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暗がりに響く嘆き声

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暗がりに響く嘆き声
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リアクション


――西館――

手術室
「なあ、信長本当に幽霊の仕業じゃないと言い切れるんだ?」
 桜葉 忍(さくらば・しのぶ)織田 信長(おだ・のぶなが)に訊く。
 英霊として復活したくせに信長はここで起きている怪現象が幽霊の仕業と思っていない。
「ふっ、ならば教えてやろう!」と信長が自慢気に語り始める。
「幽霊は《ミラージュ》じゃろう。それが術者の幻影なら壁をすり抜けるのも、突然消えるのも可能じゃ。
 ポルターガイスト。《サイコキネシス》や《カタクリズム》を使えばどうということない。
 頭に聞こえてくる『声』というのは《精神感応》や《テレパシー》の類じゃろう」
「面白い仮説だ」
 信長の話に榊 孝明(さかき・たかあき)が食いつく。
「面白い仮説だけど、それじゃ《精神感応》や《テレパシー》の説明が効かない。あれは面識のある者同士にしか使用できないスキルだ。そのへんはどう説明する?」
 孝明が少し意地悪な質問をする。しかし、不敵な笑みを浮かべて信長があっさりと答えた。
「簡単なことじゃ。犯人は街のものと面識があるのじゃ」
 何とも突拍子の無い答えだ。だが、理屈は通る。
「街のものと親しくは無くとも、挨拶をする程度の面識でもあれば十分であろう。後はこの研究所近くの住民を狙って《テレパシー》を一方的に送ればよい。第一街の全ての者が『声』を聞いているわけではなかろう? それに良く考えてみよ。
 ぬしらはこの研究所に入ってそんな声を聞いたか?」
 忍も孝明も思い返す。確かに聞いていない。
 それどころか、未だに『声』が聞こえたと他の生徒からの報告もない。
「てことは、強化人間かトランスヒューマンの仕業か?」
 忍の言葉に信長が頷く。
「そう。ここに何かあるのを隠すために敢えて悪戯をしていると見ていいじゃろう。その何かは天御柱の探している“キケンブツ”じゃろう。つまり――」
「つまり、その犯人を見つければ、“キケンブツ”の在り処もわかるってわけね。話が長すぎ」
 益田 椿(ますだ・つばき)が信長の話に割り込む。彼女の短気な性格は信長の朗々たる話と合わなかったようだ。
 忍が少し不機嫌になった信長を宥める。
「その話が本当なら、こんなところに犯人が隠れているとは思えないな。俺はゴメンだぜ」
 天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)が言うのもわかる。
 ここは手術室だ。何人もの頭や体をメスで開き、弄繰り回していた場所。清潔な空間ではあるものの、血の匂いとベッドサイドモニターの音が聞こえて来そうだ。隠れる場所もない。
「隠れるったて、隠し部屋があるってわけでもなさそうだな……」
 忍が室内の壁を叩いて確認する。おかしな所はない。
「……ん? おい。貴音どうした?」
 手術台の前で耽っている貴音・ベアトリーチェ(たかね・べあとりーちぇ)にヒロユキが声をかける。
「なんでもないですわ。ただ、ここで出頭したことを思い出してね」
 貴音が置き忘れのメスを手に取る。しかし、その表情は過去を懐かしんでいるものではない。
 貴音は強化人間、パラミタ化手術において博士号を持つ。その分野においては一人者とも言える。
「出頭というと、ここで強化人間の改造手術を?」
 ヒロユキにも初耳な事なので聞き直す。ここに来る前から何か知っている様子ではあったが、はぐらかされていた。その事を今聞けそうだ。
「ゲストとして一度だけですわ。普通のパラミタ化ではなく特殊なものだったわ。非合法な実験手術――。勿論手術は成功したわ。でも……」
「でも?」
「わたくしが手術した被験者――、暴走したらしいの。何人かの研究員を殺したって。後で聞いた話。よくあることよ……」
 パラミタ化手術後の強化人間がどういった状況にあるのかは貴音が良く知っている。拒絶反応による精神の不安定。メンタルケアや、適切な抗うつ剤の投与、地球人との早期契約をさせる、などをしなければ被験者は壊れる。結果、どのようなことが起きるかも彼女は想像できる。経験したこともある。
「憶測だけど、わたくしが術を施した強化人間が、“キケンブツ”。もしくはそれに関係していると思うの。暴走した強化人間に出頭医が狙われる、てこともよくあるから……」
「だから来るのを渋っていたのか……」
 ヒロユキに貴音が頷く。
「暴走したあと、その強化人間はどうなったの?」
 椿が訊く。強化人間として気になるのだろう。同情しているところもある。
「破棄された。って聞いたわ。でも今回わたくしが駆り出されたってことは、生きているかもしれない」
「その被験者の名前、君は覚えていないか?」
 孝明に聞かれ、貴音が記憶を探る。
「確か。アリサ――」
 虚空より貴音に向かってメスが飛ぶ。
 間一髪の所、ヒロユキが貴音に抱きつき、何を逃れる。メスが壁に弾かれる。
 再びメスが浮き、更、どこからとも無く新たなメス、剪刀、鑷子、鉗子、注射器が彼らを狙う。
「どこに隠れている! くそ、《精神感応》でも反応がねぇ!」
 見えない敵にヒロユキが唸る。
「待ってくれ、俺達は研究所の人間じゃない!」
 孝明も効果があるのかわからないが抗議する。しかし、彼は知らなくとも、天御柱がこの研究所に関わっていることを考えると、天御柱の生徒である彼もまたこのポルターガイスト現象の標的だ。
 襲いかかる手術道具を、孝明は《サイコキネシス》で静止させ、ヒロユキと貴音が撃ち落とす。しかしキリがない。
「となりの部屋に逃げるのじゃ!」
 信長が叫ぶ。 
 この手術室は隣の手術室と扉で繋がっている。彼らは出口よりもそちらに近い。得策ではないが、一時敵に攻撃を凌ぐ事はできる。
 孝明と椿が《サイコキネシス》で飛来物を止めた隙に、皆扉の向こうへと飛び込む。すぐに、扉を閉め攻撃を防ぐ。
「マジでどうなってるんだ信長? 《精神感応》に反応がないってことは強化人間が犯人ってのもおかしいぞ?」
「むむむむぅ……」
 忍の言葉に詰まる信長。近くに強化人間がいるなら《精神感応》でこの場の誰かが気づくはずだ。それがないとすると、やはり――。
「うっ……!」
 椿が口を抑えて見たものから目を逸らす。
 「どうした?」と孝明が椿を支えながら聞く。
「あれ……!」
 椿が手術台を指さす。
 そこに、顔中にメスや鉗子をいっぱい突き刺した研究員の死体があった。

 ――、ズブズブと肉引き、刺さている物が抜けていく。
 腐った肉と体液に塗れた手術道具の飛行ショー。

「洒落にならねぇ……」
 忍はしばらく病院とか注射とかが嫌になりそうだと思った。