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走り周った後に


 捕縛にされた二本の木は、広場の方まで移動された。
 それはそれは大変な作業だったのだが、大変だっただけで特に事件も会話もなく淡々とこなされたので割愛する。
 木の周囲をぐるりと大勢の人が囲み、さらに足として使っていた根を縄でぐるぐる巻きにしてあるのでとりあえずそう簡単には逃げ出せないだろう。
「んで、どうしよっか、これ?」
 口火を切ったのは中原 一徒(なかはら・かずと)だった。
 みんなこの木を捕まえる事に頭がいっていて、捕まえたらどうするかについてはあまり考えていなかったようで、中々意見が出ない。
 一徒もできれば切り倒したりはしたくないなぁ、ぐらいにしか思っていない。
「切ってしまうのは、かわいそうですわね……」
 捕まえてからは、は大人しくしている二本の木を見てグレース・スタインベック(ぐれーす・すたいんべっく)は言う。
「実害も、お弁当が盗まれたってだけだしなぁ」
「動物園のふれあいコーナーみたいに、柵を作ってそこで餌を与えるようにしてみればもっとお客様がきてくれるかもしれませんわ」
「ふれあいねぇ……」
 そんな会話に、何人かが入ってきてにわかに会議らしくなっていくのだが、それでも明確にこうしよう、という案が出てこない。
 切ったり燃やしたりして処分した方がいい派、いやいやそれはかわいそうだろう派の二つで話し合いは揺れてしまっていた。多数派は、かわいそうだろうという意見なのだが、じゃあどうするかの部分で話し合いがまとまらない。
「歩けるんだったら、もしかしたら喋れるんじゃね?」
 不意に、一徒はそんな事を言い出した。
 きょとん、とするグレース。
「本人に聞いてみたらわかるかもしれないだろ?」
「確かにそうですわね……お話ができればですけれど」
「んじゃ、話しかけてみるわ」
 そう言って、一徒は木に話しかけにいった。
「今あんた達のことをこれからどうしようかって話をしてるんだけど、何か言いたいことある?」
 一秒、二秒、三秒―――。
 やっぱり喋れないか、と諦めかけた頃になって、
「あのぅ」
 と、か細い声が聞こえてきた。
「聞こえましたわよね?」
 グレースの問いに、コクコクと一徒はうなずく。
「何か言いたいことがあるなら、今なら聞いてやるぞ」
 さっき聞こえたか細い声が、本当に木からのものなのか確かめるためにもう一度問いかける。
 すると、いきなり眩しい光が木の方があふれ出した。その光が収まると、二つの木それぞれの前に、女の子の姿が現れた。
「私達姉妹のお話を、聞いていただけますか?」
 二人の女の子は、それぞれ同じ顔に同じ体躯、同じ服を着ていた。違いがあるのは髪で、一人は鮮やかな緑色の真っ直ぐな髪が腰まで届き、もう一人の髪は肩に触れる程度の長さだった。
 恐らく、髪が長い方が姉で、短い方が妹なのだろう。妹の方は、キョロキョロ辺りを見渡していて、あまり落ち着きがないようだ。
「とりあえず、お話を聞いてみるべきだと思いますわ」
 そうして、二人の話を聞く事となった。



「こちらにやってきたのは、ほんの少し前になります。それまで住んでいた場所に、途端に雨が降らなくなり、降ってもほんの少しになってしまったからです」
 動き回れる木である彼女達は、それだけ普通の木よりも多くの栄養を必要とする。
 そのため、土地が肥えて、水が多くある場所でなければ生きてはいけない。そういう場所を求めて、旅をするのがその木の生き方でもある。
 長い旅の果てで、二人はこの自然豊かなインスミールの森までたどり着いた。
「しかし、私達はここで生きている木々よりもずっと若い木です。確かに、歩くことはできますが、長く生き深くまで根を張った木々の中に入り込めなかったのです」
 まだ旅は続けなければいけない。
 しかし、ここまでやってくるまでにも長い月日がかかり、二人の体はもう限界に近かった。そんな二人が偶然見つけたのが、持ち帰られていなかった食べ残しのお弁当である。
「どうやって食べたの?」
 誰かの質問が入った。
「それはですね、この姿でなら食べ物を食べることができるのです。新しい発見でした。偶然、ここで食事をしている精霊を見まして、だったら私達も食べれるかもしれない、と」
 最初は、そうやって誰かの食べ残しを頂いていたのだが、だんだん今までは無かった食欲という感覚が自分自身を苦しめるようになってしまった。
 奇しくも、今は紅葉狩りのシーズンで多くの人がここにやってきては、皆それぞれおいしそうなお弁当を持ってきていた。根は張らずに、木々に紛れていた二人の姉妹は、毎日そんな姿を眺めることになり、そのうち妹の方が我慢できなくなってしまった。
 それからは、皆が知る話に繋がる。
 お弁当が盗まれるという話が出始め、そして木が盗んだという目撃証言が入り、こうして今はお縄にかかっているのである。
「ねぇねぇ」
 話を聞いていたクラーク 波音(くらーく・はのん)が、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)に小声で声をかける。
「なに、波音ちゃん?」
「これって、街に来ちゃったスズメバチさんとか、カラスさんとかと同じだよね?」
「そうですね、それに話を聞く限り原因はお弁当のゴミをちゃんと捨てていかなかった人のようですし」
 食べ物が無くて、生活圏を追われて、人里にやってきてしまうというのは珍しい話ではない。それがクマや猿ではなくて、木だったという話だ。
「動物でしたら、山や森に返してあげるものですけど、話では彼女達には帰る場所が無いようですし、どうすればいんでしょうね」
「でも、切っちゃったりするのは可愛そうだよう」
 そう言うのは、ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)だ。
 それから、また少しみんなで話し合いをし、最終的にはもうお弁当を盗まないことを約束させ、今後はインスミール魔法学校で一応の管理をするという事で話がついた。
 とりあえずしばらくは、生徒で行っている見回りを手伝ってもらうなどして、その報酬として食べ物をあげていくことになった。



