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嬉し恥ずかし身体測定

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嬉し恥ずかし身体測定
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リアクション

3.
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)にとって身体測定は軽い戸惑いを呼び起こした。それは決しておののき後じさる様なものではなく、むしろ世界が切り開かれたような、視界が開けるようなものだ。新奇の喜びをともなう驚きだった。
「結果はどうだったのだ」
測定結果の記入された用紙を食い入るように見つめていたが、ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)が声を掛けるとグラキエスはパッと喜色を浮かべた。
 そう言えばグラキエスは身長を測るとき、少し緊張した様子だった。
「身長は178cm、体重は60kgだった。俺の年からすれば十分な結果らしい」
「そうであろう。だから言ったのだ、気にしすぎだと」
「そっちはどうだったんだ」
 見せてくれ!と手を差し出され、ベルテハイトと測定が終わりこちらにやって来たゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)は素直に記録用紙を渡してやった。2人の結果を見比べるうちにグラキエスの顔が曇る。
「186cm、体重68kgだ。前と変わらずであったな」
「我は身長200cm、体重100kg――前より少し成長したようだ。成体に近づいたのであろうな」
「……2人が規格外だと言う事は分かった。今日はそれが一番の収穫だな」
 端正な顔からは想像もつかぬほど、笑顔は無邪気なものだった。
実のところ、測定を受けるまでグラキエスは自分の身長は低いのではないか――つまるところ、自分は “チビ”ではないかと疑っていた。何せパートナーの2人ともが自分より頭1つ2つは背が高い。常にその間に身を置く中で、相手の背が高いのではなく自分の背が低いのだと思い込んでいた。
身体測定を受けてみれば良いと勧められ、素直に頷き足を運んだのはその所をはっきりさせたいと言う事もあった。同時に暴走する魔力を抑え、暴走した時のダメージに耐えられる体格を作るためでもあった。正確な身体データがあれば、それに見合った鍛え方も可能だ。

「178cmが小さいと思っていただ何て飛んでもないであります! グラキエス殿は自分にとって羨ましい体格をしているのであります!」
何よりグラキエスが驚いたのは自分より身長の低い生徒がそう少なくないということだった。
 金住 健勝(かなずみ・けんしょう)もその一人だ。
測定の結果、167cmと去年から身長に変化は無く、体重が1kg増えただけだった。日ごろ訓練しているというのに目覚しい変化は得られずじまいだ。
「自分も、グラキエス殿ぐらい身長があれ……うーむ。どうして伸びないのでありますか?」
 自分の成長期はもはやここまでか。肩を落とさずにはいられない。
 パートナーのレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)が小柄だから良いものの、やはり男として平均値には届きたい。低くも無く高くも無い身長は、逆に健勝をちくちくと刺激する。極端に慎重が低ければ可愛がられたり、その特性を活かす方法があったかもしれない。
(父よ母よ、なぜ自分をこの大きさに産んだのでありますか?)
 などと思わず責任転嫁をしてしまいたくなる。もっと高かったり低かったりすれば目立てたかも知れないと言うのに。グラキエスは大きな溜息をついた健勝の肩を叩く。
「でも、視力は良かったんだろ?」
「あ、はい、もっと小さい文字で見てもらわないと測定の意味が無いのであります」
 裸眼で2.0以上あるため、測定にならなかった。狙撃をするようになり、遠くのものを見る機会が増えたからだろうか。鍛えられたらしい。地球にいた頃よりも随分と視力が良くなった。結果を見比べああだこうだと盛り上がる2人の様子を眺めながら、ベルテハイトは気づいてしまった。
グラキエスが身長の事を気にしている素振りに、薄々とではあったが勘付いていた。測定を受けるように勧めたのは、安心させてやりたかったのと同時にベルテハイト自身も、目に見える数値で彼の成長を見てみたいと思ったからだ。
自身は不老不死だ。周囲の生徒といえば微々たる変化でも喜び、嘆き、自分の変化に一喜一憂している。不思議な感覚だった。特に地球人は、成長期の若者は、たった1年でも身長や体重が変化するものらしい。しかし、グラキエスには――それに見合った変化がない。
 ゴルガイスもまた同じ心境であった。グラキエスとの付き合いは長い。だから成長しているのかどうかは数値として目の前に並べられなくとも分かっている。
 自分自身は明らかに成長している。着実に成体へ近づいている事を実感し、嬉しくなり思わず報告をしたのだけれど、それ以上に。
「やはり彼は」
「――そうだな」
思わず呟いた言葉をベルテハイトが掴み取った。それは牽制とも取れた。考えていることは同じだった。おそらく、狂った魔力を宿す体は、グラキエスは、まともな成長を遂げられないのだと。
 グラキエスはもっと2人が結果を喜んでくれると思っていた。しかし、何やら深刻な顔をしている。どうしたのだろう――と首を傾げつつもう1度書き込まれた数字へ視線を落とした。来年はどうなっているだろうか。未来の自分を思い描くと、期待に胸が震える。


