校長室
魂の器・第3章~3Girls end roll~
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エピローグ 挿話【1】 〜眠れない夜。生を奪いし者達の、忘れ得ぬ記憶。〜 ル・パティシェ・空京では。 チェリーは、髪を前のように2つにくくり、お店の制服に身を包んで閉店の準備をしていた。今日1日慣れないことばかりで大変だったけど、一生懸命に何かをする、というのは悪くない。 「チェリー」 店のシャッターを下ろそうとして名を呼ばれ、彼女は振り返る。 「……? あ」 そこには、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)とキリカ・キリルク(きりか・きりるく)が立っていた。 ◇◇ 同時刻。ヴァイシャリー。 毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は、プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)に言われて襲撃した皆に謝罪の手紙を書いていた。その数、延べ55人。 部屋には、大量の粗品――高級料亭のおみやが積み上げられている。 ――事件当時の悪夢は、見なくなった。 だが、チェリーとアクアに許される気は――未だ、無い。 ◇◇ ヒラニプラ、モーナ・グラフトンの工房。 多くの窓が灯りを消して眠りに沈む中、工房には煌々と電気が点いていた。中で作業をしているのは、3人。工房の主であるモーナは部屋の隅の硬いベッドで仮眠を取っていた……というか、寝落ちた彼女に小尾田 真奈(おびた・まな)がヒールとSPリチャージをかけ、朝野 未沙(あさの・みさ)がベッドメイクをして寝かせたのだ。その未沙達も、少し前から眠気が限界を迎えて別室で仮眠を取っている。 作業を始めてから約1日半。 納品すべき機械は確かに数を減らしていたが、まだまだある。現在、壊れたパーツの修理をしているのは真奈と、小人の小鞄から出てきたかわいらしい小人達。七枷 陣(ななかせ・じん)と仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)は2台のパソコンで、それぞれ案件書類のデータベース化に勤しんでいた。書類を項目別に区分けするのに半日以上かかり、それからは黙々カチカチと入力を進めている。今回の分だけでなく、これまでに手で処理されてきた分もついでに、としたら結構な量になってしまった。 「ふわぁ〜あ」 不寝番のおかげで持ちこたえているが、たまにあくびがでるのはまあ仕方ない。 「……ジャンクヤードで雑務処理のバイトやっててよかったな。あれがなかったらもっと手間取ってただろうし」 「ああ。しかし、1日半でこれだけとはな、どこまでできるか……。まあやれるだけやるが。……小僧」 「なんや?」 「山田の死について、どこかの病院で非難的な意見が出たようだ。伝え聞いた程度だがね」 「…………」 陣は何も応えない。キーを叩く音だけが続く。それは、同時に話を促す合図でもあった。磁楠は、それを正確に感じ取る。 「誰が言ったか知らんが、あの事件は人死にになるまでの事じゃないとさ。事件で死んだりした者が居ないから、が理由だそうだ」 「…………。ほぉ……何つーか、的外れにも程がある罠」 暫しの沈黙の後、声音低く陣は呟く。 「憔悴して京子ちゃんを追いかける真くんと、冷めた瞳で見る羽純さんに愕然とした歌菜ちゃん。……あの光景を、オレはきっと一生忘れない。彼らだけじゃなく、友達として付き合ってきた今までのオレらも否定された気分やった。 太郎は研究の末に花嫁の何かに打ちひしがれ、絶望したのかもしれん。そこまでなら、個人の範疇やから良い。 けど、奴らはその一線を越えた。自分で自分の命を羽のように軽くしやがった。殺すのはいけない事なんて、ガキでも分かる。でも、そうさせたのは奴ら自身や」 「……確かに、肉体的な死は起きていない、という一点においては同意出来る。しかし、意図的な絆と人格の消滅は精神の殺害と同義だ。結果的に元に戻り、絆が深まったから良い。だが」 「もし、ずっとあのままだったら?」 「…………」 キーの音、機械を調整する音がぴたりと止まる。小人達だけが細々と何かをやっていた。その音は極小さなもので。減ってしまった音がそれぞれの心情を物語る。 「――逃げようが、誰が何を言おうがチェリーも殺していたさ。まぁ、もうパートナーロストという罪を受けた。身体の不具合が起きる度、あの時の罪を常に思い出し続ける。 それが贖罪になる。 それでいい」 「……簡単に赦す赦さないを決める事は、無理なのかもしれませんね。いつかは、チェリー様とわだかまり無く語れる日が来ると信じたいですけど、その為に、まだ時間が多く必要なのは確かです」 「…………」 静かに言う真奈の言葉を聞きながら、『陣』は思う。 ――花嫁と契約してない自分達は、ナラカに居る太郎にきっと同じ事を言われるだろう。それでも。 虚空を仰ぐ。 当時の山田太郎を、当時のチェリーを思い出し、『殺すのはいけない事』としか言えない者達を夢想する。 そして。 「お前 等に何が分かる……っ!」 「貴様 こう、吐き捨てた。