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Trick and Treat!

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2.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのいち*ハロウィン、始めます。


 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)リンス・レイス(りんす・れいす)の人形工房の従業員である。
 店長であるはずのリンスに対してタメ口で話しかけたりしたとしても、普段からツンツンしていたとしても、紛れもなく従業員。店のことを考えたりする立場に、ある。
 なので、リンスがハロウィン仕様としてお人形を作ったと言うのなら。
 一肌脱いで、売り上げに協力しようじゃないか!


 そういうわけで、工房入口。
 5等身の骸骨人形を「じゃん」と取り出して見せた。
 人形は、おどろおどろしいというよりも愛嬌のある顔をしていて、骸骨なのに道化のようで笑いを誘う。
 衿栖は、深呼吸一つしてからお客様たちを見回した。
 大人が居れば、子供も居る。友達同士、恋人同士、一人で来ている人。様々な人たち。
 改めて、この工房は人を呼ぶなと実感したところで。
 レオン・カシミール(れおん・かしみーる)が音楽を流した。ギネス世界記録に認定されている、有名なR&Bのあの曲。
 それによって衿栖のパフォーマースイッチが入った。
「今からこの人形に、さる有名なシンガーソングライターの魂が宿ります」
 凛として、よく通る声。音楽にも負けない、澄んだ声。
 まあもっとも、一番負けていないのは、
「わぁ……」
「ねえ、骸骨が踊ってる」
「本当に生きてるの?」
「まさかなぁ?」
「人形が動くわけないじゃない、操っているのよ」
「え、でも」
「……うん、でも」
 人形を操る腕だけれど。
 音楽に合わせて踊らせて、歌が入っているところでは口パクをさせて。
 途中、ついーっとムーンウォーク。
 後ろではレオンがバックダンサーを務めてくれている。もちろん、人形でだ。販促効果的に、リンスの作った人形を使い操って。
 工房の陰からちらちらとこっちを見ていたクロエにも目配せして。
 ――一緒に踊ろう?
 共に、踊る。
 クロエの踊りは、音楽に合ってはいないけど、それはそれで可愛らしく反則的で販促的だ。
 そして、音楽が止んだ時、
「あの人形、可愛いー」
「欲しいね」
「あっちのリボンの子みたいなのは、居ないのかな」
「工房、見に行ってみよう?」
 聞こえたのはそんな声。
 大成功だ。
 工房に殺到する、人、人、人。
 客の波に飲まれて、リンスが辟易したような顔をしているのが見えた。ので、衿栖は自身の頬を引っ張り、『笑って!』とアピール。すると、呆れた目で見られた。声が聞こえなくてもわかる、あれは「ばか?」と言っていた。
 くそう、せっかく集客を頑張ったというのに。そう唇を尖らせると、クロエが衿栖の手を引いた。
「えりすおねぇちゃん! リンス、たいへんそうだわ!」
「え、」
「はんばい。てつだうのよ!」
「ああ、そうだった!」
 パフォーマンスに満足してうっかりしていた。これでは従業員失格である。
 気合を入れ直す意味で、ぱん、と頬を叩いてから、「いらっしゃいませー! 販売はこちらでも承っておりますよー!」声を張り上げた。


「レオンおにぃちゃん、ありがと」
「? 何がだ」
 リンスと衿栖が客を捌いている中。
 工房の外、レオンとクロエはぽつりぽつり、言葉を交わす。
「おにんぎょう。みんなたのしそうだったの」
「そうか。それはよかった」
 パフォーマンスを手伝ったのは、衿栖が世話になっているから。ちょっとした恩返しのようなものだ。
 だからそんなまっすぐ笑って、
「ありがと!」
 なんて言わないでくれ。
 なんだか照れくさい。
 そうこうしているうちに、客たちは工房からラッピングされた人形を手に離れて行って。
「ハロウィンパーティなんてやってる場合じゃなくなったよ」
 リンスの疲れ切った声。
「発注来すぎ。販促効果高めすぎ」
「嬉しい悲鳴か?」
「さあね。とにかく人形の材料買いに行かなきゃ。カシミールさんも買い出し手伝ってくれない? クロエは留守番で」
「構わんぞ」
 返事をしたところで、衿栖も工房から出てきて。
「いってらっしゃーい!」
 クロエがぶんぶん、手を振って。
 きっと、今頃街は仮装行列で混み合っているのだろうと思い、人が苦手そうなリンスは大丈夫だろうかとほんの少しだけ懸念しつつ、街へと向かう。


