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リアクション
*ルーノ・アレエとのクリスマス*
百合園女学院の雪見庭園で行われているパーティが盛り上がっている時、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は時計を見た。
いつもどおりの真っ白なスーツ姿に、白いコートを羽織ながらバルコニーへ出ていた。おかれているテーブルには、ティーセットと緑のつつみに赤いリボンがかかったプレゼントが並んでいた。
先ほどまで降っていた人口雪が、そろそろやんでしまいそうだった。
バルコニーと会場をつなぐ扉が開かれ、そこにいたのは赤いミニドレスに身を包んでいたルーノ・アレエ。いつもの彼女らしからぬ、ミニスカート姿に驚いてしまったが、それを見てか恥ずかしそうにカーテンに隠れてしまった。
「ルーノさん、どうしたんですか?」
「い、いえ……あの、へん、ではないでしょうか?」
消え入りそうな声が聞こえて、エメ・シェンノートは驚いたように目を丸くする。
「よく、見せてください」
そういわれれば、少し恥ずかしそうにうつむきながらカーテンからでてきた。
赤いミニドレスに、白いガーター、白いニーソックス。赤いブーツに赤いアームウォーマー。白いボアで縁取りをされているところから、恐らくサンタクロースをイメージしての衣装なのだろう。
「とてもよく似合っています。ルーノさんはスタイルがいいから、素敵ですね」
「あ、あ、ありがとう、ございます……あ、あと……遅くなってすみません。エメ」
恥ずかしそうにうつむくその顔は、赤く染められていた。
「いいんです。遅れても構わないと、お手紙に書きましたよ?」
「ありがとう。きてくれて、とても嬉しいです」
にっこり笑うルーノ・アレエは、まだ恥ずかしさが残っているようだった。
エメ・シェンノートは白いコートを脱ぐと、ルーノ・アレエの肩にかけてやる。
「エメ?」
「ここは、少し寒いでしょうから」
「はい……では、お借りしますね」
素直に受け取ると、空を見上げた。人口雪がやんでしまっていた。
エメ・シェンノートはティーセットを使い、聖なる夜の紅茶を煎れ始める。甘い香りは会場内にたくさんしていたが、彼が煎れる紅茶は、また特別な香りがしている気がした。
カップを差し出されると、少しだけ持ち上げて小さく乾杯をする。
暖かいカップが、身体を温めていく。冷たい風ですぐにさめてしまいそうだったから、いっぱい飲み干してしまった。
「そうだ、これはプレゼントです」
「ありがとうございます。これは、私が作ったお菓子です……気に入っていただけたら嬉しいのですが」
ルーノ・アレエが差し出したのは、まだ暖かい紅茶のクッキー。恐らく焼き立てなのだろう。
香るのは、聖なる夜の紅茶と同じものだ。
「素敵な贈り物を、ありがとうございます」
「エメは……あの、携帯電話、ですか?」
中を開くと、とてもシンプルな真っ白な携帯電話。ストラップに、兎のマスコットがくくりつけられていた。
「私も、携帯電話が使えないわけではないんですよ。ただ、貴女には手書きで手紙を出したかった。でも……手紙ではすぐに連絡が取れないときがあります。私の番号は、既に入っています。他の方の番号も、きっとすぐに集まりますよ」
「いえ……私も、学校から支給されている携帯があります。これは、エメとだけのために使いたいです」
にっこりと笑ったルーノ・アレエに、エメ・シェンノートは顔を赤らめた。携帯電話を早速開いたルーノ・アレエは、小首をかしげる。
曲が一曲、登録されていたのだ。
「あ、ええと……僭越ながら、私がヴァイオリンで弾いた曲を入れさせて頂きました……あの、着メロにもなってますので……はい」
真っ赤になってしまったエメ・シェンノートに、ルーノ・アレエはコートが落ちない程度に身体を寄せた。メロディを再生すると、とても優しく、艶のある音色が響く。
「嬉しいです。とても綺麗な音色ですね」
「ありがとうございます」
改めて自分で聞いて、やはり音に感情が丸見えなのがわかりより一層、エメ・シェンノートは赤くなった。心臓が爆発しそうな音を出していると、ルーノ・アレエが心配そうに顔を見上げてくる。
