校長室
魂の器・第3章~3Girls end roll~
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第3章・挿話【3】〜日常はお祭り騒ぎ〜 穏やかな陽光が輝る、至極平和な空の下。環菜の病室の前で要人警護をしつつ、メイド服姿のエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は携帯メールを打っていた。不審人物にすぐ気付き対処出来るよう、ディテクトエビル、殺気看破、イナンナの加護を使った警戒も忘れない。事前に根回しをして、何かあったら病院の警備にもすぐ駆けつけてもらえるようになっている。 これらの警戒は、陽太が安心して環菜との時間を持てるようにという配慮から行っている。それはそれとして、彼女が何のメールをしているかというと―― 「あっ! ファーシーちゃんたちが来たよー!」 廊下の窓から外を見ていた、こちらもメイド服のノーンが明るく言った。ファーシーがお見舞いに来ると知って、先に病院へ来ていたのだ。これまでにあったあれこれは、全て陽太と環菜に報告済だ。 「迎えに行ってくるねー!」 1度外を伺い、病室前から離れていく彼女の姿を目で追いながらエリシアはメールを送信する。宛先は、環菜だ。文面は―― 『何かリクエストがあればご用立ていたしますわよ?』 というものだった。パートナーの恋人で、かつ自分にとっての数少ない友人である環菜に女子的な手助けをしたい。彼女は、そう思っていた。 「そう。ここに来たのね……」 オルゴールの音色流れる病室の中。環菜はベッドから起き上がり、添えられていたメッセージカードに目を落としていた。空いた手は、付き添っている陽太に素直に預けられている。お互いの手を通して、温もりが、安らぎが心を満たす。 その中で、環菜の携帯にメールが入った。彼女に届くメールは、夏以前とは比べ物にならないくらいに数を減らしている。 「……何かしら?」 カードをサイドテーブルに置き、メールをチェックする。そして若干、赤くなった。株取引の才が消えても聡明であることに変わりない環菜は、文の意味する所に即座に気付いたのだ。 「どうしました? 環菜」 不思議そうな表情になる陽太と画面を見比べ、彼女は慌てて身を引いた。 「え、あ……ちょ、ちょっと、見ないで」 携帯の背面を陽太に向け、ぽちぽちとメールを返信する。 『ファーシーちゃん歩けるようになってよかったね!』 その時、廊下からノーンの弾けるような声が聞こえた。 お見舞いに来たのは、ファーシーとアクア、そして風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)達だ。 「ファーシーさん、歩けるようになったそうですね! 良かったです!」 「ありがとう! まだ慣れないけど……ほら」 ファーシーは座った椅子の上で脚をぱたぱたとさせた。 「俺も、無事に愛する人を……環菜を取り戻せました! いろいろありましたけど……」 「よ、陽太! 愛する人って……そんな、生徒達の前で……」 焦って、さっきよりも赤くなる環菜に、陽太は優しい眼差しを向ける。 「大丈夫ですよ、環菜。ファーシーさんは俺達の関係はちゃんと知っています。それに俺は、誰の前でも堂々と、環菜を愛していると言いたいんです」 「陽太……」 男らしい発言に、彼女は少し驚き、嬉しそうに笑みを見せた。 「うわあ……らぶらぶだわ。環菜さんのこんな笑顔、初めて見た……。あの頃はそこまで感じなかったけど……、ねえ環菜さん、陽太さんの事、いつから男の人として好きになったの?」 「いつからって、それは……て、ファーシー、久しぶりに会ったと思ったら何を言わせるの!」 「あ、そ、そうよね、つい……環菜さん、大丈夫? わたしもあの会場に居て、すごく……」 すごく、の後。何を言うのも、何だか嫌な事を思い出させるだけのような気がしてファーシーは言い淀んだ。『心配した』も『後悔した』も、『ショックだった』、も――。 その心情を察したのか、環菜はいつもの調子に戻って、言う。 「同じ会場に居たからって、あなたが気にすることないのよ。こうして生き返ったわけだし、私はナラカでも変わらずにやってたわ。今も、ただの検査入院だし」 「うん……。本当に、もう一度会えて、良かった。あ、それでね、環菜さん。