蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

黎明なる神の都(第1回/全3回)

リアクション公開中!

黎明なる神の都(第1回/全3回)

リアクション

 
 第4章 タルテュ

 カナンにパートナーのガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)ユイリ・ウインドリィ(ゆいり・ういんどりぃ)を残して、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が一旦イルミンスールに戻ったのと、トオルからの依頼の連絡がイルミンスールに入ったのは、殆ど同時期だった。

『あんまり大事にしないでくれ。
 でも人手があると大助かり。よろしく!』

 というトオルの但し書きを見て、同じ学校ということで多少は『時々両ボケコンビ』と称されるトオル達を知っているジーナは、少し微笑う。
「『神の力を受け継ぐ』……ですか」
 それにしても、依頼の内容が気になった。
「神の力を人と切り離して何かに宿らせることができるなら、イナンナの恵みの力を地球の砂漠に宿らせ、緑化するといったことが可能になるかもしれんな」
 ジーナの師事する教官が、興味を示してそう言った。
「確かに、そういう考えもあるかと思いますが……」
 成程、無視できない思い付きだとジーナも思うし、立派な志だとも思う。
 でも、と独りごちた。
「……でも、ルーナサズの皆さんはきっと今、それどころではありませんよね……」
 それでも、ジーナがルーナサズを気にする発端になったには違いなかった。
 そうしてジーナは心を決め、再びカナンに戻るのではなく、エリュシオンに向かうことにしたのだ。



「おー! コユキ、久しぶり! 元気だったか!」
 トオルと早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、かつてとある冒険の際に行動を共にしたことがあり、面識がある。
 そしてトオルにとっては、一度会った相手は皆友達だった。
 がばりと抱き付いたトオルをすかさず、呼雪のパートナー、吸血鬼のヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)がべりっと引き剥がす。
「……ヘル」
 呼雪は冷静にヘルを止めるが、ヘルはトオルと呼雪の間に割って入った。
「呼雪に触んな!」
 触っていいのは僕だけだ! と叫んで、ヘルはガバー、と呼雪に抱き付く。
「あ? 別にいいじゃんかよハグくらいダチなんだから……」
と、言いかけたトオルは、はたと何かに気付いたように言葉を止め、ヘルと呼雪を見比べた。
 呼雪はヘルをひっつかせたまま、黙って小さく肩を竦める。
「……あ〜、悪かった。もうしない」
 意外に空気の読める時もあるトオルは、両手を上げて謝った。
「……だったら、いいけど」
 むう、と口を尖らせながらも、ヘル、ともう一度呼雪に言われ、ヘルは黙った。
「トオル、トオル」
と、もう一人のパートナー、ドラゴニュートのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)がトオルに声を掛ける。
 ん、とトオルは後回しになってしまっていた小さなドラゴニュートを見下ろした。
「ボクはハグだいじょぶだよ」
 トオルは破顔する。
「久しぶりだな、ファル! 胃袋は健在か!?」
 そして笑いながらファルを抱きしめた。

「で、シキが行き倒れを拾ったと聞いたんだが」
 呼雪の言葉に、そうそう、とトオルは頷いた。
「人探ししてるらしいんだが、このまま捜査を続けるか、一旦帰るかで悩んでるみたいなんだよな。
 どうすりゃいいと思う?」
 今は、休んでいるその人物にシキが付き添っているという。
 トオルは、自分が喧しいことを自覚していたので、気を使って席を外しているのだ。
「どっちにしても、オレは人探しの方を手伝おうと思ってるんだけどな」
 シキは、エリュシオン人を心配してるみたいだ、と、トオルは言った。
「エリュシオンには行ったことあるけど、ルーナサズってとこは、聞かないなあ」
 ヘルが首を傾げた。
「どこだっけ?」
「とにかく、話を聞いてみたい。構わないか?」
「別に立ち入り禁止にはされてないからな。いいと思うぜ」
 トオルは、エリュシオン人が休んでいる場所を呼雪達に教えた。

