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8.肝試し(4)

「きゃあっ!」
「!?」
 ミルディアの叫びに、真奈は驚いた顔を向ける。怖がりでは全く無いにしても、突然の出来事には驚く。
「……ヴァーナー…ちゃん?」
 顔を上げたミルディアが、小さな声で尋ねる。
「びっくりした〜、ヴァーナーちゃんかぁ」
「はいです。あ、驚いてくださいましたか?」
「驚きましたわ」
「びっくりしたよ〜」
「それは良かったです、これからも脅かし役、がんばるです」
「うん、驚いた。がんばってね」
「あ、また人が来ましたです! 隠れなきゃ!」
 二人は首を傾げながら先に進んでいく。
 来た人来た人に姿を見せて、感想を尋ねるヴァーナー。
『楽しんでいただけましたか?』 『そりゃもう……』 『祠はこの先です』 『ありがとう』
 ヴァーナーはにこにこしながら参加者を見送っているが。
 ハタと気づく。
「あれ? これでよいのでしょうか? みなさん驚いてくださってますが……ご挨拶??」
 しばらくし思案にくれていたが。
「たのしんでもらえれば、それでOKです!」
 どうやら結論に達したヴァーナーだった。

 準備万端、次に来る奴を驚かそうと、誠一は息を潜めていた。
 隣で待機しているレイス・クローディアも息を殺していたが……笑いも噛み殺していた。
「お、おい……笑うなって」
「……だっ、僕、なんだか、おかし…こういうの、だ……ぶふっつ、ぶふふ」
 必死に両手で口を押さえているが、笑いが隙間から漏れている。
「おま、ちょっと、笑う……な、は」
 伝染した。
 二人で、ぶふっぶふ……と、笑いが止まらない。
 こらえようとすればするほど、笑いがこみあげてくる。
「ほんと、かんべん……」
「誠一さん達〜、笑わないでくださいよ〜」
「気づかれるでしょう?」
 真奈美とカーマが、少し離れた場所から声をかけてくる。
「だ、だって……」
「な〜に笑ってんだ?」
 やってきた樹とフォルクスが笑い声に気づいて足を止め、身を潜めているであろう岩場を覗きこんだ。
「丸聞こえだぞ?」
 呆れ顔でフォルクスが言うと。
 そこには目に涙をためて必死に笑いをこらえている誠一とレイス・クローディアの姿が。
 目があったと同時に、堪えていたものが爆発。
 大爆笑。
 そして、近くに隠れていた郁乃と綾音もやって来る。
「ちょっと〜〜〜笑わないでよ〜〜〜こっちまでつられるでしょ〜〜〜」
「やめてくださいよ〜」
 二人も笑いながら声をかけてくる。
「わりい、だってさ」
「気持ちは分かるけど、堪えてくれないとこっちまで笑っちゃうよ」
「ここのポジションは私達の持ち場です。皆さんを思い切り怖がらせましょう」
「お、おう」
「じゃあ、頑張れよ〜」
 樹達がその場を後にし、皆も持ち場に戻っていく。
 しかしその場が静かになると……
 まるで泣いているんじゃないかと思うほどの堪えた引き笑い声が、再び聞こえてくるのだった。

「ねぇ……遊ぼうよ」
 小さな子供が声をかけてきた。
 といっても歳の頃で言うと、12〜3歳くらい。まぁ広いパラミタ、若い生徒だってたくさんいるだろう。
(だけど、見ない顔ですね)
 エメは思った。
「…ねぇねぇ…遊ぼうよ」
 しきりにエメの服の裾を掴み、どこかに連れて行こうと引っ張る。
「遊ぶのは良いのですが、今は脅かし役に徹しなければいけないんですよ」
 エメがその子の頭を撫でながら、申し訳なさそうに話しかける。
「遊んでよ……」
 途端に声色が変わった。
 なんだかおかしい。
 ふいに顔を上げると。
 バスティアンと呼雪が、だいぶ離れた場所で腕をバタバタさせていた。
 口をぱくぱく、何かを叫んでいる。
「え? 何を言ってるんですか? はーなーれーろー……離れろ?」
 言葉の意味を理解し、ぎょっとして見下ろす。
 子供は俯いたままで顔は見えなかったが、服の裾がしっかり握られている。
 慌てて引き剥がしにかかるが、どんなに力を込めても、剥がせない。
 まずい、とり憑かれる!?
 そのとき。

