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夏の夜空を彩るものは

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夏の夜空を彩るものは

リアクション

 
 
 心に開くは恋花火 
 
 
「ロレッタ、何してるのー。もう真都里くんたち来ちゃったよ」
 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)がせかす声が聞こえ、結い上げた髪を鏡でチェックしていたロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)は、慌てて出て行った。着ている浴衣はクリーム色に百合の花を描いたもの。小さくはあったけれど子供浴衣ではなく、女性ものの仕立てがしてある浴衣だ。
「待たせて悪かったぞ」
 詫びながら出た途端、ゴツッと重い音がした。何かと見れば、春夏秋冬 真都里(ひととせ・まつり)がバランスを崩してドアにぶつかっている。
「あらン、真都里、何よろけてるのン?」
 コークラン・ドラムキャン(こーくらん・どらむきゃん)に聞かれ、真都里はあははと裏返った声で笑う。
「いや、ただ……浴衣なんだなーって」
「だから真都里にも着せてあげたでしょうン?」
 真都里の浴衣は水玉入りの白。きっと皆浴衣だろうからと、コークランから無理矢理着せられたものだ。
「ロレッタは、七夕に一緒に行けなかったから今度こそ浴衣を着て花火を見に行くぞ、ってはりきってたんだよね」
 ミレイユに言われ、ロレッタは真っ赤になった。
「べ、別に真都里のために着たわけじゃないんだぞ……っ!」
 照れ隠しのように乱暴に下駄に足を入れるロレッタに、コークランは小さくあらと呟いた。
(あらン、この子もしかしてン……?)
 ちらりと窺う真都里はあらぬ方を向いていて、コークランはなるほどと自分の胸内で肯くのだった。

 福神社の境内についても、真都里はロレッタを直視することができなかった。視線はつい外側を向き、そうすると自然と夜店が目に入ってくる。何かを食べていれば気も紛れるだろうと、いろいろ買っていった結果……。
「ふぅ……ちょっと行って来る」
 食べすぎで苦しいお腹をさすりつつ、一旦真都里はフェードアウトしていった。
「暴飲暴食は身体に悪いんだぞ……」
 もう花火が始まるのにと心配そうに見送るロレッタに、コークランは今がチャンスと話しかける。
「ね、あなた七夕の時に真都里と約束していて来られなかったりしたのかしらン?」
「そうだぞ」
 その答えにやっぱりとコークランは、七夕の時にこっそり回収した真都里の短冊を取り出した。
「これ、七夕の晩にひろったんだけども……きっとあなたのことよねン。真都里に返そうと思っていたのだけども、あなたが受け取ってくれるかしらン?」
「ありがとうだぞ……」
 ロレッタは受け取った短冊を読んでみた。
 『 あいつが元気になりますように  ――春夏秋冬 真都里 』
 それは笹に結びつける前に風に飛ばされてしまった真都里の短冊。風邪で来られなくなってしまったロレッタが、早く良くなるようにと願いをこめたものだ。
「あなたが真都里を変えてくれたのねン。気づいてないと思うけど、真都里はあなたのことすごく意識してるのよン?」
「そ、そんなこと……知らないんだぞ……」
「ふふ、これからも真都里のことよろしくねン」
 コークランに言われてロレッタは真っ赤になった。
 その頬の赤みがやっと引いた頃、真都里が戻ってくる。けれどロレッタは花火に気を取られているふりをして、夜空を見上げたままでいた。
 真都里は、そうして空を見上げているロレッタの花火に照らされた横顔から目が放せなくなる。と、ロレッタがちょっと顔をしかめて頭を動かした。しばらくすると、また別の方向に。何だろうとロレッタの視線を追いかけて、真都里は気づいた。人が多くて、ロレッタの背では花火が見難いのだ。
 ドラム缶ボディのコークランの上に立たせればよく見えるだろうと、真都里はロレッタを後ろから抱き上げようとした。
「な、何するんだバカ!」
 驚いて焦るロレッタ。そして驚かれたことに驚いた真都里は慌ててロレッタから手を放して後ずさった。と
「えっ? うああっ!」
 慣れない下駄が思うようについて来ず、真都里は転倒し。そして。
「真都里ン!」
「ぎゃ!」
 哀れ真都里は見物人に踏まれたのだった……。
 
