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コックローチ・パニック

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コックローチ・パニック

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第一章 コックローチ・パニック


「集まってきた他校生徒には悪いけどさ、ここは重要施設だから入れるわけにはいかないんだ、害虫駆除を手伝ってくれるのなら施設から飛び出した奴を逃がさない様にトドメを刺さないといけないから、それを頼む」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、そう言って頭を下げた。
 危険物倉庫とは、その名前の通り危険物が大量に(そして乱雑に)しまわれている倉庫である。そうそう簡単に、ほいほいと他校生を招きいれていいわけではない。
 もっとも、これは本来ならば董琳が事前に対応しておくべき事柄であるのだが……本人は巨大なゴキブリやダニが闊歩する倉庫に入らなければならないという事で頭がいっぱいで、そんな当然のことすら頭が回らない状態だったのである。
 垂の中では、多少の揉め事などが起きる可能性を考慮していたが、案外すんなりとやってきた他校生は納得した。もともと、巨大なゴキブリを退治するなんて誰もがいやがるような内容だ、それをやってやろうなんて思って来た人たちであるからかもしれない。
「はーい、みんなこっちに注目だぜ!」
 中に入る教導団のメンバーに防護服が配られる最中、外で待機する他校生の人々に声をかけたのは朝霧 栞(あさぎり・しおり)だった。
「今回のメインターゲットはゴキブリだ。知っていると思うけど、あいつらはかなりしぶとい。これぐらいの―――」
 と、指で大きさを示す。だいたい五センチぐらいだ。
「大きさでも、本当にしぶとい。だから、トドメをさしたって思っても、必ず死体はここに持ってくるように。そうしたら、俺が【ファイアストーム】を使って跡形も残らないように焼却処分するぜ。実は中に卵があって、それが孵ったりしたら大変だからな」
 不快害虫焼却場は運動場のど真ん中だ。周囲に燃え移る心配もないし、思う存分魔法を扱うことができる。
 こうして特に問題らしい問題が起きることもなく、突入組みの第一隊が突入を開始し危険物倉庫の害虫駆除作戦は開始された。



「さ、私達も配置につきましょ……あれ?」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が振り返ると、そこに居たはずの樹月 刀真(きづき・とうま)の姿が消えてしまっていた。
「…………」
 嫌な予感がした。



