校長室
美緒と空賊
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第六章 「何で……」 美緒が呆然と呟きました。 その視界の先にいたのは、他でもないモナミだったからです。 身にまとっているのはいつもの百合園女学院の制服ではなく、昔話に出てくる海賊が着ているような豪華なコートに、華奢な身体に似合わないつばの大きい黒いキャプテンハット。 まるで空賊のようなその出で立ちに皆が驚く間に、空賊たちを従えたモナミは短筒を抜き去ります。 「折角仲間が増えそうだっていうんだ。邪魔をするっていうなら放ってはおけないな」 そうして躊躇いもなく一発。 威嚇のつもりだったのでしょう、誰に当たるでもないその銃撃は、けれど確かに少女たちを強ばらせました。 それでも少女たちを庇うように立ちふさがる亜璃珠や正悟たちに、空賊は容赦なく刃を振りかざしてきます。 それを受け止め、弾き、受け流し、次々とあしらいながら、じりじりと出口側へにじり寄っていきます。 容赦なく攻撃してくる空賊たちのボウガンの矢から少女たちを守りながら、皆は出口を目指します。 人質さえ助けてしまえば、寄せ集めの空賊など恐るるに足りません。 けれど出口を塞ぐように立ちふさがっているのは他でもないモナミです。 逃がそうという気などはなからないらしく、口元に狡猾な笑みさえ浮かべて、モナミは短筒を構えました。 狙いを付けた先は、美緒。 そしてその指は先ほどのように躊躇いなく、引き金を引きました。 「うっ!」 銃声の後呻きをあげたのは、美緒ではなく小夜子でした。 実は美緒を守るためと、小夜子は鉄のフラワシつかせていたのです。 当然命令を実行したフラワシが受けたダメージは、術者である小夜子に向かいます。 命にかかわるものではないにしろ、その衝撃は小さいものではありませんでした。 「小夜子さん!」 「無事ですか? 美緒さん……」 「私は大丈夫です。でも……」 「よかった、それならいいんです。私も大丈夫ですから」 痛みをこらえながら微笑を浮かべようとする小夜子に肩を貸す美緒に、モナミは再度狙いを定めました。 ――キィンッ!! けれど、同じ攻撃は通りません。モナミの手から短筒が弾き飛びます。 一瞬の隙をついて踏み込んだマクフェイル・ネイビー(まくふぇいる・ねいびー)の一撃が、モナミから短筒を奪ったのです。 「……っ、畜生が」 舌打ちしたモナミは、今度は腰元のカットラスに手をやりました。 それを警戒するように武器を向けたまま、マクフェイルはリーフィア・ミレイン(りーふぃあ・みれいん)に目くばせします。 「リーフィア、今のうちに皆を連れて逃げるのです」 「は、はい」 すぐに動いたリーフィアを手伝って、永井 託(ながい・たく)も少女たちを促しました。 「みんなー、早くこっちだよ」 「足止めならしとくからね!」 那由他 行人(なゆた・ゆきと)も追ってこようとする空賊の足元にエステ用ローションをまきます。 滑って身動きが上手く取れない彼らを峰打ちしたり、流星・影を当てたりしながら時間を稼ぎます。 「させるかよ!」 そうやって逃げようとする彼女たちを見てモナミが吼え、勢いよくカットラスを抜き去り、振りまわしました。 思わず身を引いたマクフェイルに斬りかかり、飛び退ったところを追いかけてもう一撃。 それを受け止めた光条兵器とカットラスの触れあう耳障りな音がしました。 「モナミちゃん……どうして」 逃げながらベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)が振り返りますが、モナミはその咎めるような訝るような視線をものともせずに口角を上げて見せました。 「それは俺様たち空賊のためだ」 「俺様、たち……」 まるで人が変わったようなモナミの態度に、陽子もベアトリスも戸惑ったように顔を見合わせました。 今のモナミには説得など通じそうもありません。近付こうものなら先ほどの美緒のように攻撃されてしまうでしょう。 だってモナミは「俺様たち」といいました。それはモナミが空賊側についたと言っているようなものです。 その格好や、空賊たちに命令を下していることから見ても、それは間違いないのでしょう。 「いいから今は逃げるんだ!」 足が止まった陽子たちを促しながら、忍が叫びました。 「人質を助けるまでは長話は得策じゃない」 「そうじゃ。そんなことをしている間に逃げた方が身のためぞ!」 信長も頷きながら獰猛な光を帯びた目で一瞥してきます。 「早くせねば火の海に巻き込まれてしまうからな!」 レーザーナギナタを振りかざし、信長はモナミへときりかかりました。 辛うじてそれを受け眉をひそめたモナミは、けれどその一撃を弾き飛ばしました。 信長は弾かれてやりながらにいと口角を歪めます。 「そこじゃ!」 「ぐ……ッ!」 信長の勝ち誇ったような声と共に、ナギナタの柄がモナミの鳩尾を的確に突き上げました。 呻いて膝をついたモナミは、信長を睨みつけたかと思うとゆっくりと地に伏せました。 おや、と信長は笑って見せます。 「やりすぎだ、信長」 「ふん、手加減はしたつもりなんだがな。まぁ何にせよ、勝負あったのぅ、小娘」 「――そこまでよ」 二人の間に割って入りながら、忍が抱き起こしたモナミに意識がないのを見てとり、亜璃珠は空賊を見回しました。 「見ての通りこの子はこっちの手の内よ。最悪の事態にしたくないなら、下手に動かないことね」 そんな脅しが脅しとして通用するのか半分賭けのような、ほぼ開き直りのハッタリめいた亜璃珠の言葉でしたが、意外にも空賊は悔しそうに動きを止めました。 