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幽霊船を追え! 卜部先生出撃します!!

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幽霊船を追え! 卜部先生出撃します!!

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chapter .3 潜入 


 幽霊船へと向かう船の中。
 本郷 翔(ほんごう・かける)は泪に、現時点での生徒の数と居場所を聞いてまとめていた。
「本当は私がするべきことなのに、なんだかすみません」
 申し訳なさそうに言う泪に、翔は穏やかな口ぶりで答えた。
「いえ、卜部先生のお役に立つこと、そして集団が円滑に動けるようにすることが私は嬉しいのですから、どうかお気になさらずに」
 口を動かしながらも、ペンを持つ手は絶えず動いている。翔は手際良く生徒たちの名簿をつくると、それを眺めてから泪に話しかけた。
「どうやら現時点で船に向かった先組は10名にも満たないようですね。もしかしたら先組が遭遇していないだけで、既に船にいる方もいるのかもしれませんけれど」
「そうですか……色々とまとめてくださって、ありがとうございます」
 心だけ急いても、船のスピードには限界がある。ここにいる誰もがそれを分かっていたが、沸き立つ不安を泪含めほとんどの者が感じていた。
「卜部先生」
 そんな気配を察してか、翔はどこからともなくティーセットを取り出した。
「今のうちに、たっぷり落ち着いておくことも必要です。お茶でもいかがですか?」
 翔が差し出したティーカップからは、気持ちを安心させるようなハーブの香りが漂っている。
「あ、ありがとうございます。なんだかほっとする匂いです」
「他の皆様も、どうぞ」
 翔がスムーズに場を設け、次々とお茶を注いでいくと船内は一気に優しい空気で満たされた。過度な焦りや緊張は、思わぬ失敗を招きかねない。そう感じていた翔は強張った雰囲気がほぐれていくのを実感し、上手くサポート出来たと胸を撫で下ろしていた。

 翔の用意したお茶を飲みながらも、影野 陽太(かげの・ようた)は銃型HCを使い先組との通信が出来ないかと手持ちの機器をいじっていた。
 ユビキタスにより幽霊船の情報を収集しようとしていた陽太だったが、何度挑戦しても通信が切れてしまい、うまくネットに繋げないようだった。
「この近くは、もしかして電波があまり良くないところなんでしょうか……?」
 もう一度、接続を試みる。携帯を取り出した陽太だったが、微かにその手が震えているのか、手を滑らせて携帯を床に落としてしまう。
「あっ」
 カシャン、と音を立てた携帯を、慌てて陽太は拾う。その震えの正体を彼は、自分で分かっていた。
それは、危険な場所へ赴くのだというシンプルな恐怖心。
 コントラクターといえども、全てが勇敢な者ばかりではない。陽太もまたそのひとりだったが、同じ学校の生徒を見捨てることは出来ないという思い――そして何より自分が思う人に認めてもらえるよう懸命に恐怖と向き合っていたのだ。
「落ち着いて、落ち着いて……ええと、通信が限定されるっていうことは……」
 陽太は根回しをあらかじめし、先組と情報交換をしようとしていた。が、通信が不可なら向こうからの連絡も来る確立は極めて低い。陽太は止むを得ず通信による船の情報入手を諦め、自らの特技「捜索」を用いて船の正確な位置を把握しようと努めた。