*...***...*


「ふはははは! 来てやったぞリンスゥ!!」
 相変わらずの派手な登場で、ジャック・オー・ランタンの恰好をした新堂 祐司(しんどう・ゆうじ)は人形工房を訪れたわけだが。
「リンスはおでかけ中よ」
 そこに居たのはクロエだけで。
 ……若干の拍子抜けである。
「なんだ。リンスいないの」
 祐司の後ろから、とげの生えた黒いバットを持ったメイド天使コスをした岩沢 美咲(いわさわ・みさき)が、祐司と同じく少し残念そうな声を上げた。
「姉さん、留守なら帰りましょう。そして店でハロウィングッズやお菓子を売りましょう」
 逆に喜びさえ感じられる声で、小悪魔コスの岩沢 美月(いわさわ・みつき)は美咲の腕を引っ張る。そしてその美月の手を岩沢 美雪(いわさわ・みゆき)が引っ張って、
「私、クロエちゃんと遊んでいきたい!」
 純粋な願望を口にする。
 妹の願いをないがしろにはできないのか、ぐっと美月が言葉に詰まったところで、祐司はぴんときた。
「リンスが居ない間にこの殺風景な工房をハロウィン仕様にするか!」
 いつも外から驚かすのでは芸がない。
 なので、内装を変えて驚かせてやろうと。
「美咲、美月、手伝え! 美雪はクロエちゃんと遊んでていいぞ」
「ったく……あまり勝手なことしすぎて怒られても知らないわよ?」
「なんであたしまで!? 嫌ですよ!」
「え、嫌なの?」
 脊髄反射で反論した美月に、美咲がきょとんと問いかけると、またも美月は言葉に詰まった。
 そんな美月の躊躇いなんて祐司はすっぱり無視をして、
「よし! 飾るぞー!」
 張り切って、工房の装飾に取りかかった。


「……どういうことなの、これ」
 ドアを開けたリンスの目に飛び込んできたのは、ハロウィン仕様になった自分の工房。
 入口で出迎えたのはLEDライト内蔵でぼんやり光る、大きなジャック・オー・ランタンと、その脇にころころと転がるちいさなかぼちゃたち。
 天井からは魔女柄やジャック・オー・ランタン柄のペーパーランタンや、ロングバナーが吊るされていた。
 陳列棚の方を見たら、ペーパーウォールデコがあしらわれ。
 作業机の上には、個包装されたお菓子や飲み物、取り皿などがところ狭しと並べられていて。
「クロエ、美雪。これは何事なの」
 工房の外で、花冠を作って遊んでいた二人に問いかける。工房内に居る三人に尋ねないのは、ちょっとした嫌味だ。
「祐司お兄ちゃんがねぇ、リンスを驚かせてやるー! って」
「かざりつけをはじめたのよ!」
「私とクロエちゃんは、お邪魔しちゃダメーだからここで遊んでたの。はいリンスお姉ちゃん、これあげるー」
 美雪が作った花冠を頭に載せて、「……」案の定か、と言いたげな目で祐司と美咲と美月を見た。
「騒ぎ、大好きだよね。本当」
 そして最近、それに慣れてきている自分を見つけて。
 ああ、変わるもんなんだな、人間。
 当たり前の事を、ぼんやり思った。