「206cmね」
「お?」
 読み上げられた数字にラルクは胸が騒いだ。測定器から解放され、靴をひっかけ記録者であるアルテッツァの元へ歩み寄る。
「去年から2cm伸びていますね」
 ヴェルの言葉を受け、アルテッツァが数値を記録用紙に書き込む。その様子を眺めるラルクの心情はむずむずとしてくすぐったい。
「まだまだ伸びるもんなんだなー」
 去年は204cmだった。年齢を考えれば十分すぎるほどの成長だ。体重も5kg増えて118kgになっていた。鍛えて筋肉量が増えたのだろう。勉強と修行を両立するのは難しいが、努力は見事に結ばれたようだ。順調に筋肉がついている。

「あー……去年と殆ど変わらずか」
 ひどく沈んだ呟きにラルクが顔を向けると、夢野 久(ゆめの・ひさし)は記録用紙を前に髪を掻き毟っていた。別の列で身長と体重の測定を受けていたらしい。
わずかな期待と共に迎えた身体測定だったが、身長も体重も「誤差の範囲では?」と疑いたくなるほどの変化でしかなかった。
「やっぱ頭打ちまで来てんのかね俺ぁ。喧嘩にゃ、やっぱタッパがある方が良いし、もっとアホ見てえにデカくなりてえもん何だが……」
 久のぼやきを受けて、アルテッツァは苦笑した。
理由はいかんにせよ、成長したいと望む姿は微笑ましいものだ。
「男性は二十歳を過ぎても成長しますから、まだまだ諦めるのは早いですよ」
「マジか!」
「まだ伸びるかも知れねえってことか」
 久とラルクが揃って目を丸くする。
「そうですね。夢野君、問診表を見せてもらっても?」
「え? ああ、構わねえよ」
 測定を受ける前に記入するようにと配られた問診票だ。ラルクのものと合わせて素早く目を通す。
「うん、2人とも栄養面や健康状態に問題はなさそうですし、このままの生活習慣を続けていればまだまだ成長の見込みはありますよ。諦めるのはまだ早いと思いますよ」
 どうぞ、とそれぞれに問診票と記録用紙を手渡す。
「残りは視力と聴力ですね、一番奥の所ですよ。ちょっと今は混んでいるかも知れませんが」


 ラルクと同じように身長が伸びて愕然とするものがいた。
 身長の欄には173cm、体重は52kgと記されている。
「……3cmも伸びるもんなんですねぇ」
 他人事のような口ぶりの鼎は、すっかり関心しきった様子だ。
 生を受けたのは50年前だ。肉体年齢はその半分ほどではあるが、肥るか痩せるか程度で、もう成長など望めないと思っていた。自分では成長を実感することは中々に難しい。こうして数値という客観的事象となった今でも、まだ己のものだとは信じがたい。
「今年もまた169cm!?」
その隣で健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は声を張り上げた。何かと思えば受けたばかりの測定結果にショックを受けているようだ。
「去年も169cmだった……い、一体何故だ……」
 うろたえる様を鼎が眺めていると、勇刃はそのままふらふらと隣にある体重計へと移動した。さてどういった反応を見せてくれるのだろう。
「何だと!? 激上昇!?」
 よろめいた勇刃はそのまま床に膝からくずれおち、両手を床につくと悔しげに項垂れた。
「げ、解せぬ……」
 無駄に熱い男だな、と鼎は思った。
 案の定周囲の視線を集めまくっていたが、勇刃はそれどころでは無いらしかった。

