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二星会合の祭り

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二星会合の祭り

リアクション

 
 
 流しそうめんは夏の涼 
 
 
「さあ、開始ですぅ」
 流しそうめんの傍らで待機していたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、水栓をひねってそうめんを流すための水を出した。青竹を割ったものを組み合わせたレーンを、水が滑らかに流れてゆく。
 レーンの設置に関わった橘恭司と柴崎拓美は継ぎ目や排水を再チェックしていった。
「水漏れもがたつきもないようですね」
「こちらも問題はないようです」
 漏れも無く流れていった水は最後にザルを通り、排水されている。このザルにどのくらいそうめんがたまるかは、流しそうめんに参加する人の箸さばき次第だ。
「追加のそうめんはここでいいのかな?」
 茶の細縞に鯉と扇の和柄模様をあしらった浴衣を着たレイディスが、そうめんの入った箱を重ねて運んできた。客の目に触れるところでは浴衣を、という指定だから仕方が無いのだけど、力仕事をする時には浴衣はともかく、足元が下駄なのは動きにくい。
 ややふらつきながら箱を置いたレイディスに、メイベルが笑顔を向ける。
「ありがとうございますぅ。流しそうめんをされる方が多いようですから、麺もたくさんいりそうですねぇ」
 流しそうめんの場所へと近づいてくる生徒やホテルの客の姿を目で指して、メイベルはレイディスが置いてくれたそうめんをすぐに流せるように、箸を手に取った。しばらくはひたすらそうめんを流し続けることになりそうだ。
「おつゆはこれね。うちの味付けがみんなの口にあうといいんだけど」
 紺地の裾に白い天の川の模様が入った浴衣にエプロン、という姿もしっくり似合っている早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)が、冷やしたつゆを入れた容器、ゴマや刻みねぎ、ミョウガ等の薬味、彩りに絹さやをさっと湯通ししたもの等を手際よく並べる。
「それからこれ。そうめんと一緒に流したら天の川っぽくないかしら?」
 メメント モリー(めめんと・もりー)が支えているお盆からあゆみが取り上げたのは、薄焼きたまごや茹でたニンジンを星型に型抜きしたものを入れた皿だった。
「へぇ、こういうのも良いね」
 ちょっとした心遣いと遊び心で季節の行事を彩るのも和の楽しい趣向だと、レイディスはお盆から薬味や飾りをいれた皿を下ろすのを手伝った。
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)はこぼさないようにと気をつけながら、つゆを器に注いでゆく。
「前ここでお手伝いした時は失敗しちゃったからね。今回は気をつけないと、ととと……」
 言うそばから手元が怪しくなるセシリアの持つつゆ容器を、恭司が慌てて支えた。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。ありがと。浴衣って腕が動かしにくいよ」
 セシリアは大輪の花火を散らしたピンクの浴衣に白銀色の帯を結んでいる。メイベルがパートナーたちみんなお揃いで、と人数分調達してきたものだ。
「でも素敵な衣装ですぅ」
 もともと髪と目の色を除けばメイベルと良く似ているヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)だが、そうして同じ浴衣を着て並んでいると、より一層そっくりな印象が強まる。
「あ、お客さまですぅ。始めましょうか」
 最初の客がつゆをいれた器を受け取ったのを見て、メイベルはそうめんを流し始めた。そうめんは客の箸をすり抜けて流れてゆく。箸に慣れていない手には流れてゆくそうめんを捕まえるのは難しい。
 レーンには次々につゆを持った人々が並んでゆく。
 見事そうめんをキャッチして、得意げに見せている者もいれば、どうしてもうまく取ることができずに水をはね散らかしている者もいて、レーンの周りは大騒ぎだ。
 そうめんを流すのが間に合わなくなってくると、モリーがはいはいと翼をあげて志願する。
「ボク、流しそうめん流す方の人、やってみたかったんだ」
 市松絣にとんぼを飛ばせた子供浴衣にしぼりの兵児帯、という可愛い格好に、お祭り気分のねじり鉢巻をしめたモリーは、メイベルの反対側に回り込むと、背伸びしてそうめんを取った。
「そうめん、流しま〜す♪」
 そう呼びかけてそうめんをレーンに入れると、たちまちレーンの両側から箸が伸びてそうめんがさらわれる。
「うわ、早いね。次、いきますっ。今度はお星さま入りだよ。上手にキャッチしてね♪」
 そうめんと薄焼き卵の星を掬って流すと、取るほうの側はいっそう盛り上がった。
「これ使ってみる? 危ないかな」
 流すたび背伸びしているモリーを見かねて、レイディスが踏み台を持ってきた。レイディスが地面に据えた踏み台にモリーはおっかなびっくり足を乗せ、体重をかけてみた。多少左右にゆすっても、踏み台はしっかりとモリーを支えてくれる。
「大丈夫そうだよ。ありがと〜♪ さあ、どんどん行くね〜。今度は色つきのそうめんを流しちゃうよっ」
 えい、とモリーが投入したそうめんに、アンドリュー・カー(あんどりゅー・かー)も箸を出した。慣れないせいでクロスしてしまう箸にそうめんは2本だけ引っかかり、残りは下に流れていってしまう。そのかかった2本も、箸を水からあげようとしたときにするりと離れていってしまった。
「流しそうめんって案外難しいものなんだねぇ」
 まるで水上の狩りだと感心しているアンドリューを見かねて、葛城 沙耶(かつらぎ・さや)が次に流れていたそうめんを掬い上げ、アンドリューの器に入れてやった。
「はい兄様、どうぞお召し上がりくださいな」
「沙耶、さすがだね」
 アンドリューに褒めてもらった沙耶はもっと良い処を見せなければとはりきった。次はそうめんばかりでなく、くるくる回転しながら流れてきたニンジンの星を器用に捕まえて、アンドリューの器の中に入れる。
「冷たくて美味しい……けど食べるのも難しいなぁ」
「兄様、こうやって掴むのですわ」
 つるっ、つるっ、と星型ニンジンに逃げられて苦戦しているアンドリューの器から、沙耶はニンジンを箸ではさみあげた。
「はい、口を開けて下さいませ」
「いいよ、自分で食べるから……」
「遠慮なさらず、どうぞ」
 有無をいわさずニンジンを近づける沙耶から、照れたアンドリューはあわてて逃げ出した。
 
