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【リレー企画】客寄せパンダは誰が胸に その2

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【リレー企画】客寄せパンダは誰が胸に その2

リアクション



9.客寄せパンダは誰が胸に 前


 一人が動き出すと、皆我先にとパンダ像目掛けて進んでいく。当然、像から近い場所が最大の激戦地帯となった。
「よし、今のうちに」
 パンダ像に近付くため、ずっと身を潜めていたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、騒ぎに乗じてパンダ像確保に乗り出した。
 像を狙うのは自分達だけではない。とはいえ、この状況を上手く利用すれば手に入れられる、そう踏んでいた。
「ミルディ、来てるよ!」
 背後からイシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)が声をを発した。村の中にはそう多くないとはいえ、モンスターが侵入している。
「あたしの邪魔、しないで!」
 モンスターに向かって深緑の槍を振るい、なぎ倒す。それに、後方のイシュタンが止めを刺していく。
「もう少し……」
 百合園女学院生である彼女が像を手に入れようとしているのは、何も葦原明倫館に協力しているからではない。
「あれはあたしが商売で使うんだから!」
 客寄せパンダを文字通り、千客万来の商売アイテムとして持ち帰りたいという思いから、自らのために像を狙う。
 しかし、事はそう上手くは運ばない。
「……っ!!」
 突然のサンダーストーム。契約者に気付かれたようだ。
「パンダ様、貴方を誰にも渡しはしません」
 攻撃の主は、魅了されているリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)だ。
「ミルディ、何かヤバそうだよ」
「でも……ここまで来たんだから、引き下がれないよ!」
 何かおぞましい気配がリースから放たれている。おそらくは闇術だろう。
「お願い、眠って!」
 ミルディアは子守歌を歌いだした。
「ぐ……!」
 その歌声に、リースは眠りに落ちそうになった。
 ミルディアはその隙に走り出す。
「このまま突っ走ればいけるよ!」
 イシュタンが彼女をフォローしながら進んでいく。だが、パンダ像に近付くという行為は退けた信者を本気にさせてしまったようだ。
 背後から強い気が発せられている。ミルディアは禁猟区によって、それがどれほど危険なのかを肌で感じた。
「神(パンダ様)は言っている――ここで眠る定めではないと」
 リースが眠気に耐え、すぐに詠唱を始めた。
 凍てつく炎、冷気と熱気がミルディア達を襲う。
 それを、エンデュアでなんとか彼女は耐え凌いだ。
「なんだか争奪戦らしくなってきたね」
 少し焦りを感じているミルディアに対し、イシュタンはどこか楽しげだ。とはいえ、決して楽しんでいる状況ではない。
「神は言っている――全てを壊せと!」 
 さらに強力な魔力を練るリース。もはや彼女にはパンダ像の声以外は聞こえていないようだ。もっとも、本当に像が彼女に言葉を送っているかといえば、そんな事はないのだが。
 リースがサンダーブラストを再び繰り出す。だが、それだけではない。
 続けざまにブリザード、さらにはアンデッドの一体を払うためだけにファイアストームも使い、広範囲波状攻撃を仕掛けるほどだ。
「私は神の代理人……」
 あまりにも無茶苦茶な魔法を放っているために、同じように魅了されている契約者達も巻き添えを食らっている。だが、そんなのはお構いなしだ。
「私の使命はパンダ様に触れようとする愚者を……」
 今度は光条兵器をも呼び出した。
「その肉の最後の一片までも絶滅する事」
 狂気の笑みを浮かべ、それを振り回す。だが、それは手近な者を斬るために過ぎない。あくまでも、彼女の本分は魔法にある。
「ああ、貴方は誰にも渡さないわ。そう、誰にも。だから……皆消し飛べぇぇえええ!!! あはははは!!!」
 最大出力で内に秘めたる魔力を解放するリース。もはや狂信なんていうレベルじゃない。彼女の放つ魔法はパンダ像以外の全てが攻撃対象となっていると言っても過言ではないほどだった。