「あ、えっと……すみません。プレゼントとは別に、何かしてほしいこととかありませんか? 欲しいものとか……」
「……先日のように、呼んで頂けませんか?」
「え?」
「今日は、さんをつけている」
くす、と笑ったルーノ・アレエの笑顔に、あ、と思わずエメ・シェンノートは苦笑を漏らした。そして、ゆっくり深呼吸をしてから口にした。
「はい。ルーノ」
「もう一つ、わがままを言わせてください、エメ」
「なんでしょうか?」
「……私は、愛と言うのを、まだきちんと理解していません。そんな私が、あなたとこうして時間を過ごすことは、よくないと思っています。私ではなく、もっと素敵な女性と恋に落ちる機会を逃していると」
それは、と口を挟もうとすると、ルーノ・アレエは黒い指先でエメ・シェンノートの口元に触れた。それが、まだ言葉に続きがあると言う意味だと思いなおしてじっと待った。
「ですが、それでも……エメとまたこうして2人で語り合いたいと思うのです。どうか、許して欲しい」
「愛するということは、花であると友人と話したことがあります。私も、そう思っています」
「花?」
「寄り添う花のような存在で痛いと思っています。以前、感情をあらわにして下さってうれしかった。支えになりたいと、一層思ったんです。いつも周りを気遣う貴女が……好きです」
ルーノ・アレエの額に、エメ・シェンノートは唇を押し当てた。ルーノ・アレエは目を丸くして見つめる。その頬は、気がついているのだろうか、赤く染まっていた。
「メリークリスマス。ルーノ」
「……メリークリスマス。エメ」
互いにクリスマスの挨拶を交わし、短くハグをすると、ルーノ・アレエをパーティ会場へ行くよう促した。
わずかなひと時を共に過ごせた幸福と、これからの彼女の幸福を祈って、エメ・シェンノートはもう一杯紅茶を飲んでいた。
*オーディオとのクリスマス*
あの博士達は、一体いくつの隠れ家を作れば気が済むのだろうか。
荒野の裂け目の中にある洞窟の中で、綺雲 菜織(あやくも・なおり)はそんなことを思いながら、ため息をついた。黒髪が時折流れる風に揺れる。
洞窟の中はかなり快適に造りかえられていた。金の髪を二つに結い上げた機晶姫、オーディオの趣味もあるのだろうが、かなりすわり心地のよいソファ、ベッド、そして外へでる為の階段には手すりまでつけられていた。
灯りはガラス製のシャンデリアや、キャンドルライトが主だった。
「世はクリスマスムード一色だというのになぁ」
「ええ。確かに明日はクリスマスイヴですね」
退屈そうにしているパートナーに、有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)は微笑みながらそう声をかけた。丁度そのとき、綺雲 菜織の携帯電話がメールの受信を知らせる。辺りを見回して、オーディオがいないのを確認してから携帯を開いた。
「緋山君からか……結局、彼に甘えているのだな」
「どうかされたのですか?」
無言で、携帯の画面を有栖川 美幸に見せると、彼女はにっこりと頷いた。それに対して退屈そうに寝転んでいたソファから飛び上がると、ガッツポーズを決める。
「オーちゃんたちと一緒に、クリスマスを祝おう! 決めた!」
「菜織様?」
「美幸、協力してくれるね?」
嬉しそうに笑う綺雲 菜織に、NOという理由が有栖川 美幸にはなかった。
すぐさま買出しと称して有栖川 美幸が出かけると、バロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)が入れ替わりで入ってくる。
「どうかしたんですか?」
「バロウズくん、君も手伝いたまえ」
言われるがままに、再度の外出を強要された。意味もわからないまま、モミの樹をもってくるよう言われる。日は暮れ始めていたが、仕方なさそうに森へ向かう。
適当な森でそれらしい樹の集団を見つけ、指定されたサイズに合うものを探してすぐに切り倒した。よく見れば、回りは切り株ばかりだった。
夜になれば一層外の風は冷たく、道中であう人々はこう、浮き足立っている感じを受けた。