 やがて泪たちを乗せた船も霧の付近まで来ると、一旦泪は船を止めた。
「思ったよりも霧が濃いですね……」
 まだ泪たちから船の影は見えない。霧の発生地帯まで来たは良いものの、どう航路を取るか一行が頭を悩ませていた時だった。捜索を行っていた陽太が、霧の奥にそれらしきシルエットを見た。
「あれは……卜部先生! 幽霊船が出てきたかもしれません!」
 陽太は小型飛空艇を持ち出し船から出ると、船上を軽く旋回した。
「やっぱり、そうみたいです!」
 確認を終えた陽太が船に戻ると、船は波間を掻き分けシルエットの方に進んだ。
間もなく、その輪郭が段々とはっきりしてきて一行の前に船が現れた。
「いよいよですね」
 泪や何人かの生徒が目の前に現れた大きな船を前に、ごくりと唾を飲んだ。そんな泪に、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が話しかける。
「先生でも緊張するのね。いえ……ここは先生じゃなく、戦場レポーターと言うべきかしら?」
「え……?」
振り向いた泪に、ローザマリアはすっと手を差し伸べた。
「数多の戦場を駆けてきたという伝説的な日本人レポーター、お目にかかれて光栄よ。教え子を助けたいということなら、喜んで手を貸すから」
 一瞬戸惑いの表情を浮かべたものの、泪はローザマリアの手を握り返した。握手を交わしたローザマリアは、その手を離すとそのまま泪の肩に手を置いた。
「けれど、くれぐれも勇敢と無謀のボーダーラインを錯覚しないで。それを見極められなかった戦場レポーターが、悲劇的な結末になったケースも知らないわけじゃないから」
 どうやら彼女もまた、様々な戦地を見てきたらしい。ローザマリアは踵を返すと、眼前の船に目を向けた。泪の船が幽霊船に架けた船橋へと進んだ彼女は、パートナーたちの名前を呼んだ。
「グロリアーナ! 菊!」
 それをあらかじめ察していたかのように、ローザマリアの傍へグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)上杉 菊(うえすぎ・きく)がやってくる。
「私たちが先頭で乗り込む。大丈夫そうなら後からついてきて。その後私たちは殿となって全員の背後を守るから」
 それだけを言い残し、スタスタと船橋を歩いていくローザマリア。幽霊船へと乗り込む直前で、菊がそんなローザマリアに声をかけた。
「御方様、そういえば典韋様のお姿が見えませんが、この船にいるのでしょうか」
「……幽霊船なんてあるわけない、とか言って出てったきり見てないわね確かに。変なことになってないといいけど」
 そして3人はついに、幽霊船の甲板に足をつけた。途端に、薄気味悪い、ぞわっとした空気が辺りを包む。3人は隠れ身、殺気看破、超感覚それぞれのスキルを駆使し周囲の警戒に当たった。
「はっきりとした気配は感じない。けれど、何かがにおう。どうも目的を達成するためには、虎穴に入らざるをえないようね」
 ローザマリアは人手が必要と感じ、船橋へ戻ると泪たちを呼び寄せた。差し当たって現時点で危険な状況にはないとの判断からだろう。
 甲板へと降り立った一行は、ローザマリアたち同様鳥肌の立ちそうな悪寒を全身に感じる。中には見るからに怯え、体を小刻みに震わせている者もいた。
「ふむ、意外と皆幽霊に気後れしているようだの」
 その様子を見ていたグロリアーナが誰に言うでもなくぽつりと漏らす。ローザマリアは周囲に視線を向け警戒を続けたまま彼女の言葉に反応を示した。
「あら、グロリアーナは平気なの?」
「何を今更。イギリス人は怪談も幽霊も大好きだぞ? 王族の心霊話が好まれるほど、わらわの国は怪談が好きなのだ。ローザこそ、軍隊で幽霊相手の訓練はしたことがあるのか?」
「さすがにこの状況を想定した訓練はしたことがないわね。幽霊船の制圧なんてまったくの未経験よ。もっとも、やってやれないことはない……Yes,we canってヤツね」
「ふふ、幽霊に怯んではいないようだの。はてさて、先ほど菊媛も言っていたが、典韋はいずこかの」
 軽口を言い合いながらも、絶えず周囲に目を光らせているふたり。そこに、菊も混じった。
「やはりこの雰囲気にあてられている方もいるようですね。特にあちらの方、大丈夫でしょうか……?」
 菊が目を向けた先には、冷や汗をかきおたおたとしている羽入 勇(はにゅう・いさみ)がいた。
「るっ、泪せんせー! い、いよいよ幽霊船に乗りましたねっ!」
 泪に話しかけるその声は、震え、言葉も噛み気味になっていた。
報道カメラマンを志している彼女にとって、アナウンサーでありレポーターでもある泪の存在は強い憧れの対象であった。その憧れの人から連絡が来たとあって興奮しながら合流したは良いものの、心霊現象が苦手な彼女にとって幽霊船はアウェー以外の何物でもなかった。
「せ、せんせーゆっくり、ゆっくり歩こう?」
 勇は泪の服の裾をぎゅっと掴み、すっかり怯えきっている。憧れの人を前にしてこのような姿を見られるのは恥ずかしいという気持ちもあったが、それ以上に勇は怖い気持ちでいっぱいのようだった。
「せ、せんせー?」
 ふと泪の足が止まり、つられて止まった勇は泪を見上げた。
「……あれ、せんせー?」
 泪も、よく見ると冷や汗をうっすらかいていた。心なしか、顔も青白いように見える。勇同様、泪も心霊現象が苦手なようだった。飛んで火に入る女子のアナとは正にこのことである。
「だ、大丈夫ですよ、幽霊とかそういうものは非現実的なものでですね、実在するかというと決してそういうことはなくてですね」
 いつもテレビで見せている流暢さはどこへやら、泪はあからさまにうろたえていた。
 勇はここでいいところを見せなければ、と思ったのか、顔を上げて調査に乗り出した。
「あっ、今あそこの窓で何か動いたような!」
 割れた窓に風が吹き込んでカーテンが揺れただけなのだが、勇はこの世のものではない何かを見たような反応をする。
「えっ、な、何かってその、お化けとかそういうアレでは、いやでもそんなはずはっ」
「で、ですよねせんせー! たぶん気のせいです!」
 早々と歩みを止め、勇と泪は互いの体を寄せ合って震えていた。
 そんなふたりを、勇のパートナーラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)が優しくあやした。
「ふたりとも、あれはカーテンが揺れてるだけですよ」
 安心させようと勇の肩に手を置くラルフ。さらに彼は、パートナーを落ち着かせるべく手を背中に回しそっと撫でながら言った。
「もしお化けが出てきたら浄化してあげますから。ね? 大丈夫、もう怖くありませんよ」
「……ほんと? 約束だよ?」
 まだ瞳に不安を滲ませている勇だったが、ラルフの微笑みが少しずつ彼女の心を和らげていった。
 ちなみにふたりの隣では泪が、「で、ですよね、カーテンですよね。いえ、分かっていましたけれどねっ」とバレバレな強がりを見せており、そんな泪を見たラルフはまた溜め息と共に目尻を下げるのだった。