 もしもルーナサズに戻るつもりなら付き添う、と呼雪はエリュシオンの使者に言った。
「ルーナサズに行って、あなたの主人に協力を申し出たいと考えている。
 案内役と、我々の身元を証明して貰えると、有り難いのだが」
 使命を果たさなくてはならない、しかし帰りたい。
 そう考えていたのだろう。呼雪の言葉を聞いて、ほっと、安堵したような表情をした。
「……ありがとうございます……」


 エリュシオンからの使者は、タルテュと名乗った。
 呼雪の後にタルテュを訪ねた、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)の言葉は辛辣だった。
「まず、彼女の言葉を伝えるが」
 綾瀬には今、奈落人の中願寺 飛鳥(ちゅうがんじ・あすか)が憑依している。
 憑依前に言っていたことを、彼が代弁した。

「シャンバラに戦争を仕掛けているエリュシオン帝国の都市のひとつが、まるでカナンのような状況に陥っているとは……帝国はアスコルド大帝の下、ひとつにまとまっていると思っておりましたが、そういうわけでもありませんのね」
 依頼を聞いた寺、綾瀬はそう皮肉げに言っていた。

「あんた……いや、イルヴリーヒという第二子の方か、そいつがテウタテスと内通し、第一子のイルダーナを討とうとしている可能性もあるわけだ」
「そんなこと!」
 タルテュは声を荒げる。ちょっと待て、とそれを制して言葉を続けた。
「で、そんな状況下で俺達シャンバラの契約者がエリュシオンの都市に行くことがどんな意味を持つか……それをあんたは理解しているんだよな?」
「よせ」
 聞いていたシキが、遮った。
「この人は、シャンバラに人探しに来ただけで、俺達をルーナサズに呼んでいるわけじゃない」
 俺達が勝手に行こうとしているだけだ、と呼雪が続け、飛鳥は肩を竦める。
「……まあいいか。
 で? イルダーナってどんな奴なんだ?」
 タルテュは呼雪らとルーナサズに戻るという。
 探索の為に残る者達に、情報を残しておかなくてはならない。
「とてもお優しい、繊細な方でした」
 飛鳥の問いに、タルテュは答えた。
「自分にできることは何かと、良き神になられる為の道を模索しておられました。
 ルーナサズを脱出する際……」
 きゅ、とタルテュは唇を噛む。
「丁度、イルダーナ様はお一人でした。
 誰もお助けすることができなかったのです。
 ですが、西の方へ飛び立つ龍を、多くの者が見ました。
 あれは恐らく、イルダーナ様の召喚したもの。
 イルダーナ様は、フラガラッハをお持ちになっている筈です」
「フラガラッハ?」
「龍の杖です。当時のイルダーナ様では、扱いは困難だったはず。それほど……」
 タルテュは唇を噛んだ。
 それでも無理矢理龍を召喚するほど、危機的状況だったのだろう。
「行方不明らしいが、戻って来ないってことは、記憶でも無くしてるんじゃないのか」
「……解りません。否定はできませんが……」

「よく解らないんだけど」
 そう口を挟んだのは、綾瀬の体に装着されている、パートナーの魔鎧、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)だ。
「その、イルダーナ、だっけ? その人には、何か特別な力でも宿っているわけ?
 いくら手勢が少ないとはいえ、行方不明で生死も解らない人物を探すなんて、何かそれなりの理由があるからだと思うのよね、私は」
 それとも、さっき言ってた龍の杖っていうのが大事とか? とドレスは揶揄する。
「イルヴリーヒ様は、兄君であるイルダーナ様の生存を信じていらっしゃいます」
 タルテュはきっぱりと言った。
「まだ、神の力を宿してはいらっしゃいませんが、イルダーナ様はルーナサズを統べる方。
 神となる御方なのです」