「おいおい、これ洒落にならないだろ……」
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は、この事態に閉口するばかりだった。魅了の力がここまで強いとは正直なところ思っていなかったのだ。
 彼らは編み笠のおかげで何とか正気を保っているが、あれほどの狂気に身を落すとは考えたくない。村の中では魅了された人に清浄化を試みるも、まるで通用しなかった。
 だからこそ、一刻も早く破壊しなければいけない。
「おにいちゃん、アンデッドがまた集まってきたよ」
 クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が涼介に知らせるしかも幽体型だ。
「クレア、やるぞ!」
 二人は息を合わせて詠唱を始める。
『聖なる光よ、不浄なる者達を永久と安寧の眠りへと誘え』
 ――バニッシュ。
 実体なき亡者達を浄化する。
「アンデッドはいいが、問題は契約者達だ」
 殺気が至る所から発せられており、どこから攻撃が飛んできてもおかしくない状況だ。
「パンダ様はお怒りでいらっしゃる。早くそいつらを殺せと――御心のままに」
 リースの放つファイアストームが彼らを襲う。
「おにいちゃん!」
 クレアがオートガードとファランクスで何とか炎を防ぐ。それでもカバーしきれない分は涼介の炎の聖霊が、相手の炎を相殺した。
「兄さま、姉さま、今のうちに!」
 エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が、即座に氷術を放ち、リースの足止めを図る。
 それだけでは炎の魔法を放つ相手を止める事は難しい。動きを抑えている間に、子守歌を歌い、眠らせようとした。
 だが、目を見開いて抗っている。一度は堕ちそうになっていたのだが、パンダ像への信仰心が眠気を感じさせないよう仕向けているのだ。
「やむを得ないな」
 涼介}は禁じられた言葉で魔力を高める。彼だけではなく、エイボンの書もだ。今度はこの二人が連携する。
 放つのは氷術。相手がファイアストームを放つ前に、二人分の力で凍らせてしまえば、多少の時間稼ぎは出来るだろう。
 今、パンダ像を守っているのは契約者だけなのだ。一般人の姿は像の周囲にはない。戦闘を見越して魅了された契約者の村人が避難させたのだろう。
 そうなると、モンスターと契約者を同時に相手する事になる。特に像に近付こうとすれば、魅了された者達が一斉に牙を剥く。ならば、他の人のために強力な契約者を一人でも抑え、道を作るのが最善というものだ。
「さあ、ここは私達に任せて早く!!」
 後続の像を壊そうとしている者達へと呼びかける。
 今彼が戦っている場所から行けば、地上の敵は少ない。問題は上空のワイバーンだ。
「空にいるなら、これでどう!?」
 クレアが轟雷閃をワイバーンに向けて放った。槍の先端は当たらないが、それでも雷によるダメージを与える事が出来る。上空にいる敵は、彼女の技と、エイボンの書の雷術によってカバーする。
 休んでいる余裕は一切なく、精神力も長時間はもたないだろう。だからこそ、まだ動ける者達に後の事を託した。