「でぃやぁあああぁあああぁ!!!」


 壮太がそいつにとび蹴りを食らわせた。
 食らわせたと言っても、直前で掻き消えてしまったのだが。
 ぶつかる直前、そいつは驚いた目をしていた。
 ズザザザザザ……と、壮太は地面にスライディングする。
「いちちち、大丈夫だったか?」
「はい、ありがとうございます……」
「まったく、変なのに憑かれんなよな。影が薄かったんだから少しは怪しいと思えよ」
 笑いながらエメに忠告する壮太に対して、離れた場所に避難していた呼雪とバスティアンが言った。
「な、なんて罰当たりな……いや、すごいとでも言えばいいのか…」
「お化けに飛び蹴りするなんて、ありえないですね」
「本当にすごい人だ……」
 壮太の高笑いが、岩肌を振るわせていた。

 生暖かい風が吹いた。
 と同時に躓いてしまい、その反動で蝋燭の炎が消えてしまった。途端に世界が暗くなる。
「!???」
 エルサーラは声を張り上げる。
「エース! エース! いる!?」
「側におりますよ」
 その声を聞いて、ほっと胸をなでおろす。
 こっそり護衛しているパートナーのペシェも、エルサーラ以上にほっとする。
(良かった……脅かし役の人を阻止するつもりでいましたが、どうやら隙をつかれたようですね。それとも…)
 暗闇の中ペシェは物思いにふける。
 いきなり、エルサーラの腕がぐいとつかまれた。
 どうやらエースが先導して連れて行ってくれるらしい。
 エルサーラはしばらく黙って歩き続けた。
 再び腕が放される。
「え? なに!? どこいくの」
 声がしない。
 真っ暗闇の中に取り残される。
 その時。
「エルサーラ様!」
 はるか後方から、エースの声が。
「え?」
 夜目に慣れたエースが、姿を見つけて追いかけてきてくれたようだ。
「どうして先に行かれるんですか、危ないですよ?」
「え? ……なに、先になんて、行ってない……一緒に……」
「?」
「……」
 一緒にいたはずのエースが、どうして後ろからやって来る? ありえない、ありえないでしょ??
「〜〜〜〜〜!」
 エルサーラは悲鳴を必死に押し殺した。

「……くく、くくく」
 その光景を岩陰から見て、朔は必死に笑いをこらえていた。
 使える、これは使える驚かし方です。
 蝋燭の炎を消せば、一瞬辺りが真っ暗闇に包まれ、視界が奪われる。その隙に連れ出し……
「くく、くくくく。うふふ、ふふぶふふ」
 ナイスアイデアです!
 最上級の恐怖をプレゼント致しましょう♪
 朔は次のターゲットが来ないか、目を光らせる。
「次は誰が来るでしょうか〜。今度は悲鳴を聞かせて下さいませね」
 朔の両目が、闇夜の中で白く浮かび上がっていた。