紹介したい人がいるんだけど……」 ファーシーの視線を受けて、アクアが躊躇いがちに前へ出た。 「アクア・ベリルです。はじめまして」 「ええ。話は聞いたわ。ファーシーと同時期に生まれた機晶姫だそうね。……でも、何故私の所に? 悪いけど、いくら彼女の友人でも初対面で信用は出来ないわよ。寺院にいただけではなく、実際に人に危害を加えているわけだしね。信用に境遇は関係無いわ」 その言葉を聞いて、アクアは安心した。彼女からしたら、突然友好的に接せられるよりも余程気を許せる態度だ。 「隼人が、合わせる顔が無いから代わりに、と……」 「隼人?」 環菜はその名前を聞いて、少し表情を翳らせた。 「そう……」 何となく、重い空気が漂う。彼の名を聞けば、いやでもルミーナの事を思い出してしまうから。今、ここにいる人間の多くがナラカで奮闘したのだから、尚更だ。 「ねえねえ、クッキー焼いたからみんなで食べよ! ほら、おにーちゃんはお茶淹れて!」 「あ、そうですね……」 はっ、と顔を上げて陽太が慌ててティータイムのスキルでお茶の用意を始める。優斗も持ってきた果物カゴからリンゴを取った。 「僕はフルーツを用意しますね。まあ、ゆっくりしましょう」 お茶とクッキー、様々なフルーツを囲んで和やかな時が流れる。ファーシーは陽太達に、脚が直るまでに何があったか、皆が協力してくれた事などを話した。 「お互い、頑張りましたね」 「うん! 本当に良かった。これからは、何だか色んなことが上手くいくような気がするわ」 2人はニコニコと、心から笑いあった。本当に色々あったから。それを越えたからこそ浮かべられる、笑顔。 「ところで、ファーシーさん……あの、好意稼動式電力発生装置が役に立ったかどうか、少し気になるんですが……」 「好意稼動……? あっ!!」 そこで、ファーシーは飛び上がらんばかりの反応をした。お茶が少し零れる。 「ど、どうしよう……」 「あ、俺が拭きますよ」 つられてびっくりしつつ、陽太はハンカチで水分を拭き取った。 「どうしたんですか? あの装置が何か……って、え、顔が真っ赤ですよ! 大丈夫ですか?」 「えっ? あ、えと、うん、これはあの、大丈夫だけど……装置も、役に立ってるわよ。うん、そうね、すごい、好意をエネルギーに変換してくれて……」 告られて倒れました。なんて言えるわけない。 「そ、そうですか? それなら良かったですけど……」 「そ、それよりもね、えっと……あ、ほら、アクアさん! 環菜さんにもう1つ話があったんでしょ?」 「私というよりは、優斗が、という方が正しいと思いますが……」 あからさまな話題逸らしにあいつつ、確かに用の1つだから、とアクアは優斗を見る。 「話? 何かしら」 「アクアさんの転入の件なんですが……」 「環菜〜、お見舞いしてあげにきましたよぉ〜」 エリザベート達が入ってきたのは、そんな時だった。 「蒼空学園への転入、ですかぁ〜?」 エリザベートは、ノーンのクッキーを頬張りながら少し語尾を上げて言った。 「私の所にも、そういう話が来ましたよぉ〜。その生徒には、自費で寮を貸すように言いましたぁ〜。所属は好きにすればいいですぅ〜」 「あれ、アクアさんは、イルミンスールをご希望なんですか?」 「いえ……わ、私はまだ、どこへ入るかなんて決めていませんが。そもそも、学校自体行くかどうか……」 「そうなんですか? ……でも、ファーシーさんもいますし、入るなら蒼空学園が良いと思いますよ。僕もそうですし……って、あ!」 何かに気付いたように、優斗は素早く振り向いた。テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)とミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)が何だか疑わしげな目でこちらを見ている。 「テレサもミアも、違いますよ。僕がアクアさんに蒼空学園への編入を進めているのは、彼女がファーシーさんと過ごせる機会を増やせればと思っているのであって、アクアさんをナンパしようとかそういう意図ではありませんよ」 「……本当ですか? 自分から弁解を始めるあたり、何だか怪しいですが……これ以上のナンパは絶対に許しませんよ、優斗さん!」 「そうだよ! 何だか、アクアさんの態度がおかしい気がするし……。優斗お兄ちゃんが一緒にいたいだけじゃないだろうね!」 それにはアクアも驚いた。