蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

一夏のアバンチュールをしませんか?

リアクション公開中!

一夏のアバンチュールをしませんか?
一夏のアバンチュールをしませんか? 一夏のアバンチュールをしませんか?

リアクション


第11章 バーラウンジ

 バーラウンジ、中央辺りのボックス席が、異様な盛り上がりになっていた。
「――っからさあ、魔法少女はだな、絶対キラキラの変身シーンのあとに決めポーズと決めゼリフがいるんだよ! これ常識なっ」
「そのとき、こう、ぼよ〜んと揺れるのも絶対アリだよなっ! なっ!」
 女が3人寄れば姦しい、とよく言うが、男が3人寄っても十分姦しい。……もっとも、騒いでいるのはうち2人で、1人は聞き手に回っている感じだが。
「ちっぱいじゃあ、ああは絶対ならないんだよなぁ」
「いやいやいや。ちっぱいの魔法少女だって大勢いたぞ。というか、もともと魔法少女はちっぱいだったろ?」
「そんなことないだろ。ほら、あの赤いくるんくるんの髪と青いストレートの……あ、あれは魔女か」
「ほらなっ。年齢で住み分けてるんだよ」
 ぐっ、と手元のバーボンを一気にあおって、蛇が言う。
 話の途中、無意識的に何度となく掻き上げられたオールバックは乱れきり、ドミノマスクに垂れてきている。
「じゃあ魔法少女は歳くうと魔女になるのか?」
「さあなぁ。歳くった魔法少女って見たことないしなぁ」
「そもそも、黒が言う胸が揺れるのは魔法少女じゃない」
 ぽつっと呟いたのは、それまで聞き手に回っていた実(みのる)だった。
 ノンアルコールカクテルのココ・オコに口づける。
「あれは一般人。魔法の道具を与えられて使えるようになるだけで、それがないと変身できないから」
「ん〜。とすると、やっぱり魔法少女はちっぱいのみなのかー」
 怪傑ゾロ風シンプルな布タイプマスクをつけた、スーツ姿の黒がうなる。グレーのアスコットタイは、邪魔とばかりにとっくに横にどけられてしまっていた。
「反論ないか? ん?」
「いたような気がするんだけどなぁ…。くそ、思い出せない」
 蛇がここぞとばかりにニヤニヤ笑って、テーブルの上のテキーラグラスを黒の方に押しやった。
「テレビの魔法少女はちっぱい限定で決定。おまえの負け」
「チェッ」
 しぶりつつも、負けを認めてテキーラグラスを持ち上げた。
 透明の液体がなみなみと入っている。
「なんだよこれ。酒か?」
「お酒は二十歳になってから。おまえまだ違うだろ。――おっと、においを嗅ぐなよ。罰が面白くなくなるだろ」
「分かったよ」
 先を読まれた黒が、近づけた鼻をしぶしぶ遠ざけた。
「いいか、一気だぞ。喉の奥まで流し込め!」
 蛇の言葉で、えいやっとグラスをあおる。
「で。あれは何なの?」
「ん? 極甘ガムシロップ3個分」
 ブーっっと黒が真上に吹き出すのと、蛇の返事が同時に起きた。