 そんな光景が繰り広げられているのも知らず、ミレイユとシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は皆から少し離れ、2人で花火を見上げていた。
 去年もこうして2人で花火を見たことを思い出しながら、ミレイユはシェイドの顔を見つめた。その視線に気づいてこちらを見たシェイドに微笑みかける。
「またこうして一緒に花火を見れてよかった」
 そのミレイユの言葉の中には、シェイドの身を気遣う心が溢れている。
 優しい微笑。けれどその中に揺れる不安……。
 淡い桃色に四季草花がさらげなく描かれた浴衣を着て、髪を軽く結い上げたミレイユは、いつもよりもろく繊細に見えた。
 これ以上心配をかけるわけにはいかない。そう決意したシェイドはミレイユに静かに伝えた。
 今までミレイユの血を吸うのを控えていたけれど、もうそれはやめる、と。
 伝えた途端、ミレイユの笑顔はとても安心したものになった。それだけずっと気を揉んできたのだろう。
「よかった……あ、っ」
 囁くように言った時、人の波に押されてミレイユはよろけた。それを素早くシェイドが掴み止める。
 危ないですからとシェイドが繋いだ手を、ミレイユは握り締めた。
「離さないでね」
 シェイドはそのミレイユの手を、しっかりと握り返した。
「あなたのことを離す気などありません……」
 今までも、そしてこれからもずっと。
 そんな本心の気持ちを隠した言葉だったけれど、鈍いミレイユには伝わらないだろう。そう思ってミレイユを見ると、案の定きょとんとしていた。けれど、そのことにシェイドがほっとした矢先、ミレイユの赤い瞳に動揺が走った。
 口を開きかけ、また困ったように閉じる。何をどう言葉にしていいのか迷うように。
 その動揺はシェイドにも移る。
(もしかして伝わったのでしょうか……?)
 去年も見た花火。
 けれど確実に去年とは違ってきている2人がそこにいるのだった。
 
 
 苦い喧嘩のその先に 
 
 
 何が原因だったのかさえ思い出せない。そんな些細な行き違いだったはずなのに、気づけばそれは口論になってしまっていた。引けばいいのに、どちらも折れるタイミングを失って喧嘩別れ。
 花火は1人で観に行くからと秋月 桃花(あきづき・とうか)芦原 郁乃(あはら・いくの)を家に残して出て行ってしまった。それを寂しく思っているのを認めたくなくて、郁乃はアンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)荀 灌(じゅん・かん)を花火見物に誘ってみた。
「花火見物ですか? はい、もちろん御一緒します」
 灌は嬉しそうに手を打ち合わせ、アンタルも乗り気になってくれた為、郁乃たちは3人で福神社へとでかけることになった。人数も増えたことだし、これならば楽しく過ごせるに違いない。
 到着した福神社の境内では皆楽しそうに、夜店で買い物をしたり、花火を眺めたりしていた。けれど……郁乃の心は一向に晴れてはくれない。
「はふ……」
 何だか何もかもがつまらなくて、郁乃はため息をついた。
 そのため息を耳にして、アンタルに肩車してもらっている灌が気がかりそうに身じろいだ。
「どうした?」
 動きに気づいて聞いてくるアンタルの耳に、郁乃には聞こえないように灌はささやく。
「私、郁乃さんと桃花さんが口論してたのを見たんです。2人とも普段はとても仲が良くて優しいから、びっくりしました。もしかしたらこの花火、本当は2人で来るはずだったんじゃないかしら……」
「なるほどな。何かあったのだろうとは思ったがそうだったか。俺も若いときはよくやったもんさ」
「仲直りしていただく方法はないものでしょうか」
 そんな灌の心配を、アンタルは笑い飛ばした。
「心配するこたぁねぇよ。こういうのは当人たちの問題だからな。口を挟むのも野暮ってもんさ。俺たちは十分に楽しませてもらおーぜ。それより荀灌、あんまり動くと若い娘の太ももの感触が……いや、何でもない」
 アンタルはごほごほと咳払いで誤魔化すと、灌をシートの上に下ろした。
「この辺りで見物していてくれ。俺はちょっと出店でも見てくる」
 郁乃と灌から分かれたアンタルは自分たちが来た道を引き返す。どうせ後からついてきているだろうという予測どおり、すぐに桃花に出くわした。
「あ……ぐ、偶然ですね」
 急いで取り繕う桃花の腕をアンタルは掴んだ。
「ほれ、さっさと来なよ」
「え、でも……」
 桃花が反論をする暇もなく、アンタルは郁乃たちのいる処に戻った。顔をあわせてばつが悪そうな郁乃と桃花をアンタルは促す。
「ほれ、仲直りしちゃいなよ。辛気臭くちゃこっちが楽しめなくていけねぇよ」
「そんなこと言われても無理だよっ」
 ここで折れるのもしゃくで郁乃は意地を張った。桃花も困惑の表情で黙っている。
「そんなつまらなそうな面してるくせにか? 荀灌も心配してるぜ。あんたらの妹分だろ」
 アンタルは握り拳に親指を立てて灌をさすと、あとは2人に任せた。灌を引き合いに出されると郁乃も弱い。
「……桃花……ごめんね」
「……いえ、桃花こそ申し訳ありませんでした」
 謝ってしまえば心も軽くなる。
「私喧嘩して気づいたの。桃花がいないとダメなの。何してもつまんないの。だから……」
 仲直り、と郁乃が出した手を、桃花は宝物のように受けた。
 そして仲良く手を繋いで戻ると、花火に見とれていた灌が気づいてこちらを見、そして嬉しそうな顔になった。
「な? 心配なかったろ」
 アンタルの言葉に肯くと、灌はみんなで一緒に花火を見ようと手招きした。
 喧嘩は苦くてしょっぱくて。
 でもその先に仲直りがあるなら、そんな味もきっと美味しいスパイスになる。
 