            * * *

「なんだか殺伐としてきたわね……」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はそれほどパンダ像が欲しいとは考えていない。だが、ここにいるのは童子 華花(どうじ・はな)が像に興味を持っていたからだ。
「う〜、なんでオラ達に対して、こんなにみんな敵意剥き出しなんだ? オラは友達をたくさん作りたいだけなのに」
 客寄せの力を持ったパンダ像が手元にあれば、人が集まる。イコール友達が出来るというのが華花の考えらしい。実際は魅了された人はパンダに夢中になるわけなのだが、それにはまだ気付いていない。
「どうにも、ここにいるアンデッド達の多くはあの島にいた者と同じようですね。死んだ者達はまだ魅了されてるんでしょうか?」
 空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)にとっては、それが気がかりなようだ。
「なんにせよ、あのパンダ像がそれだけ大きな力を秘めてるのは間違いないわ」
「正しく使えば、町を繁栄させる事は出来そうですね。まあ、そのために是非とも手に入れたものですが」
 問題は、今の状況を考えると、とても正しく使う事など出来そうにない。むしろ、それが出来ていれば今も昔も、町が滅ぶなんて事はなかっただろう。
「あの島では町の人同士で像を奪い合った様子はありませんでしたし、もしかしたら像をあの場から動かす事は交渉次第で出来るのではないでしょうか?」
 ソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)がふと口にする。だが、そんな希望が打ち砕かれる声が響いてきた。
 ――パンダ様に触れようとする者は排除する、と。
「……どうやら像に触れようとしただけで敵視されるようですね」
 ならば、像に触れなければいいのだが、今村人(契約者)はモンスターの襲来もあってピリピリしている。下手な動きをしたら攻撃対象に入るのは間違いない。
「うう、パンダ像があっても、像を好きになるだけで、持ってる人と仲良くなるわけじゃないのか……」
 みんなパンダ様パンダ様言っている事から、自分の考えが違うんではないかと華花は思ったようだ。少し落ち込み始めてしまう。
「ハナ、危ない!」
 油断したその一瞬、華花にアンデッドが襲いかかってきた。リカインは即座に彼女の前に飛び出し、ラスターエスクードで受け止める。そのまま盾を返して、地面にゾンビ型アンデッドを叩きつけた。
「ぼーっとしちゃダメよ、ハナ」
 とはいえ、パンダ像に対する積極さが薄れたようで一安心する。
「どちらにせよ、像の周りを固めている契約者達は厄介ですよ。信じるもののために戦おうとするなら、かなりの力も発揮するでしょうし」
 いくら四人で突っ込んでも厳しいものがありそうだ。
 ふと、四人が各々頭を悩ませている時に、ほったて小屋の陰で震えている一般人の姿を、狐樹廊が発見した。
「おっと、ちょうどいいところにいました」
 彼と、ソルファインがその村人に近付いていく。
「な、何をする気だ!?」
「いえ、少々」
 狐樹廊がソルファインの頭から笠を剥ぎ取り、村人の頭に被せた。
「狐樹廊様、何を!?」
 魅了を防ぐ編み笠がなくなり、やや焦っている。とはいえ、別にまだパンダ像の姿を目に入れてるわけではないのですぐに魅了はされない。
「あれ、僕は一体……?」
 笠を被せられた一般人は、どうやら正気に戻ったらしい。
「なるほど。よく分かりました――ではお休み下さい」
 ぽかんとしてた村人の延髄に一発撃ち込み気絶させる。
「どうやら、これを被せれば魅了は解けるようですね」
「あれ、向こうから……」
 魅了済みの人が、笠を被れば戻ると分かったものの、肝心の笠を取られたたソルファインは村の中心に向かって歩き出そうとした。
「どこ行くの?」
「なんだか呼ばれているような気がして。いや声は聞こえないんですけど」
 そのまま行かせたら間違いなく完全に魅了されるという事で、気絶した村人の笠を彼に被せ直す。
「そのままパンダ像まで向かったらどうなったか気になったのですが……まあ、後の事を考えるとやはり面倒ですね」
 戻し方を知っていても、契約者に笠を被せるのは容易ではないだろう。
 問題なのは、彼以外に笠を被せれば戻せるという事を知ってる者はちょうど村から離れてしまっている。他に実践する者がいたなら、あと少しだけ事態を軽くする事は出来たかもしれない。
 とはいえ、ここにはかき回そうとする者の方が多かったりするのだが……