急いで彼女達に説明する。 「何を言ってるんですか。ナンパなんて……いえ……私は、彼が少々苦手なだけです!」 「何ですか今の間! ナンパの後になんで間を空けたんですかアクアさん!」 アクアの態度に驚き、優斗は慌ててツッコミを入れる。 「いえ……やっぱり、あれは……」 「「やっぱり!?」」 テレサとミアが同時に食いつく。 「私に協力する、守る、と……。あんな事をこの顔で言われれば、大抵の女性はおちてしまうのではないか、と……でも、そんなナンパ癖のある男だとは……」 「「ええっ!?」」 「あなた、それは……」「うわあ……」「それはまた、素晴らしい口説き文句ですねえ」 話を聞いていた皆が口々にそんな感想を漏らし、ラスも呆れたような目を向ける。 「天然ジゴロだな……そして、自分で話を振ったあたり、墓穴だな……」 「ちょっと……誤解です! 助けてくださいよ!」 「悪いけど……その時の状況知らねーし、擁護は難しいな。何より、面倒くさい、というか巻き込まれたくないし」 それにしても、この3人はまだ痴話喧嘩してたのか……。見てる分には面白いが。 「そ、そんな……」 「優ちゃん、わらわは分かっているわよ。このお見舞いでアクアちゃんと仲を深めたり、環菜ちゃんの好感度UPを狙っていたりするのよね? 元々、それに協力させようと思ってわらわ達も呼んだのよね?」 「リョーコさん! 何をまた根も葉もない話をしてるんですか! 違いますよ!」 「わらわは風の噂で、優ちゃんは環菜ちゃんをナンパしようとしてたって聞いたから……てっきりそう思っただけよ? 他意はないわよ?」 しれっ、と、諸葛亮著 『兵法二十四編』(しょかつりょうちょ・ひょうほうにじゅうよんへん)は優斗に向け、皆にきっちり聞こえるように言った。実際は100%嘘の、他意ありまくりだったが。案の定。 「優斗さん、リョーコさんの言っている事は本当ですか?」 「優斗お兄ちゃん、環菜さんとまで浮気したの?」 テレサ達はますます迫ってきた。 「な、何言ってるんですか。この通り、環菜先輩には既に恋人がいるじゃないですか! それなのにナンパなんて……、そんな恥知らずなマネを僕はしたりしませんよ! 環菜先輩からも何か言ってやって下さい!」 「そうね……」 4人の遣り取りを少々目を丸くして見つめていた環菜は、以前の事を思い出した。優斗に毛ほども恋愛感情の無い彼女は、弁護するべき理由も何処にもない為に正直に言う。 「『私』はされていないけれど、ルミーナならされたと思うわ。突然お茶に……」 「か、環菜先輩!?」 ゆらり、と目を光らせたテレサが一歩近付く。超至近距離だ。 「……優斗さん、詳しいお話は誰にも声が届かない別室で……。いえ、病院の裏で聞きますので、ちょっと一緒に来て頂けますよね? ……大丈夫ですよ、私、全然怒っていませんよ? 本当ですよ?」 「怒ってるじゃないですか!」 「……優斗お兄ちゃん」 殺気のこもった怪しい迫力と共に、ミアも言う。こういう時のセオリーとして、前髪の影に隠れて目が見えない。 「詳しく話を聞きたいから一緒に病院の裏に行くよ? ここは病院なんだから……中で騒いだら駄目なのは分かるよね?」 むんず! ずるずるずる…… 優斗は2人によって左右から拘束され、ドアの方へと引き摺られていく。廊下へ消えて見えなくなった後に、彼の悲痛な叫びが聞こえる。 「僕は無実です、これは冤罪です、誰か弁護士を呼んで下さい!」 相変わらずずるずると優斗を引き摺りながら、テレサとミアは非常に恐ろしげな会話をしていた。 「……優斗さんはあれだけ注意してもいつも言い訳ばかりで全く反省の色が見られないですし、女の子を手当たり次第にナンパする一種の病気みたいなので……手術を行います」 「うん。僕もそう思うよ。優斗お兄ちゃんの浮気病を治すには、二度と浮気をしたいと思わないくらい徹底的に体に教え込む治療法しかないと思うんだ。……ここは病院だから大怪我してもお医者さんに診てもらえるから、安心だよね?」 「ちょ、ちょっと……!」 「ちょっと、静かにして下さい!」 「「「「「「「「「……はい……」」」」」」」」」 看護婦が抗議に駆け込んできたのは直ぐのことで。 窓を通して身の毛もよだつような悲鳴が聞こえてきたのは、そう間もないことだった。 ◇◇ そして、浮気裁判が繰り広げられている間に、病室は何気にひどいことになっていた。