蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

オペラハウス

リアクション公開中!

オペラハウス
オペラハウス オペラハウス

リアクション



●深謀 〜ルース・メルヴィンの戦い〜

 クリストファーの繊細且つ、巧みな技巧で歌い上げられるアリアを聴きながら、ルースは居心地の悪さを感じた。
「ふぅ…」
 ルースは溜息を吐いた。
 隣にはジェイダス校長、イルミンの校長のエリザベート、ルドルフ、メサイア、そして、タシガン貴族のお歴々。
 味方と敵に囲まれて、ルースは自分の位置はどこかと測る。

(ジェイダス校長は味方でしょうけど…マナーもオペラのことも…頼りっきりではいけませんしねぇ…)
 
 何となくだが…自分が三つ巴の箱の中に居るような気がしてならない。
 睨みあったまま動けない。そんな感じだ。
 自分は奈落の手前に居るのか、それとも落ちている最中なのか。考え込んでいると、貴族の一人から声をかけられた。
「この曲は何かね?」
 低い声だ。
 聞き取りやすく、渋いが美声の部類に入るかもしれない。
 【魔笛】の魔王役でもやれば人気が出そうだが、あいにくとルースはその曲のことは知らなかった。
 ただ、耳に残る声だと思った。
「何…とは?」
 ルースは訊ねた。
 相手は古老と言った雰囲気の男だった。実際、歳もとっているようだ。タシガン貴族に歳を聞くのもおかしな話で、一体何歳なのかは計り知れない。
「どんな筋書きかと聞いておるのだよ」
「確か…【歌劇「ジュスティーノ」…Vedro con mio diletto「この喜びをもって会おう(喜びと共に会わん)」】でしたっけ?」
 半ば、隣に座る校長と、演目の情報を事前に教えてくれたメサイアの方を伺うように言った。自信が無い。
「えぇっと…自分の本来の地位も、そして愛も取り返す男の物語だったと思いますけどね」
 完全に情報をトスしてくれた人の受け売りだ。
 歌が終わり、拍手が響くとルースも同じように拍手した。
 その老人も手を叩いた。
 次にクリストファーが【「オリュンピアス」 君の眠る間に、愛の神よ、かき立てよ (ヴィヴァルディ作)】を歌う。
 その旋律を聴きながら、さしてルースの答えに感心もせず、前を向いたまま、その老貴族が言う。
「何故、お前の手袋は白いのだ?」
「は?」
 ルースは相手の言っている意味がわからなかった。
 その貴族は続けた。
「その手は黒くはないのか?」
 老貴族の鋭い眼光がルースを捕らえる。
「彼はその手の為した事を隠すために付けている訳ではないのですよ」
 表情を変えぬまま、いつもの図れない表情で観世院校長は答えた。
 ルースには二人の会話がわからない。意味がわからず、ルースはそっとメサイアにその意味を聞いた。
「どういうことですか?」
「白い手袋は、【私たちは悪事をなさない】という意味を表すんです」
「そうなんですか!?」
「はい…」
 それを聞いて、ルースは胃の辺りに重みを感じるのと同時に、激しい怒りの種が胸の奥で沸くのを感じた。
 ルースはムッとした表情を隠すこともしない。

(オレは何もしていない!)

 女王を攫われたことが吸血鬼たちの心の中で蟠っているのは誰もが知っていることだ。
 でも、自分がそれに加担したわけではない。誰がその引き金になったのかは、神のみぞ知る。要因が重なってそうなったわけであり、それを差し引いても、自分が教導団に所属しているからと言ってむやみに殺生をしているわけでもなかった。

(オレは…死のためだけに戦ったことは無い!)

 ルースは手袋を外した。
 己の拳を握り締める。
「この手が悪事のみを為した手だとは…思わない」
 ルースは言った。
 その行為に、近くにいた貴賓たちは驚いた。
 目を見開き、ルースを見つめる。
 老貴族だけは無言のままだ。
 校長以下、薔薇学の面々は表情を変えなかった。
「えっと…なんで…そんなに?」
 周りの様子に少し驚くルースだが、何故そういう反応がくるのかわからなかった。
「なぁんにも知らないんですねぇ〜、手袋をここで脱ぐのはぁ、決闘を申し込むのと同じですぅ〜」
 エリザベートは言った。
「そうなんですか?」
「そうですぅ〜」
「はぁ…」
 ルースを見つめる視線に振り返る。
「ふん…何も知らぬ雛めが…」
 老貴族は言った。
 だが、相手は笑っていた。
 相手の不敵な笑みに対して、ルースは負けたくないと思った。子供じみているとは思う。でも、負けたくはない。受けて立つと睨み返した。
「フッ……こういうヤツがいるから、引退できなくて困るのう…」
 そう言って、老貴族も自分の手袋を外した。
 手は大きく傷が無数にある、戦士の手だ。
 ルースはその手を見た。
 戦う者の、手。
 無骨でたくましく、未来を切り開いてきた男の手だ。
 老貴族は満足そうに笑った。
 その様子に、観世院校長は忍び笑いを隠せないでいた。
「どうでしょうかね…この若き獅子は」
「ふむ…面白いものを見せてらったぞ。化け獅子にでもなってくれたら、もっと面白そうだがな」
「手に負えなくなりますよ」
「よいではないか…若さは…良い。吼えるぐらいが健康で良いわ」
 そう言って、老貴族は嗤った。
「わしはエーヴェルトだ…エーヴェルト・フォルスブロム。タシガン夜警団の長だ。覚えておけ、若獅子よ」
 老貴族は満足そうだ。
 この貴族はタシガン貴族の私兵を束ねていた重鎮で、エーヴェルト・フォルスブロム伯という。
 タシガン夜警団とは、タシガン貴族の私兵の集まりであり、正式な軍隊ではなく、元々、貴族の私兵団長(責任者)の集合体であった。夜回り組ではなく、かつて、ナラカの魔物と戦ったことがあるため、この名前が付いたのである。
 ルースは相手を見た。
 久しぶりに手練手管の人物に出会った気がする。
 少しばかり、ルースの方も楽しくなってきた。
「お初にお目にかかります。教導団所属、【鋼鉄の獅子小隊】隊長ルース・メルヴィンと申します」
 フォルスブロム伯に向かい、ルースは挨拶した。