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リアクション
【7・急転直下】
その頃、巨大ワイバーンは海面近くで唸りながらもがいていた。
菜織と美幸は、不知火の手で首筋を摩るように動かしている。
「いい子だ。落ち着きたまえ」
なんとか安心させようとしているものの、身体は冷えても頭は熱いままなのか常に振り払うように翼を動かして警戒を解いてくれない。このままだとまたいつ暴れ出すかわからなかった。
どうしたものかと考えあぐねていたところに、通信が入る。
「はい。どちらさまでしょう?」
『ああ、俺。緋山政敏だけど』
言われて通信画面を確認すれば、確かに彼のイコン{CHP001#陽炎}と表示にあった。
「政敏? ちょうどよかった。巨大ワイバーンは今のところは落ち着いているのだけど、これからどうすればいいかわからなくて」
『そうか。こっちも片付いたところだ。ちょっと待っててくれ、彼女なら対処できるかもしれない』
通信の声がわずかに離れ、誰かと話しているのが聞こえた。
『あんた確か、ドラゴンライダーだったよな? もしかして、あんたの言うことなら聞くんじゃないのか?』
『……ええ。ワイちゃんは、あたしの命令には忠実ですからね。これ以上暴れさせないようにすることもできますよ(易)』
『俺たちは、あのワイバーンを助けてやりたい。君だって、死んで欲しくはないんだろ?』
そこで、しばらく沈黙が流れた。
『……しかたないですね……これ以上は、無駄なあがきをしても仕方ないですし……止めてあげますよ。声を伝えさせてください(頼)』
『よし、わかった。待ってろ』
そこでまた少し間が空いたあと。
『これに話せばいいんですね? では……通信の向こうの方。この声をワイちゃんに聞こえるようにしていただけますか(願)』
言われて、菜織は回線を外部にも聞こえるようスイッチを切り替えようと指を伸ばし。
ふと、本当にいいのだろうかという疑問が沸き上がった。
話から察するに、相手はこの事件の首謀者らしき人物。罠という可能性は十分ある。
でも。
目の前には、いまだに苦しそうにしている巨大ワイバーンの姿がある。死んでしまう前におとなしくさせて、治療をできる状態にしなければいけない。
そう思ってしまうと、悩むより先に指と口は動いていた。
「……どうぞ。これで大丈夫だから」
『ありがとう。それじゃあ、ワイちゃん……(告)』
直後、耳が痛くなりそうなほどの声量の叫びが轟いた。
少女が使ったのは、龍の咆哮。鳴き声を再現して、ドラゴンやワイバーンと意思疎通ができるスキル。
菜織と美幸は、これでおとなしくなってくれれば、という願いを胸に抱きながら――
翼の力で弾き飛ばされた。
近くで成り行きを見守っていた聡とサクラは、コームラントを急速移動させ。
菜織達のイコン、不知火を受け止めた。
「くっそ。全然おとなしくなってねぇじゃんか……! おい、大丈夫か!」
中のふたりから応答はない。
イコンの耐久力からすれば大事はない筈だが、勢いよく吹き飛ばされたせいで目でも回してしまったのかもしれない。
「聡さん! ワイバーンが!」
しかしそちらを気にかけてばかりもいられなかった。
一体どんな命令を受けたのか、巨大ワイバーンは鱗をいっそう軋ませ、翼を動かすごとに身体のあちこちから血を噴き出しながらも、物凄いスピードで加速しはじめ。せっかく引き離した天御柱学院へと戻りつつある。
やはり、自分達は騙されたのだ。
『どうするの、聡君!』
通信してきたのは桐生 理知(きりゅう・りち)と北月 智緒(きげつ・ちお)の乗っているコームラント{ICN0001318#グリフォン}。
どうするのか、教えて欲しいのは聡も同じだったが、とりあえずは、
「止めるしかないだろ! なんとかして!」
最優先事項だけを叫んだ。
理知は頷くと、大形ビームキャノンとライフルによる攻撃を繰り出し。智緒に追走をはじめさせる。今更どこまで攻撃が通じるか不安はあるものの、すこしでもこちらに注意を向けてくれればそのぶん学院の安全度が高まるわけだが。
そうした思惑をよそに、暴走に拍車がかかった巨大ワイバーンは時折ブレスを周囲に撒き散らしながらも、進撃の速度をゆるめることはしないままで。
「やっぱり、ただ撃ってもダメみたいだよね。それなら」
理知は狙いを、数ある鱗のなかでもでまだ小さい鱗を探し、そこを重点的に狙うことにした。もし相手がまだ成長を続けているなら、成長が遅れている部分はほかより弱いかなと考えての作戦。
だが当然、命中精度は格段に低くなり、思うように攻撃が当たらなくなっていく。
「ああ、もう! やっぱりここまで遠いと、らちがあかないよ! よし、一か八か。当たって砕けよう! そこからなんとかしてあいつに飛び移ってやるんだもん!」
「? 理知ってば当たって砕けろって……」
疑問を口にする智緒に、理知は次なる作戦を話そうとしたが、
「……面白そうね。分かった、じゃ、突撃ー!」
「えっ!? って、智緒!? 本当に当たりにいくのー!? ちょ、待っ」
それよりも前に智緒はバーストダッシュを使用しながら、本当に突撃を敢行し。巨大ワイバーンのゴツゴツした岩のような背筋に勢いよくダイブすると、機体が震度6くらいの震動に包まれた。
