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リアクション
第13章 死闘の果てに
「くっ、やばいわね! 次々に落ちてるわ!」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は味方機の苦戦ぶりに戦慄を禁じえない。
「何を焦っている? いまのところ、あやつの死角は、そなたが狙いをつけたとおりのようじゃ」
グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が落ち着いた口調でいう。
「そ、そうだけど!? わかったわ。もう、仕掛ける! やって」
「よし!」
グロリアーナは、イーグリットの【ジョニー・レブ】を上昇させる。
ピピピピピ
シミュレーター操作室から通信が入る。
「データを送るわ。この軌道でPの上に移動して」
フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)が、計算により導いた、Pの機体に近づく最適の移動パターンを送信する。
「ありがとう! メルの様子はどうかしら?」
礼をいって、ローザマリアは尋ねた。
「どうって……相当飲んでるわね」
フィーグムンドは、自分の傍らにうずくまっているメルセデス・カレン・フォード(めるせですかれん・ふぉーど)を心配そうに見下ろしていった。
「はー。『いくさ1』で勝利者になった私が、出撃させてもらえないなんて! いいじゃないの、飲んでたって。ねえ」
メルセデスは片手につかんだボトルのウォッカをラッパ飲みし、酒臭い息を吹く。
飲酒に依存するメルセデスは、今回の出撃をコリマに禁じられたのだ。
もちろん、飲酒してイコンを操縦するなどは論外である。
だが、コリマが今回特に警戒したのは、飲酒した状態でシミュレーターに意識を送った際に、精神にどんな影響が及ぶか、予測が難しかったからでもある。
「コリマ・ユカギール。私は、あなたに会ってよかったことと悪かったことがあるわ。よかったことは、長年トラウマで飲めなかったウォッカを飲めるようになり恐怖心もなくなったこと。悪かったことは、『いくさ1』が行われたあの日から、深酒をするようになったことよ!」
メルセデスは、ひとりごとのように呟きながら、コリマに精神感応でコンタクトをとろうとする。
だが、メッセージは届いているはずだが、コリマからの返答はない。
それもそのはず、メルセデスは酔っているし、今日は朝から何十回、何百回も似たような内容の精神感応を仕掛けているのである。
もっとも、メルセデスも返事を期待していたわけではなく、関心はもっぱらウォッカにあった。
「はー、ローザ。がんばってね。どんなに敵が強くても、必ず勝って、戻ってきて欲しいわ。ふう」
酒がだいぶまわったメルセデスは、意識が朦朧としてきた。
その口から、無意識のうちに、ウクライナの国歌がもれる。
「こ、この歌は! メル、お前はいったい!?」
歌を耳にしたフィーグムンドは、驚いたようにメルセデスをみつめていた。
「ローザマリアの機体が本格的に仕掛けるようだな。私たちも一撃必殺の攻撃を決める必要がある」
綺雲菜織(あやくも・なおり)は、パートナーに通信を送った。
「了解しました。あっ、さらに通信が入ります」
有栖川美幸(ありすがわ・みゆき)は、続けざまに入った別の通信を流す。
ピピピピピ
「いよいよ決着をつけるときですね。急ピッチで行っていた武装のチェックが終了しました。急いでみなさんに送信しますね」
ルシェン・グライシスからの、追加武装の送信予告だ。
瞬く間に、空の彼方から綺雲たちの機体へと、細長い影がひた走ってくる。
機体が受け止めたその影とは、巨大な刀の鞘だった。
「説明。ビームサーベルの鞘。リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が作成した。イーグリットのビームサーベルがちょうど収まる鞘で、鞘走りを可能にさせる」
アイビス・エメラルドの説明が入る。
「鞘走り? リーンさんがこれを!?」
有栖川は、追加武装の思わぬ仕様に声をあげる。
そのとき、リーンからの通信が入った。
「美幸ちゃん。あなたにプレゼントを贈る。菜織さんとあなたの関係そのものだと思うから、頑張りなさい」