「中々来ないですねぇ」
 翡翠が洞窟入り口の方を見ながら呟いた。
「もう少し時間がかかるのでしょうか……って、えぇ!?」
 振り向くとレイス・アデレイドが口をもごもごさせていた。
「な、何をしているんですか、なんで口が動いてるんですか!!」
「ん? 腹へっちゃったからさ〜 あそこの湧き水で持ってきたこんにゃく洗ったんだ。刺身こんにゃくだ。簡易しょうゆも持ってきたぞ。食べよう」
「用意がいいですわ……」
「美鈴も食べる?」
「え、あ、あぁ……」
 思い切り流されてしまう。
「あ…美味しい」
「だろお?? 湧き水がすっごく冷たくてさ、ちょっと冷やしてたらこんなだよ。さっぱりするし!」
 洞窟の中、いくら涼しいとはいえ夏。蝋燭もペアに持たせるのとは別に、通路上に距離はあるが等間隔で設置されている。
 さっぱりした物でも食べなきゃ暑くてやってられない。
「そ、そうですね」
 翡翠も一緒になってもぐもぐ。
 三人で仲良くこんにゃくを口に運んでいたが。
「あ!」
 翡翠が声を張り上げた
「どうした!?」
「あぁ……もうほとんど残っていません。脅かし役なのに、小道具が全部無くなってしまいました〜」
「あははは……」
 もう笑うしかなかった。

 天井から水滴がしたたり落ちてきている。
 落ちてくる水はとても冷たい。
「………」
 優はそれを待ち構えて手を濡らした。
 辺りをきょろきょろしながら怯えている零の頬に、そっと付けてみる。
「ひゃっ!!!!」
 思い切り飛び離れて、岩に激突、そして悶絶。
「だ、大丈夫か? 悪い、そんなに驚くなんて……」
「〜〜〜〜!!!」
 痛みと怒りで涙目になっている。
「悪かったって、そう怒るなよ」
「〜〜〜〜〜」
「ほら」
 差し出された手を訝しそうに見つめる。
「つないでりゃ怖くなくなるだろ?」
「……そうやって誤魔化すのね…」
 それでも手を取り、しっかりと握り締める。
 怒っているふりを続けながら、これでもかと言うくらい甘えてみる。
 気づかれていないようだ。
(たまには、良いよね?)

「ふぅ〜」
 透乃は陽子の首筋に生暖かい息を吹きかけた。
「!?」
 真っ赤になりながらその場に固まる陽子。
「どどどど、どうして息を吹きかけるんですか、透乃ちゃん!」
「えぇ〜だって、肝試しだよ? もりあげなくちゃいけないじゃない?」
「盛り上げなくていいです!」
 ただでさえ怖くてたまらないのに。
「きゃっ!!」
 段差に気づかず、陽子は転んでしまった。
「いた……」
「大丈夫?」
「あ、はい……」
「ほら」
「え?」
「手を出して」
 その意味合いを理解をして、照れくさそうに、陽子が手を差し出す。
 そっと乗せられる手が絡み合う。
 引き寄せられ、そして──
「なんて可愛らしいカップルなのかしら……」
 ほぉ…と、至福の吐息を漏らす留美。
「親密化に貢献するべく驚かそうと思っていましたが、必要ないみたいですね」
 陽太が残念そうに呟いた。
 バードウォッチングもどき、マンウォッチングをしていた二人は、通り過ぎるカップルを見ては感想を述べていた。
「でもあれは一昔前のパターンですわ。もうちょっと素敵なシチュエーションが欲しいです。…でもなんて微笑ましいのでしょうか」
「ほら、自分の世界に浸るよりも、ちゃんと見ていた方が良いですよ! 映画よりもはるかに楽しいですから……あれ?」
 目の前に人影が。
 透乃は苦笑していたが、陽子は真っ赤な顔をして頬を膨らませている。
「一体いつから見てたんですか〜」
「ひゃ〜〜〜〜殺されますわ〜〜〜!」
「助けてください〜〜〜〜」
 脱兎のごとく逃げ出す留美と陽太。
 残された二人は今度こそしっかりと手を取り合って、歩き出した。

