校長室
学生たちの休日4
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★ ★ ★ 「やれやれ、思った通りにひどい有様であるのだな」 焼け野原となった森を耕して植樹の範囲を広げながらマコト・闇音(まこと・やみね)がつぶやいた。 メイコ・雷動には内緒で、少しずつでもいいから自分のできる範囲で復興に力を尽くそうとしている。 「むむむむむ……。潰す!」(V) 何か唸るような声を聞きつけて、マコト・闇音はなんだろうかとそちらの方にむかってみた。 焼けて炭となった大木の幹が空中に浮かんでいる。それが突然砕け散った。ぱらぱらと細かい破片となって地面に降り注ぐ後ろに、人影が見える。鬼崎 朔(きざき・さく)だ。 「凄い、これを全部土にしたのであるか?」 火事で荒れた一帯が、綺麗に整地されているのを見て、マコト・闇音が訊ねた。まるで、焼き畑を行った後のようだ。これならば、植林するにしても植えやすく、その後の木々の育ちもよさそうだ。 「まあね。新しい力の修行というものです」 超感覚を全開にし、犬耳を顕わにした鬼崎朔が答えた。獣化の影響か、銀髪の一部が黒髪化している。 「そちらは植林ですか」 「ええ。ジャタの森に、早く元に戻ってもらいたいからなのだよ」 「それはそれは。メロンパンでも食べますか? ところで、このあたりに海賊の……」 言いかけて、鬼崎朔が耳をピクピクさせ、ついでしきりに臭いを嗅ぐように鼻を宙に突き出した。 「どうかしたのであるか?」 怪訝そうに、マコト・闇音が訊ねた。 「いるな……。行ってみますか?」 そう言うと、鬼崎朔は歩きだした。 少し離れた所で、唐突にキャンプ用のテーブルが広げられ、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がせわしなく給仕をしていた。テーブルには、シニストラ・ラウルスにデクステラ・サリクス、そして、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)とベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)がいた。 「再び、こうやってコーヒーをお出しすることができて幸いですわ。御奉仕してあげますね」(V) デクステラ・サリクスとシニストラ・ラウルスにアイスコーヒーと妖精スイーツをだしながら、メイド姿の騎沙良詩穂が言った。 「まったく、どういう神経をしているんだか。最初、残党狩りかと思ったが、そうではないと言うし。戦った相手にのんびりお茶を出したいなど、何を考えているのだかよく分からん」 そう言うシニストラ・ラウルス自身、なぜこの場にいるのだろうかと自問自答せずにはいられなかった。 「まあ、いいじゃない。別に、戦うならいつでもできるし、戦わないんならのんびりできるし」 嬉しそうに妖精スイーツをフォークの先でつつきながらデクステラ・サリクスが言った。 「やっぱり、あなたたちでしたか」 その場に現れた鬼崎朔とマコト・闇音を見て、二人に一瞬緊張が走る。 「メロンパンと緑茶なんですが、一緒に食べませんか?」 遠慮なくテーブルに割り込みながら、鬼崎朔が言った。 「いつぞやは、うちのメイコ・雷動がお世話になったのだよ」 マコト・闇音が、ぺこりと頭を下げる。 「なんのことだか」 シニストラ・ラウルスが嘯いた。 「やれやれ、どれもこれも見知った顔ばかりだ。こんな奴らにしてやられるとは、俺ももっと人を見る目を養わないとな……」 参ったぜと、シニストラ・ラウルスが天を仰ぐ。 「時として味方、時として敵……。それは私たちパラミタで暮らす学生たちにとっては、日常茶判事みたいなことなんだもん」 「気楽なものだ」 騎沙良詩穂の言葉に、少し苦々しい思いでシニストラ・ラウルスがつぶやいた。しっかりとその意味が分かるだけに、ジレンマが歯がゆい。 「カリカリもふもふ美味しいね」 デクステラ・サリクスは、幸せそうにメロンパンを囓っていた。それが虚勢なのかどうかは、本人にしか分からないことだ。 「それで、これからどうするんですか?」 鬼崎朔が訊ねる。 「あてがないなら相談にも乗りますが」 「そうよねえ。海賊続けて、権力に追われる日々というのもどうかとは思うわ」 鬼崎朔の尻馬に乗るように、雷霆リナリエッタが口を開いた。 「海賊はやめん。養うべき奴らがいるからな」 きっぱりと、シニストラ・ラウルスは言った。その立場では、今後ここにいる者たちとも容赦なく対立すると言っているようなものだ。 「少数派って、大抵どんな信念もって行動しようと思っても、権力とか数で潰されちゃうわぁ。それを防ぐには……たとえば、ジャタの森を守るとか大義名分があればよいんじゃないかしらぁ。ジャタの森守護隊とか作ってぇ、大義名分を振りかざせば資金調達もそこそこ派手にやってもお目こぼしになるんじゃない?」 「そうだな。この美しい森はぜひとも守っていかないと」 ベファーナ・ディ・カルボーネが、雷霆リナリエッタに口裏を合わせる。 「相変わらず、変な提案ばかりしてくる女だな。いずれにしろ、俺たちは六首長家、特にツァンダ家だけは許せないんでな。尾っぽを振って靡く気はさらさらないさ」 きっぱりとシニストラ・ラウルスは言った。 「頑固なんだから。ベファ、例の物を」 「おう」 雷霆リナリエッタに言われて、ベファーナ・ディ・カルボーネは一枚の写真を差し出した。 「うわっ♪」 それをのぞき込んだ一同が、思わず声をあげる。 それは、花に埋もれるようにして横たわり、ストラップがずれてマイクロタンクトップが半脱ぎになったデクステラ・サリクスの胸に、顔を埋めるようにしているシニストラ・ラウルスの写真だった。 「ちょっと待て、なんだこれは!」 「わあい♪」 顔を真っ赤にして怒鳴るシニストラ・ラウルスよりも早く、デクステラ・サリクスがその写真をかっさらった。 「もーらいっと♪」 「燃やせ!」 「やだ」 怒るシニストラ・ラウルスとは対照的に、嬉しそうにデクステラ・サリクスが答える。 「破ったって無駄よ。マスターの画像は、携帯の中なんだからあ。いくらでもプリントアウトでき……ああっ!」 携帯をちらつかせる雷霆リナリエッタの一瞬の隙を突いて、シニストラ・ラウルスがていっとそれを一撃で粉砕した。 「私の携帯がぁ……」 雷霆リナリエッタが、思わず涙目になる。 「まったく、助けてくれたはいいが、俺たちが目を覚ましたときになぜか服を脱がそうとしていて、思いっきり海に叩き落とされて置き去りにされたのを忘れたのか。まったく、懲りない奴らだ」 今一度ここで叩きのめされたいかと、シニストラ・ラウルスが睨んだ。 「まったく。少し長居をしすぎたようだ。手下たちを待たせてるんでな。ここらで帰らせてもらう」 そう言うと、シニストラ・ラウルスはデクステラ・サリクスを引っぱるようにして立ちあがった。 「もう少しゆっくりしていってもいいのに」 残念そうに言いつつも、騎沙良詩穂たちはあえて引き止めようとはしなかった。また会えることもあるだろう。 「次に会うとき……、敵でなければいいな」 一度だけ振り返って、シニストラ・ラウルスが言った。 海岸の方へむかって去っていく二人からは、「捨てろ」「やだ」というほほえましい会話だけが微かにもれ聞こえてくるだけだった。