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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
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第3章「日常・午前その1」
 
 
「おはようございます。花梨ちゃんいますか?」
 シンクの篁家。その玄関に立ち、火村 加夜(ひむら・かや)は親友の名前を呼んでいた。
「あ、いらっしゃい、加夜ちゃん。中にどうぞ」
 篁 花梨が笑顔で招き入れる。篁家は大家族なのでそれぞれの友人がよく家に遊びに来るが、中でも加夜は特にその頻度が高かった。
「花梨ちゃん、今日はこれから用事があったりします?」
「これから? 午後からツァンダにお買い物に行こうと思ってたくらいですけど……」
「それなら一緒に行きませんか? 久しぶりに花梨ちゃんとお店を見て回りたいです」
「いいですね。二人で行きましょう」
 実は加夜にはある目的があった。
 元々篁家には遊びに行くつもりだったのだが、その途中で篁 透矢(たかむら・とうや)と電話でのやり取りが行われていたのである。
 
「――そんな事が起こっていたんですか。じゃあ早くその運転手の人達を助けに行かないと」
『あぁ、それで加夜の手が空いてないか電話してみたんだが……その位置からだとこっちまで来るには時間が掛かるな』
「大丈夫ですよ、透矢さん。今は飛空艇で飛んでいる所ですからすぐに引き返せば――」
『いや、幸いこっちはかなりの人数が集まってるし、もう動き出す所だからな。俺は神殿に潜入する可能性があるから連絡は取れなくなるし……こっちに来る代わりに、花梨の事を頼んでもいいか?』
「花梨ちゃんですか?」
『シルフィスの花の事は明日まで秘密にしておきたいからな。俺と大樹の事は適当に誤魔化してくれると助かる』
「……ふふ、分かりました。その悪戯、乗ってあげます」
『助かる、それじゃあ宜しくな、加夜』
 
 ツァンダへは昼食を食べてから向かおうという事になり、二人でのんびり雑談をする。
 これまでの事件の事や、四月から大学部に進学した加夜の学園生活など。
 そのうち話はバレンタインの話へと移って行った。加夜は今年のバレンタインに、姉妹も含めた篁家全員にチョコを作ってきてくれていた。しかもその形が大樹なら樹など、それぞれの名前をイメージして作ったという凝り様だったので、皆で凄い出来だと感心するほどだった。
「そういえば、雪乃ちゃんにチョコの作り方を教えてあげたんですよね? 雪乃ちゃん、作れるようになりました?」
「え、えっと……」
 花梨の笑顔が苦笑へと変わる。
 加夜のチョコを見て一番刺激を受けたのが篁家三女の篁 雪乃(たかむら・ゆきの)だった。その熱意に根負けして花梨がチョコの作り方を教えたのだが――残念ながらというか、雪乃の料理の腕自体が残念と言わざるを得ない物なのだ。そんな彼女がチョコを作ってどうなったか、それは想像に難くないだろう。
「実はその……昨日が十回目の挑戦だったんですよ。それでいつも通り隼斗君が味見をする事になったんですけど……失敗作だったみたいでまた倒れちゃって……」
 花梨が上を見上げる。どうやら二階では雪乃のパートナーである篁家次男の篁 隼斗(たかむら・はやと)が寝込んでいるらしかった。
「また? 隼斗君、前にも倒れたんですか?」
「……今回が十回目です」
「…………」
「………………」
「えっと……お、お見舞いに行ってもいいですか?」
「そ、そうですね。隼斗君も、看病している雪乃ちゃんも喜ぶと思うから、お願いします」
 二人が立ち上がり、二階へと向かう。加夜は自分のチョコが切っ掛けとなったこの現状に、複雑な思いを抱くのであった。
 