「姉さん? そっちはルートから外れているですぅ」
 未那が慌てて未沙に声をかける。
「あ、うん。それは分かっているんだけど、なんか気になって……」
「お姉ちゃ〜んまってください〜」
 重低音を響かせて、未羅も追いかけてくる。
「ほら、この先! 光が見え……うわぁ!!」
 入ったそこは、一面光コケに覆われた不思議な場所だった。
 緑色に淡く輝く光が、幻想的で美しいな空間を作っている。
「すごい……すごいね、これ!!」
「こんな所があったんですねぇ……」
「綺麗……」
 三人は息を呑んだ。
(マナにも後でおしえてあげようっ。一緒にこれが見れたら、とっても素敵だよね)
 未沙は大きく頷いた。

 マリエルから渡された蝋燭は、何故かあっと言う間に燃え尽きそうになっていた。
 一抹の不安を抱えながら進んでいたのだが、案の定、蝋燭の命が尽きようとしていた。
「……あ、ちょ、ちょっと待って、消えないで」
 波音たち三人に渡されたたった一つの明かり。
 手で風による振動を防ぎ、波音は極力炎の揺れを最小限に抑えようとする。
「消えちゃいます、あぁ……」
 アンナの切なそうな声が洞窟内に響く。
「消えちゃう? まだあっちまで距離があるよ? あぁそっか! ここで怖がるんだ!」
 ララがはしゃいだ声を出す。
 ふっと。
 辺りが闇に包まれた
「ひゃ〜〜〜〜〜!!!」
 アンナの悲鳴が口から噴出される。
「っまま、真っ暗です、何も見えないです」
 パニック状態のアンナ。
 暗くて顔が見えないのが本当に残念。波音は苦笑する。
「怖くないよ〜大丈夫」
 何度目かの言葉、そして頭を撫でる。
「ん? 波音おねぇちゃん頭なでなでしてる? ララもやる〜」
 アンナの頭をかいぐりかいぐり。
 次第に緊張が薄らいで笑顔が生まれていくアンナだった。

「ここ、洞窟だよねぇ〜〜〜!?」
 悲鳴に似た声をあげて、結奈は言った。
 一本道だと思っていた洞窟は、時々枝分かれをし、新たな道を作っていた。
 しかしここは。
「沼……池でしょうか? 何か冒険物のような根性試しのような…」
 フィアリスが見つめる先には、池の中央を渡るように存在している細い細い道。
「きっと、ここを通れってことですわ」
 リィル真剣な眼差しで呟く。
「そ、そうなるのかな」
 怖いよぉ……
 恐る恐る足を一歩前に踏み出す。
 人が二人すれ違えるかどうかくらいの、細い道。
「ここに落ちたら……足が底に着くのだろうか?」
 すぐ背後から、引きつった笑みを浮かべて大佐が尋ねてきた。
「だ、だめですよ、そんなこと考えちゃ。落ちません、絶対に落ちませんから」
 プリムローズが必死に否定を繰り返した。
 蝋燭の炎が風で揺れる。
 まさかこんな場所から半魚人のように現れてくる人間はいないだろうと思うが、底の見えない池が気味が悪く──
「洞窟にこんなものがあるとはな」
 歩くたびに水面が揺れる。
 足を滑らせでもしたら、本当にどうなってしまうんだろう?

「落ちちゃう〜〜〜落ちちゃいますよ〜〜〜」
 涙交じりの弱々しい声で、エレンディラは葵の服をしっかり握り締めていた。
「大丈夫だって。落ちたって死にはしないよ……溺れるかもだけど」
「ぇええ〜〜〜! やっぱり嫌です〜〜〜〜」
 思わず葵に抱きついてしまい、体制を崩す。
 はっと気づいた葵は自分に引き寄せ──反動で落ちそうになるのを今度はエレンディラが引き寄せる。
 間一髪落ちることを免れた二人は、細い道に倒れこんだ。
「死……死ぬかと思ったよ」
「私もです。でも葵ちゃんと一緒なら…」
 その先の言葉は、葵の人差し指でせき止められた。
「一緒でも、死んだらダメ。……ずっと二人で生きていくんだから」
「……はい」
 まるでプロポーズのような葵の言葉に、思わず泣きそうになってしまったエレンディラだった。