「巨大害虫の大量発生。これは、シャンバラの危機ですね」
 波羅蜜多実業高等学校から、この話を聞いて超急いでやってきたガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)はあつい心の持ち主である。
 害虫どもを燃やして燃やして燃やし尽くして処分してしまおうと考えていたのだが、他校生は内部へ入るのを禁止されてしまい、外で逃げ出してきた害虫の焼却処理に甘んじていた。
 まだ中に入る人たちの半分は外で順番待ちをしている状態だったが、彼女の持ち場には既に二匹のゴキブリやってきていた。大きい以外はただのゴキブリのようで大した敵ではなかった。
 本音を言えば、倉庫ごと全部燃やして処分してしまいたいところなのだが、中に何があるか誰も把握しておらず、爆発とか、もしくはもっと大変なことが発生する可能性があるので、今回は我慢してほしい。と垂に頭を下げられてしまったので、こうして逃げ出してきた奴を一匹ずつ叩いていた。
「運動場まで持っていくのも大変ですし、こうやって跡形も無く燃やし尽くせば大丈夫ですね」
 また現れた一匹も、【ファイアストーム】で手早く片付ける。
 とそこへ更に背後から何者かの気配。
 ガートルードがさっと振り向き、絶句した。
「………」
「黒き悪魔を身に纏い腐臭漂う地に独り立つ…叫ばれ、嫌われ、大惨事!『黒き魔王 ゴキブリンガー』呼ばれてないけど只今惨状!!」
 口上をつらつらと述べるそれは、非常に滑舌がよかった。きっと練習したいに違いない。
「………」
「さあ害虫共よ!この黒くテカってる剣でお前らを討つ!」
 ゴキブリンガーこと、刀真は黒い刀身の光条兵器を天に掲げた。これまた滑らかな動きで無駄がない。きっと猛練習したに違いない。
「………一つ、聞いてもいいですか?」
「なんなりと」
「その、紐でつながれてまるで鎧のような昆虫は、一体なんなんですか?」
「もちろん、ゴキブリですよ」
 刀真は全身にゴキブリを装備していた。ゴキブリを捕まえる粘着シートからゴキブリを集め、それを紐で繋いで鎧のように着込んでいるのである。
 ゴキブリを身に纏うで、巨大ゴキブリに対するカモフラージュにしよう。という考えなのだと思われる。恐らく。きっと。
「そうですか、【ファイアストーム】」
「え、ちょ、まって、まだ俺なんも活躍してなっ、ドアッチャーーーー」
「喋る汚物が……教導団はここまで落ちぶれていたのですか……」
 一応、教導団の名誉のために言っておくが、彼は教導団の生徒ではありません。もっとも、全身にゴキブリを装備している姿ではどこの学生なのかなんてわからないのも無理はない話ではあるわけで。
「ぎゃあああ、ジューシーな匂いがする、やばい、こんがり焼けてきてる。上手にやけちゃうぅぅぅぅ」
 ゴキブリンガーはしばらく炎に抱きつかれてのたうちまわっていたが、少し離れたところから銃声が聞こえたかと思うと、ぐったりして動かなくなった。
 燃えたまま。
「あ、すいません。そこの―――」
 現れたのは、月夜だった。月夜は、ゴキブリをまとって燃えているソレをどう形容すべきか一瞬戸惑い、
「汚物を回収しにきました」
 と告げた。酷いいいようである。
 持っていたバケツの水をぶっかけて火を消すと、月夜は片足を掴んでひきずっていきながらその場をあとにした。
「今日はゴム弾を持ってきていて、よかったわ。それにしても」
 と、真っ黒になった刀真を見る。ゴキブリで黒いのか、元の服が黒いのか、焦げて黒いのかもうよくわからない。
「全っ然いい考えじゃないんだからね、それ。まったく……あとで治療する身にもなりなさいよ」



「外でよかったです」
 ぼそっと呟いたのは、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)である。
 ゴキブリとかが苦手な彼女にとって、不意打ちを受ける心配の無い外での待ち伏せ駆除作業はとてもありがたかった。
「どうかしたの?」
 そう言って振り向く月美 芽美(つきみ・めいみ)に、陽子は慌てて、
「なんでもありません!」
 と返事をする。
「そう、ならいいんだけどね」
 芽美はすぐに向き直って、ゴキブリとの格闘を再開した。
 彼女達の持ち場は、非常口の前である。扉は既にゴキブリの体当たりで壊されてしまっており、それなりのペースでゴキブリやダニが飛び出してくる。
 彼女のすぐ横で、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)も戦っている。
 陽子には信じられないが、二人とも武器ではなく拳での戦闘だ。ゴキブリを見ても触ってもなんとも思わない人種らしい。全く羨ましくないが、凄いとは思った。
「ゴキブリって、案外やわいんだねー。ちょっとびっくり」
「そうね。やりがいは無いわね」
 触感の話とか、聞きたくない。
「そういえば、ゴキブリって確か漢方薬になるんだよね。あと、油で炒めたりして食べるって聞いたことあるよ」
「じゃあ、少し持ち帰って食べてみる?」
 何を言ってるんですか、と突っ込みたかったが気を抜くとゴキブリの接近を許してしまうので陽子は突っ込めなかった。外なので魔法を使えるのだ。
「食用のと違って何食べてるかわからないし、雑菌も多いでしょ、たぶん。だからパス」
「わかったわ。じゃあ、あんまり原型とか気にしないでいいわね」
 透乃ちゃん、ありがとうございます。
 芽美ちゃん、お願いだから少し手加減してください。
「ん、なんか変なのが出てきたみたいだよ」
 非常口から出てきたのは、もやもやした不定形の物体だった。霧か何かが濃く集まっているように見える。
「あれがカビかな? なんか殴っても意味なさそうだね」
「そいつらは、わたくし達にお任せくださいですわ!」
 威勢良く現れたのは、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)である。
「チーシャ、お願い」
「はーい。いっくよ〜」
 ナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)は返事をすると、【氷術】でもやもやをまとめて氷漬けにした。
「今ですわっ、光よ!」
 光が氷漬けにされたカビ襲う。【バニッシュ】だ。
「んー?」
 少し間を置いて、リリィは首を傾げながら氷の塊に近づいた。
「たぶん、倒したと思うのですけれども……」
 相変わらず氷の中には、カビの黒い点々が見受けられる。
「あのね、今回の氷には仕掛けがしてあったんだよ〜。氷をね、こう、レンズみたいにして黒いところに当るようにしたの〜、器用でしょ」
「あら、そうなんですの。なら、きっと倒せたのでしょうね」
 カビが生きているのか死んでいるのか、見分けることはさすがに難しい。そのためには一度溶かしてみればいいのだろうが、少し面倒だ。
「まぁ、きっと誰かが運動場に持っていってくださいますわ。そうしたら、万事解決ですわ」