            * * *

「魅了された上、あっけなくやられてしまいましたね〜」
 桐生 ひな(きりゅう・ひな)は、祠の近くに倒れている五つの人影を発見した。面白いパンダ像があるとだけ彼女達に伝えて突撃してもらったのだが、笠を持っていなかったので魅了されてしまっていたようだ。しかも、像を守ろうとする他の契約者よりも早くやられるという。
「だけど、ぱっと見はそんなイッちゃってたりはしないのですー。多分、普通の感性は残っているはずですっ」
 中にはヤバイのもいるが、まあ宗教に嵌った人と同じだと考えればいいのかもしれない。
 行動に移る前に、倒れている五人組を回収してダンボール詰めにし、適当なところに放り投げておく。
「でもひなちゃん、この格好には何の意味が?」
 ひなの誘いでやってきたジャスパー・ズィーベンが疑問を口にする。
「注目の基本は容姿と行動の両立にあるのですー。パンダといえば、中国、そして白黒ですっ」
 二人の格好は白と黒を基調としたチャイナドレスだ。それに三度笠はとても似合っているとは言い難いが、人の注目を集める事は出来そうである。
「ではいきましょー!」
 戸惑い気味のジャスパーをひなが引っ張っていく。
「これ以上パンダ様にちか……」
 そんな彼女達の前に出てきた椎名 真(しいな・まこと)が、突然目を見開いて停止した。超感覚によって接近には気付いていたのだろうが、それが思いもよらぬ姿だった事に驚愕している顔だ。
「どうしたのですー? お疲れの身体に笹蒸しの饅頭はどうですかー?」
 妖艶なポーズで魅了されている真を誘惑する。
「パ、パンダ様が、パンダ様が降臨なされた!!」
 どうやら魅了されすぎて、他人の姿をまともに認識出来ない状態に陥っているらしい。
「ひなちゃん、これどうなってるの?」
「多分、私達の事をパンダ像の化身だと思っているのですっ。この色もそれっぽいですからねー」
 苦笑するジャスパー。変に攻撃されるよりはマシ……なのか。
「みんな、パンダ様が顕現なされたよ!! これで勝つる!!」
 何やら注目の眼差しどころか、人そのものが集まり始めた気がする。
「パンダ様は女神様だったなんて……でも、どうして分裂なんか」
「力を分けたからですよー」
 適当に口裏を合わせるひな。
「そうだ、生身になったのなら、パンダ様の子孫が出来る。でも、二人とも女。ああ、俺が、俺が パンダ様と同じならパンダ様の子供を……」
 もはや変態的な発現である。本人は至って真剣だが。
「どうしよう、ひなちゃん?」
 ジャスパーが困惑している。むしろ真にドン引きしているといった方がいい。
「ああ、そんな目で。そんな憐れむような目で俺を見ないで下さい!」
 だが、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうである。
「おっと、人が集まってきましたねー」
 ひなが周囲を見渡すと、パンダ像の化身を見ようと人が集まってきていた。割と正気に近い人は、さすがに真ほどにはなっていないが、やや戸惑いを覚えている。
 その様子を見せようと、ひながジャスパーのチャイナ服を引っ張った。
「――――!!」
 すると、そのままはらりと、ドレスが解れる。
「あ、脱げちゃいましたっ」
 わざとそういう服をジャスパーには着せていたのである。素肌が露になるが、一応下着は着用していたので、難は逃れた。
「パンダ様……!?」
 その脱げたドレスの方に、真は駆け寄る。どうやらそちらが本体に見えるらしい。
「よくも……」
 彼の視線はジャスパーに向いている。
「よくもパンダ様を、許せない!!」
 彼にはジャスパーの姿、それどころか男女の認識すら出来ていないらしい。全力でジャスパーに殴りかかってきているのがそれを示している。
「これはパンダ様の痛み、吹き飛べぇぇえええ!!」
 ジャスパーがそれを上体を反らす事でかわす。だが、拳はブラをかすめ、はらりと落ちた。
「次は外さない!」
 本人にそのつもりではないが、真は上半身に何も纏っていないジャスパーをガン見している。次の瞬間何が起こるかは言うまでもない。
「見るなー!!!!」
 ジャスパーの上段蹴りが炸裂する。
「ぐぶっ!!!」
 その一撃で、真は上空に吹き飛ばされ、呼び寄せられたワイバーンに激突した。
「あとは頼むよ、兄さん」
 そのまま虚空へ彼は消えていった。
「ジャスパー、落ち着くですよー」
 とりあえず、ひなはドレスの使えそうな部分で胸元だけは隠してあげる。
「あとはよろしくですっ、緋音ちゃん」

