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少女の思い出を取り戻せ!

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少女の思い出を取り戻せ!

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第2章

 はじめは小さな点のようだった影が、やがて大きさを増して荒野に広がっていく。
 ……というのは、荒野の上空を飛ぶ飛空挺が徐々に高度を下げているからだ。
「そろそろ予定のポイントだ。準備はいいな?」
 小型飛空挺の舵を取るクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が呟く。高度計はぐんぐんゼロに向かっていた。
 作戦開始だ。
 速度を落とした飛空挺が、荒野のど真ん中にゆっくりと不時着する。
 スパイクバイクに跨がり、手にトマホークやショットガンを握った蛮族たちが近づいてくるが、遠巻きにぐるりと囲むだけで襲いかかろうとしない。
「敵か?」
「いや、たまたま飛んできただけかも……」
 警戒している蛮族の前で、ばたりと飛空挺の戸が開く。
「あーれぇ、怖い人たちが来るのですよぉ」
 ひらひらのドレスに高級ネックレスを着けた少女……パティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)が姿を現すと同時、蛮族たちは本能的にバイクを駆り、飛びかかってくる!
「ヒャッハー! お嬢ちゃん、こんな所に墜落した自分の不運を呪うんだな!」
「あーれぇ!?」
 パティを獲物と見なして近づく蛮族たちをけん制するように、少女の背後から銃口が突き出される。
「リーダー、どうします!?」
 エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)だ。クレアと共に、パティを守りながら飛空挺から離れていく。
「撤退だ。この数を相手にはできない」
 ふたりが銃でけん制するが、蛮族たちはそれを恐れる様子もない。ますますバイクを噴かし、恐怖を煽ってぐるぐると周囲を走っていた。
「ヒャッハー! ぶっ殺してやるぜー!」
 その様子を見て、三人……クレアとそのパートナーたちは、頷き合った。
 わざと村の近くを飛空挺で横切り、蛮族の注目を集めてから、墜落を装って蛮族たちをおびき寄せる……それが、クレアの作戦だ。蛮族たちに自分たちが狩る側だと思い込ませ、村から引き離すのが目的だ。
 どうやら、自分たちが狩られる側だとは気づかず、エサを飲み込んでくれたようだ。クレアは冷静に、そう感じていた。
 三人は蛮族に大したダメージを与えず、しかしこちらも逃げ道を塞がれないよう、着実に戦っていた。蛮族たちの嗜虐心を煽っているのである。
 と、不意に荒野に砂塵が舞った。誰かが気づいた頃には、それは蛮族たちのただ中に突っ込んでいた。
「全速全開! うりゃあ!」
 ドガァッ!
「ヒャッハー!?」
 槍と盾を構えたミルディア・ディスティンが猛烈な突撃を仕掛け、蛮族を突き飛ばす。弾かれた蛮族はバイクごと別の蛮族にぶつかり、なぎ倒されていく。
「助けに来たよ!」
 あくまで、クレアたちは戦場に紛れ込んだだけ、ということにして、ミルディアがすちゃ、と手をあげる。
「こ、こっちへ! 今なら逃げられますぅ」
「あーれぇ?」
 ルーシェリア・クレセントがパティの手を引いて、指定された方向に向かっていく。
「他の事をしゃべっても、良いんだぞ」
 どうやらお嬢様役がすっかり楽しくなってしまった様子のパティに、クレアはため息を吐く。それでも、軍人らしい足運びで蛮族らから距離を取る。
「じゃっ! 後は頼んだよ!」
 ビシッ! と手をあげて、ミルディアは逃げ出していく。来た時と同様、すさまじい速度である。
「畜生! ふざけやがって!」
「てめえら全員血祭りだ!」
 ようやく体勢を立て直した蛮族たちが叫ぶ。モヒカンについた砂を払い、轟音と共にバイクでクレアたちを追いかける。
「覚悟しやがれ!」
 完全に頭に血が上った蛮族が、ルーシェリアの背にショットガンを向けた時……
「予定のポイントに達した。やれ」
 蛮族たちを十分に引きつけたと判断し、クレアが小さく呟いた。瞬間、白いものが空から降ってきた。
 ゴオンッ!
「ぎやあああっ!?」
 衝撃に吹き飛ぶ蛮族たちが悲鳴を上げ、ごろごろと地面を転がる。
「許せません……」
 荒野に大穴を開けた藤井 つばめ(ふじい・つばめ)は白いマフラーをたなびかせ、周囲の蛮族たちをにらみつける。
「小さな女の子まで手にかけるなんて、許せません!」
「さすがに俺も、頭に来たぜ。つばめ、遠慮なくやってやれ」
 マントと手甲に姿を変え、つばめに纏われたゲルト・エンフォーサー(げると・えんふぉーさー)が伝える。
「はいっ!」
 つばめの瞳が赤く染まる。猛烈な速度で駆けだし、蛮族たちを手当たり次第、自分に近い順番で打ち倒していく。
「ぎゃああ!?」
 蛮族たちの悲鳴が重なる。
 こうして陽動は成功し、反撃が始まった。