隠れ家に戻れたのは、日が昇った頃だった。
バロウズ・セインゲールマンが戻った頃には、有栖川 美幸も戻っていた。彼女が買って来たのは、大量のイルミネーション用の電飾と、金銀のモール、そして赤と緑のリボンの山だった。
それだけではなく、小さな木製の人形がつまったオーナメント一式。
「それ、どうするんですか?」
「どうするって、クリスマスパーティをするのさ。美幸、君は料理の準備をしてくれ」
「はい。腕によりをかけますわ」
「バロウズくんも美幸を手伝ってくれないか? ツリーは私のほうでやるよ」
そういって綺雲 菜織が引き継ぐと、すぐにその巨大なツリーを隠れ家の居間の中央に立てた。そして、オーディオがいるであろう個室に向かった。
「えと、材料をきればいいんですか?」
「はい、この辺りはレシピどおりに作れば問題ないはずです。とはいえ、あとは温めるだけのものが多いので、その時間も見ていただけたらと」
「わかりました。指定時間になったら取り出して、皿に盛ります」
本に書かれたとおりに動くだけなら、と頭の中で考えてご馳走(温めるだけ)をレンジに入れて、タイマーに視線を配りながら野菜を切り刻む。
有栖川 美幸は不安感を覚えながらフライパンに火をつけたが、授業のときと同じにあまり成功はしなかった。
だが、ローストビーフ(きるだけ)のサラダはうまくいき、綺麗に皿に盛りつけた。
温めるだけのローストチキンもおいしそうな香りでレンジから出てくると、バロウズ・セインゲールマンは皿の上に自分の切った野菜を乗せてから、ローストチキンを乗せた。
「ケーキは、食後でいいですよね」
「ケーキ?」
疑問符を浮かべながら、バロウズ・セインゲールマンは料理を並べ終えると、ふと思い出したようにお湯を沸かし始めた。
「どうしたんですか?」
「知り合いから、もらってきたものがあるんです。これなんですけど……」
そういって彼が差し出したのは、レースに包まれた茶葉。メッセージカードと、煎れ方について丁寧に書かれたメモが着いていた。メモとメッセージカードは別の筆跡だったから、恐らく彼の言う知人が添えたものだろう。
「私も、もらってきたんです。合わせたらみんなで飲めそうですね」
にっこりと微笑むと、ティーカップのしたくもし始めた。
「朝からなんだ。騒がしい」
「オーちゃん、クリスマスだ。飾り付けを手伝ってくれ」
「は?」
青銅色の瞳を細めて首をかしげる機晶姫の腕を引っ張って、綺雲 菜織は居間へと連れて行く。まだモールや電飾でしか飾られていないモミの樹を前に、オーディオははぁ、とため息をついた。
「なんだ、これは」
「クリスマスを知らないのかい?」
「ああ、確か……年末の祭りだろう?」
「クリスマスはね、大切なイベントなんだよ」
にっこり笑う綺雲 菜織は、モミの樹にオーナメントを飾り付けていく。
「こうやって、飾るのを手伝って欲しいんだ」
「む……こう、か?」
手にした木製のサンタ人形を適当な位置にぶら下げる。それだけなのに、綺雲 菜織は大げさに手を叩いた。
「そうそう! オーちゃんはセンスがいいね!」
それに少し気を良くしたのか、せっせとオーナメントを飾り付けていく。その間に、モールや電飾を部屋に飾りつけていく。
綺雲 菜織を見て、オーナメントを付けおえたオーディオがリボンを使って回りの調度品にリボンをつけて行く。
ティーセットとご馳走をもって現れた有栖川 美幸とバロウズ・セインゲールマンはすっかりかわった部屋の様子に目を丸くした。
「まぁ、家具もかわいらしくなりましたね。パラミタでは、こういう風に飾り付けるんですか?」
「……昔、な。こういうきらきらしたものより、リボンで飾るほうが多かった」
オーディオが、少しさびしげな表情で珍しく自分のことを語った。それをうれしくおもったのか、綺雲 菜織と有栖川 美幸はオーディオを挟んで飾り付けについて語りはじめた。
リボンといっても、赤と緑だけでなく金や銀のリボンを使ってこう結ぶと綺麗だとか、簡単に解けないやり方とか……そんなことを語らっていると、バロウズ・セインゲールマンが料理を並べ終えた。
はっと気が付いた有栖川 美幸がお詫びをしながらバロウズ・セインゲールマンの横に立つ。