「さて、像の近くにも笠を被った人が集まってますし、そろそろですね」
 ひながある程度人を引きつけている時、彼女と一緒に村に潜入していた御堂 緋音(みどう・あかね)は静かに様子を窺っていた。
「緋音ー、今日は何で勝負するー?」
 ひながジャスパーを誘ったように、緋音もルチル・ツェーンを誘ってきた。パンダ像の争奪戦になるなら、きっとヒャッハーして楽しめるだろうと踏んだからだ。
「今回の勝負はこの編み笠、これを沢山飛ばした方が勝ちでどうでしょうか?」
「おっけーい。じゃ、張り切ってこー!」
「あ、像は壊さないで下さいね」
 勢いに任せて壊されたら、せっかくの実験が台無しなので、そこは念を押しておく。
 別に、彼女はパンダ像を奪還しようとしてる人を邪魔したいわけではない。単に、魅了の力を解明したいがために、魅了される瞬間を一目見たかったのだ。
(やはり魔法的なもののような気がしますね)
 個体差はあるものの、像を直接見ていないモンスターも引き寄せられている事から、何らかの術式によるものだと仮定している。
 手には大きな団扇を持っている。それで扇いで、笠を吹き飛ばそうというのだ。
「おっと、編み笠はちゃんと被ってと。やはり私には少々大きいですね」
 とはいえ、そこまで気にはならないが。
 物陰に隠れ、笠を被った人目掛けて扇で風を起こす。ものは試しと、サイコキネシスを風に混ぜてみたりしながら。
 そして、パンダ村に文字通りの風が吹き荒れた。

            * * *

「いい具合に風が出てきたわね」
 日堂 真宵(にちどう・まよい)が呟いた。
「さあ、これでも食らいなさい!」
 風の流れにファイアストームを乗せる。一歩間違えれば火は広がり村を焼き尽くし兼ねないが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
「おのれ、パンダ様を燃やす気か!?」
 彼女の前に立ち塞がったのは、近藤だ。
「ちぃっ、虎徹以外に虜にされちまうなんざらしくないぜ」
「おお、歳。こういう状況だ。将軍とパンダ様という違いはあるが……また皆で奉るべきものの為一丸となって働こうではないか……あの頃のように」
 尊パンダ攘夷を成し遂げるため、土方を勧誘してきた。
「近藤さん、その必要はないぜ。なあ芹沢さん、あんたからも何か言っ……」
 ついさっきまで一緒にいたはずの芹沢の姿がなくなっていた。
「どこ行ったんだか。まあ、覚えているだろうが、この石田散薬。これをもってすればそんな魅了効果などすぐ解ける」
「何を言う? 俺は自らの信念に従ってパンダ様に従っているのだ。これは妄信ではない!」
 信仰心の強い者ほど自分が狂信的だと気付かないようだが、その通りのようだ。
「歳、それなら力ずくでもパンダ様の魅力を分かってもらうしかない」
 ついにパラミタで手に入れた本物の虎徹を抜刀する。さらにヒロイックアサルトとしての虎徹をも組み合わせ、本気を出した。
「土方さん。悪ぃが、パンダ様は絶対だ。それを傷つけるってんなら、俺達を倒してくんだな」
 原田が近藤と並び、行く手を阻む。
「左之、お前もかよ」
 こんな時に芹沢がはぐれてしまうとは。
「まったく、パンダ様パンダ様ってこのおっさん達は……」
 苛立った真宵が今度はブリザードを繰り出す。風に乗ってその範囲は広がっていく。
「そんなにパンダ様が好きだったら、パンダになってしまえばいいのよ!」
 ほとんど無差別と言っていいほどの威力で攻撃を放つ。
「おい、馬鹿ッ」
 だが、彼女は止まらない。
「そこまでだ、逮捕する!」
 今度はマイトが割ってくるが、魔法のせいでなかなか近づけない。
「く、しまった!」
 真宵の巻き添えを食らって土方の笠が飛んでしまった。そして、直線上に見えるのはパンダ像。
「近藤さん、さっきのは取り消すぜ」
 パンダを視界に入れたのがいけなかった。
「おお、歳。分かってくれたか!」
「パンダ様は俺達、新撰組が守る」
 魅了され、近藤らと同じ側に立ち、契約者を迎え撃つ準備をする。
「パンダ様様こそ真理。この世を支配されるお方よ。その魅力が分からない者達は――」
 真宵も吹きつける風に笠を吹き飛ばされてらしく、魅了済みだった。
「消し飛びなさい! おほほほほ!!!!」
 といっても、やる事は変わらない。ただ魔法をぶっ放すだけだ。
「パンダ様の素晴らしさを分かってもらえたのは有難いが……」
 マイトが新撰組の面々に視線を移す。
「なんだか近藤さん、生き生きとしてるなぁ」