 人間にはものすごく嫌われるゴキブリだが、食物連鎖のピラミッドではかなり下の方にいる生き物だったりする。蛙にもカマキリにも猫にもねずみにも、ほぼ肉食とされる生き物全てから餌扱いされているんじゃないか、というぐらい食べられまくっている生き物だ。
「ほんと、こいつ等は見かけで損しているだけだよねー」
 そんなわけで、色々大変な人生を歩んできた緋王 輝夜(ひおう・かぐや)にとっては、彼らはよく見かけたただの虫でしかない。巨大昆虫だって、インスミールの森辺りに行けばそれほど珍しいわけでもない。
「見た目だけで駆除されるのもかわいそうですが、私は人間の味方ですので。さらに言えば、可愛い女の子の味方ですから」
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は、喋りながらもゴキブリを【アルティマ・トゥーレ】によって氷漬けにしていく。外での作業なので範囲魔法を使えると思ったのだが、外にはそこまでわらわら出てこないので、単発で十分だった。
「中に入った人たちはちゃんと卵も駆除しているんでしすかね。少し心配です」
「こんだけゴキブリでかいんだから、卵もすぐわかるぐらいでかいだろうし、心配ないんじゃん?」
「それもそうかもしれませんね」
「ま、中のことは中に任せてしまえばいいんじゃよ」
 と、少し不服そうに言うのは須佐之 櫛名田姫(すさの・くしなだひめ)だ。
 月夜見 望(つきよみ・のぞむ)にいきなりここまで連れてこられ、しかも戦う相手は歯ごたえも手ごたえもない虫である。本気で暴れるもなにも、えーいと近づいてやーと切ると倒せてしまうので張り合いがない。
「すばしっこいだけじゃ、わしの相手はつとまらんのう……」
 もし中に入れれば、大量のゴキブリに襲われるなど少しは歯ごたえのある場面に出くわせたかもしれないが、外での各個撃破はもうただの単調な作業でしかない。
「はぁ……」
 もっとも、彼女が最も不満だと思っているのは、
「すげぇ、あんな重そうな体であんな機敏にターンできるのか」
 望が、櫛名田姫達と共に駆除作業を行っているアーマード レッド(あーまーど・れっど)のあまりにメカメカしい動きに心奪われていることだったりする。
「中に入らなくて正解だったかもなぁ、あとで話聞こう。絶対聞こう。できればデータもちょっとでいいから取らせてくれないかなぁ」
「この痴れ者め……ふん」



