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リアクション
【八 逆襲】
ツァンダ・パークドームで開催される、イルミンスール・ネイチャーボーイズとの最後の3連戦の初戦。
ワイヴァーンズの先発投手は、ここまでローテーションの柱として大車輪の活躍を見せてきた風祭 隼人(かざまつり・はやと)。対してネイチャーボーイズの先発投手は、矢張り同じく大黒柱のディオ・グライシンガー。
実は隼人もグライシンガーも、中三日で登板してきている。
つまり、ふたりして相当に無理な調整を敢行してこの試合に臨んできたのであるが、流石に両チームとも、残り6試合が優勝の行方を左右する最も大事な勝負どころであると心得ているらしい。
多少ローテーションを崩してでも、何とか勝ちを拾おうという意図がよく見える。
この試合が始まる少し前、ワイヴァーンズのダッグアウトでは、かねてより噂になっていたリーグ再編、そしてチーム消滅危機の可能性が事実である旨が、正式に発表された。
多くの選手は球団が改めて認めたことで多少の驚きを覚えた様子ではあったが、しかしだからといって変に取り乱す者は皆無で、寧ろ全員の集中力が高まったようにも見えた。
「これから、チームの取り潰しの話がなくなるくらいに勝ちまくれば良い。それだけのことだ……俺達なら、絶対に出来る!」
試合前練習が終わってから、ダッグアウト前で円陣を組んだ際、隼人が力強く宣言した。
対ネイチャーボーイズ第10回戦の主審を務めるキャンディスが、プレイボールを宣告した。
隼人は初球、正捕手あゆみの要求に従って、外角低めの直球から入った。ところが。
「し、しまった!」
思わず、隼人は投球完了姿勢のままで小さく唸った。
中三日の調整がいささか影響したのか、指が変にかかってしまい、ボールがシュート回転してしまった。外角低めへと投じた筈の直球は、丁度狙い易い低さのど真ん中へと吸い込まれてゆく。
当然ながら、この失投を見逃してくれる程、甘い相手ではない。
隼人の投じた初球は、ものの見事に弾き返された。打球がぐんぐん伸び、センターバックスクリーンに一直線に飛んでゆく。
誰もが、先頭打者本塁打が確定した、と思ったその矢先。
「……いける!」
中堅手リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、全力疾走でセンターの最も深いフェンス中央へと駆けていった。彼女は、この打球はフェンスぎりぎりでスタンドインしないという目算を立てていたのである。
そして、奇跡が起きた。
リカインの目測通り、強いドライブ回転がかかっていた打球はフェンス手前で急に角度を変えて落下してきたところを、リカインがクッションボールで処理する。
地球上であればあのままスタンドインしたのであろうが、打球を放ったのはコントラクターである。つまり、打球も地球上と同じ法則で飛ぶと考えてはいけないのだ。
打球の上がった角度と速度から、絶対にドライブがかかっている――コントラクターとして日々修練を積んでいるリカインだからこその、完璧な読みであった。
まさかスタンドインしないとは思っても見なかったネイチャーボーイズの一番打者は、それまでのゆったりと塁を回るペースからギアチェンジし、三塁手前から慌てて走り出した。
だが、その時にはもう遅い。
リカインの、通常では信じられない程の圧倒的な強肩が威力を発揮し、レーザービームで本塁を守るあゆみへと、一直線に返球してくる。
結果は――。
「アウトーッ!」
主審のキャンディスが、本塁上のクロスプレイで鮮やかに宣告した。
何とリカインは、ランニングホームランを本塁上で阻止するという離れ業をやってのけたのである。これを奇跡といわずして何といおう。
ワイヴァーンズベンチが大いに盛り上がったのは、いうまでもない。
ところが当のリカイン自身は、全く別のことを考えていた。
(広い球場で良かったわ……広いっていえば、空京にはプロ球団が無いけど、やっぱりあの狭い土地に球場を造ろうと思ったら、小ぢんまりした球場しか出来ないのかしら)
リカインの神がかり的な守備で、いきなりワイヴァーンズが試合の主導権を握ることとなったのだが、本人にはその自覚は全くといって良い程に無かったのだから、おかしな話である。
リカインの守備で俄然勢いづいた隼人は、その後は面白いように後続を討ち取っていき、三回までは完璧な内容でネイチャーボーイズ打線を抑え込み続けた。