友人からの温かい言葉に、有栖川は胸を打たれた。
「菜織様が刀で、私が鞘ですね。ええ、まさしくそうです。リーンさん、ありがとう! 作成は大変だったのではないですか?」
「大丈夫よ。政敏が補助してくれたから。っていっても、さんざん突っ込み入れといて、実際の作業は私に任せるいつものパターンだったけどね」
リーンがそう答えたとき。
「それはないだろう。これでも魂賭けてサポートしたんだぜ。榊がチェックしきれなくなっていたから、俺はリーン以外の人がつくった武装もチェックして、突っ込み入れてたんだ。俺の役割は調整だって、知ってるくせに」
緋山政敏(ひやま・まさとし)が通信に割り込んで、異議を唱える。
「リーンさんも、緋山さんも、ありがとう。2人の連携で、素晴らしい武装が手に入りました。必ずいかしてみせます!」
有栖川は、多くの仲間が自分たちのサポートのため動いてくれていることを知って、非常に心強い想いだった。
「まったく、みんなが捨て身の突撃をして、何機も落ちて、それで勝てるかどうかだなんて! これが強化人間の暴走した姿だと? 何でこんなシミュレーションが設定されたんだ」
榊孝明(さかき・たかあき)は、強化人間Pの狂った思考、そして、凶暴極まりない攻撃に驚いていた。
教官たちは、このミッション設定を「現実に起こりうる緊急事態を想定したもの」と説明していた。
説得の余地のない相手を撃墜させるミッションをわざわざ設定することには、何かしら、悪趣味を通り越した悪意が感じられた。
が、いまは、そんなことを気にしている場合ではない。
「孝明、あたしも暴走すればあのくらい強くなれるのかしら?」
孝明のパートナーである益田椿(ますだ・つばき)がいう。
「何をいってるんだ。ああなっちゃいけないし、椿をあんな風にはさせないよ」
孝明がそういったとき。
ピピピピピ
通信が入った。
「どんどん送ります! しっかり受け取って下さいね」
ルシェン・グライシスの声からは、慌ただしく操作を行っている様子がうかがえる。
「追加武装か?」
孝明がコクピットで上空をモニタすると、まさにいま、恐るべき武装が超高速で飛来したところだった。
「こ、これは、重い!」
イーグリットがその巨大なランスを受け取った瞬間、すさまじい重みに、機体が傾くかと思われた。
「説明。巨大ランス。アンジェラ・クラウディ(あんじぇら・くらうでぃ)が作成した。穂先に小さな力場展開機能が実装されていて、超能力者の念を収束し、穂先が折れないように保護し、威力を高められるようになっている」
アイビス・エメラルドが淡々と説明の通信を入れる。
「初歩的な、技術。でも、小さな力でも、一点集中すれば、大きな力に、なる。無事戻ってくること、願ってる」
アンジェラの通信も入ってきた。
「アンジェラ、ありがとう! この武装で、必ず討つ! いまは、それしかないから!」
孝明は、武装を手にしたことで、目の前の相手に対する複雑な想いを振り払うべく、背中を押されたように感じた。
「迷ってはいけない! これはもうシミュレーションじゃない、実戦なんだ!」
「俺たちもいくぜ! 落ちていった仲間たちの無念に報いるためにもな!」
柊真司(ひいらぎ・しんじ)も、イーグリット【ヴァイスハイト】のコクピットで叫ぶ。
「真司! 思い存分やって! わ、私が、サポート、してるから」
ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)がどこか苦しそうな声でパートナーに呼びかける。
「どうした? 気分が悪いのか?」
「ちょっと、プレッシャーの影響がまだあるみたいで、気持ち悪いんです。でも、大丈夫」
ヴェルリアは、柊に心配をかけさせたくなかった。
「あともうちょっとの辛抱だ。奴を倒せば、プレッシャーはなくなるからな!」
柊がそういったとき。
ピピピピピ
「ま、間に合いましたか? いま、送ります!」
ルシェン・グライシスの声とともに、半狂乱になってキーボードの叩かれる音が通信に入る。
「おう。ゆっくりやってくれ。要は、突撃する前に届けばいいんだ」
柊は、追加武装担当のチームへの配慮をみせた。
しゅううううううう
天の彼方から降ってきた巨大な装甲が、ヴァイスハイトの胸部、肩、腕、足に次々に装着されていく。