「しっかし、ほんと子供がよく寄ってくるなぁ」
 芹沢が土方達とはぐれた理由。それが彼の背後にある。
「止められた……の?」
 斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は芹沢の背後に隠れ身で迫り、ヒロイックアサルト「背後からの強襲」をしかけた。その頚動脈に向かって。
 だが、芹沢はただ鉄扇を狙った箇所に動かしただけだった。視線も一切動かしていない。
「くく、さすがは初代筆頭局長の芹沢先生だ」
「俺の事を知ってるったぁ、玉造組、それとも新撰組か?」
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は大石 鍬次郎。新撰組諸氏調役兼監察だ」
 大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)が名乗った。
「人斬り鍬次郎か」
「よくご存知で」
「こっちで知り合ったヤツから聞いていたからな」
 大石にはそれが誰かは分からない。とはいえ、知っているという事は新撰組で同時代に在籍していた誰かなのだろうとは予想しているようだ。
「それより、ちゃんと子供の面倒くらい見とけ。相手の力量も確かめねぇで、無闇に戦わせてっとすぐ死んじまうぞ」
 芹沢は気付いていないが、ハツネは決して見た目通りの少女というわけではない。だが、彼女も今の一瞬で、本能的に芹沢の実力を悟った。
「悪いな、あまりにも無防備そうに見えたもんでよ。でもま、刀も抜かずにあしらったんで安心したぜ。ハツネ、この人は壊そうとしなくていい。多分、俺達二人でも勝てねえ」
「鍬次郎、わかったの」
 正直なところ、今の二人の実力では刀を抜かせられれば上出来だ。
「だけどよ、なんでこんなところに来たんだ? この嬢ちゃんもお前も、パンダを拝みに来たようには見えねぇが」
 それはお互い様だろう。ただ、そうは言わずに大石が説明する。
「葦原で剣術指南をしてる芹沢 鴨ってのがこの村に向かってると聞いてな。もしやと思って来たんだ。新撰組ん中では有名な人だからな。先生も、別にパンダ像手に入れようってんじゃないだろ?」
「まぁな。何だかパンダがいる辺りが面白ぇ事になってるみてぇだし、強ぇヤツが守ってりゃ上出来なんだがな」
 芹沢の目的は契約者と戦う事、それならばハツネと大石も都合がいい。
「問題は近藤のヤツが魅了されちまったらしくてな。ちょっと目ぇ覚ましてやるか」
「近藤先生もいんのか?」
「土方もいる。あと原田もいっかもしんねぇ」
 新撰組がいると知り、笑みを浮かべる鍬次郎。
「なら、俺も手伝うぜ」
 せっかくだから挨拶くらいはしておきたい、という事もあるのだろう。
「鍬次郎、おじさん、ハツネも……遊んでいい?」
「……どーにも子供ってなぁ、こういう事も遊びで済ませたがるんかなぁ」
 芹沢が来るまでに二人ほど近くにいたはずだが、いつの間にかはぐれていた。
「いいぞ。まあ、パンダを守るとか言うなら向こうから来るだろうからな」
 そして早速、新撰組ご一行と出くわした。
「芹沢さん、一度は道を違えたが、今一度パンダ様のために戦おうではないか……ん、大石も来ていたのか」
「近藤先生、土方先生、原田さん、お久しぶりです」
 慇懃に挨拶をする大石。
「さあ、今ここパラミタで新撰組として再出発をしよう!」
「とりあえず、目ぇ覚ませ、お前ら」
 酒瓶の飲み口を強引に近藤の口に突っ込む芹沢。そのまま鉄扇を畳んで殴る。
「芹沢さん、残念だ。やっぱり歴史は繰り返すみてぇだな」
 土方が抜刀した。
「……おい、危ないから離れ――」
「パンダ様にちかづいたちゃダメですー!」
 少しはぐれていたなぎこが叫びながらタックルしてきた。いつの間にか笠を失っている。
「おい、待て」
「すずめのくせにパンダ様に近付こうだなんて生意気よ!」
 みわもきた。
「お前ら……」
「合鴨さん、そんな笠があったらパンダ様が見えませんよ?」
 エヴァが彼の笠を脱がした。
「芹沢先生?」
 だが、まだかろうじて芹沢はパンダ像を見ていない。
「俺があんな像なんかに惹かれるかよ」
 笠を失っても、芹沢は強靭な意志で魅了されていないように見えた。しかし、彼はパンダ像の祠を見てしまう。
「ただのちっけぇ熊じゃねぇかよ」
 そのまま鉄扇で自分を扇ぐ。
「さすがだぜ、芹沢先生。編み笠なしで魅了に耐えるなんてよぉ」
「大石」
 芹沢が静かに口を開いた。
「変更だ。パンダ様に近付こうとするヤツの方が、強そうだ。ってわけで近藤。俺も手伝うぜ?」
 魅了されていた。
「そんなもんあったら邪魔じゃねぇか。取れよ」
 バッと鉄扇を振り上げ、大石の編み笠を真っ二つにした。
「ハツネ、遊ぶのはあの祠に近付こうとしている連中にしろ」
「たくさん壊したら、褒めてくれるの?」
「ああ。近付く者を壊してしまえ」
 その言葉に、ハツネは笑みを浮かべる。
 新撰組の面々は、結局全員魅了されてしまった。そして、このままパンダ像に近付こうとする者を一掃しにいく。

