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リアクション
各々が備えに備えて竿を垂らしてしばらく。
釣れども釣れども普通の魚ばかり。クモフグにクモエビ、ウンカイガニ。
普通なら大漁と喜んで宴会の一つでもするところだが、皆が狙っているのはナラカのヌシのみ。
脂の乗ったクモサンマさえ、数匹釣り上げて以降は溜息をついてリリースするようなありさまだ。
正悟の釣り人であるエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)も、釣り上げたばかりのクモウナギから正悟を助け出すと苦笑してまた雲海へクモウナギを返した。
「うーん、ここにはいないのでしょうか……」
「まだそうときまったわけじゃないよ。これだけエサがいるんだからきっと来るさ」
次は必ず、と意気込んで正悟はまた雲海へ飛び込む。
「ですが……!?」
一人言い募ろうとしたエミリアは、はっ、と息をのんだ。
視界に誰かが入り込んできたからだ。いや、知らない誰か、ではない。
これは――正悟の家族だ。
「え……何で……」
手を伸ばせば触れられそうなほど近くに、正悟の、家族がいる。
一瞬の動揺はすぐに全身を支配し、エミリアの焦燥を煽る。
「エミリア! きたぞ!」
「え、あ、」
正悟の声に我に返った瞬間、思い切り竿を引かれた。
――ヌシだ。
間違いようもないだろう、今エミリアが見たのはヌシの力による幻覚だ。
ぞっとするほどリアルだったけれど。
……けれど今はそんなことを考えている場合ではない。
そんな間にも振り回されそうなほどに竿が引かれ続けているのだ。
「きゃー、もっていかれるぅぅぅ!!」
エミリアを始め数名がアタリを引いたのだろう。他の面々も慌てながら竿を引くが、その圧倒的な質量と抵抗にやはり一筋縄ではいかない。
その横から勢いよく飛びこんだのは、影野 陽太(かげの・ようた)だった。
エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)がその竿を支えながら、
「大丈夫ですか?」
と問いかけてくる。
「ちょ、ちょっと大丈夫じゃないかもしれません……!」
「幻覚が侮れないですわね……何とかしませんと……」
どうしようか、とエリシアが思案する間にもヌシの抵抗は激化する。
先ほどのように簡単にはいかないようだ。
幻覚を見せる力が強まり、膝をつく者、動きを止める者が続出する。
「何してるですかぁ! 引くですよぅっ!」
自らも竿を引き、皆を叱咤していたエリザベートもそれは例外ではなかった。
目の前によぎる、見慣れた姿。
「カンナ……?」
「危ないよぉ! エリザベートちゃん!!」
一瞬のすきを突かれ、引きずり込まれそうになったエリザベートを間一髪、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)が支える。
「ひっ、は、離すですよぅ!!」
「だ、だって今エリザベートちゃんが連れて行かれそうになったから! た、助けようと思ったんだよ、ホントだよ」
「い、言い訳はいいから離れるですぅ!」
「気を抜いてはダメです!」
「そうじゃ! 釣り上げるまでは絶対離すな!」
海中から攻撃を仕掛けながら、趙雲や麻羅が叫ぶ。
とはいえ幻覚に惑わされては釣り上げることはおろか、サポートや攻撃もままならない。
ぎり、と歯噛みした瞬間。
誰かが攻撃を仕掛ける音と共にふっ、と幻覚が覚めた。
陽太だ。彼が一人猛然と攻撃を仕掛けていたのだ。
「……何、で」
「俺は普段から記憶術でばっちり環菜の姿を見てますから今さら幻覚なんて怖くないんですっ!」
「今です、郁乃様!」
「う、うん!」
「いきますよ!」
この機を逃す手はない、と桃花が叫び、郁乃が頷く。
それが合図にでもなったかのようにヌシの内から、外から、攻撃が仕掛けられた。
則天去私で抉るように殴りつけたかと思えば、雷術、氷術が飛び交う。
一つ一つの攻撃は効果が薄くても、立て続けに攻め続ければ自ずと意識はそちらへ向くものだ。
それを見逃さず、ルカルカを始め緋雨や音穏が力の限り飛空挺で糸を引く。
「引き上げます!」
「おう! 腰落として力入れろや!」
地上ではアーマード レッド(あーまーど・れっど)、『闘神の書』を中心にギリギリと竿をしならせヌシと拮抗する。
両者の力が均衡を保つ、ギリギリの状態だった。
少しの間それが続き、埒が明かぬと思ったのかヌシがぶわ、と尾ひれを振った。
的外れに向けられた攻撃は、糸を引く者たちを逸れ、離れた場所で飛空挺からルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)を吊っていた夢野 久(ゆめの・ひさし)を襲った。
のんびり釣りをしていたはずの久の視界に、懐かしい笑顔が飛び込んでくる。
「うお……!」
天国にいるはずの双子の妹の姿だった。
「裕美……?」
走馬燈のように走り抜けたその姿はすぐに霧散する。
ぼんやりと瞬いた久はゆるゆると視線を下げた。
「あ? あのでかいのは……ナラカのヌシか? じゃあ今のは……」
視界の先にいるその存在に気付いた久は、ちっ、と小さく舌打ちした。
「いやなこと思い出させやがるな……ったく。おい、ルルール。そっちはどうだ、って……」
パートナーに大事がないかと竿を持ち上げた瞬間、久はしまった、と言いたげに頬をかいた。
「糸切れてやがる」
「――きゃー!! 久のばかー!」
ぷっつん、と糸が切れてしまったせいでひたすらに落下するルルールの悲鳴がかろうじて聞こえた。
慌てて身を乗り出して見ると、タイミングがいいのか悪いのかナラカのヌシの尾ひれに落下していく。
助けようと飛空挺を近付けようとして、久は思いとどまった。
ルルールがヌシの尾ひれにジャストアタックした、その時、ナラカのヌシの動きがわずかに止まった。
「今よッ!!」
「今ですよぅ!!」
瞬間、ぴったりと重なったミツエとエリザベートの声に皆が一斉に竿を引く。
そして、力比べの軍配は――
陸にその身を投げ出した、ナラカのヌシが証明していた。
「釣れ、た」
「ですよぅ……」
呆然と呟く二人の声に一瞬遅れて、大きな歓声が響いたのだった。
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