「きゃっ、やだっ、きったなーい」
 点々とカウンターに飛んできた液体に、織(おり)が声をあげて飛びのいた。
 小さな点だったので、少々大げさな気もしたが、この席について以来ずーっと炙ったイカをアテに飲みっぱなしだった織は、面には出ていないものの、結構できあがっている。動作が少々大げさになるのも仕方がない。
「ちょっとあなた達? ここは公共の場なんだから、もうちょっと静かにしてくれないかしら?」
「じゃあさ、おねえさんも一緒にここで飲んでよ」
 彼らのボックス席まで歩いてきた美女が、実が席について以来ずっとチラチラ見ていた女性だといち早く気づいた蛇が、そう提案した。
 これに驚いたのは実だ。
「は? おまえ、何言って――」
「俺達がハメはずし過ぎたら叱ってくれないかな、って。ほら、そこの席あいてるよ」
 と、実の横を指す。
 この提案に、少し思案したようだ。
「あなた達、いける口?」
「飲んでるのは俺だけで、2人はノンアルコール」
 蛇の返答に、織はやれやれと首を振った。
「じゃああなたとあなたは正気なのね。ちゃんと場所をわきまえて、この酔っぱらいに無茶させないようにね」
 黒と実に向かい、お姉さん口調で言う。2人が未成年で、自分が年上だと分かったからだろう。
「残念だな。一緒に楽しもうと思ったのに」
「私は今夜はお話するんじゃなくて、とことん飲むつもりなの。それともあなた、私と飲み比べしてくれる?」
 ここに来て以来3時間近く、ずっとマイペースで飲み続けているというのにふらつきもしない彼女がだれか、うすうす検討をつけていた蛇は、首を振って辞退した。
「じゃあね。もう無茶しちゃ駄目よ」
 そう言って、織は元の席に戻って行く。
「なんかさ、俺1人悪者って感じなんだけど」
 後ろ姿を見送る蛇に
「……それをオレに訊くか…?」
 ようやく極甘ガムシロップ攻撃から立ち直った黒が口を開いた。
「なーんで? 実がモーションかけたがってたみたいだから、とりもってやろうとしたんじゃんか」
「あれはっ……後ろ姿がなんだか知り合いに似ているなと思って見ていただけで。
 彼女がここにいるはずがないから、やっぱり僕の気のせいなんだろう」
 まとはずれな勘違いをされていたことに気分を害しながら、ソファにもたれる。
「へ〜。彼女のどこが駄目なわけ? 仮面つけてても分かる、すごい美人じゃん。アバンチュールにはもってこいの相手だと思うけど?」
 こいつ、だから「蛇」か? と思うくらい執拗なツッコミに、実はしぶりつつも答えた。
「彼女が、悪いわけじゃない。ただ…」
「ただ?」
「……好みじゃないだけ」
「じゃあおまえの好みって?」
「えっ……うーん…。
 髪はショートで、凛としてて。弱々しく見えるときもあるけど、結構しっかりしてるんだ。それで…」
 そう口にしただけで何を思い浮かべたのか、かーっと実の顔が赤くなる。
「こーのむっつりスケベ」
 ボソッ。聞こえない程度に呟いたつもりだったが。
「ん? 今何か言ったか?」
 しっかり聞きつけた黒が、ニヤニヤ笑いながら言ってきた。
「実が何かスケベなこと考えてるみたいだぜ」
「おー、酒も飲んでないのにまっかっか」
「違うっ! そうじゃなくてっ!」
「ま、そーだなー、好きなやつがいるもんな、まこ――」
(うおっと、いけね!)
 あやうく禁句を口にしてしまいそうになって、手元のグラスをがぶ飲みする。
「えっ?」
「好きなやつがいそうだからなって言ったんだよ、蛇は」
 すかさず黒がフォローを入れた。
「飲みすぎだぞ、ペース落とせバカ」
「わりぃ、わりぃ」
 コソコソ。
 これまでの時間ですっかり互いがだれだか見抜けてしまっている2人は、本気で分かっていない実には聞こえないように囁きで会話する。
「あー、つまり、好きなやつがいるから、あれだけはっきり拒否れたのかな、と」
「実は好きなやつ、いるのか?」
「……そういう2人はどうなの? さっきから僕ばかり訊いてくるけど」
「俺?」
 まさか訊き返されると思わなかった蛇は、頓狂な声を上げる。
 ソファの上で立てた膝に肘をついて、ちょっと考え込んだ。
 マジか、ジョークか。
「俺……は、いねえなぁ。大体、惚れたことなんか一度もないし。
 ああでも、会いたいって人なら……いるようないないような、って感じか。もう二度と会えないかもしれないって思うとマジ落ち込むし、あの人は絶対帰ってくるって信じていると、前向きになれたりする。そういう相手なら、いないこともないな」
 ま、恋とかってやつほどじゃないけどね。
 からから笑って、ごまかすようにつけ加える。
「で、黒は?」
「うーん。オレはなぁ…」
 グラスを両手で持って、ソファにもたれかかる。
「結構蛇と似てるかも。
 オレはさ、今までまっとうな恋愛ってものをしたことねえんだ、実は。そりゃ、大事にしたいって思った相手はいるよ? 守ってやりたいなー、とか、こいつとだと結構楽しいからもっと一緒にいたいな、とか。
 けど、あれが本当の愛とか恋だったのかっていうと……今でも分かんねえ。
 そもそも、本当の愛だの本当の恋だのって何だよ? いつも「愛してる」とか「好きだ」とか言うことか? そんなのは猫相手にだって言える。じゃあ立ち直れないほど傷つくことか? それで死んだやつなんか見たことねーぞ。
 こんなこと思ってるようじゃ、まともな恋愛なんかできっこねえよな」
「そうだな」
 蛇、即答。
「なんだとっ? てめーっ」
「なんだよ? おまえが自分で言ったんだろ」
「ひとに言われるのと自分が言うのとは全然別の話なんだよっ。
 えーいっ、ちくしょー! おまえもこれ飲めっ! 飲め飲めっっっ!」
「うわっ、ちょっ……まっ…」
 グラスの縁まで極甘ガムシロップがなみなみと入ったテキーラグラスを全力で押し合っている2人を前に
(あー、言わなくてすんだ。ラッキー)
 とか考えつつ、ウェイターにおかわりを注文する実だった。


