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リアクション
1章 炭鉱への道筋
時間は少し前に遡ることになるが――高根沢 理子(たかねざわ・りこ)がレオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)に連れられヒラニプラへ足を踏み入れる頃、同じ様にこの地を踏みしめる者が居た。
「見事な炭坑都市だねえ」
ヒラニプラへ向かう車窓からの景色も爽快だった。山岳地帯は緑生い茂る山々から無骨なものへと姿を変え、古代遺跡を臨み、次第に煙突や工場が立ち並ぶ工業地帯へと車体を滑らせる。ちょっとした時間旅行だった。
心なしか、この町の風は独特の匂いと熱気を帯びている気がする。頬を撫でる穏やかさは歓迎の証だろうか。街並みを見渡しながら黒崎 天音(くろさき・あまね)は感嘆とも無関心ともつかぬ吐息を漏らした。箱をひっくり返したようなシンプルな作りの建物が並んでいる。煙突から立ち上る煙。シャベルを担ぐ炭坑夫、土方の格好をした屈強な男達が景気良く笑いながら天音と擦れ違った。力強いエネルギーがこちらにも伝わってくるようだ。
天音はブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と共にヒラニプラを訪れていた。というのは、最近になって機晶石を使ったアイテムを手に入れたブルーズが機晶技術自体にも興味を持ち始めたからだった。そうとは口にはしないものの、機晶石関連の資料を読み漁っている姿を何度も目にしていた。そこで天音が見学に行かないかと提案したのだ。
「どこか技術者に話を聞ける場所はないだろうか」
「教導団の御用達の武具屋があるって言うから、そこへ行ってみようか。面白い話が聞けるかも知れない」
街へ一歩踏み入れるなり、ブルーズは耐え切れずと言ったように呟いた。熱気に当てられたのだろうか。疼く好奇心を押さえつけている様を容易く見抜いた天音は、愉快な心持だった。
目的の店は観光の目玉にもなっており、すぐに見つけることが出来た。
教導団へ武具の提供をしているだけあって、質に見合うだけの値段が、誇らしげに顔を並べていた。それまでもが一種の装飾品とでも言うかのように。熱心に機材や精製方法などを訊ねるブルーズを背に、天音はプレートに羅列する0の数と数えたりサンプル品のダガーをひっくり返していた。
一通りブルーズの知的好奇心も満たされた現在、2人はまた別の店へ向かっている。
色々と享受してくれた店主が「機晶石自体に興味があるなら」と意味ありげな視線と共に天音とブルーズに提案したのだ。何でも武具だけでなく、機晶石自体も取り扱っているらしい。工場もあるから、頼めば原石も見せてくれるだろうとの事だ。
「ここかな」
見上げた先には真新しい看板がぶら下がっている。他の店は名前が読み取れないぐらい錆びたものや、レトロな匂いを纏ったものばかりだったが、ここはどうにも違うらしい。しかし、懲りすぎて抽象画の様になった文字は読み取ることが出来なかった。外見も町工場というよりはアクセサリーショップと言った風情だ。はぶりが良いというのは本当らしい。使い込まれ味のある無骨な建物の中、やたら真新しい壁がぴかぴかとその身を晒している。
ちょうどドアへ手を伸ばすと、中から扉が開き客と思わしき男がぬるりと這い出してきた。思わずのけぞるのをブルーズが背中を支えてくれる。ありがとうと唇に乗せるだけの微笑を向け、2人は店内へ入った。
「いらっしゃい」
店主は天音とブルーズを見て一度顔を上げるも、手に持っていた石のようなものを再び磨き始める。妙に濃く、甘ったるいにおいが店内をとろりと満たしていた。店には天音たちのほかに観光とおぼしきカップルと、教導団の制服を纏った若い生徒が居た。壁に立てかけられた武器。中央にある硝子ケースには色とりどりの装飾品が鮮やかに陳列されている。
ぐるりと店内を一周し終えたところで、「何かおさがしですか」と声を掛けられた。
気付けば客は2人を残し、姿を消していた。
「いやいや、最近、彼は機晶石に興味を持ち始めて、技術にまで関心を持ったものだからちょっと見学に来たんだ。別の店にも寄っていたんだけど、ここの評判を聞きつけてね。ぜひ言ってみると良いと勧められたんだよ。随分はぶりが良いんだって聞いたものだから」
「それはそれは。おかげさんでね、懐は寂しくないですね」
まんざらでもないようだ。店主はもみ手をしていた指でひげを撫でる。肉の詰まった短い指には悪趣味な金の指輪が押し込められている。
「この辺りはまだまだ機晶石が取れるみたいだね」
「そうですねえ。主力になっていた鉱山はすっかり吐き出さなくなっちまったんですが」
「この店では武具だけじゃなく、機晶石自体の取引もしているんだって?」