それどころかじりじりと後ずさる者までいます。 それを機とばかりに何とか地下牢から逃げ出した少女たちを、待ちかまえていた榊 朝斗(さかき・あさと)とちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が迎えました。 「こっちです! 船を出しますから早く!」 「にゃー!」 早く、と促すようにあさにゃんも鳴きます。 「みんな、怪我はないですか?」 「腹減ってない? 少しでも何か食べた方がいいよ」 本宇治 華音(もとうじ・かおん)やウィーラン・カフガイツ(うぃーらん・かふがいつ)が船から手を伸ばして船内へ引っ張り上げながら、皆を気遣います。 捕まえた空賊たちが逃げ出さないよう見張りながら、草薙 武尊(くさなぎ・たける)は乗っ取った空賊船の操舵室に入ります。 けれど、少しの間操作盤を触った後で、舌打ちして顔を出しました。 「キャパオーバーだ!!」 「えっ!? 何とかならないんですか?」 「そう言われてもな……このままじゃ何とか動かしても途中で止まっちまうぞ」 「そんな……」 「やむを得ない、何人かは他の船に」 「……どけ」 苦々しい顔でやりとりする武尊と華音を見ていた古井 エヴァンズ(こい・えう゛ぁんず)が、武尊を押しのけるようにして操舵室に入ってきました。 そして何食わぬ顔で「離れていろ」と促して力を込めたと思うと―― 次の瞬間まばゆい光が操作盤に落とされました。 思わず二人が目を背けると、更にそれが二度、三度と続きます。 「……こんなものだろう」 不意に聞こえたエヴァンズの声にそろそろと目を開けると、空賊船は運航モードに入っていました。 先ほどの光はエネルギーを与えるためのサンダーブラストの光だったようです。 「っ、ありがとう!」 華音が満面の笑みで振り返りましたが、エヴァンズは既に興味を失ったかのように窓際へ行き、外の景色を眺める姿勢に戻ってしまっていました。 けれど、これで皆を乗せたまま脱出することが出来ます。 数機の飛空艇で乗り込んだ船の周りを守るようにしながら、皆は空賊のアジトをあとにしました。 三つ四つ、追尾してくる空賊がいましたが多勢に無勢。手負いのものがいるとはいえ、この人数で蹴散らすことは造作もないことでした。 空賊側もどうやら深追いするつもりはないようです。 協力してくれた面々や、つかまっていた同級生たちに声をかけ、手当をして回っていた美緒も、やっと一息つくことが出来ます。 捕まえたモナミの様子も気になっていた美緒は、モナミがいるという部屋に行ってみることにしました。 あれからまだ目を覚ましていないようですが、もし起きていたらどうしてこんなことをしたのか話してくれるかもしれません。 もし放ってはおけない事情があるのかもしれませんし、そうでなくてもモナミの身体が心配でした。 美緒はモナミのいる部屋の前で立ち止まり、コンコン、と控えめに二度ノックをしました。 けれどそれへの応えはなく、寝ているのだろうかと首を傾げましたが、様子を見るだけでも、と一つ深呼吸をしてそっとドアを開けました。 はたして、そこにいたのは穏やかな顔で眠っているモナミでした。 呼吸も安定しているようで、大事はないようです。 何故だか毒気を抜かれた気がして、美緒はふーっと息を吐きだしてベッドの傍らの椅子に腰を下ろしました。 誰かが着替えさせたのか、あの空賊のコートは壁にかけられ、モナミは普通の洋服を着ていました。 「よかった……」 例えモナミが敵になったとしても、喪うようなことがなくて本当に良かったと美緒は微苦笑を浮かべました。 けれどどうしてモナミがあんなことをしたのかは分からずじまいです。 「まさか空賊に弱み握られてたのかなぁ」 まさかね、と。ちらりと空賊のコートに目をやります。 見れば見るほど豪華なコートでした。きっと仕立てもいいのでしょう。 「うーん、ちょっと着てみたいかも」 女空賊の格好っていうのもカッコ良さそう、と。 美緒はモナミを窺いながらコートを手にしました。 ちょっと躊躇ってから羽織ってみると、仕立てがいいためかとても着心地のよいものでした。 それにデザインのせいかとても自信が沸いてくる気がします。 大空を駆け回って、全てを手に入れたくなるような、そんな気分になって、美緒は帽子にも手を伸ばしました。 鏡の前で帽子をかぶると、目の前には少しあどけない女船長が現れます。 「あ……」 それを目の当たりにした瞬間、美緒はくらりと眩暈を覚えた気がしました。 けれど次の瞬間には、美緒の口元に狡猾な笑みが浮かびます。 「…………さて、これからどうしてやろうか」 低く低く呟かれた声は、言葉は、普段の美緒とはまるで違っていました。 全てを搾取し、世界の覇を己がものにしようと目論んでいるような、乱暴なものでした。 そんな美緒がコートを纏ったままゆっくりとモナミのいる部屋を後にしたことに、誰ひとり気付くことはありませんでした――
▼担当マスター
奏哉
▼マスターコメント
ご無沙汰しております、奏哉です。 まずは大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。 興味深いアクションをたくさんいただき、どうやろうかなぁと試行錯誤させていただきました。 なるほど、と思ったものはそのまま使わせていただいたものもあったり、展開上あまり活かしきれなかったアクションもあったり……。 ひとつ言うなれば、メイドさんって、いいですよね。 悩みながらも今回も楽しい執筆でした。 皆さんに少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
▼マスター個別コメント