「それじゃ、特にイルダーナって人が、今現在特殊な能力を持ってるってわけじゃ、ないんだねえ」
 そういうのが何かあれば、探しやすくなると思ったのだが、と、言った相田 なぶら(あいだ・なぶら)が、自分はエリュシオンの第七龍騎士団に所属している、と名乗ると、タルテュは驚いた。
「では是非、ルーナサズの現状を大帝にお伝えください。
 大帝は恐らく、ルーナサズの現状をご存知ないと思うのです」
「ルーナサズってところは、あまり大帝と接触が無いのかな?」
 なぶらが訊ねると、タルテュは頷いた。
「ルーナサズを出る者は厳しく管理されます。入るのは比較的容易なのですが。
 ルーナサズは、本国への税を万全に納め、テウタテスは疑いを抱かせないよう注意を払っています。
 予想ですが、もしかしたら大帝は、マナウィザン様が討たれたことも、ご存知ないのかもしれません」
「――おい、大丈夫かい?」
 興奮した様子のタルテュを見て、なぶらは心配して言った。
「少し前まで、倒れて休んでたんだよねえ……。まだ、あんまり無理させたらいけないかな。
 詳しい話は、また改めて聞くとして、もう少し、休んだ方がいいみたいだね」
 なぶらはそう言って落ち着かせ、タルテュを休ませることにした。


「エリュシオンでは、ボクって珍しいんだよね? しっかり顔隠しておかないとな〜」
 ローブをすっぽりと被ってみせながら、ファルが言う。
 そうですね、と、タルテュは笑った。
「尻尾もだよ。無意識に振り回したりするなよ」
 ヘルのからかいに、
「わかってるよっ」
と言い返す。
「ルーナサズってどんなところなのかな。お弁当持って行かないとね!」
 向こうの皆の分も! ファルは半ば遠足気分でウキウキしている。

「エリュシオンは7つの地域に分けられていると聞きますが」
 ファルとヘルの様子を見守るタルテュに、夕条 媛花(せきじょう・ひめか)が問うた。
「ルーナサズはどこに位置するのです?」
「ルーナサズは、エリュシオンの南の果て、ミュケナイ地方の首都です。
 シボラに近い山岳地帯に位置しています」
 タルテュは答える。
「その家臣は、何故反逆を起こしたのですか」
 協力を申し出るにも、情報が少ない状態では危険である。そう感じた媛花は、表情もなく淡々と問いを続ける。
「勿論、彼は神の力を欲したのでしょう。
 ……神でない者が、神の力を得られる……またとない機会です。
 テウタテスはマナウィザン様の近くに仕える神官でした。マナウィザン様は、人が良過ぎでした」
 神でありながら、人の手に殺されてしまった。タルテュは無念の表情を滲ませる。
「……そして、我々も無力でした」
「軍事力は?」
「元々、大規模なものはありません。
 ……現在は殆ど……テウタテスを警護する騎士団くらいですね。
 正確な数は解りません。千人には満たないと踏んでいますが、どうですか……」
「あなた方の方は、手勢が少ないと言っていたそうですが。
 イルダーナを発見することで、勝機が生まれるのですか?
 それほどの戦力、影響力を持った人なのですか」
「我々は皆、イルダーナ様をお慕いしています。
 ですが、イルヴリーヒ様は、イルダーナ様の力を頼りにして、探しているのではありません」
 タルテュは毅然として言った。
「イルヴリーヒ様は、テウタテスを討った憂い無きルーナサズへ、イルダーナ様をお迎えする為に、私にお探しするよう、命じたのです」



 タルテュの回復を待って、彼等はエリュシオンに旅立った。
 シキはタルテュを気にし、心配していたが、トオルが残ってイルダーナを探すというので、共に彼等を見送る。
「気をつけて」
 シキの言葉に、呼雪は軽く振り返り、ファルはぶんぶんと手を振って、タルテュは深く頭を下げた。