「はじまったみたいだね」
 リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)が、大きな犬のそれに変化した耳をぴくりと動かし、呟いた。
「よし、俺たちも進もう」
 それを聞き、源 鉄心(みなもと・てっしん)がゆっくりと歩き始めた。その歩む道を、何人かの生徒たちがたどっていく。
「本当に、こっちで合ってるんだな?」
 リアトリスの問いに、鉄心は頷く。
「連中、強奪が専門で防衛の知識は薄いみたいだからな。警備も適当だ。一晩近く見張って、どこから潜入するのが良いか、見当をつけてる」
 鉄心はそう言って、軽く肩をすくめる。
「ま、俺を信じてくれよ」
 その鉄心の言葉の通り、あまりにあっさりと、一行は村の中へ潜り込むことができた。
「陽動班もしっかり仕事してくれてるみたいだな」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)が周囲を確かめ、魔鎧に姿を変えた藤堂 忍(とうどう・しのぶ)と共に脚のダッシュローラーを準備する。今にも、走り出そうと言うとき……
「待て。……見ろ」
 リアトリスの耳がぴくりと動き、前方を示す。その先には蛮族たちの姿。リアトリスの鋭い聴覚は、その声を聞きつけていた。
「あの女の言うこと、信用できるのか?」
「さな。だが、リーダーも近いうちに襲撃があるはずだって言ってたぜ」
「じゃあ、どうする?」
「決まってらあ。捕まえてある村人を人質にしてやるのさ!」
 ぴくぴくと、リアトリスの眉間が怒りに震える。それを見ておおよその内容を察したのだろう。涼司が手振りで、
(やるか?)
 と示す。しかし、その隣に立つ橘 恭司(たちばな・きょうじ)がそれを制した。彼のサインは、
(騒がれるとまずい。俺に任せろ)
 と言うものだ。
 恭司はぶらりと、まるでタバコを買いに行くかのような足取りで歩みでた。蛮族たちに声をかけるでもなく、その視界に入り込む。
「なっ……んだ?」
 いきなり目の前に表れた男に、蛮族は驚きを隠せない。銃を構えるのも、仲間を呼ぶのを忘れて、その男に目を向けた。
「やりやすくて、助かるよ」
「なに……なんだ、いきなり、眠く……」
 恭司が目を向けた瞬間、蛮族たちがばたばたと倒れた。その背後から顔を覗かせ、鉄心が感嘆の表情を向ける。
「催眠術か。大したもんだ」
「いや、それほどでもない。俺はこいつらを片付けるから、早く村人を」
 恭司はロープを取り出し、眠っている蛮族たちを手慣れた様子で縛り上げていく。
 彼らが村に並ぶ家の裏口を開くと、そこにはおびえて縮こまっている家族たち。彼らの姿を見るなり、歓喜の声を上げかける。
「しっ。静かにして。奴らに気づかれたらやっかいだ」
 リアトリスが声をひそめる。家族らはこくこくと頷き、彼らの先導に従って家を這い出る。
「彼らを安全なところまでエスコートしないと、な」
「鋭い殺気は感じられない。でも、ここから戦場を横切って本隊の居るところまで戻るのは危険だろうな」
 亮司の呟きに、彼が身に纏っている忍が答えた。そうか、と鉄心は頷き、
「村の中に避難所を作ろう。頑丈な建物を拠点にして、助けた村人をそこに入れるんだ。俺たちなら、この環境で治療や防衛を続けられる」
「なるほどな。ようし、任せろ。安全な逃げ道を確保してきてやる」
 亮司が豹のような機敏さで建物の間を走る。
「他も……うまくやっていてくれよ」
 その背を距離を空けて追いながら、鉄心は思わず独りごちていた。