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恐怖の五十キロ行軍

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恐怖の五十キロ行軍

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   「森 その4」

 小次郎の退却後、新たな襲撃を恐れて行軍メンバーは仮眠を取るのをやめた。どの道、出発まで然程時間もない。
 アドベンチャラーであるロア・ドゥーエにとって、森は彼の得意とするフィールドだ。明け方で睡眠時間も足りないだろうに、嬉々として歩き回っている。おそらくはトラップが仕掛けてあるに違いないと踏んでのことだった。
 レヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)は、パートナーが何でそんなに元気なのかと首を傾げた。彼は吸血鬼だ。不死身だが体力はなく、美形だが青白い顔をしている。
 汗臭くて疲れるだけの行軍なんて本当は嫌だし、誰が着たか分からない――洗濯してあるとはいえ――迷彩服に袖を通すなんて、拷問だ。そんなわけで、一人さっさと持参した私服に着替えていた。
「なに寛いでんのよ?」
 迷彩服の前を開け、大胆にも胸を出したミレイア・オールディック(みれいあ・おーるでぃっく)がレヴィシュタールの前に立った。傍目にも苛立っているのが分かる。
 ミレイアはファレナのパートーナーだ。出会ったときからファレナを大事に大事に想っている。それだけに、彼女と別れる羽目になってシオン以上に不満がふつふつと沸いていた。おまけにちょっと前まで見張りに立っていたので、眠くて仕方がない。つまり、イラついていた。
「……少々、面白いことを思いついた」
 レヴィシュタールは尻に敷いていた迷彩服から立ち上がった。マジックローブがばさりと音を立てる。ああやはり、私にはこの美しいローブがよく似合う、と彼は思った。
「貴公なら、どこにトラップを仕掛けるね?」
「あたし?」
 ミレイアはきょとんとした。
「そう。貴公が襲う側なら、だ」
「あたしなら、そうね……」
 ミレイアは寸の間考え、さっと歩き出した。レヴィシュタールは、ロアにもついてくるよう誘った。
 しばらく歩いた後、ミレイアは立ち止まった。木々の向こうに微かだが水音が聞こえる。森の出口だ。
「ここ。油断したところに仕掛けるわ」
 ロアとレヴィシュタールは顔を見合わせ、さっと別れた。あちこちの木や草むらを探すと、枝が折れた枝が折り重なっている箇所を見つけた。あくまで自然に見えるが、よく観察すると異なる種類の枝であるのが分かった。
「こんなところに……!」
 加圧発動式の機晶爆弾――ありていに言えば、地雷である。
 ロアは【トラップ解除】を使った。失敗すれば、死なぬまでも大怪我をしかねない。その顔がいつになく真剣で、張り詰めた緊張の中で、しかしレヴィシュタールは妙な満足感を味わっていた。
 悪くない、と思う。
 ロアの能力を最大限に活かせるようなフォロー――それが自分の役割かもしれない、と。
 爆弾は、十五分ほどで何とか解体できた。
「やるじゃない」
 ミレイアはロアの肩をぽんと叩き、片目を瞑ってみせた。
 その時、森の中で爆発音がした。
「しまった――! まだあったのか!」
「――ファレナっ!」
 レヴィシュタールが舌打ちするや、ミレイアは走り出した。

 ――パンッ!

 一発だった。ミレイアの背に衝撃が走った。彼女は前方へ大きく吹っ飛ばされ、顔面から地面へ突っ込んだ。
「ミレイア!」
 ロアは和弓を、レヴィシュタールはエンシャントワンドを構えて、次の攻撃に備えた。
 しかし、何も来ない。
「今の音は何!?」
 緋王 輝夜とリリィ・クロウが駆けて来る。
「撃たれたんだ! 【ヒール】は持ってるか!?」
「お任せを!」
 リリィは滑り込むようにミレイアの脇に座った。
「向こうで何があった!?」
「戦闘用イコプラだよ! さっきの敵の置き土産!」
 小次郎は戦闘用イコプラに、時限装置付きの機晶爆弾をセットし、こっそり置いていったのだ。幸い皆、軽症ですんだが、ロアはそれを聞いて愕然とした。
「そこまでするのか……!」
「それが軍隊、それが戦争というものだよ」
 ロアに聞こえぬよう、レヴィシュタールは呟いた。


「おっと危ない」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は、機晶スナイパーライフルの銃口をひょいと持ち上げた。あやうく輝夜とリリィを撃つところだった。目標は教導団のみ。他校生にまで、厳しい愛の鞭を叩きつけるつもりはない。
 ――まあ、うっかり間違えたら仕方がないな、とカルキノスは呟いた。

・ミレイア・オールディック、脱落。