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リアクション
一
薄い雲が浮かんでいる。流れが速く、見るたびに位置が変わっていた。その切れ目から、時折細い月と小さな星が顔を出した。
「当麻、当麻、見てみろよ。すごいな、雲が滅茶苦茶速いぞっ」
振り返れば、木に寄りかかって座る朱鷺 当麻(とき・とうま)の肩が震えている。トーマ・サイオン(とーま・さいおん)は、横にひょいと腰を下ろした。
「寒いのか?」
「ううん……」
「だよな。もう春だし」
当麻は答えない。分かった、母ちゃんがいなくて寂しいんだろ、と言いかけて、トーマはやめた。それは言ってはいけないことのような気がする。
トーマは獣人だ。【超感覚】で鋭くなった感覚で、当麻がどんな顔をしているか分かった。白い顔はますます白くなり、長い睫が心細げに揺れている。
「大丈夫だよ」
と、代わりにトーマは言った。「オイラに任せとけって!」
ニッと白い歯を見せるトーマに、当麻も心配ないよと笑みを見せた。精一杯の強気の笑顔だ。
トーマは奮い立った。どこからか声が聞こえてくるような気がした。「友達だと言うなら絶対に守りなさい」と。何が何でもと、彼は誓った。
同じ頃、トーマのパートナー、御凪 真人(みなぎ・まこと)もやはり空へと顔を向けていた。ただし彼は目を閉じ、じっと耳を澄ますかのように、神経を研ぎ澄ましている。
「どうだ?」
尋ねたのは、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)だ。一膳飯屋での騒ぎの後、彼らは葦原明倫館へと向かい、当麻と朱鷺 ヒナタ(とき・ひなた)の行方不明を知った。
真人はゆっくりかぶりを振った。
「駄目ですね。トーマに携帯電話を持たせておくべきでした。……どうせ壊すんでしょうけど」
「おまえ、てれぱしーとやらはないのか?」
やや苛立ったような口調で、織田 信長(おだ・のぶなが)は尋ねた。
「ありません。だから、トーマがこちらに心を向けてくれれば、契約者特有の感覚で何か掴めると思うのですが……」
「なあ、そういえば信長は、何でヒナタさんじゃなくて当麻を探せって言ったんだ? 流れ的にはヒナタさんだろ? 普通」
「奴らの次の目的が、当麻の命であろうと予測したまでよ」
「まさか」
忍は絶句した。「相手は子供だぞ?」
「お家騒動というものは、そういったものじゃ」
かつて弟を手にかけ、娘婿をも死に追いやった経験があるだけに、信長には敵の考えが手に取るようだった。
「奴らより先に当麻を見つけるしかない」
「見つけたら、どっかに逃げるのか? うちの学校とか」
「いや、逃げたところで問題の解決にはならん」
「なら」
「逆に相手の意表をつく策を取るのよ」
にやりと笑い、信長は空を見上げた。
「まずは夜が明けてからのことよ。明日は晴れそうじゃ……」
丹羽 匡壱(にわ・きょういち)からこっそり離れたヒナタは、前方に人影を見つけてはっと竦んだ。
「どこに行くんだ?」
「棗様……」
棗 絃弥(なつめ・げんや)だった。
「まさか抜け出すとはな……元気な人だ」
更にヒナタの後ろから、マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)が現れる。
「お許し下さい。私は行かなければ。行って、この手で何とかしなければ」
「そういうのを猪突猛進というんだ」
と、呆れたようにマクスウェルは言った。
「甲斐家に行くんだろう?」
絃弥の問いに、ヒナタは答えなかった。
「甲斐 主膳(かい・しゅぜん)に会うのか? それとも那美江(なみえ)か? 安心しろ、止めはしない」
えっ、とヒナタは絃弥の顔をまじまじ見つめた。
「子供を守るのは親の役目。大方、自分で話をつけようって言うんだろう。ならばその為にも使えるものは何でも使うべきだと思うぞ。なに、話自体はあんたが自分でつければいい、俺はやるべき事はその邪魔をする奴らの露払いさ」
どうだ、と問われ、ヒナタは目を伏せると、小さく、しかしはっきりと「ありがとうございます」と言った。
「あのう」
突如闇から声がかかり、絃弥とマクスウェルは振り返った。二人とも【殺気看破】を使っていたから相手は敵ではあるまいが、緊張で身体が強張る。
しかし現れたのが執事服を着た女性だったために、二人は一瞬、呆気に取られた。
沢渡 真言(さわたり・まこと)が丁寧に頭を下げて口を開いた。
「夜分に申し訳ありません。私どもは、葦原島へと観光に参ったのですが、道に迷ってしまいました。町か葦原明倫館への道を教えていただけませんか?」
絃弥とマクスウェルは顔を見合わせ、頷きあった。
おや、と真言の後ろから声が上がった。
「お二人とも、そう緊張なさらずに。私たちは、決して敵ではありません」
ぎょっとする二人に、沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)は笑みを浮かべる。
「失礼。筋肉が臨戦態勢を取っているのが分かったものですから」
「あら、気になさらないでくださいね。降寛さんは昔『円卓の騎士』というものだったらしく、そういうことがお得意なんです」
ふんわりとした、まるで妖精のような――実際、花妖精なのだが――月・来香(ゆえ・らいしゃん)がすかさずフォローを入れる。
「気にしないでくれ。大丈夫だ」
マクスウェルはかぶりを振った。
「葦原明倫館なら、あっちだ。案内はしてやれないが――」
「案内は結構です。予定が変わりました」
マクスウェルは眉を寄せた。
「何やら事情がおありのご様子。よろしければこの執事に何なりとお話し下さい」
「……あんた、馬鹿か? いきなり現れて手を貸すとか言って、信用できると思うか?」
絃弥がじろりと睨む。
「と、言われましても」
真言は寸の間迷い、すっとヒナタの前に片膝をついた。
「信じてください。私は今この時、あなたの執事になりましょう。執事にとって、主人は絶対です。命に代えて、あなたをお守りいたします」
その真摯な言葉と瞳に、ヒナタは頷いた。「信じます」
絃弥は顔をしかめた。やれやれ、厄介な道連れが出来たな――と。
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