあ私迎えに行って参りますわ」
「そう?」
「ええ。遊び疲れた子供が、自然と家に帰りたくなるような歌を口ずさみながら向かいます」
「じゃ、お願いするよ。迷子にならないでね」
リンスの言葉に頷いて、テスラが立ちあがった。
行ってらっしゃい、と手を振るリンスに、行ってきます、と手を振り返して。
テスラは公園までの道を、のんびりとした足取りで歩いた。
*...***...*
「人形さん逃げちゃったんだってねー」
鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)の言葉に、クロス・レッドドール(くろす・れっどどーる)がこくんと頷いた。
「お人形。クロスもお人形なの」
「クロスちゃんもお人形だね」
「主様、クロスが居なくなったら捜す?」
「もちろんだよ! ボク、クロスちゃんが居ないとイヤだもん」
「ん」
にこにこと笑う氷雨に、クロスは少し満足そうに頷く。
「でも主様に捜させたら……、主様が居なくなっちゃいそう」
「えー? どういう意味?」
「そのまま……」
言ってから、不意に、視線を後方にやった。
二人の後ろを、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)がぼんやりとしながら歩いている。一緒に人形を捜しに来たが、最初の頃こそ「リンスさん寂しそうだった……」と呟いていたが、今ではすっかり無言である。
「リースちゃん?」
氷雨が歩くスピードを落とし、リースの隣に立って歩く。クロスが前を歩く形になって、それは嫌だと同じように歩くスピードを落とした。
先頭を、氷雨と、ぼんやりしたリース。後ろに、自分。
「リースちゃん、ぼんやりー」
返事がないことにもめげずに明るく笑って、氷雨が歩く。
氷雨の足は、道なりに歩くという言葉を知らないように、まっすぐ、たまに曲がり、どんどん変な道へと向かって行った。さすがにクロスは不安になって、
「ねえ主様待って。そこ道ないよ」
声をかける。
「え? でも歩けるよ? 歩ければそこは道だよ!」
「そういう意味じゃないよ。そこ通っていったら迷子になるよ」
「大丈夫だよ。こういうときは勘で行くのが一番だよ!」
「主様の勘、方向に関しては当たったことないよね? だから、素直に普通の道を歩こうよ。ほら、そっち街道だよ?」
「問題なし! 最終的に見つかればいいんだし、いざ迷ってもリースちゃんが居るし、クロスちゃんも居るし、心配ないよ。よーし、次はこっちの道だー♪」
かけた声をことごとく前向きに、そして見当外れに捉える氷雨にクロスはため息を吐いた。方向転換しようにも、いつの間にか氷雨が自分の手をしっかり握っていてそれもできない。
「ねえ、貴方もボーっとしてないで何か言ってよ」
クロスと同じく、氷雨に手をつながれたまま歩くリースに声をかけても、何も言わない。そもそも声は聴こえているのだろうか。自分の世界に没頭しているようで、全然ダメだ。再び、ため息。
ああ、どんどん道なき道に向かって行く……。
さて、氷雨の隣を歩いていたリースといえば、思考の渦に埋没していた。
パラミタに来る前、人形のように扱われた自分と、逃げた人形を重ねて。
逃げ出したい、自由になりたい、そんな気持ちを、わかるなぁ、と同調させて。
過去のことを、ずるずると思い出していた。
リースは、高名な魔術師の家に生まれた。
けれど、生まれつき魔力がなくて、何回練習しても魔法を使うことはおろか、覚えることすらできなかった。
そのうち親はリースのことをいないものとして扱うようになった。
話しかけても答えがない。笑いかけても反応がない。そのくせ、外に出ることは禁じた。
軟禁。
その言葉の通りで、狂うかと思った。壊れるかと思った。
出して! ここから出して!
私を見て! ここに居るんだよ!?
その叫びに応えてくれたのは姉だけで。
姉のおかげで、自分を繋ぎとめられた。壊れずに、済んだ。
姉は優しくて、外の世界の話を毎日聞かせてくれて。
その話に憧れて、外に出られる姉を羨んで、外に出たいと願って、それは叶わずに終わって。
ふる、とリースは頭を振った。違う、違う。今こうして外に居る。叶っている。
前を向いた。ここは外だ。今、私は自由。
「やっぱり自由に外を見られるのって、幸せだよね。お人形さんもそう思ったのかな……」
独り言のように呟いたら、横からため息が聞こえた。
氷雨のパートナーのクロスが、いつもの無表情にうっすらと不快感のようなものを浮かべている。
「……え、どうしたの?」
「自由……。周りを見て。今クロスたちは、自由じゃない」
クロスに促されて周囲を見渡した。木。木。木。森の中。
沈黙。
「ちょ、ちょっと氷雨君!? なんでこんな道のないようなところで立ち往生してるの?」
「あ、リースちゃんおはよう」
「おはよう?」
「ぼーっとしてたから、おねむだったのかなーって」
おねむ、というわけではなかったが。しかし自分はどれくらい過去に溺れていたのだろうか。ここがどこなのかさっぱり見当がつかない。
「主様、今はそんな場合じゃないよ。ここ、どこなの?」
その気持ちを代弁するようにクロスが言う。
「……えっと、ここ、どこだと思う?
「だから言ったのに。主様がクロスの話聞いてくれないから……ここが何処かなんてクロスもわからないよ……」
ため息、ため息。氷雨だけ「困ったねー」とさして困っていなさそうに笑った。
「アハハ、お人形さんを捜すより、ボク達は帰り道を探さないとねー」
その底抜けに明るい声に、脱力。
どうやって帰ろうか。
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