かなり無茶な特攻ではあったが、それでもどうにか首の付け根あたりでグリフォンは停止する。
「あれ。予定よりちょっと前にずれちゃったかな。まあいっか」
智緒のそら恐ろしい声がわずかに耳に届いたが、理知は聞こえなかったことにして。当初の作戦通り操縦席から外へと飛び出した。
降り立ってすぐ、前からの熱風にあおられかけたが。予想していたよりも衝撃は少ない。
台風の中心は穏やかであるのと同じ原理なのかなと想像しながら、理知は目的の小さな鱗のところまで歩みを進める。ひときわ軋む音が強い鱗を見つけると、
「頑張ってね。いま、なんとか治してあげるから……」
ヒールをかけてあげた。
これで痛みが和らいで、少しでも落ち着くことを期待する理知だが。
期待に反し、治療によって得た安らぎによって、さらに全身を大きく揺らせて暴れ始めた。
「ダメだよ! そんなに暴れたら、本当に命が――あっ!」
巨大ワイバーンは、長い首を振った。
その拍子に理知は投げ出され、わずかな浮遊感のあと、身体が落ち始め……る直前で。グリフォンの腕が彼女を掴み取った。
その様子を上空で、固唾をのみながら眺める影があった。
それは天司 御空(あまつかさ・みそら)と白滝 奏音(しらたき・かのん)の乗るコームラント。
機体には奏音のイコン整備により、『空』という迷彩塗装が施されており。その字が示すままに、装備させたブースターで勢いよく上空へと飛翔し、大形ビームキャノンの狙撃限界距離まで高度を保ったまま滞空しつづけ。戦闘を見守り、隙を狙っていた。
「大丈夫、機は必ず訪れる。俺達天御柱の皆だって伊達や酔狂でずっとイコンに乗ってる訳じゃないんだ」
御空は操縦席ではやる気持ちを抑えながらつぶやく。
ここまでも何度となく助けに入ろうと思いながらも、敵の配置などの情報を得ながら狙撃のタイミングを図っている奏音と共にどうにか踏みとどまってきた。
みなが様々な策を打っても、今のところ成果はあがっていない。となれば確実に仕留められるまで機を待たないといけない。理解してはいるものの、さすがにそろそろ限界だった。
作戦が失敗した理知はグリフォンが助け、離脱できたようだが。
彼女たちを逃がすために聡のコームラントが相手に接近しすぎ、至近距離でブレスを放たれそうになる。が、すんでのところで下顎めがけて急上昇し。強引に口を閉じさせた。
そこで、わずかに巨大ワイバーンの動きが止まる。
“……御空、チャンスです”
そこを見逃さず、奏音は精神感応での合図を送った。
すかさず御空は巨大ワイバーンの側頭部へ狙いをつける。
「ターゲット、ロック」
これまで生身で培ったスナイプ、シャープシューター、エイミングなどを活用した狙撃。御空はそれらを思い起こしながら、大形ビームキャノンを構える。
決して外さぬよう、奏音は相手の動きを予測し、一秒足らずで誤差を修正し。
“狙撃準備、完了”
再び合図を送った。
瞬間、ビームキャノンが放たれた。
相手の力量を鑑みて、続けざまにもう一発発射する。万一にも攻撃を外さぬために。
「ここは蒼天の鷹の戦場だ。イコンだろうとワイバーンだろうと、狙った獲物は……逃さない!!」
溜めに溜めたその攻撃は、右の即頭部に一発、直撃した。
標的は呻き声とともに、がくりと前のめりになり。これで脳震盪を起こせば勝利は確実になるが。
しかし。それでもすぐに翼をはためかせ、体勢を整えはじめた。ダメージがない筈はないというのに、なおも動き続けている。
「……なんて硬さ……いえ、でも効いてます。……追撃開始! ブースターフルスロットル!」
奏音に言われるより先に、御空は機体を急降下させていた。
これ以上の砲撃は、おそらく当てられても致命傷とはならない。ならば残る手段は限られる。そのひとつが、重力による自由落下にブースターでの加速をプラスしての直接攻撃。
単純ながら、馬鹿にはできない必殺のコームラントキック。
「こ、れ、で、トドメだ――ッ!!」
相手の頭部めがけ、コームラントの脚は一直線に向かって加速し、加速し、加速し、そのまま直撃確実なところまで、きたが。
「えっ」「そんな……!?」
ふたりは、思わず同時に声をあげた。
なぜなら、必殺の脚は命中しなかったのである。
避けられたわけではない。反撃を受けたわけでもない。ただ、運が悪かった。
巨大ワイバーンの近くには、再び取り巻きの小ワイバーンが集まってきていて。その中の一匹が、マヌケにも御空たちの落下に巻き込まれたのだ。
そのせいで軌道がわずかにずれてしまい。相手の鼻先をかすめながらも、そのまま海へと落ちることになってしまった。
「くっ……もう、すこしだったのに! 狙撃で倒すことができていれば……!」
「最後の最後、卑小な敵の存在を見落とした私のミスです。ごめんなさい、御空」
「いや。仕留め切れなかったところで、決着を急いだ俺も悪いんだ。気にするなよ」
海面にコームラントが浮上してきた頃には、標的はもう遥か彼方。
もうすこしで天御柱学院の校舎へ辿り着く距離まで飛び去っていた。
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