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【学校紹介】新校長、赴任

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【学校紹介】新校長、赴任

リアクション


・ファーストコントラクター


 出港からかなりの時間が流れ、タンカーは間もなく引継ぎポイントといったところへ差し掛かった。
「お疲れ様です、こちらをどうぞ」
 コンスタンシア・ファルネーゼ(こんすたんしあ・ふぁるねーぜ)がお茶を研究員達に配って回っている。
「では、置いておきますね」
 彼女と同様に、椿も手伝いを行っている。
 二人とも、研究チームのための小間使いのような役割に徹しているが、室内の警戒にぬかりはない。
(怪しい行動をする人は、いませんね)
 コンスタンシアは念入りに周囲を見渡す。自分達と一緒に送られてきた他校生も、これといって妙な行動はしていない。
 それが終わると、一度部屋の外に出て、校長のいる部屋の見張りを行う。もっとも、誰かが近づけば即座に分かるようになっているのだが、迅速に対処するためだ。
 幸いにも、研究チームがいる部屋と、校長がいると思しき部屋の扉まではそれほど離れてはいない。
 艦内を頻繁に移動しているのは、巡回をしている自分達のような生徒と、研究チーム責任者の大佐くらいである。軍所属の乗組員は、ほとんど持ち場から動いてはいない。
(異常なし、と。お手伝いに戻りますか)
 彼女は二ヶ所の往復を繰り返している。倉庫に向かうという体なら、変な目で見られることはない。
「誰か手が空いてる人、いる?」
 研究チームの一人が生徒達の方を見る。
「は、はい! なんでしょう?」
 応じたのは椿である。
「こっちの書類、整理してもらっていいかな?」
「わ、分かりました!」
 少し強張ってはいるが、研究員に近づき書類を受け取る。
「あ、これは読んでも大丈夫なやつだから。それじゃ、よろしく」
 内容としては、イコンの仕組みに関するものだった。見覚えのある単語も並んでおり、どうやら学院で習ってることと大差ない内容のようだった。
「あれ、違う内容が挟まって……」
 資料を番号順に整理いていると、一枚だけ違うものが出てきた。

『ファーストコントラクター観察における途中経過』

 それをどうするか、研究員に尋ねる。
「す、すいません、これ……」
 タイトルを見た瞬間、男が血相を変えた。どうやら見られてはいけない内容のようだ。
「おっと、読んでいないよね、これ?」
「はい。も、もちろんです」
 実際は、ちょっとだけ冒頭部分が目に入ってしまったのだが。
(ファーストコントラクター?)
 少し引っ掛かる言葉ではあるが、あまり人と話すのが得意ではない彼女に、詮索するのは難しかった。
 研究チームの者達は、イコンや強化人間についての質問には普通に答えるが、校長の話題になった瞬間に、皆口を閉ざす。厳しい表情で、「それはまだ教えられない」と。
(さっきちらっと「ファーストコントラクター」って単語が見えましたが、何か関係あるのでしょうか?)
 天津 のどか(あまつ・のどか)が、研究員が手に取った資料の題字を見ていた。コントラクターってことは、特定の人物に関することではないのか。
(話を聞かせてもらいたいところですけど、あの人は話してくれなさそうですね。誰か……)
 研究チームの顔ぶれを見渡す。全体的に若い者が多く、最年長でも40歳にも満たないような感じだった。
(今話して大丈夫そうなのは、うーん……やっぱりあの人でしょうか)
 目線の先には、中尉と呼ばれる青年がいた。いかにも研究者といった雰囲気の人間が多い中、彼だけは普通の男としての感性を持っているように思えた。
「あの、すいません」
「ど、どうしましたか?」
 いきなり呼ばれてびっくりしたのか、中尉がびくっと反応した。
「聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
 自分の胸を強調するような姿勢で、しかも上目遣いで彼に迫る。
「ええと、な、何ですか?」
「新しい校長先生ってどんな人ですか?」
 問いかける口調は、ごく普通だ。ただ、目の前の青年は顔をわずかに赤らめている。
 彼女が取った行動は、色仕掛けである。もっとも最初はあからさまにではなく、ごく自然に見える形でだ。
「それは、後で分かりますよ」
「じゃあ、質問を変えます。『ファーストコントラクター』って何ですか?」
 意表を突かれたかのように、中尉の顔が強張る。
「そ、それも、答えられませんね」
「どうしても、ですか?」
 ねだるように中尉の手を握り、彼の顔を見上げる。なお、この時中尉の手は彼女の大きな胸に当たっていたりする。
「ど、どうしても、です」
 中尉がどぎまぎとしている。が、その様子は必死に理性を抑えているというよりは、苦痛に顔を歪めているといった感じだ。女性が苦手なのかもしれない。
 もっとも、それにのどかは気付いてないようだが。
「教えてくれたら、その分のお礼はしますよ」
 さらに中尉の手を胸に近づける。むしろ揉ませようとした。
「わ、分かりました! お、落ち着いて下さい」
 むしろ落ち着くべきは中尉の方である。
「ファーストコントラクターは、最重要研究対象の一つです。君達の学校に赴任する校長先生がどんな人かは、分からないのが正直なところです」
「……分からない、ですか?」
「ええ。僕は話したことがないので。多分、何か知ってるとしたらうちの所長か大佐くらいです」
 どうやら、機密事項と言いつつ、実際に新校長については研究チームもあまり知らないようだ。
「じゃあ、この厳重な護衛の理由はなんですか?」
「身動きがとれない状態だからですよ。一切部屋から出ないのもそのためです」
 首を傾げるのどか。
「動けないのは、なぜですか?」
「それは、『彼』が――」
 その時、中尉の目が見開かれる。
「中尉、何の話をしている?」
「た、大佐! いえ、なんでもありません。ちょっとファーストコントラクターについて……」
 そこではっとする。
「あ、ち、違います。これは」
「別にそんなに取り乱すことはないだろう。それとも、なにか私にやましいことでもあるのか?」
「滅相もございません」
「ならいい。中尉、少し話がある。来てくれ」
 そのまま中尉を従え、彼女は部屋から出ていった。