すると当然のように、流れはワイヴァーンズに傾いてくる。
右翼を守るテルマンチ・ナナリーが右手人差し指骨折で選手登録を抹消されている為、代わりに7番・右翼で先発出場しているソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)が、チーム初ヒットとなる左翼前ヒットを放ったのだが、単打で終わらせないのが、彼の持ち味だ。
左翼の守りが緩慢なのを見て取ったソルランは、一塁手前から一気にトップギアへと切り替え、果敢に二塁を狙ったのである。
トップスピードのまま塁に滑り込んだ結果は、見事にセーフ。ついでにいえば、左翼前二塁打という珍記録を打ち立ててしまった。
「よし、やった!」
思わず塁上でガッツポーズを取るソルランに、ダッグアウト前で投球練習している隼人がグラブをぽんぽんと叩いて拍手する仕草を見せた。
リカインの守備と、ソルランの走塁。
このふたつで完全に波に乗ったワイヴァーンズは、この回、あゆみの適時打とジェイコブのソロ本塁打で2点を先制した。
中三日での登板である為、6回を目処に投球予定を立てている隼人ではあったが、彼にしてみれば、今のこの流れの中では2点あれば十分だった。
隼人が予定の6回を無失点に抑えると、続いて登板したのはセットアッパーの七瀬 巡(ななせ・めぐる)。
シーズン開幕後から三ヶ月間、巡は自分でも驚く程に、チームの中へ積極的に溶け込んでいっていた。中々結果が出なかった開幕当初は、自身の投球フォームをビデオでチェックしたり、投手コーチに何度も聞いたりして改善を図ってみたのだが、これがなかなか上手くいかず、相当に落ち込んだ時期もあった。
(あの時は、本当に辛かったなぁ……)
マウンド上で投手コーチから真新しいボールを受け取りながら、巡はふと、そんなことを考えたりした。
そして同時に、チーム内で誰よりも巡のことを気にかけ、様々な教えを伝授してくれたグレッグ・バッキーのことも思い出す。
実のところ、先発の柱の一角でもあるバッキーが暇さえあれば巡に色々なアドバイスを送ってくれるようになってからは、見違える程に巡の投球内容が良くなってきたという経緯があったのである。
お陰で、ここまで10ホールドポイントを叩き出すまでに成長した巡であったが、師匠であるそのバッキーが左ふくらはぎ肉離れの為に、今は二軍で調整中である。
巡は、バッキーの帰り場所を失わせない為にも、絶対にワイヴァーンズを潰させないと考えていた。
(勝てて当然ってことはないんだ……でも、プロなら結果を出さなくちゃ)
その強い思いが、この場面ではプレッシャーではなく、集中力という良い方向で形になった。
7回表のネイチャーボーイズの攻撃は2番から始まる好打順だったのだが、セットアッパーとして開花した巡の投球術の前では、あえなく三者凡退に終わった。
続く8回表の守りでは、何とクローザーの風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が早くも登板してきた。
「優にぃちゃん、頼むよー!」
7回をきっちり締め、マウンドを降りた巡が、ダッグアウトから黄色い声援を送ってくる。優斗は柔らかな笑みを返してから、投球前練習に入った。
本来であれば巡が8回を投げ、優斗が9回を締めるというのがセオリーであったが、元々体力を徹底的に強化してきた上に、クローザーとしての登板数が若干少なかったこともあり、休養十分な優斗が8回からマウンドに登ることになったのだ。
更に磨きをかけ、恐ろしい程によく落ちるフォークを駆使する優斗の前では、下位へと進む相手打順は、最早敵ではない。
(ここできっちり締めて勝ちを拾えば……メイクミラクルも、夢じゃない!)
初回のリカインによる奇跡的な守備に加え、ソルランの果敢な走塁から始まった2得点、そして中三日での強行先発に見事に応えた隼人と、後を継いだ巡の力投。
これで勝利を収めれば、シーズン終盤の流れがガラリと変わる。
優斗はそう、信じていた。
(絶対に、勝つ。そして……ワイヴァーンズは、潰させない!)
優斗の思いはチームメイト全員の思いでもあった。ここから、ワイヴァーンズの逆襲が始まるのだ。
結果:○ワイヴァーンズ 2−0 ×ネイチャーボーイズ
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