「説明。高機動型追加装甲。アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が作成した。スラスター付きで、背面には追加のブースターもある。装甲を厚くして落ちにくく、スピード、小回りともに強化されるが、重くなって遅くなる分をスラスター等で補うため、エネルギー消費が多くなる」
アイビス・エメラルドが、武装の欠点も含めて説明する。
「調整がいろいろ大変じゃったが、他の生徒にも協力してもらって、何とかかたちになったぞ。エネルギー消費は気にするな、あともうちょっとで対象を撃墜して帰ってくるのじゃからな。ああ、そうじゃ、原案は七刀が考えてくれた。礼をいわねばのう」
アレーティアの通信に、柊はニヤリとした。
「そうだな。ここまできたからには、必ず撃墜する! 撃墜を狙うとか、やってみるとか、そういう考えじゃダメだもんな! この装甲はすごいぜ! 俺としては、スラスターのおかげで高速移動できるのがいい! ヴェルリア、最後の踏ん張りで、このスラスターの制御も頼むぜ!」
「私は大丈夫! 真司が最後まで貫けるなら、何でも!」
ヴェルリアは、プレッシャーの影響の中、顔をしかめて歯を食いしばりながら叫んでいた。
突撃直前に次々に送られてきた追加武装を装備した各機は、いっせいに攻撃の構えをとる。
追加武装がある機体も、そうでない機体も、ここが正念場と気合をあげた。
「ジョニー・レブ、上昇するわ! 敵の死角は真上にあると思うの!」
ローザマリアたちの機体が上昇し、フィーグムンドの示した移動パターンに従って、敵機の攻撃を回避しながら、螺旋状に軌道を描いて、敵機の頭部の真上を目指す。
同時に、柊たちのヴァイスハイトも上昇していた。
「俺も真上から仕掛けるつもりだ! この追加装甲のスラスターを全開にすれば、敵の攻撃を避けていける!」
ヴァイスハイトは、ジョニー・レブとは別の軌道を描いて敵機の真上を目指す。
別々の軌道を描くことで、真上にいかせまいとする敵に叩き落とされにくくなるのだ。
「よし、私たちは正面から! 多方向から同時に仕掛け、敵機を翻弄するのだ」
綺雲たちの機体も、ダッシュをかける。
機体のビームサーベルは追加武装として送信された鞘に収められていた。
その、サーベルを収めた鞘を手で抱えて腰につけた状態で、機体は敵機に近づいていく。
「もちろん、私たちの誰も、撹乱で仕掛けるわけではない! それぞれが、一撃で決めるつもりで突っ込むのだ! そうでなければ、この相手は破れん!」
綺雲は叫ぶ。
「俺たちも正面からいくぞ! 綺雲たちとは別方向から!」
榊孝明の機体も、巨大ランスの掲げて切っ先を前方に向け、いっきにダッシュをかける。
「よし、敵機の真上! ここから!」
ローザマリアは、ジョニー・レブを敵機の真上で静止させると、ビームサーベルを逆手に構えさせ、切っ先を真下、敵機の頭部に向けた。
「くらえぇ!」
ジョニー・レブは、猛スピードで垂直降下。
敵機を脳天から串刺しにしかねない勢いだ。
「ジョニー・レブ! 俺たちも同時に突撃させてもらう! おそらく、どちらか1機は落とされる! だが、どちらも全力で仕掛ければ、どちらか1機は奴に深手を負わせられるはずだ!」
柊もまた、敵機の真上から、ビームサーベルを構えたヴァイスハイトを垂直降下させていた。
ジョニー・レブと、ヴァイスハイト。
2機が、ほぼ同時に、強化人間Pの操縦する巨大コームラントの頭部にぶち当たらんとする。
「むぎ! 滅びろ、滅びろ! 人間、死んだら楽になるのダ!」
Pは絶叫し、機体を垂直上昇させ、頭部への攻撃に対し、巨大な頭を自ら相手にぶち当てて弾いてしまおうと、力技に出た。
「そうくると、思ったぞ」
叫んで、柊は、ヴァイスハイトの降下速度を上げ、真下にある敵機の頭部と、そこに降下攻撃を仕掛けようとするジョニー・レブとの間に入るかたちをとる。
「えっ、何を!?」
ローザマリアは目を丸くする。
「追加装甲がある! 心配は無用だ! 奴の頭突きを受け止めるから、ジョニー・レブがやれ!」
柊は叫んで、ヴァイスハイトの両腕を頭部の前でクロスさせ、そのまま、迫りくる敵機の頭部に、逆さまの姿勢で突っ込んで行く。
「ヴェルリア、これでいいだろ?」
「問題なしです。真司らしいし、もとより、自滅するつもりはないから!」
柊の言葉と、ヴェルリアの言葉が交錯する。
ぐわっしゃあああああん!