優斗が持ってきたフルーツが、蛇とエイムとエリザベートにほぼ荒さ……食べられていた。ちなみに、荒れているのは大体蛇のせいである。多分。 「美味しいですぅ〜」 「美味しいですの。これ、食べてもいいですの?」 「もう食べてますよね……。エイムさん、勝手に食べちゃいけませんよ」 そう言いつつ、ノルニルは減っていくフルーツにちらちらと視線を送っていた。欲しいけれど、大人なので我慢するのだ。 「ノルン様は食べませんの?」 「……食べても良いんですか?」 「良いわよ。好きにしなさい」 環菜がそう言うと、ノルニルは早速りんごに手を伸ばした。しゃくしゃくとおいしそうに食べはじめる。 『…………』 ゆるゆると幸せそうにしているノルニルに皆は何となく注目し――それに気付いて、彼女は慌てて表情を引き締めた。可愛い。 「ノルンちゃん、リンゴもっとどうですか〜?」 明日香が、自ら持ってきた果物カゴからりんごを出して剥き始める。エイムもエリザベートも蛇も相変わらず食べ続けているので、明らかに足りない。明日香は3人(?)を止める気はないらしい。先日の探索でも特にエイムを止めたりはしていなかったし、彼女がエリザベートの行動を阻害する事は殆どない。 環菜はまだ不調のようだし程々に……するべきなのかもしれないが、これは、その『殆ど』に該当するようだ。 「ところで……何で、病院に蛇がいるのかしら?」 楽しそうにしている蛇を、環菜は今更ながら有り得ない、という目で見つめていた。詰問調だが、やや呆れている風でもある。 「あー……一応止めたんだけど……」 環菜が一般病棟でないことを理解した上で、エイムはペット連れ込みOKと勝手に判断してすたすたと先に行ってしまった。止める暇も無かった。 「蛇可愛いですの。でっぷりワイバーンもかわいかったですの」 「爬虫類が好きなのか……?」 環菜は、一つ溜息をつく。 「情けないわね……とにかく、その毒蛇なんとかしなさい。あの状態で病室を這い回られたら床がべたべたになってしまうわ」 「げ……俺が?」 いつものように登られると自らがべたべたになってしまうし、だからといって直接掴むのは躊躇われる。どうしようかと思っていると―― 「情けないのはしょうがないですよ〜。ラスさんはピノちゃんより弱いそうですから。ピノちゃんが言ってました〜。ショック受けるから本人には言いませんけど〜」 最後に、優しいでしょ〜、というニュアンスをこめて明日香は言う。ぴたり、とラスの動きが止まった。信じられない、というように振り返る。 「……明日香、今、何て……」 「あれ、聞こえちゃいました〜?」 「お前、わざと言ったろ。今、絶対にわざと言ったろ!」 ただでさえテンションの低い彼がずずーん、と更にテンション低くなったところで。 「ラスさんのシスコンにも困ったものですね〜」 そう言いながら、明日香はハンカチを出した。リンゴだけではなくオレンジやらなんやらでべたべたになったエリザベートの口元をぬぐってやる。 「全く、まだまだ子供ね、エリザベート」 「何ですかぁ? また、失礼ですぅ!」 「エリザベートちゃんは成長してますよ〜。ふがいない環菜さんに代わってがんばったんですから。えっへん」 自分の事のように胸を張る明日香。環菜はぴくっ、とこめかみをひきつらせた。 「……どういうことかしら」 「何度もテレポートしたんです〜。危険を知らせたり機晶石を運ぶのに協力したんですよ〜」 「そうですよぉ。環菜について話があるって呼び出されて慌てて行ったらですねぇ〜、テレポート……」 「私について……?」 被せるように言われ、エリザベートはしまったという顔をした。 「ち、違いますぅ〜。そ、それはそういって呼び出されたのは確かですけれどぉ。暇だったのでちょっと付き合ってもいいかと思っただけですぅ。別に関係ないですぅ〜! 感謝するですぅ!!」 「さっきは、『慌てて』って言ってたわよ?」 「う、うう〜……」 我が意を得たり、と笑う環菜に、エリザベートはくやしそうだ。少々等身が低くなったような気がする。チョッカイを出すつもりがとんだ展開になってしまった。 「か、環菜だって、また入院するなんて子供じゃないですかぁ。せっかく元気になったとおも……あ」 エリザベートは顔を赤くしてますます等身を縮めた。不本意そうに手近にあった残ったクッキーをもくもく食べる。反対に、環菜は余裕の笑みだ。 「そう。心配してくれたのね。