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「さて、まずは何に乗りましょうかね……」
 と、鬼龍貴仁(きりゅう・たかひと)はパンフレットを開いた。
 その隣で常闇夜月(とこやみ・よづき)が周囲を興味深そうにきょろきょろしている。
 それは鬼龍白羽(きりゅう・しらは)も同じだった。
「遊園地、初めて来たよー。広いねぇ」
 わくわくする夜月、白羽を横目に医心方房内(いしんぼう・ぼうない)はどこか不満げにする。
「遊園地のぅ……エロイことが起きぬし、起こせぬでは無いか……」
 エロいこと大好きな彼女には縁のない場所だった。
 とはいえ、せっかく家族揃って遊園地へ来たのだから楽しみたい。
「ねぇ、何に乗る? あ、その前に売店でポップコーンとか買う方がいいのかな?」
 と、白羽は貴仁の見ているパンフレットを覗き込んだ。
「あ、夜にはパレードも……って、ゆる族かー」
 写真を見てがっかりする白羽。
「とりあえず、みんなで楽しめるところから行きましょうか」
 と、貴仁が言った直後、夜月がとんでもないものを指さした。
「あ、あちらにジェットコースターがあります! わたくし、一回でいいから乗ってみたかったんですよね!!」
「いいね、ジェットコースター。行こ行こー」
 と、夜月に便乗してそちらへ向かって歩き出す白羽。
「え、あの、俺、高いとこ駄目なんですけどー?」
 貴仁が二人に呼びかけるが応答無し。
「行くしかなさそうじゃな。乗ってみると、意外と楽しいかもしれんぞ」
 と、にやにやしながら房内が貴仁の背を押して歩き出す。ぐいぐいと押されて貴仁はあらがえなかった。
「いや、無理ですって。だいたい俺――」
「お二人とも早く来て下さい、置いていきますよー?」
 夜月の楽しそうな声に貴仁は苦笑いを浮かべる。
「あの、置いていってくれて良いんですけど」
「何を言っておる、今日は家族サービスするのじゃろう」
 がたんごとんと高さを増していくジェットコースターを思って、貴仁は泣きたくなってきた。観覧車ならまだしも、高いところから急降下するジェットコースターは、高所恐怖症の人間には駄目だ。
 そんな貴仁の気持ちを無視し、夜月と白羽は楽しそうに列へと並んでいた。

 Tシャツの上に紫色のツナギを着て、手にはロープを、頭にはヘルメットとライト装備という出で立ちで清泉北都(いずみ・ほくと)は進んでいた。
 後ろには青色のツナギを着たクナイ・アヤシ(くない・あやし)が付いてきている。
「頭、気をつけてね」
 と、北都はクナイへ声をかけた。天井がだんだんと低くなり、比例するように道も狭くなっていたのだ。
 さくさくと探検を進める北都の背中に、クナイは微妙な気分にならざるを得なかった。というのも、このアトラクションに誘ったのはクナイの方なのだ。カップル向けということでクナイがいいところを見せるはずだったのだが、すっかり北都にリードされている。
「あ、ここ、段差あるから」
 と、北都がクナイに手を差し伸べた。
 その小さな手を見つめて、クナイはにこっと微笑む。普段は手など繋ぎたがらないのに、こうして差し出してくれるなんて。
 その手を取って、クナイは足元の段差を通り過ぎた。
 すぐに北都は手を離し、また探検に集中してしまう。しかし探検はまだ始まったばかりだ。
 他の参加者を尻目にどんどん進んでいく北都たち。
 岩壁を上った先を進んでいる最中だった。先ほどまで軽やかだった北都の足が急に止まった。
「どうしました?」
 と、肩越しに前方へ注意を向けるクナイ。
 北都のライトが照らすそこには、何本もの脚を持ってごそごそ動く虫がいた。
「……クナイ、どうにかして」
 と、声を絞り出す北都。
 それが作り物である可能性は非常に高かったが、北都の手はクナイの裾をぎゅっと握って離さない。悲鳴を上げてもおかしくない状況で、ただじっと恐怖に耐えているその姿は可愛かった。
 すっと彼の前へ出て、クナイはささっと虫を追い払ってやる。
 周囲から虫の気配がなくなるのを見ると、北都はほっとした顔をする。
 その信頼に満ちた視線を受けて、クナイもにこっと微笑んだ。
「さあ、行きましょう」
 ――心から、来て良かったと思えた。