 盛況な流しそうめんのコーナーでは、食べ終わったつゆの器が詰まれてゆき、そうめんはどんどん流されてゆく。
「器を洗ってくるよ」
 レイディスが返却された器を重ねた盆を持ち上げると、
「そうめんの追加もお願いしますぅ」
「ホテルの厨房の冷蔵庫におつゆが冷やしてあるから、それも持ってきてもらえるかしら?」
 メイベルとあゆみから追加の要請をされる。
「了解。すぐ持ってくるからね」
「俺も行って来ますね」
 小走りに盆を持っていくレイディスの後を、そうめんの空いた箱を積み重ねて持った恭司が追ってゆく。予想以上に多い参加者に、麺の減りが早い。多くの人に楽しんでもらえているのは良いことだけれど、追加を急がなくては途中でそうめんの補充が間に合わなくなってしまいそうだと気も焦る。
 ホテルの従業員も動いていてはくれるけれど、それだけではやはり手が回らない。裏方手伝いの生徒たちも大忙しだ。
「ずいぶん濡れてしまったわね」
 あゆみは流しそうめんに興じてすっかり袖をぬらしてしまっている参加者に、タオルを渡す。
「日が落ちると気温も下がってくるから、風邪を引かないようによく拭いておいてね」
 小さな子は拭いてやり、どうしてもそうめんを掬えないでいる人の代わりに掬って器に入れてやり、と世話をしていたあゆみの前で、さっきからずっとそうめんと格闘していた鬼院 尋人(きいん・ひろと)が半ばかんしゃくを起こして箸をおいた。
「流しそうめんなんてもういい! やめる!」
 尋人は七夕を楽しもうとホテル荷葉にやってきて、見様見真似で浴衣も自分で着てみた。流しそうめんをやっているのを見て、たくさん食べたいと挑戦したはいいけれど……。
 不器用な尋人の箸にかかるのは、ほんの数本のそうめんだけ。それをちまちまと食べているうちに、だんだんイライラが募ってくる。帯はゆるんで下がってくるし、いい加減に着た浴衣ははだけてきて動きを阻害する。それでも無理に手を伸ばせば、水をはねさせてびしょびしょに。
 折角七夕にやってきたというのに、気分は最悪だ。
「どうしたの? うまく行かない?」
 もう帰ろうかと思ったところに声を掛けられ、尋人は振り返った。
「あらあら、びしょ濡れになっちゃって」
 尋人の格好に微笑を浮かべつつ、あゆみは浴衣を手早くぬぐう。それから、ちょっとこっちに、と庭の隅に尋人を連れて行ってぐずぐずになっている浴衣を着せなおしてくれた。
「はい、これでいいわ」
 きちんと着付けてもらった浴衣は、さっきまでと違ってしっくり身になじむ。それだけでも気分が変わってくる。そんな尋人の様子を眺め、あゆみは尋ねた。
「あなた、どこの学校の生徒さんなの?」
「薔薇の学舎だよ」
 尋人が答えると、あゆみはあらと目を細めた。
「私の息子も薔薇の学舎にいるのよ」
「親子でパラミタに来てるんだ。いいね」
「でも、私がパラミタにいることは息子には内緒なの」
 あゆみはふふっと笑うと、尋人を連れて流しそうめんの場所に戻った。
「流しそうめんはね、こうやって箸で迎えるようにして掬うのよ」
 同じ学舎に通っていると聞くと、つい息子と重ねて見てしまう。息子にしているような気分であゆみは尋人にそうめんを掬うコツを教えた。コツさえ覚えれば、尋人がそうめんを普通に掬えるようになるのは早かった。
「どうもありがとう」
「どういたしまして。七夕、楽しんでいってちょうだいね」
 そう言って離れてゆくあゆみを見送って、尋人はふと考える。
(お母さんってああいう感じかな……)
 尋人は実母を知らないけれど、母親というのはこんな温かさではないかと思う。またどこかで会えると良いなと思いながら、尋人は巧く掬えるようになったのが嬉しくて、次から次へとそうめんを掬っては食べるのだった。