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●第5章 あさぱに! 蒼学の巻(小鳥遊 美羽 編)

 その日、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は男になった。


「うそぉぉぉぉぉぉお!!!」

 長く綺麗な青緑の髪はそのままに、青い瞳も以前と変わらず愛らしい。
 なのに、成長途中の乙女にとって大切な……パイちゃんが無かった。

 無かった…

 大事なことなので。
 泣きの涙で、もう一度言おう。

 無かったぁ…

 こんな姿を他人には見せられないので、美羽は悩んだ挙句、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の元に向かうことに決めた。
 いつでも一緒のコハクは頼れるパートナー。
 コハクなら美羽の気持ちを理解しようとしてくれるに違いない。美羽はそんな期待をしながらコハクの部屋に向かった。

「コハクぅーーー! 見てぇ!」
 美羽はドアを思いっきり開け放つと、コハクを探し、視線を彷徨わせた。ふと見れば、ベッドから焦げ茶色の髪が見えている。コハクだ。
「コハク! あのねぇ…」
 美羽は布団を掴んだ。
 引っぱがそうと力を入れ……硬直した。

「え?」

「ええ?」

「えええ???」

「えーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 そこにいたのは、美少女だった――獣人の。
 しかも、見知った顔の、美少女。間違いなく、女の子になったコハクだった。
「ん〜〜〜」
 ころんと寝返りを打ったコハクは眠そうに目を擦る。
 垂れた犬耳がふわりと揺れた。
 うっすらと開けた瞳は長い睫に縁取られていて、憂いの表情を感じさせる不思議な魅力がある。痩せて頼りない雰囲気は、儚げで守らなければいけないと思わせるに十分だし、優しげな面(おもて)は女らしく変化していた。
 時々、尻尾がぴこぴこと動く。

(う……負けた! じゃーぁ、なぁ〜〜〜〜い!)

 寝ボケて女の子が男の子の部屋に入ってきている事実に気が付いていない。脳みそが恥じらいを思い出すには時間がかかりそうだ。
 コハクは背伸びをした。
「おはよう、美羽」
 コハクは言った。
 美少女の口から語られる言葉が、こんなに可愛いものだとは思わなかった。
 【元気一発、笑顔でGO!】な美羽は、我知らず、一目で女を感じさせるコハクの魅力にくびったけになっている。
「コハク、可愛い!!」
「え?」
 朝起きて、開口一番の美羽の台詞に目を瞬く。
「なに?」
「コハク、可愛いよー♪ 起きて! 鏡見てー♪」
 美羽はコハクの手を掴むと引っ張っていこうとする。
 急な展開にコハクは目を瞬いた。
「ちょっと待って、美羽…一体、何が」
「鏡見たらわかるし!」
「わぁーー!」
 美羽に連れられ、コハクは洗面台の前に行った。
 鏡に映るのは、女の子になった自分。
 垂れた犬耳が、憂いと言うか、情け無さそうな雰囲気を増倍している。
「僕、なのか?」
「そうで、【ござる】よ! ……あれ?」
 美羽は思考停止状態になった。

(なに…今の…?)

 美羽の思考が再起動した時には、違和感が美羽の心にアラームを鳴らした。

(もしかして……ござる…とか言ってない…で、ござるか? …え?)

「どうしたの美羽…ってゆーか、何で、僕は女の子なんだろう? 犬耳まで生えてる…」
 コハクは情け無さそうな声で言った。
 揺れる胸が罪悪感を引き起こしているようだった。
 それはそうだろう。
 美羽一筋の純情少年コハクの胸、こともあろうか女の子のふくらみがあるのだ。逆を言えば、美羽にも【おとこのこのふくらみ】があったりするわけなのだが、そんなことはコハクの思考には浮上しない。今は自分のことだけだ。
 妙に敏感な自分の尻尾が恥ずかしくて、コハクは真っ赤になっていた。ちょっと、人には触られたくない。
 そうこうしていると、ござる口調の衝撃から立ち直った美羽がコハクを見つめていた。
「な、なに?」
「デートしようでござる」
「え? 何で? どうして、美羽は時代劇の喋り方なんだ?」
「そんなことは、どーでもいいのでござるー! 今日はおりしも日曜日! コハクがこんな可愛い女の子なら、美羽は頑張ってエスコートするでござる!」
 最初は驚いたが、コハクが女の子になったことが神のギフトだと気が付いてからは、吹っ切れるのが早かった。 
 お着替えさせたり、大事にしたり。
 世話を焼いて、楽しくなれば幸せ増倍。今日の運勢を上昇させるスポットは空京だと勝手に思い込んだ。
「行こう。今すぐに、でござる! 服なら学園の制服を貸すでござる」
「え、でも…あの制服は超ミニじゃ……」
「それしかないのでござるよ! 着るべしでござろう?? 寧ろ、必須でござる」
「あ、だから…そんなに力説しなくっても…」
「コハク!」
「わ、わかったから」
「やったーーーーー☆ で、ござーる♪」
 美羽はピョンと飛び跳ねる。

 楽しい一日がはじまろうとしていた。