「あの……」
 書類を整理しながら、椿が研究員の一人に尋ねた。
「なんだい?」
「あの二人だけ、どうして階級で呼ばれてるんですか?」
 研究チームの中で、あの二人だけが階級で呼ばれている。
「二人とも、元々軍にいたからだよ。極東新大陸研究所が設立された時、引き抜かれたんだ。まあ、中尉は軍の時から大佐の部下だったみたいだから、おまけみたいなものだけどね。なんであんなへタレが中尉なのかは分からないよ」
「軍人さん、ですか」
「とはいえ、大佐は世界的に権威ある科学者の一人だからね。軍に入ったのは、自分の研究をしやすかったからだろうさ。なにせ、彼女の専門は、元々は機械工学、とりわけロボットだ。今のロボット工学は彼女がいなければ成り立たなかったとまで言われているくらいだよ」
 彼女がイコン研究の責任者を務めているのは、その経歴を知っていればごく自然だと分かるだろう。
「お、これで全部だね。助かったよ」
 そうこうしているうちに椿の手伝いが終わる。
 この間、特に艦内で何かが起こったという報告はない。
「……このまま無事に着けば、いいんですけれど」
 何事もないままなら、それに越したことはない。
「ですが、まだ分かりませんからね」
 榛原 勇(はいばら・ゆう)が口を開く。
「そこの排気ダクトの中に潜んでいる可能性だってありますから、気をつけて下さい」
 出来る事なら、今のうちに中もチェックしておきたいところだ。このまま侵入してきたところを一網打尽にするという手もあるが、敵の強さが分からない以上、研究員に被害が及ぶかもしれない。
「じゃあ、あたしがちょっと見てくるね」
 部屋にある適当な備品を片手に、理恵が中へと入っていく。
「すいません、お願いします」
 それからは、研究チームの様子を窺いつつ、護衛だ。
「あれ、美奈は……いたいた」
 勇が榛原 美奈(はいばら・みな)のもとへ歩み寄る。彼女は勇のことを睨んでいるように見えた。
「ちょっと、サイコキネシスではじく練習をしよう。身体を慣らしておくのも必要だからね」
 ESPカードを手に取る。
「え、これで? うん、美奈お手伝いしてあげる! お兄ちゃん、大好き!」
 一変して笑顔を見せる美奈。どうやら、勇に短い時間とはいえ放置されていたのが、さっき睨んだ原因のようだ。どうにも感情が不安定な上に両極端であるらしい。
 その場で、力を使いすぎない程度に練習を始める。もちろん、警戒は怠らないように。
「かれこれ5年くらい研究してきたけど、どうにも私は超能力に慣れないなぁ」
 研究者の一人が口を開く。
「あなたは超能力の研究を?」
 荒井 雅香(あらい・もとか)が尋ねた。
「うん。もともとは脳科学の研究だったんだけどね。こっちに来てからだよ。強化人間とか、超能力とかを研究するようになったのは。まあ、人間の精神と脳とは密接に関係があるからね。適任だったってわけさ」
「気になったんだけど、極東新大陸研究所ってどういうところなのかしら?」
「パラミタ観測のための場所だよ。2014年に設立されたわけだけど、その時にロシア全土から様々な分野の研究者が集められてね。地球の技術で、パラミタの技術の解明や応用をしようってことだったらしい」
 それによって、2017年に初めて強化人間が誕生したらしい。同時に、超能力の研究が急速に進みだしたと言う。
「とはいえ、私達は外ではロシアのエリート機関だとか、マッドサイエンティストの巣窟とかいろいろ言われてるけど、それでもあの6人の天才には敵わないよ」
「6人の天才?」
「パラミタ出現の前に、新時代を担うと言われていた科学者達だよ」
 とはいえ、雅香にはあまりピンとこなかった。その筋での通称だったためだろうか。
 その後も、彼女は研究者達と言葉を交わしつつ、警戒にあたった。

 ちょうどその頃、外ではイコン部隊への引継ぎが行われようとしていた。