 話し合いも一応終わり、解散となると今度は木の周りには彼らに興味を持っていた人が集まり始めた。波音達もその中の一人だ。
「今日はね、木さんに食べてもらおうって思っていっぱいお弁当作ってきたんだよ」
 そう言って、大きなバスケットから、たくさんのお弁当を取り出す。
「ねぇ、今言ったの本当? 食べていいの?」
 食べ物に釣られて、妹の方が寄ってきた。
「うん。いいよ」
「本当! やったー」
「デザートもいっぱいもってきたよ〜、木さんは甘いもの好きかな〜?」
 ララも大きなリュックサックから、沢山お菓子を取り出してみせる。
「走り回っちゃったから、実はすっごくお腹が空いてたんだよね」
「そうなんだ」
「うん。だから、ありがと、すっごく嬉しいよ」
「てへへっ」
 波音が少し照れたように笑う。
 お弁当を一緒に食べながらお話しているうちに、すぐに彼女達は仲良くなった。
 妹の木は、子供っぽいというか、幼いというか、そんな感じの印象を受ける。姉の木と髪以外は全部同じ見た目なのだが、つい先ほど落ち着いて話していた姉とはだいぶ違うようだ。
 その姉はというと、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)に質問攻めに遭っていた。
「どこから来たのですか? 他に家族はいますか? 食べ物は何が気に入りました?」
 矢継ぎ早な質問に対して、姉の木は正確に一つ一つ答えていく。
「いろいろあちこち歩いていたのでわからないですね。家族はあと兄が居ましたが、途中で別れてしまいました、枯れてしまったわけではないですよ。食べ物は、そうですね、辛いものが好きなようです」
「オルフェ、そのぐらいにしといてあげな」
 『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)が、やんわりと間に入る。
「あ、すみません。ちょっと興奮してしまいました」
「いえいえ、構いませんよ」
「随分と大人しいんですね。さっきまで走り回っていたのが信じられませんよ」
 ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)は結構な距離を木と追いかけっこしていたのである。
「人間に捕まったら、切られるか売られるかしてしまうと、そう聞いてましたので……」
「あながち、間違ってないだろうね」
「あれ? 御影はどこにいったんでしょう?」
 先ほどまですぐ近くに居たはずの、夕夜 御影(ゆうや・みかげ)の姿が見えずオルフェリアは周囲を見渡している。
「にゃーはここだにゃー」
 声が聞こえたのが上からだった。
 見上げると、姉の木の上に御影の姿があった。
「あ、ごめんなさい。すぐに降ろしますから」
「いいですよ。落ちたりしたら大変ですけど、木登りは慣れているみたいですし」
「そ、そうですか?」
「ええ。それよりも、こうして人とお話をするのは実は初めてなんですよ。ですから、こちらからも質問をしたりしてもいいですか?」
「どんどんしてください。沢山お話して、仲良くなりましょう」



「ん……ふわぁぁぁぁ……あれ?」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が目を覚ますと、真っ暗だった。
「あるぇ?」
 むっくりと起き上がると、転がってきた一升瓶が手に触れた。持ち上げてみると、中身は入っていないようだ。
「あー、マジ寝しちまったのか……」
 もう一つ大きな欠伸をして、水はないかと周囲を見渡してみる。
 幸い、誰のかわからないが水筒があったので手にとってみて振ってみた。中身はあるようだ。
「いただきますよっと」
 中身は麦茶だった。
「ふぅ……」
 一息に飲み干して息を吐くと、だるんだるんだった頭がいくらかすっきりしてくる。
 記憶が確かなら、捕まえた木を囲んでいるところに一升瓶を抱えて乱入したようだ。そうした理由は確か、木は酒を飲むとどんな反応するのかという興味本位だったはずだ。
「思ったより強かったなぁ、姉の方は」
 妹の方は試しに飲ませてみたら、全身がトマトみたいに真っ赤になってそのまま精霊体が消えてしまった。しばらくしたら戻ってきたが、木にも強い弱いがあるらしい。
 姉の方はといえば、淡々と飲んでいた。一見酔っているようには見えなかった。もしかしたらそのあと酔ってくれたのかもしれないが、アキラはその前に寝てしまったからわからない。
 少し冷たい秋の夜風が心地いいなぁ、とアキラがぼんやりしていると足音が近づいてきた。
「おや、そろそろ起こしてやろうかと思ったが、起きておったのか」
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)の片手にはコンビニ袋があった。
「なんだ、それ?」
「さすがに秋の夜は体が冷えてしまうじゃろ? だからな、温まる飲み物を買ってきたのじゃ」
「暖かいじゃなくて、温まる飲み物か」
「こっちの方がいいじゃろう?」
「もちろん」
「昼間も紅葉もよかったが、ここはほとんど明かりが無いから夜の星空も見ものじゃぞ。ほれ」
 二人は秋の夜空を肴に、のんびりとした時間を過ごした。
 少し火照ってきた体を、風が冷ましてくれるのが気持ちがいい。
 次第にうとうとしはじめて、次に気が付いたのは太陽が昇り始める頃だった。