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第2章 いつか見た未来のためへ 3

 邪魔になっていた建物もなくなり、破壊された粉々の石などを運び出す村人たち。浩一はそんな村人たちの復興作業を手伝っていたが、作業も一区切りついたところで子どもたちを前にあるものを作っていた。
「……で……これを……こーして」
 浩一の前に集まっている子どもたちは、興味深々にじっとその作業を見つめている。ちらりと、浩一は目をあげた。
「子どもたちは良いとして……なんでセファーさんたちまでいるんだよ?」
「まあまあ、いいじゃないですか。機晶石を使ったオモチャというものは、私も興味があるもので。これでも、魔道書ですからね」
「んで……? 遊馬は?」
「暇だったから」
「…………」
 はははとさわやかに笑うセファー・ラジエール(せふぁー・らじえーる)に、当然と言わんばかりの顔で答える遊馬 澪(あすま・みお)。浩一は半ば呆れた顔になった。だがそれも、すぐに諦めたように嘆息になって、オモチャ作りへと視線が戻る。
 その間に、千里は澪たちへと気になることを聞いていた。
「ところで……アシュノッドさんたちはどちらに?」
「刹那なら、たぶんもうすぐ来るかな」
 意味ありげに応じる澪は、どこぞから持って来たのか分からないが懐からパン菓子を取り出してもぐもぐと食べ始める。子どもたちにも、やはりどこに入っているのか分からないところから取り出して、パン菓子を分けてあげていた。
 そんな澪にセファーが優しげな瞳を向けていたが、やがて彼は何かに気づいたよう茂みの向こう側を見た。
「来ましたね」
 その瞬間――茂みから影が弾き飛ばされたように飛び出した。千里の目の前に落下してきたそれは、なにやら獰猛な牙をむき出しにしたモンスターだ。怖がる子どもたちを背中にやって、構えをとる千里。
 だが、続いて茂みから飛び出してきた二つの影が、いち早くモンスターを取り囲んだ。
「アレット、行くわよ」
「りょ、了解です……!」
 乳白の鮮やかな金髪を靡かせて、刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど)が切りこんだ。両手で頭上に構えるは大剣クレイモア。モンスターへと一気に距離を詰める刹那のそれに向けて、アレット・レオミュール(あれっと・れおみゅーる)は対面からパワーブレスを唱えた。
「はああぁぁ!」
 強烈な一撃が、モンスターの体躯を引き裂く。そしてそのまま、彼女はクレイモアで引っかけたモンスターをアレットへと振り投げた。
「頼むわよ!」
「は、はいぃ!」
 飛んできたモンスターへ向けて、アレットは槍を背後に振って――そのまま、野球バットよろしく槍の先端がモンスターを弾き飛ばした。
 ひゅーんと風の音を鳴らして飛んでいったモンスターは森へ落下する。しばしの間のあと、ずーんと聞こえてきた地鳴りの音は、おそらくモンスターがめり込んだ証拠なのだろう。
「すごいですね……」
「用心棒だもの。このぐらいはしないとね」
 いろんな意味を含んだ千里の言葉に、刹那は笑ってみせた。
 ようやく辺りが落ち着きを取り戻して、浩一のオモチャ作りが再開される。丁寧に子どもたちに手順を教えながら作るそのオモチャは、どうやら木で出来たもののようだった。
「よし、出来た」
 木製の馬が、床にことんと置かれる。中心にあるのは機晶石だ。すると、そいつは機晶石の力を得てことことと動き始めた。
「うわーっ! すごーい!」
 大はしゃぎで喜ぶ子どもたちを前にして、浩一はすがすがしい面持ちだ。セファーも、馬のオモチャを目にして感心した声をあげていた。
「ふぅむ、確かにこれはすごいですね。簡単な構造ですけど、この短時間で仕上げるとは」
「そんなことないよ。やり方さえ覚えたら、誰にだって出来るさ」
「それにしても……どうしてこんなことをしようと思ったの?」
 同じくオモチャを感心して見ていた刹那の質問は、どうしてそれを子どもたちに見せたのかということなのだろう。浩一は少し考えて、答えた。