 泪や数名の生徒がどうにか気持ちを落ち着かせようと四苦八苦している間、一部の生徒たちは先に甲板から船の中へと入り込んでいた。
 葛葉 翔(くずのは・しょう)ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)、それに朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)と千歳のパートナーイルマ・レスト(いるま・れすと)らは、殺気看破を使いながら前へ進んでいた。
「おーい、小谷愛美ー、いるかー」
 翔が大声になりすぎぬよう気をつけながら周りに呼びかけると、千歳もライトをかざし、愛美たちの捜索に当たった。
「まったく……あの娘は一体何度行方不明になれば気が済むのですか」
 イルマが呟くと、千歳はさも当然のように言葉を返した。
「確かに心霊スポットにほいほい近付いたのは褒められたことではない……が、幽霊が相手では仕方ないだろう。抵抗する術がないからな」
「……千歳、幽霊とかそういった怪談のほとんどは作り話ですわ。おおかた学生の好奇心を利用して、人さらいを目論んだりしている者の仕業でしょう。誰が何の目的でそんなことをしているのかは分かりませんけれど」
「イルマ、幽霊は実在するぞ。現に水辺というのは霊が集まりやすい場所として……」
 神社の娘として生まれ育ったという千歳にとって、こういった類の話はとても身近なものらしい。つい口数が増えてしまった千歳は、軽く咳払いをひとつして話題を変えた。
「それにしてもイルマ、暗いところが苦手なはずだったのによくここまでついてきたなあ」
「千歳をひとりで行かせるわけにはいきませんから」
「……そうか」
 千歳が僅かに口元を緩ませた。直後、イルマが千歳に物申した。
「それはそうと千歳、もう少しライトの明るさをこう、強めに。ほら、明るい方が捜索もしやすいでしょう?」
「……やっぱり怖かったんだな」
 ふたりのやりとりを聞いていたザカコは、やりきれないという思いを心に抱いていた。
「もしもさっきの話のように、好奇心やロマン、そういったものを利用している者がいたとしたら……許せませんね」
 ザカコは小さく呟くと、光学迷彩を発動させずっと姿を消した。
「何をするつもりだ?」
 翔が尋ねると、透明になったザカコが答える。
「とりあえず船長室あたりを目指して向かいます。重要な何かがあるとしたらやっぱりそこでしょうから」
「……分かった。気をつけろよ」
 そして、ザカコは単身船長室へと向かっていった。
「さて、と。俺たちもこの船の正体を暴かないとな」
 翔が再び前を向く。そこには、頑丈そうな扉が待ち構えていた。手でドアノブを回してみる翔だったが、内側から鍵がかかっているのか扉は開く様子がない。
「ちっ、仕方ねえ。いいか、中から何か出てきたらとりあえず離れろよ」
 翔は千歳とイルマに告げてから、グレートソードをずんと構えた。ふたりがドアから少し距離を置いたことを確認すると、翔は勢いよくそれを振り下ろす。
 ばきっ、という破壊音と共にドアが壊れる。同時に、扉の向こうから到底3人では敵わないほどのゾンビが現れた。
「っ!?」
 逃げろ。そう声を上げるより先に、3人は扉に背を向けると全速力で来た道を走り抜けた。