(また騒がしいわね、あの子達)
 後ろのラウンジを振り返って、織は注意に行くべきか逡巡する。
 ほかの客は気にしていないみたいで、そのまま話したり飲んだりしているところを見ると、水を差す自分こそうるさい客のような気がした。
(私の方が、もうちょっと静かな席に移動した方がいいみたいね)
 飲んでいたグラスを手に、席を立ったとき。
「そなた、強いのか?」
「は?」
 突然現れた背の高い狐の着ぐるみにそんなことを言われ、織は硬直してしまった。
「強い……強い、ですか?」
 何が?
「わらわは有明 狐子じゃ。
 そなた、先ほどあやつらに言っておったであろう、とことん飲むと」
「ああ、そのことですね。はい、私、すっごく強いです」
 笑顔であっけらかんと答える織は、全くそんなふうには見えなかった。どちらかというと、ほんのりと頬が染まって、ほろ酔いという感じだったが、3時間飲み続けていたというのにふらつきもしないし受け答えもしっかりしている。
 そんな彼女を見て、狐の着ぐるみは、よし、と頷いた。
「ではこちらへ来るのじゃ」
 奥のラウンジ席に、彼女を誘導しようと先に立つ。
「え? あの…」
「あっちで、ちょうど今から飲み比べをしようと話がまとまっての。おぬしも誘ってはどうかということになったのじゃ」
 突然の誘いにとまどっていた織だったが「飲み比べ」のひと言を耳にした瞬間、彼女の心は決まった。
 いそいそと、狐の着ぐるみを追い越して歩いていく。
 くだんのボックス席には、ワインやウィスキーの瓶がまるごとゴロゴロ転がっていた。
「すごいんですか?」
「うむ。わらわも、あのヴァージニアとかいう娘もすごいぞ。このバーに来てから3時間、ずっと飲み続けておるからの」
「まあすてき♪」
「おぬしこそどうじゃ? 先ほど席を立っておったが、もしや帰るところじゃったのか? それならば止めはせぬが」
「あら。あれは席を移動しようとしていただけですわ」
 立ち止まり、訊いてくる狐の着ぐるみに向かい
「私、ザルなんです」
 織はにっこりほほ笑んだ。