 
「ふぅ……思ったより早く終わったわね」
 ツァンダにある病院から外に出て、クコ・赤嶺(くこ・あかみね)が一息つく。
 彼女は現在妊娠中で、病院へは定期健診に訪れていた。幸い経過は順調との事で、今日は安心して休日を過ごせそうだった。
「これからどうしようかしら。いつもならアレクとメイがいるから困らないんだけど……」
 クコと夫の間には、実の子同然に扱っている二人の子供達がいた。妊娠中で無理が出来ない事もあり、普段なら二人が自分の周りにいるのが殆どなのだが、今日は珍しく両方ともどこかに出掛けていた。
「買い物して帰るにしても、あの中に混ざるのは危険よね……」
 視線の先には開店直前のスーパーがあった。何か目玉商品でもあるのだろうか、その入り口には多くの人――主に主婦――が並び、扉が開くのを今か今かと待ち構えている。
 その列の中に若い女性二人の姿も混ざっていた。琳 鳳明(りん・ほうめい)水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)だ。
「いい? 緋雨さん。私達の任務はこの特上牛肉の確保だよ。これを勝ち取れるかどうかで私達の兵站に大きな差が出ると言っても過言じゃ無いよね」
「分かってるわ、鳳明さん。絶対に手に入れないと……と言いたいんだけど、思ったよりも人が多いわね」
「だ、大丈夫! 例え周囲のパワーに圧倒されそうでも、私達は契約者。普通の人が相手なら負ける道理は無い……はず」
 何故か徐々に自信が無くなる鳳明。次の瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。入り口の扉が開き、並んでいた主婦達が凄い勢いで雪崩れ込んで行く。
「い、行くよ! 緋雨さん!」
「えぇ! 幸運を!」
 流れに逆らわず、かといって飲まれず。急流を下るカヌーのように進んで行く。野菜コーナーを抜け、鮮魚コーナーを抜け、今、目的地が目の前に――
「精肉コーナー視認! 目標は……」
「鳳明さん! あそこ!」
「! あった! よし、突げ――」
 
「どきなさいっ!」
 
「はきゅっ!?」
「鳳明さん!?」
 後ろから主婦の突撃を受けて弾き飛ばされる。戦場では一瞬の遅れが命取りとなるのだ。
「ま、負けないっ。家(くに)で待つ皆の為にも……ここは退けないっ!」
「その意気だわ、鳳明さん!」
「迷いは己を殺す……今こそ、私はこの力を――」
 
「邪魔よ!」
 
「ふにゃっ!?」
「鳳明さーん!?」
 主婦の壁に阻まれて弾き飛ばされる。戦場での無謀な突撃は命取りとなるのだ。
「ま、負けないっ。家(くに)で待つ皆の――って、あれ? 緋雨さん? 緋雨さーん?」
 隣にいたはずの緋雨の姿がいつの間にか消えていた。主婦の波に飲まれたのだろうか。
「嘘っ!? 私一人でこの壁を突破しろって言うの!?」
 最早契約者、非契約者など関係無い。この戦場に集った者一人ひとりが屈強な戦士なのだ。その戦士達によって築かれた布陣を前に、鳳明は戦慄を覚えていた。
 ――その時、彼女は奇跡を見た。壁の向こう側、ブロック牛肉のパックが積まれているテーブルの反対側に緋雨の姿があったのだ。居並ぶ主婦達を必死で掻き分け、僅かに出来た穴から片腕だけを伸ばす。
 チャンスは僅かでも良い。一瞬だけでも機会があるのなら、その一瞬を掴んでみせる。そんな思いを胸に、緋雨はギリギリ届いた中指だけでパックを空中へと跳ね上げた。
「鳳明さん、お願い!」
 空中を舞う牛肉パック。これを逃せばもう手に入れる事は出来ない。
(待ち受けてるだけじゃ勝てない……おじいちゃん、私に力を貸して!)
 武術によって鍛えた身体を活かし、高く跳び上がる。そして、多くの兵(つわもの)が求めし宝が今――鳳明の手にしっかりと収まった。
「やった……! 緋雨さん、私やったよ!」
「えぇ! 私達は勝ったのよ!」
 二人がしっかりと抱き合い、勝者の喜びを分かち合う。どちらが欠けたとしても、この難関を突破する事は出来なかっただろう。
 
 ――友情の勝利。
 
 琳 鳳明と水心子 緋雨、二人の人生に今日という日が刻まれた瞬間だった。
 嗚呼、パラミタよ栄光あれ。国家神よ、我らに祝福を与えたまえ――
 
 
「………………」
 窓ガラス越しに何か見てはいけない物を見てしまったような気がして、クコはスーパーから視線を逸らした。
 逸らした先にある店からは、アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)アニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)が出てくる所だった。どうやらホビーショップらしい。
「むむむ……朝一なら売っていると思ったのじゃが……本当にあるのじゃろうか、ツァンダ限定のイコプラ『イーグリット・アサルト 山葉涼司専用機モデル』というのは……」
「…………」
 お目当ての物が見つからなかったらしく、難しい顔をするアレーティア。その隣にいるアニマは何かを考え込んでいるようだった。
「ん? どうしたのじゃ? アニマ」
「あ、いえ……何でもありません」
「ふむ、それなら良いのじゃが。さて、まだ一軒目じゃ。次の場所を当たってみるとするかの」
「はい、お母さん」
 次なる店を求めて二人が歩いて行く。外見的にはどう見ても親子関係が逆なのだが、何故か二人のやりとりが自然な物に思えた。
「……私もアレクとメイに何か買って帰ろうかしら」
 子供達の顔を思い浮かべながらクコが歩き出す。穏やかな休日は、まだまだ始まったばかりだ――
 
