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クリスマス…雪景色の町で過ごすひととき…

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第17章 あなたを逃がさないっ!

「イブの日に、デートに誘ってくれてありがとう、セシルくん」
 御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は誕生日に誘ってくれたセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)の方へ振り向く。
 しかし、その日が誕生日ということはまだ彼に教えていない。
「あっ、あぁ。俺の方こそ、来てくれてありがとうな」
 年を感じさせない美しい彼女の姿がまともに見れず、なかなか視線が合わせられない。
「(照れちゃって可愛いですね。男に可愛いなんて言うと傷ついてしまいそうですから、口には出せませんけど)」
 その様子を見て千代は口元に袖を当ててクスッと笑う。
「ゴンドラに乗ってみないか?」
「それで町の様子を眺めるのも悪くないですね。乗りましょう」
「雪で滑らないように気をつけてくれよ」
 彼女の手を引いて乗せてやろうとする。
「えぇ、あっ!」
 水気で溶けて凍った雪に足を滑らせてしまい、トスッとセシルにぶつかってしまう。
「おぉっと危なっ。大丈夫か?」
「はい、ちょっと足元の雪で滑ってしまっただけなんで・・・」
「(わっ、顔が近すぎる!)」
 相手の方を見ると目と鼻の先というより、かなりギリギリの距離で、赤面した彼は思わず顔を背ける。
 やっとゴンドラに乗った2人はゆったりと流れながら町の景色を眺める。
「西洋の建物が雪化粧した姿って、幻想的でキレイですよね・・・。誘ってくれて嬉しいです」
 乙女という年齢でなくてもクリスマスはいくつになってもドキドキするものなのだ。
「千代に喜んでもらえてよかったよ。なぁ、ゴンドラがあるといっても、水の都のヴェネチアとは違う感じがするな」
「そうですね。それに元々、古都のようなセピアとモノクロの町並みなんでしょうけど。こうして白い雪に染められた雰囲気も素敵です」
 主がいなくなり観光客用となった宮殿や、城の概観を眺める。
「―・・・その、イブだし。誰かから誘いとかあったんじゃないか?」
 ひょっとして自分以外の誰かも彼女を誘ったんじゃないかと聞く。
「ありましたよ。それも男の人から」
「だっ、誰だそいつは!?うあっと!ふぅ・・・落ちるところだった・・・」
 さらりという彼女の言葉にセシルは突然がたっと立ち上がり、その拍子にゴンドラが揺れて危うく落ちそうになってしまう。
「落ち着いてセシルくん、いきなり立ち上がると危ないですよ」
「ごめん・・・。で、千代・・・そいつは誰なんだ。俺が知っているやつか・・・?」
「そうですね、知らないはずはないですよ」
「俺が知っているやつ!?いっ、いったい誰だっ。もしかして今日・・・そいつがここへ来たりしているのか?」
「えぇ来てますよ。約束しましたし」
「くうっ〜、誰なんだそいつはーっ」
 自分以外にも千代を誘った男がいるのかと、怒りのあまり拳を握る。
「今、ここにいますよ」
「へっ?」
「私の目の前に・・・」
「俺!?」
「他に誰がいるっていうんですか」
 あまりの鈍さに千代は深いため息をついてしまう。
「もし誘われたとしても、セシルくんとここへ来ていたと思いますよ。そのために昨日、これを作ったんですから」
 知り合いに教わった高級芋ケンピと、自慢の手作りクッキーをセシルに勧める。
「千代の手作りか。そんじゃいただくか、はむっ・・・美味いな!」
「あらそう?クッキーはともかく、もう1つの方はちゃんと作れたか少し不安だったんです。セシルくんはお菓子作りの名人ですから評価が厳しいかな?と思ってましたけど。でもまぁ、お世辞でも嬉しいですけどね」
「そんなことないって!本当に美味いよ」
「フフッそうなんですか」
 手作りのお菓子を頬張る彼の姿を、ニッコリと嬉しそうに見つめる。
「いつもありがとう」
 タイミングを見計らっていた千代がセシルの頬に口づける。
「ちっ、千代!?」
 突然の出来事にセシルは顔を真っ赤にし、手からクッキーが滑り落ちてしまう。
「これ頑張って作ったんだけど、どうでしょうか」
 手編みの赤いマフラーを彼の首に巻いてやる。
「(若い子はこういうのもらうと、あまり嬉しくないかもしれないですけどね)」
 そう心の中で思いながら、セシルに対する日頃の感謝と出会いのあの日から、今日までの愛情を込めて一生懸命編んだ。
 本当はこういうものを作るのが苦手だが、彼のために頑張って作ったのだ。
「俺にくれるのか?」
「セシルくんのために作ったんだけど、お菓子を作りよりちょっと難しくて・・・」
「ありがとう千代、大事にするよ」
「じゃあ今度、また他に何か作ってみましょうか」
「それで今日ここに呼んだのは、渡したいものと・・・伝えたい言葉があるからなんだ」
 ゴンドラが橋へだんだんと近づいていくのをちらりと見て千代へ視線を戻す。
「これは?」
「開けてみてくれないか」
「指輪・・・!?」
 小箱を開けると中からセシルからのプレゼントの指輪が入っている。
 プラチナのシンプルなデザインの、サファイアのリングだ。
「千代をちゃんと守れる男になるまで言わないって決めてた。まだ未熟だけど・・・・・・それでも、今なら少しは守ってやれる、支えてやれるようになったと思うから。俺、千代が好きだ。大好きだ! 愛してる!!千代じゃなきゃ駄目なんだ!ずっと傍で守りたい! 一緒に並んで生きていきたいんだ!!」
 彼がこんな気持ちになったのは初めてで、千代がそれをくれたのだ。
 手編のマフラーを撫でるように手をかけ彼女に感謝をする。
「(―・・・・・・セシルくん。まだ若いのに、本当に私を選ぶというんですか?)」
 思いがけない彼の言葉に、彼女は黙って聞き続ける。
「サファイアの意味は信頼と誠実、堅固な愛。邪悪なものから守るとかってあった。だからそれにしたんだ」
 セシルは髪をぐしぐしと掻きあげ、照れくさそうにかすかに頬を赤く染める。
「本当は俺が勝手に選ぶんじゃなくて、千代が気に入った指輪を買ってやれれば良かったんだけど・・・・・・ごめん!アクセサリーってこだわるものだと思うし、もし気を悪くしたら、突っ返してくれていいから!」
 自分のセンスじゃ気に入ってもらえないかもしれないと焦りながら言う。
「この日に言おうと思ったのは、誕生日だからっていうのもあるし・・・」
「え、私の誕生日・・・知っているんですか!?」
 教えたはずのないことを彼に知られていることに驚いた千代は思わず声を上げてしまう。
「う、うん。ちょっとな」
「私のこと、いつの間にそんなに知っていたんですね。でもそれ以上知ってしまうと、本当に私から逃げられなくなりますよ?」
「にっ、逃げるものか!俺はずっと千代の傍にいたいんだ」
「本当に、ずっといるかもしれませんよ?(いつまでも、いつまでも・・・“今”と言う時間が続くといいな・・・。“エス イスト シュヴール イン リューゲ ニヒト”)」
 今日という日が、いつか2人のかけがえの無い思い出となることを祈り、橋を通り過ぎた。