「残したいし、伝えていきたいなって思うからさ。繰り返させない為にもね」
 刹那は、そんな浩一の答えに深く追求することはなかった。ただ少し、彼女もまた嬉しそうに笑っただけだ。
 オモチャではしゃぎ回る子どもたちを、千里はどこか物哀しい目で見ている。そんな彼女の目の前に、すっと一枚の紙が差し出された。
「パラミタに来る前の旅の途中で、千里が教えてくれたよね。紙笛」
 浩一がいた。
 彼のほほ笑むその顔が、まぶしく、羨ましくも見える。だけどそれは、手を伸ばせば届くところにあるのだということもまた、千里には実感できた。
 彼の差し出す一枚の紙を、手に取る。
「残したい……」
 繰り返すようにそう呟いて、彼女はかさっと、軽く紙を織り込んだ。すぐに、簡単な紙笛が出来上がる。唇にあてがったそれを吹くと――まるでこの世界のどこまででも届きそうな、澄んだ音が響いた。
「うわー! おねーちゃん、それなーに!?」
「ほしい! ほしい! あたしもほしーい!」
 子どもたちの声と一緒で、紙笛の音は、いつまでも心の中で響き続けた。



「突撃隣の植物育成〜!」
 そんなことを言いつつ、お年寄りを中心にインタビューを試みていたのはリン・リーファ(りん・りーふぁ)だった。土地と相性のいい作物や、昔から伝わる薬草など、南カナンに伝わる知恵袋的な知識をたくさん聞いて回り、それらを書き留めた資料を作っていく。
 そして――それを持ってきたのは、己が契約者たる関谷 未憂(せきや・みゆう)のもとだった。
「お待たせ〜!」
「あら……遅かったわね」
「いやー、おじいちゃんおばあちゃんの話って面白くて! あ、でもでも、ちゃんと資料は作って来たよ」
 石段に腰をかけ、なにやらノートのようなものにペンを走らせている未憂に、リンは資料を手渡した。それを軽く確認して、彼女は頷く。
「うん、よく出来てる。さすがね」
「えへへ、まーね」
 嬉しそうに笑うリン。
 ふと、彼女は未憂を見て小首をかしげる顔になった。
「ところで……プリムは?」
「あー、あの娘なら……確かその辺に」
 未憂がきょろきょろと目を回し、その視線が一点に止まる。そこでは、床に屈みこんでなにやら隙間から生えてる植物と対面しているプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)の姿があった。
「プーリムっ! なにしてるの?」
「歌……歌ってます」
 そう言って、プリムは歌を口ずさみ始めた。表情はまるで起伏というものが感じられないが、歌声は静かなさざ波のような心地よさを覚える済んだ歌声だった。ぼんやりとして、目を離すとふらりとどこかに行ってしまいそうなプリム――彼女は、歌声の最中にピタッとその声を止めた。
「どうしたの?」
「草……動きました」
 少しだけ嬉しそうにプリムは言った。後ろから植物を覗き込んでいたリンは、よく分からず首をかしげた。
 それは……風に乗ってただ草が動いただけに過ぎないのかもしれない。しかし、プリムにとっては、まるで草が自分の歌に乗って身体を躍らせたようにも感じられた。
 いや……きっと本当に――。
「プリム! リン! 行くわよ!」
「はいはーい! プリム、行こっ!」
 じっと植物を見ていたプリムは、リンに促されたようやく動き始めた。未憂のもとに向かう途中で、彼女は首だけ植物に振り返る。その表情は、どこか友達と別れるときに見せる、名残惜しそうなものように思えた。
 未憂たちが向かったのは、街の中心広場にある『カナン療養所』だった。今回自分たちが纏めた植物の育て方などの知識をレポートとして提出しに行ったのである。レポートは町の住人など、誰もが見られるようにロビーに置かれる予定だった。過去にも、この町からは離れたところにあるが、『植物園』にレポートを渡したことがある。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「確かに、承りました」
 金髪を背後に垂らす、翠玉の瞳の娘。カナン療養所でそんな娘にレポートを手渡した未憂は、リンたちとともに広場に出てきた。