 
「母さん、家にいるかな。やっぱり電話で聞いておくべきだったか……」
 ヒラニプラの街中、目当ての家を目指して久多 隆光(くた・たかみつ)は歩いていた。
 ちなみに、母と言っても血の繋がった実の母では無い。レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)と同じく、彼もまたナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)を母と慕う男であった。
 隆光とレイディスは、互いが自分と同じくナナを母と思っているという事を知らない。そのレイディスが丁度ナナを誘って出掛けてしまっている事は、隆光にとって残念なタイミングと言えよう。
「……留守、か。驚かそうと思って黙って来たのが裏目になっちまったな」
 ナナの家に人の気配が無い事を確認してため息をつく。休暇の関係で一日前になってしまったが、母の日のプレゼントを渡そうと思っていたのだ。
「仕方ない。昼過ぎにでもまた来るか」
 家に背を向けて歩き出す。ポケットにいれたプレゼントを優しく握り締めながら、どこか時間を潰せる所を探して街を歩き回るのだった。
 
 
 水鏡 和葉(みかがみ・かずは)達が住む家のベランダ。そこでは神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)メープル・シュガー(めーぷる・しゅがー)の二人が仲良く家事をしていた。
「良い天気ね。絶好の洗濯日和だわ」
 メープルの言葉を受けて緋翠が空を見上げる。空には雲一つ無く、まさに快晴という言葉が相応しかった。
「確かに洗濯物を干すには最適ですね……そういえば、あの二人は今日もお出掛けですか?」
「えぇ。楽しい事が待ってるからって、和葉ちゃんが特に張り切っていたわ」
「張り切って、ですか。二人が出掛けると何か問題を起こして来そうで心配ですね。本当に、何事も無ければいいのですが……」
「ふふ……緋翠は心配性ね。まるで母親みたい」
 緋翠が出してくれた踏み台に乗って洗濯物を干しながら、メープルが微笑を浮かべる。対する緋翠は彼女の言葉に大きくため息をついた。
「母親って……勘弁して下さい、本当に。和葉はともかく、ルアークみたいな天邪鬼で扱い難い子供なんて、俺の手には負えませんよ」
「あら、そんな事無いわ。二人共貴方に甘えているのよ。だって、二人が帰って来るのは貴方のいる『この家』でしょう?」
「その言い方だとメープルも母親になるはずなんですけどねぇ」
 苦笑しながら洗濯物を干し続ける。
「あ、緋翠。そこはぴしっと伸ばさないと皺になるわよ」
「っと、皺ですか? え〜っと……これでどうでしょうか?」
「ん〜……よし、大丈夫ね。それにしても、相変わらず家事は苦手みたいね」
「えぇ、元々長男として生まれて、家事は全くやって来なかったので……いざやってみると、難しいものですね……」
「それなら今日は時間もあるし、たっぷりと指導してあげるわ。ふふっ、目指せ家事の達人ね」
「お手柔らかにお願いしますよ……」
 楽しそうなメープルと、やれやれといった感じの緋翠。それぞれの反応を見せながら、二人は室内へと戻って行った。
 
 
 似たようなやりとりは、ここツァンダにある四谷 大助(しや・だいすけ)の家でも行われていた。
「マスター! 洗濯物干し終わりましたですよ〜!」
 メープルと同じく小柄な四谷 七乃(しや・ななの)が、踏み台を降りて大助に呼び掛ける。大助は一旦掃除の手を止めると、縁側へと駆け寄ってきた七乃の頭を撫でてやった。
「ご苦労さん。七乃はいつも手伝ってくれて偉いな……というか、アイツらはどこに行ったんだ?」
「グリムさんとワンコさんなら、今日は帰りが遅くなるって言ってましたですよ」
「こんな時間から出掛けてるのに? 何をやってるんだ、一体……」
「えへへ、それは内緒です〜」
 大助に抱きつきながら、どこか嬉しそうに言う七乃。いつも大助を振り回すグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)のやる事だけに不安といえば不安なのだが、こうして七乃が笑顔を浮かべる以上はそこまで悪い事にはならないだろう…………多分。
「……まぁいいか。せっかくうるさいのが二人もいない事だし、掃除が終わったらのんびりさせて貰うとするかな」
「はいです! 今日はマスターもゆっくりして下さい。七乃と日向ぼっこするですよ〜」
「そうだな、縁側で読書ってのもたまにはいいか。よし、それじゃさっさと掃除を終わらせるとするか」
「七乃もお手伝いするです〜!」
 二人で室内の掃除を再開する。大助にとっては珍しい、とても珍しい穏やかな時間がゆっくりと流れていくのだった――