敵機の巨大な頭部が繰り出す頭突きを、ヴァイスハイトがモロに受け止めた瞬間、すさまじい音が鳴り響き、激しい振動がヴァイスハイトを襲った。
「う、うわあああ! いまだ、ジョニー・レブ!」
衝撃の影響でコクピットの肉体にもダメージがくる中、柊は叫んだ。
「うん! やってみせるわ!」
ローザマリアは叫び、隙が生じた敵機に、その頭部に、ビームサーベルの一撃を、猛スピードで繰り出す。
巨大コームラントの頭部が斜めに切断された。
どごーん!
大きな爆発が、頭部から起きる。
「うがああああ! 許さん、この痛みと引き換えにイケ!」
Pは悲鳴をあげ、機体の巨大な腕を振り上げて、その巨大な拳をジョニー・レブにぶち当てた。
「きゃ、きゃああああ!」
拳をくらったジョニー・レブの機体がぐしゃっと潰れ、煙を吹きながら落下していく。
「ジョニー・レブ、大丈夫か!」
頭突きをモロに受け止めたにも関わらず、追加装甲のおかげで撃墜を免れているヴァイスハイトから、柊が通信を送る。
「何とか一撃決めたわ! 後は、任せ……」
ローザマリアの通信が、途中で切れる。
「くそっ、こっちも、持ちこたえるのが精一杯で! 機体の各部が衝撃でボロボロだ!」
柊は歯ぎしりする。
だが、頭部が大破したPの機体は、センサーに障害が生じたのか、動きにキレがなくなってきていた。
加えて、頭部で起きた爆発が首から胸部へと飛び火し、徐々にダメージを深くしていく。
「よし、続けていくぞ!」
頭部から火を吹き、空中でよろめいた感じになった敵機の隙を、自機に接近をかけさせていた綺雲は見逃さなかった。
しゅぴいいいいいん
綺雲の機体が、ビームサーベルの柄に手をかけ、その刀身を追加武装の鞘から走らせて、居合いの要領で強烈な刃の一閃を放つ。
見事な鞘走りであり、見事な居合いだった。
「くぉ? その技、みえないダト!?」
あまりにも一瞬の攻撃であり、状況が状況なので、さすがのPも攻撃を回避できない。
敵機の直近で放たれた、綺雲の機体の斬撃は、見事に対象を切り裂いていた。
どご、どごーん!
Pの機体のあちこちから、炎が上がる。
そこに。
「ランスも、くらええええ!」
榊孝明の機体も、すさまじい特攻で巨大ランスを突き出し、敵機を串刺しにしていた。
「ぐぎゃあああああ! おのれぇ!」
Pは悲鳴をあげながらも、自機を貫いたランスの柄を、自機の腕につかませ、引き抜かせる操作を行う。
「えっ? とられた!? まだ撃墜できてないのに!」
榊は息をのんだ。
「なめるなよ、オンドレ!」
Pの機体が、すさまじい勢いで巨大ランスを振り回し、榊の機体を切り裂く。
「う、うわあああああ!」
榊の悲鳴が味方の機体に聞こえたかと思うと、すぐに通信が切れる。
榊の機体、煙を上げながら墜落していく。
「まだ落ちないとは! くそっ、煙で!」
敵機の直近にいた綺雲の機体は、敵機の胴体から爆発が起きる中、炎と煙とで視界を塞がれるかたちとなった。
「シネ!」
Pの機体は、そんな綺雲の機体も巨大ランスで破壊する。
「一撃では仕留められなかったか! だが、奴はもう虫の息だ!」
機体が炎に包まれながら落ちていく中で、綺雲は他の機体が敵にとどめを刺すことを願った。
「この! それは、俺たちのものだ、返せ!」
柊は叫んで、戦闘不能に陥ったヴァイスハイトの最後の動力を振り絞って、敵機にしがみつかせる。
最後の動力は、追加装甲にあるスラスターから生み出されていた。
ヴァイスハイトは、敵機が振り回す巨大ランスの柄に拳をうちつけ、ランスを無理やり敵機から引き放す。
「よし、ランスを利用されるくらいなら! 一緒に落ちる!」
動力を失ったヴァイスハイトは、奪還したランスをつかんだまま、墜落していった。
ランスをそのままにしておけば、Pのサイコキネシスに操られる恐れがあったのだ。
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