「掃除、出来てるじゃない」
 帰ってきたリンスに対して、美咲の第一声はそれ。
「従業員が掃除も頑張る子でね」
「じゃ、私が掃除してあげる必要はなくなったのかしら」
「しに来たい?」
「バカじゃないの」
 そう、掃除くらい私じゃなくても出来るのだ。
 だけど、今までやっていたことをやらなくなってもいいとなると、なんだかこう。
「手持無沙汰なだけよ」
「大丈夫、そろそろ焚きつけるから。また掃除してもらわなきゃいけなくなるよ」
「はあ?」
「こっちの話」
 本当、リンスは何を言い出すのかわからない。
 自分から話し出して、自己完結して、フォローや説明はなし。
 気にしている自分がバカみたいに思えてくる。
 ので、さっさと用件を済ませてしまおう。
「トリックオアトリート」
 ハロウィンだからよ。
「え? 俺に悪戯したいの?」
「アホかっ! ハロウィンの常套句でしょうが!」
「美咲って面白い」
「殴ろうか?」
「美咲って怖い」
 百八十度変わった意見に呆れていると、「はい」飴玉を手渡された。
「……なんだ、お菓子あるんじゃない」
「あ、やっぱ悪戯し、」
 言いかけたところで拳を握ると、リンスが言葉を不自然に止めた。
 バーカ。
 心の中でそう思っていると、
「美咲ズルいぞ! 俺様にも菓子を寄越せリンスゥ!! トリックオアトリートだ!」
 祐司の乱入。リンスの背後から飛びつくように覆いかぶさって、さあよこせすぐよこせ今すぐよこせ、とリンスの前に両手を出している。
「あ、謙虚」
 が、リンスは意外そうにそう言って。
「何だと?」
「新堂のことだから、トリックアンドトリートって言ってくるものかと」
「……!! ……、…………屈辱だ……っ!!」
 しくじった、と頭を抱える祐司。
 バカ二人ね、と嘆息してから、美咲はショコラティエのチョコレートを差し出した。
「?」
「なんだ? 美咲」
「もらうばかりじゃ癪だし……それに、あんたたちお仕事頑張ってるから。……ご褒美よ、ご褒美! 勘違いするんじゃないわよ!?」
「デレだ! 美咲がデレ期に突入したぞー!!」
「こンのバカ祐司! 騒ぐなうるさい!!」
「そっか。これがデレって言うのか」
「リンスも感心してるんじゃないの! 早く食べるか仕舞えぇ! 恥ずかしくなってきたじゃないっ!!」


 そんな大騒ぎの傍ら、美月はほくそ笑む。
 姉さんごめんなさい。
 そしてバカ二人、ざまあみろ。
 ティータイムを駆使してパーティ準備を手伝ったのはフェイクなのだ。
 本当のところは、
「ぐっ……?」
 美咲の持っていたショコラティエのチョコを、テロルチョコにすり替えること。
 準備という慌ただしさの中では、そんな些事には気付かれまい。
 美咲のチョコを食べた祐司がお腹を押さえて悶絶している。
 ふふふ、ざまあみろ。
 俯いて低く笑い、二回目のその言葉を胸中で吐いた時、嫌な予感がして。
 顔を上げると、リンスが平気な顔でチョコを食べている姿を見た。
「な、どうして……?」
 しかも、「何、新堂。おなかいたいの?」祐司の心配までしている。
 なぜ? どうして? 平気だというのか。鉄の胃袋なのか。普段物を食べないらしいというのに? 冗談だろう?
 答えはすぐに出た。
「美月お姉ちゃん!」
 笑顔の美雪が持っている物が、
「トリックオアトリート、なんでしょ! チョコあげるー♪」
 ……すり替えたチョコだったから。
 では、リンスが食べたチョコは?
「何、どうしたの岩沢次女」
「リンス……あなたが食べているそのチョコは、」
「たった今、美雪にもらった。俺は代わりに、美咲のチョコを半分あげた」
 人からもらったものを人にあげる無神経さには呆れて言葉も出ないが、いや、それよりもそれが自分に差し出されていて、
「美味しいんだって! 美月お姉ちゃんも一緒に食べよう?」
 この純粋な笑顔に、どうやって断りを入れろというのだろうか。
 人を呪わば穴二つ。
 そんな言葉が脳裏をよぎり、そして美月は観念した。
「……いただきます」
 もちろん、美雪が被害に合わないように、全部奪って。
 そのせいで美雪がガーンとした表情でぷるぷる震えたし、究極の腹痛を味わうことになったが。
「くっ……この借りは、いつか、必ず……! ……はぅぅっ」
 お腹を押さえながらも、美月の復讐の炎は消えることがなかった。