(あんれー、皆魅了されちゃったよ)
 ちょっとアンデッドを打ち倒している間に芹沢や自分のパートナー、さらには新撰組まで魅了されてしまっているのを、カガチは知った。
 元々パンダに興味があるわけではない。だからと言って、芹沢一人にも敵わないのに新撰組全員を相手取る事など出来るはずがない。
 そしてどうしようもないので、彼は考えるのをやめた。
「おーい、待ってくれよー!」
 各所の戦闘に向かう芹沢達を、カガチは編み笠を捨てて追いかけるため、飛び出していった。
 
            * * *

「よし、何とかここまで来れた」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、モンスターを倒して何とか村の中に入った。
 だが、彼にとって気がかりなのはパンダではない。
「エミカさん、どこだ? 笠を被らずに行ったっていうから魅了されてなきゃいいけど」
 魅了された彼女がパンダを守る、と言って紫電槍・改のデストロイモードを起動されたりしたら、この村が消し飛ぶ。さすがにそれは洒落にならない。
「あれ、エミカさん……だよな?」
 編み笠を被った長髪の女の子の後ろ姿が見える。普段はサイドテールにしているため、一瞬戸惑ったが、握られている紫電槍・改やいつもの服装で彼女だと気付く。
「よかった、笠は……そうか、朝野さんが渡したのか」
 近くにいる未沙の姿から、彼女が渡したものと考える。
「エミカさーん!」
 とりあえずパンダ像の魅了はこの村の様子と、噂伝に聞いてヤバイと考えたため、破壊しようと考える。
「あ、正悟君も来たんだー」
 前にBカップを馬鹿にして彼女を怒らせたが、別にもう怒ってはいないようだ。
「ちょっと頼みが……」
 その時、突風が吹き荒れた。
 各所の戦闘におけるファイアストームの熱風、ブリザードの冷気、さらには団扇の風とそれらが渦を巻くように村を包んだのだ。
「あっ……?」
 エミカの編み笠が飛ばされた。