「いえ。せっかくのお誘いですが、私はそんなに強い方ではありませんので」
 狐の着ぐるみからの誘いを丁重に断って、セレネは頭を下げた。
 再び席に座り直して、カウンターに向き直る。
「行けばよかったのではありませんか?」
 隣に腰かけていた、白の手袋に黒の軍服姿の男性・ジンが、グラスを持ち上げたまま、言う。セレネの方を向こうともしないので、独り言を呟いたようにも思える。
「私は、とてもじゃないが、あなたのいい話し相手とは言えないようだから」
 ここに来て以来、もうかなりの時間が経ったが、ほとんど口をきかない2人だった。
 最初にセレネが声をかけて、そのとき話して以来かもしれない。
「でも私は――」
「あなたは私に声をかけたとき「せっかくの機会なので語らいながら飲むのもいいと思って」と言いましたね。あちらの女性達は、そのせっかくの機会なのではないでしょうか」
「ええ、たしかに言いました。でも――」
「私に遠慮することはありません。私はこうして、傍観者として周囲の喧騒を見て楽しむのが好きなのです。その輪に加わるのでなく」
「ですから聞いてください!」
 少々強引に腕を引き、セレネはジンに、彼女も話したいことがあるのだと気づかせた。
「……いっぱい、話せるんですね」
 くす。
 とまどっているようにも見える、ドミノマスク越しの目を見返し、笑って、セレネは手を放した。
「私も、これでいいんです。ええ、お話ししたいという気持ちもありました。でも、あなたの言われた通り、雰囲気を静かに楽しむっていうのもすてきだと思います。黙って、音楽に耳を傾けて、このバー独特のムードを満喫する。こうしてお酒を飲むように、私はそれに全身でひたっています。
 私は今、あなたの隣にいて、それを感じています。きっとこれは、他の方とご一緒でしたら絶対に感じられなかったものです。……あの席に行ったら、それはそれで楽しいかもしれませんが、きっとこの気分はだいなしになってしまうでしょうね」
 にっこり笑って、お礼のようにグラスをカチリと合わせた。
「……あなたも、たくさん話せるんですね」
「あら。私、そんなに無口でした?」
「いいえ。歌っているようでした」
 曲に合わせて、彼女の背中の黒羽がさわさわと小さく揺れていた。
 音楽を口ずさむように。あるいは、つま先でリズムをとるように。
 全身で楽しむ彼女は、きれいだった。
(私ともあろう者がこんなことを考えるとは、かなり酔っているのかもしれませんね)
「かりそめの夜。真夏の夜の夢、幻想ととるか悪夢ととるかは、本人次第…」
「――え? 何かおっしゃいました?」
「いえ、何も」
 ジンは首を振り、グラスを干すと静かに席を立った。
「失礼して、部屋に戻ります。今夜はお付き合いをありがとうございました」
 軽く会釈して去ろうとする彼の袖を掴み、止めると、セレネはそっと彼の頬に唇を寄せた。
「私の方こそ、あなたのそばで楽しいひとときを過ごせました。これはそのお礼です」
「……失礼します」
 マスクの下の頬が、少し赤くなっていたのは、酔いのせいばかりではないような。
 一歩前に踏み出したジンの腕が、がたりとテーブルに強く当たった。
「あ、危ない」
 思わず支え手を伸ばすセレネ。
「すみません、自分で思っていたより酔っていたようです」
 少し恥じ入りながら言うジンに腕をかけ、セレネはほほ笑んだ。
「私も、今夜はもう十分楽しみました。部屋へ帰ります。途中まで、ご一緒しましょう」
 腕を組み、人気のない回廊を寝室のある棟まで歩いていく。
「……これって、お持ち帰りなのかしら?」
 ぽつり、セレネが呟く。
「何か?」
「いいえ。何でもありません」
 セレネは静かに首を振り、2人は無言でそれぞれの寝室へと帰って行った。