「ほらほら、レフィ殿、どんどん行くのだ!」
 と、木之本瑠璃(きのもと・るり)は洞窟へ入るなり、元気な声でそう言った。
「え、ま、待ってよー!」
 一方のレフィ・グラディオス(れふぃ・ぐらでぃおす)は少しびくついていた。思っていたよりも中が暗かったせいだろう。
 さっさと歩き出す瑠璃を慌てて追いかけ、レフィは隣へ並んだ。今日は彼女とデートなのだ、男らしくしっかりしなければ。
 壁に行き当たって瑠璃とレフィは立ち止まった。
「これは、上ればいいのだな?」
「うん、そうだと思うよ」
 と、レフィが答えた直後に壁へ手をかける瑠璃。あっという間に上へ行ってしまい、レフィは戸惑った。
「レフィ殿? 何をしているのだ?」
 と、頭上から降ってくる彼女の声。まったくデートらしくない雰囲気だ。しかし、まだチャンスはあるはず……!
 気を取り直してレフィもまた上を目指した。
「うちの瑠璃がご迷惑をおかけし、申し訳ありません!」
「いやいや、謝ることはないよ。むしろ、ここからが見物だろう」
 心配そうに見守る相田なぶら(あいだ・なぶら)と対照的に、飛鳥桜(あすか・さくら)はにやりと笑う。
 桜の覗く双眼鏡はレフィと瑠璃の二人を映していた。パートナーのあとをストーキングしているのだ。
「おっと、見失うわけには行かないぞ」
 と、岩場の陰を離れる桜。
 なぶらもすぐに追っていくが、ばれないよう一定の距離を置いているだけに、二人の姿が他の参加者に埋もれてしまいそうだ。
 岩壁を上り終えた瑠璃は相変わらずの速度で進んでいく。頑張ってその横に立ちながら、レフィは声をかけた。
「ここ、ちょっと滑るね。転ばないように、手を繋いで進もう」
「うん、その方が良さそうなのだ」
 と、何の躊躇いもなくレフィの手を握る瑠璃。レフィの心臓がどきっと跳ねたが、瑠璃には伝わっていない様子だ。
「あ、手繋いでる! 何だい、レフィ、やるじゃないか!」
「え、俺にも見せ――」
「ちょ、今いいところなんだから話し掛けないでくれ」
 すっかり弟分のデートをのぞき見るのに熱中している桜。
 なぶらは遠くに見える二人を目で探すが、洞窟の暗さも相俟って見えない。せめて、もう少し開けた場所へ出られればいいのだが。
「あれ、崖……?」
「今度は下へ降りるみたいなのだ」
 ぎゅっと手を繋ぎ合った二人は下を見下ろした。地面までは二メートル弱くらいの高さだが、少し怖い。
「え、こっから飛び降りろ的な? うそ、マジっすか?」
 あからさまに動揺するレフィを瑠璃がじっと見つめた。
「思い切って飛ぶのだ」
 そしてレフィの心の準備が整う前に、瑠璃は彼の手を引くようにして飛び降りる。
「消えた!?」
 と、桜が突然駆け出し、なぶらもすぐに走り始めた。
 双眼鏡で二人の姿を探す桜。そんな彼女をなぶらはちらちらと気にしていたため、気づかなかった。その先の地面が途切れていることに。
「お?」
「うわっ――!?」
 どすん、と二人の落ちる音が洞窟内に響いたが、レフィも瑠璃も振り返らなかった。そんなことより洞窟探検の方が楽しいのだ。
 哀れな二人を差し置いて、手を繋ぎ合った二人は調子よく先へと進む。

 いつもより少しおめかしして、師王アスカ(しおう・あすか)蒼灯鴉(そうひ・からす)とともに洞窟を歩んでいた。
「見つかると良いなぁ、お宝」
 と、周囲をきょろきょろするアスカ。
 薄暗く足元が安定しないため、本来なら鴉が彼女の手を取って進むべきシーンだった。しかし、なかなかそのきっかけに出会えない。
 もどかしさを覚えつつ進んでいくと、唐突にアスカが立ち止まった。ごそごそと鞄からスケッチブックを取り出して、何やらスケッチを始める。
「……アスカ?」
 苦笑いを浮かべる鴉に、アスカは目もくれず言った。
「すぐ終わるから待ってて」
 せっかくのデートなのに雰囲気ぶちこわしだ。鴉は溜め息をつきたくなった。このままでは、絆を深めるのにはほど遠い。
 再び探検を開始し、狭い通路や岩壁を上った。元々冒険好きなアスカは、鴉の手を借りずともどんどん先へ進んでいってしまう。
 そうして鴉からやる気が消えかけた頃、アスカはまたスケッチを始めた。
 無言でその様子を眺める鴉。その視線にはっと気づいたアスカは、顔を上げるとスケッチの手を止めた。
「ごめんね、鴉」
 と、悪癖を誤魔化すようにそそくさと歩き出し、こけた。履き慣れない靴のせいだ。
「アスカ!」
 急いで鴉は彼女のそばにしゃがみ込む。
 すぐにアスカは起き上がったが、左の膝を怪我していた。どこかにぶつけたのだろう、少しではあるが血が出ている。
 鴉は傷口に顔を近づけると、ぺろりと舐めた。
「ちょ、ちょっと鴉……!?」
「消毒だ。血が出てたからな」
 じわりと舐められた膝が熱くなり、その熱はアスカの顔を赤くさせた。
 恥ずかしそうに戸惑うアスカをじっと見つめる鴉。ようやく待ちに待った瞬間が訪れた!
 薄暗い中、そっと鴉は彼女に寄り添うようにして顔を近づけた。
 空気を察したアスカが口を閉じ、目を伏せる。
 互いの唇がそっと重なった。――二人にとって、今日初めてのカップルらしい時間だった。