 
 ママたちのキス 
 
 
「ねぇ、あおいママ〜、花火ってどんなものなの〜」
「そっかぁ〜、カレンちゃんは花火見るのも初めてかぁ〜。見たら絶対気に入ると思うよ♪」
 お揃いの浴衣を着た秋月 カレン(あきづき・かれん)と手を繋いで、秋月 葵(あきづき・あおい)は福神社に出かけた。2人の為に、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が先に福神社に行って、花火のための場所取りをしてくれている。携帯で位置を確かめると、葵はカレンがはぐれないように気をつけながらそちらに向かった。
「何か買っていこうかな。カレンちゃんは何が食べたい?」
 花火を見ながら食べられるものを、と葵は夜店を見て回った。
「あおいママ、カレンあれ食べてみたいの〜」
「リンゴ飴? あたしも良く食べたな〜」
 葵はカレンにリンゴ飴を買って持たせた。リンゴの上に赤い飴。つやつやしたその見た目が子供心をくすぐる。
「あたしはエレンとたこ焼き食べようかな」
 待っているエレンディラのために食べ物を買うと、葵はエレンディラが敷いたシートの処に行った。
「エレン、場所取りご苦労様〜」
「葵ちゃん、カレンちゃん、迷わずに来られましたか?」
 シートにのんびりと座り、持参した水筒の紅茶を飲んでいたエレンが、2人に気づいて微笑む。
「うん。迷わなかったよね〜」
 葵が同意を求めると、エレンディラも大きく肯いた。
「あおいママがちゃんと連れてきてくれたの〜」
「それは良かったですね。ここなら良く見えると思いますから、2人とも足を伸ばして下さいね」
 葵もカレンも背が小さいからと、エレンディラは人混みを避けて花火の観易い場所を探しておいた。カレンを真ん中に、右にエレンディラ、左に葵。3人で仲良く並んで花火があがるのを待ちながら、来る途中に葵が買ってきたたこ焼きをつまむ。
「ほら、カレンちゃん、花火だよ〜」
 葵に指さされて、カレンは夜空に開く花火に目を輝かせた……けれど、
「きゃっ!」
 次いで鳴り響いた音にびっくりして耳を塞いだ。
「大きな音がしますけれど、大丈夫ですよ」
 驚くくらい響いて聞こえる。けれどエレンディラが優しくなだめるうちに、カレンも花火の音に慣れてくる。
「すっごくキレイだね。お空にキラキラのお花さんいっぱい〜!」
「ほんとにキレイ……」
 花火に見入っている2人に目を移した後、エレンディラも微笑んだ。
「ええ。とってもキレイですね」
 カレンの後ろで、葵とエレンディラはずっと手を繋いでいた。花火を観ながらも感じる互いの体温がほっと心を落ち着かせてくれる。
「ねぇ、エレン……ちょっとこっち向いて……目を閉じてくれる?」
「はい? いいですよ」
 言われた通りに目を閉じたエレンディラに、葵は軽くキスをした。
「ママたちずるいの〜。カレンもするの」
 気づいたカレンが葵、そしてエレンディラの頬に順にキスをする。そんなカレンの仕草に笑うと、葵とエレンディラは同時にカレンの頬にキスをした。