「いえいえ、うちはね、元は機晶石だけを取り引きしてたんですが、腕の良い職人を見つけてきまして、こうして工場もこさえてね、作るようにしたんです。もちろんお客さんがおっしゃる通り機晶石の売買も続けておりますが――おっと、『じゃあその機晶石はどこから仕入れてきた?』なんて野暮な事、聞かないで下さいよ。こちとら商売ですからね」
「例えば僕が炭坑から機晶石を持ち帰ったら、いいものを作ってくれたりするのかな」
天音の言葉に、店主は小さな目をさらに縮こめ大袈裟に驚いた顔をした。わははと笑った。
「そうですねえ、オーダーメイドも受け付けておりますからね。うちのは若いけど腕が良いですよ。本当にね。でもね、お兄さん、いくらなんでも危ないですよ。勝手に入ったら。炭坑夫ってのは荒っぽいのが多いし……お客さんみたいな色男には似合いませんよ」
「冗談だよ」
店主は子供のささやかな悪戯を許す先生のような面持ちで頷いた。どこかホっとしたように見える。
「若いといえば、子供たちが秘密基地で遊んでいるんだってね」
いくつか回った店でも口々に「子供達がどこかに秘密基地なんぞ作って遊んでいるらしい」「土地柄心配だからと場所を聞いても教えてくれない」とぼやいていた。裏へ行けば使われなくなった機材や瓦礫などが山積しているのだから隠れる場所は多々ありそうだ。万が一……との心配も最もである。
「ええ、何でもどこぞの廃坑を秘密基地だとか言ってるらしいですよ。子供ってのは、仕方がないですね。あくまで噂ですがね」
「他の店でも、子供がコボルトを見たと騒いでいたと聞いたな、天音」
「見間違えたんでしょう。暗いんだから。自分で蹴っ飛ばした石だとか、自分の影なんかとね」
カップルがいじっていた棚の前に行き、配置の崩れた商品を並べ直したりポケットから取り出した布で磨きなおしたりしている。その様子を無言で天音が、検分するような視線を当てていた。
「天音?」
「面白い話も聞かせてもらえたし、せっかくだから何か買っていこうか、ブルーズ。これなんかどう? すごく似合うと思うよ」
いぶかしむブルーズへ細かい細工の花の髪飾りを指差し、天音はにっこりと微笑んだ。
店を出ると、3人の男の子と少女が1人、2人の前を横切り、町の外れへと走っていく所だった。天音の瞳は駆けていく子供達の背中をまっすぐ見詰めている。何かあるのかと、ブルーズも目を向けるが楽しげにはしゃぐ声が届くばかりだ。
「さて、行ってみようか」
子供の姿がすっかり見えなくなった頃、辺りを見回しながらの天音に、ブルーズは首を傾げる。
「どこへ?」
「“秘密基地”だよ」
***
眩暈がする。
自分ではない別もモノが頭の中へ腕を突き入れ、思考ごと握りつぶさんとしている。もやがかる。まだ自我の残るうちに、どこかへ。隠れなければ。このままでは意識を奪われ罪のない人を襲ってしまうかも知れない。
「どこか……人に、人、のいないところへ……隠れなければ……」
エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は半身を異形に侵されていたが、それはついに意識にまで手を伸ばし始めていた。今までは外殻を、時折悪戯に神経をなぞるだけだった。それがここに来て突然、エッツェルの髄を掴み揺すりだしたのだ。
眼下には無骨な山々が連なっている。あそこならば身を潜められるだろうか。ヒラニプラの町が視界を過ぎったのは少し前のことだ。そうなると、この辺りの山は鉱山だろう。ちらほらと入り口らしい穴や線路、人が貨車を引く姿が見える。
高い喚き声と共に、小さな点が4つ、ある山から飛び出してきた。声の高さから言って子供だろうか。逃げるようにグングンと離れて行く。その外に人気は無い。廃坑になっているのかも知れない。何か――棲んでいるのだろうか。子供が怯えるような何かが。
エッツェルは最後の力を振り絞り、侵食の手を払いのけると入り口へと向かい翼をはためかせる。吸い込まれるように口をあけた闇に身を進める。なるべく奥へ奥へ。行けるところまでで良い。灯りの1つも無いが構わない。
消耗しているせいで飛行も覚束無くなっている。油断をするとつま先が地面を擦る。突然、直接脳を鷲掴みにされたような激痛が走った。鋭い爪が食い込む。痛みに思わず呻き、地面へ爪を立てた。
「く……ッ」
これが己の業なのか。まざまざと肉体が侵されるのを感じる。中々意識を手放さないエッツェルに呆れたのか、この時ばかり、ソレはうんざりと手を離した。突き放すような解放に体がよろめく。
体勢を保とうと伸ばした腕が壁に触れた。迷い込んだ坑道は、ここでちょうど行き止まりのようだ。どの程度の深さまで来ただろう。分からない。壁にもたれ、顔を上げるも暗闇が広まるばかりだ。何も見えない。見えないのなら何も無いのと同義ではないのか。大きく息を吐き、そっと目を伏せる。エッツェルは奇妙に安らいでいる自分に気付いた。
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