ありがとう」 「だ、だから、ち、違いますぅ」 どうも、相手が入院していると元気な方が不利なようだ。そんな2人に、クロセルは満足そうにうんうんと頷いた。 「いやあ、すっかり元のお2人ですねえ。ところで、結局アクアさんはどちらに編入するのでしょう? どちらがお引取りになるのですか?」 「「え?」」 そういえばそんな話もあった、と環菜とエリザベートは束の間きょとんとした。エリザベートの等身が戻る。 「まあ、私はもう校長ではないし、入るとしても涼司に口利きすることしか出来ないわよ。許可するかどうかは涼司次第ね。エリザベート、あなたは一発で許可出来るでしょう。引き取ったらどう? 断るなんて器が小さいわね」 「な、なんですかぁ? じゃあ、環菜が校長だったら引き取るんですかぁ〜?」 「すぐには頷けないわ。本人が正式な手続きをして入るなら勝手にすればいいけど」 「同じじゃないですかぁ〜」 じだんだをふむエリザベート。そこで割って入ったのがアクア本人だ。 「ちょっと待ってください。貴女達、私の前でまたよくもずけずけと失礼な事を……」 「アクアさん……」 ファーシーが遠慮がちに話しかけてくる。 「わたしは、優斗さんが言ってたようにアクアさんが蒼空学園に入ってくれたら嬉しいけど……アクアさんは、どう? イルミンスールも面白そうなところだったわ。絵本の中の世界みたいで……」 「行ったんですか?」 「うん。前に案内してもらったの」 「…………」 アクアはファーシーを見てしばらく黙り、それから、言った。 「……もう少し考えさせてください」 「じゃあ、結論も出たみたいですし、帰りますよぉ〜」 エリザベートの言葉を契機に、皆はぞろぞろと帰っていく。 「あっ、ちょっとあなた達ここ掃除して行きなさい! ファーシーまで……全く、もう……騒ぐだけ騒いで……」 「わたしがきれいにするよっ! おにーちゃんも!」 「そうですね、環菜は休んでいてください」 メイド姿のノーンと陽太が、すっかりはちゃめちゃになった部屋を片付けていく。 やがて、夜が来て―― ◇◇ 病室には、横になった環菜と陽太だけが残っている。祭りの後、とでも言おうか。騒々しさと静かさのギャップからくる独特の寂寥感。 2人は、静かに手を繋いで時を過ごしていた。何も言わなくても気まずさなんてない。 そこに居るというだけで暖かい安心感がある。そんな自然な空間があるのは、とても幸せなことで。 「疲れてない? 陽太」 「い、いえ、全然!」 「そう……それにしても、お見舞いってあんなに賑やかなものだったかしら。それに皆、私を見舞うというより勝手に騒いで帰っていっただけのような気がしないでもないわ」 少し不服そうに言って、それから、環菜はふふ、と笑う。 「でも、こんな雰囲気を味わったのも久しぶりね……」 しみじみと、本当に、しみじみと。 「日常というものを、しばらく忘れていたような気がするわ」 そうして、陽太の目を見つめ、彼女は言う。 「陽太、ここに来てからずっと一緒にいてくれてありがとう。無理だけはしないでね。そうしてくれるのは嬉しいけど、私は陽太にはずっと元気でいてもらいたいの」 「ず、ずっと……ですか?」 「そうよ。年を取るまで、ずっと、ね」 「か、環菜……」 陽太は驚きと嬉しさが入り混じり、顔を赤くする。それから改めて、跳ねた心臓を押さえて環菜に言う。緊張と決意のこもった眼差しで。 「俺は……俺が、環菜を絶対に幸せにします!」 「……ありがとう、陽太」 環菜は微笑み、陽太の顔に手を伸ばそうとして、束の間動きを止めた。躊躇いというわけではなく、最近の彼女にはこういうことが多かった。ぎこちない動きをすることが、たまに、ある。それを知っている陽太は、一瞬だけ心配そうな顔をして、すぐにそれを笑みに変えた。 白い手が頬に、花のような吐息が唇に近付いてくる。 え……、花のような……? そこで、彼は気がついた。いつもしない香り。甘く、それでいて清廉な花を思わせる、香り。 「この香り……」 「ずっと、ね。気になっていたの。いつも病院着だし……、全然、身繕いとか出来ないでしょ? 女はね、好きな男の前では少しでもおしゃれしたいものなのよ。だから、用意してもらったの。香水を」 そして2人は――結ばれてから何度目かの、キスをした。 その夜、陽太は彼女が眠るまで傍にいた。こんな日はきっと…… 1人になったら、寂しい気持ちになってしまうから。