「すみません、バロウズさん!」
「いや、ただあれは……」
ちら、と彼が視線を送ったのはティーポット。有栖川 美幸は頷いて、最後にツリーのてっぺんに星を飾り終えた綺雲 菜織とオーディオをテーブルに着かせた。
「食事は……ほとんど買って来たものですが」
「いや、とてもおいしそうだよ、ね、オーちゃん」
「………お前たち、何故こんなことを」
オーディオが眉間にしわを寄せて、鋭く睨みつけた。先ほどまでの柔らかな笑みは消えていたが、それに対しても綺雲 菜織は微笑んだ。
「大事な友達と、一緒にクリスマスを過ごしたかっただけだよ。ね、美幸」
「ええ。バロウズさんもそのために協力してくださったのですよ」
「言われたことをしただけです」
ぽそ、と呟いたのちは、もくもくと料理を取りざらにとりわけていく。買って来たものとはいえ、暖かい食事は十二分にその隠れ家の中でのクリスマスを盛り上げてくれた。
そして、食後。ケーキと紅茶を出される。
紅茶に添えられているのは、砂糖でコーティングされたクッキー。
ぱり、と軽い音を立ててかじると口の中に少し甘すぎるくらいの風味が広がっていく。
「紅茶と一緒にどうぞ、ともらってきた」
バロウズ・セインゲールマンがぼそ、と呟くと、オーディオは紅茶を手に取った。
その紅茶の香りに覚えがあるのに、ようやく気がついた。
「これは、聖なる夜の紅茶か」
「そうだよ。よく知っているね」
綺雲 菜織がにっこりそういうと、オーディオは紅茶を口にしないままソーサーに戻した。添えられていたオーディオ宛のメッセージカードは、紅茶を飲んだあとに渡して欲しいとのメモ付だった。そして、あのオーナメントも手作りの品物だ。それを思い出し、有栖川 美幸が祈るように手を合わせた。
「繋がっているんですよね、想いは」
「想い……?」
オーディオが問いかけると、有栖川 美幸はにこやかな笑顔を向ける。
「私にとって、菜織様がいて、オーディオさんもいる。バロウズさんもこのために手伝ってくださって……十分すぎる環境です。たくさんの想いが繋がって、今日のこの日がある……すごく恵まれています」
「……遠くにいても、思いを届けることの出来るお茶。だから、このお茶をずっと飲み続けた。大切な日に一緒にいられなくても、きっと伝わると想って」
「オーちゃん?」
「その間、とてもさびしかったんだと思う。共にいられない寂しさのほうが、強かったんだと思う。今なら、それがようやくわかる……だから、思い出したい。もっと、はっきりと。全ては、捨てられてしまったこの思い出を完璧にするために……!」
ポツリポツリと語る機晶姫の少女の言葉に、綺雲 菜織はその背中をさする。
バロウズ・セインゲールマンが、口を開いた。
「一つ、オーディオさんに聞きたいことがあるんです」
「……なんだ?」
「金の機晶石を取り戻したら、貴女は「あなた」のままでいられますか?」
その言葉に、オーディオはまっすぐに顔を上げて見つめ返した。
「……心のかけらが満ちれば、この胸のむなしさが消えるのだ。喪われたものが戻るのだ。そう、言われた」
「誰に?」
「博士達だ。彼らの言うことは、いつも正しかった」
そう呟いたオーディオは、もう一度ティーカップを持ち上げた。それに習うように、綺雲 菜織も持ち上げて口を開いた。
「オーちゃんが、幸せをつかむことが出来ますように」
「菜織様と、オーディオさんが来年も元気でありますように」
「……オーディオが、喪ったものを取り戻せますように」
綺雲 菜織に続くようにして、有栖川 美幸、そしてバロウズ・セインゲールマンも次々に口にする。
青銅色の瞳が、わずかに潤んだのをその場の一同は見逃さなかった。赤いゴスロリの袖で拭われた後は、いつもの少し冷ややかな瞳が現れた。
だが、口元は柔らかく持ち上げられていた。
「ここにいる者たちが、よい夢を見られるように」
差しさわりのない願いを口にしたオーディオに向かって、乾杯をするように一同がティーカップを持ち上げた。
そして、人目を忍んでの聖夜は更けて行く。
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