 所かわって体育館2階では、身長と体重、スリーサイズの測定が終わった天鐘 咲夜(あまがね・さきや)が人足はやくセレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)と結果の見せ合いをしていた。最終的には健闘にも見せるつもりだ。もちろん健闘の結果も知りたい。
「やりました! 身長は3cm伸びていました! セレアさんはどうでした?」
「5cm伸びていましたわ。いい兆しですわ」
「5cmもですか?」
 咲夜は目を丸くした。1年で5cmとは、かなりの成長振りだ。実際にセレアの身長が伸びたわけではなく、原因は健闘のパーツ改造によるものだったのだが。咲夜もセレアもその事実には気付かなかった。
「た、体重は……い、いいえ、何でもありませんわ……」
 言葉を濁し、咲夜はこの話題を避けようとした。セレアは首をかしげる。
 それより驚いたのは胸のサイズだった。88のDカップと思っていたよりもずっと胸が大きかったのだ。ウエストは55、ヒップは84だとも判明した。スリーサイズをきちんと測定したことが無かったため、これは嬉しい驚きだ。
(――健闘くんが知ったら、喜ぶのかな……。ダメダメ、何考えてるのですか、私! でも、もうすぐ夏だから、新しい水着でも……ちょっと挑戦してみたり……ってだから!)
思ったよりも大きかった胸だが、それでもセレアより、やはり小さいのだろう。横目で見ただけでも迫力のある。やはり同じ女性として羨ましくなってしまう。
ミルク、もっと飲まなきゃ! と新たな決意を胸にする咲夜だった。
 咲夜が百面相をしている傍らで、セレアは熱心に測定用紙を見つめていた。セレアはセレアで、スリーサイズの結果をとても喜んでいた。測定結果はB90D W56 H88とかなりグラマーなスタイルだ。健闘が見たらきっと喜んでくれるだろう。
「早く健闘様にお見せ致したいですわ!」
「そうですね!」
 満足の行く結果に2人は同じ人物を思い浮かべ、微笑みあった。


「痩せすぎ?」
 思わぬ指摘にルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)は首をかしげた。身長180センチに体重は60キロ。
 痩せているほうだとは思っていたが、痩せ過ぎているという自覚はなかった。 
「ちゃんと食事はしていますか?」
「……これでもちゃんと食べてるのだが……」
 確かに食べてもあまり太らない体ではある。ちらりと隣で測定を行っている蒼灯 鴉(そうひ・からす)を見る。
 視線に気付いた鴉は、今しがた測ったばかりの結果をすらすらと口にした。
「身長は+1cm、体重は変わらず72だ」
「状態は?」
「問題なし」
「……そうか」
 鴉はルーツより5センチ程度背が高いだけだ。
 せめてもう少し筋肉つかないものだろうか。新入生も背が大きい。
「やはり身体を動かすべきか……? 例えば、サッカーとか……って、こらラルム!」
「やだー!」
「逃げるな泣き虫コラッ!」
 身長でも体重でも量るたびにラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)は逃げ出そうとし、その度にルーツか鴉に捕まっている。
「何でアスカと離れるの…?? アスカと一緒がいいのにい……」
「男なら腹を括れ!」
「男は」
「ぼく男じゃないもん……」
 2人は思わず顔を見合わせた。


「のぞき部~♪新入部員募集中~♪体験学習実施中~♪」
 陽気な歌と、つるりとした頭。
 ざわめく生徒もなんのその、椿 薫(つばき・かおる)は廊下のど真ん中を歌い歩いていた。『のぞき部、侵入部員募集中。体験学習実施中』と書かれた札を持っている。
 嫌がらせ半分、冷やかしも少し。さらに注目を集めて覗きをしている面々が動きやすくなればいい。
今朝方声をかけてきた和輝のことも気がかりだ。協力して正面突破をしたい、との事だったが、部員によっては測定日が判明するや否やのぞき計画を立てていたため-、突然の変更は無理だったのだ。前日から体育館に忍び込んでいる者もいる。
しかし「のぞき部」として同じ情熱を滾らせる者には協力をしたい。薫は警備をしている教団員や測定を受けるべく体育館へ向かう道中の生徒の肩を叩いて回ることにした。