「いや、ほんとごめんね。本当はこういうの、俺達が用意しなきゃいけないんだろうけど、たすかったよ」
 そう垂はエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に声をかけた。
「本当に大変なのは中で頑張ってる人たちだから、ま、俺らはお手伝いってことで」
 そう答えるエースが行っているのは、駆除を行う人たちの簡易休憩所の設営だ。
 運動会などで見かける、大きなテントをベースに急ピッチで組み立てられていた。
 今はまだ仮もいいところなので、入る人に補助魔法をかけたり。熱のこもる防護服を着ている人に水や氷などを渡したりしている。
「いや、本当に助かる。あまり目上の人を悪く言うのもよくないとは思うんだけど、董琳教官はもう少し仕事をするべきだと思う」
「きっと、相手が相手ですから……もし僕が同じ作戦の指揮を執れなんていわれたら、きっと逃げ出してしまいますよ」
 そうフォローを入れたのは、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)である。彼はゴキブリという名前を言いたくないぐらい苦手なのだ。
「それはそうかもしれないけど」
 まだ垂は言いたいことがある、といった様子だ。身内のごたごたに、他校の生徒の手を借りてしまっている状況そのものがプライド的なものに触れているのかもしれない。
「まぁ、本人は結構罰受けてるっぽいし、許してあげなよ」
「そう、だな。確かにアレは、罰か……」
 と、少し前の出来事を垂は思い浮かべる。
 私は指揮するから外にいるの、と駄々を捏ねていた董琳は首根っこ掴まれて引きずられながら中へと連れていかれていた。本来なら、董琳の言う通り指揮する立場なのだから外にいるべきなのだが、こんなになるまで危険物倉庫を放置した罰なのだろう。恐らく。
「おーい、ホースいっぱい貸してもらえましたよー」
 三人のところに駆け寄ってきたのは、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)だ。
「お、これでシャワーも作れそうだな」
 この簡易休憩所の最大の目玉は、なんといっても簡易シャワーである。魔法を思う存分使えない環境では、雑菌たっぷりの害虫に触れてしまったり、体液を浴びてしまうこともあるだろう。
 男なら、とりあえずバケツで水でもぶっかければいいような気がするが、女の子にそれはかわいそうだ。それに、学校の備え付けのシャワーもあるが少し離れているし数もそう多くはない。それに、早く体を洗ってさっぱりしたいに違いない。
 そんなわけで、シャワーをここに作ることにしたのだ。
「よし、水の問題が解決できればシャワーへの道に一気に近づいたな。駆除が終わる前にちゃんと使えるようにしなきゃいけないから、一気にやるぞ」
 こうして急ピッチで、簡易シャワー設営は進められたのだった。



 ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)は悩んでいた。
 ゴキブリは不快害虫と言われているが、そもそも不快なんて言葉は風評被害にほかならない。彼らだって生き物で、インスミールの森には大きな昆虫なんて珍しくもない。
 たまたま場所が悪かったから駆除されてしまう、というのはそうそう納得していいお話ではないように思える。しかし、ここはシャンバラ教導団。ここにはここのしきたりがあるのは当然の話で、駆除する方針で固まっている彼らの考えを変えられるほど活気的なアイデアがあるわけでもない。
「せめて、あとで遺骸を研究してもらわせればいいんですけれど……」
 彼らが存在した記録だけでも取っておきたい、そう考えながら割り振られた地区を歩いていると、妙な人影を見かけた。
 その人物は、危険物倉庫の前でしゃがみこんで、何かをぶつぶつと喋っているようだった。
「あの、何をなさっているのですか?」
 勇気を持って、ジーナが声をかけると、
「うわぁっ」
「きゃっ」
 その人物があまりも大きな声を出して驚くので、つられてジーナも悲鳴をあげてしまった。
「あ、あれ、ボクの姿が見えちゃったりしてるの?」
 オドオドとそう尋ねるたのは、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)だ。
「……はい?」
「そ、そんな、ボクとしたことが【光学迷彩】を使い忘れていたなんて……終わった……」
「あのー、何をなさっていたんですか?」
「それは……その……」
「義兄弟達の命を助けに来ただけだ」
 もごもごと口ごもるブルタに代わって、そう答えたのはジュゲム・レフタルトシュタイン(じゅげむ・れふたるとしゅたいん)だ。
「ここの巨大ゴキブリは喋るんですか!」
「違う、俺はホタルだ!」
「光るんですか?」
「光らないホタルだ」
 ジュゲムの姿は、どう見ても今回の作戦の駆除対象である。
「ところで、先ほど命を助けに来たと仰いましたよね?」
「ん? ああ、そうだ。こう簡単に生き物を殺して終わらせようという考えは好きになれないからな。だから助けに来た。インスミールの森だったら、こいつらでも生きていけるだろうしな」
「そう……ですか」
「おう、邪魔するなら容赦はしねぇぜ」
「いえ……お手伝いします。どんな作戦なんですか?」
 この言葉に、ジュゲムとブルタはぽかんと互いの顔を見る。
「私は、ジーナ・ユキノシタです。一緒に頑張りましょう」