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【五 その名はストウ】

 ルージュ達が機動強化服先端総研に到着すると、既にパワードスーツ機能調査第二班が先行して所内での調査を進めていたらしく、ある程度の情報はまとまっていた。
「あ、管区長」
 最初に応対に出てきたのは、風紀委員所属にして、パワードスーツ機能調査第二班にて捜査活動に着手していた有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)だった。
 丁度、僅かに残されていた試作パワードスーツの資料に対してサイコメトリを施した後、研究所入り口付近の休憩所でひと息入れている最中だったのだが、ルージュ達の姿を見かけて、慌てて飛んできたのである。
「ご苦労。何か分かったか?」
「今、菜織様が分析を終えたデータと、聞き取り調査の結果をそれぞれ紐付けしていらっしゃる最中です」
 美幸の案内で研究所のラボエリアへと足を運ぶと、果たして、綺雲 菜織(あやくも・なおり)が研究所備え付けの端末モニターを食い入るように睨みつけながら、必死にキーパッドを叩いているところであった。
 が、さすがにルージュ達が姿を見せたとあっては自身の作業に没頭し続ける訳にもいかず、菜織は慌ててデスク前の椅子から立ち上がり、小さな目礼を送った。
 ルージュは菜織に会釈を返しつつ、先程美幸に尋ねたのと同じ質問を菜織にぶつけた。
「今、丁度紐付けが終わったところでね。まぁ、まずはこれを見てくれ」
 菜織が大型モニターの角度を変え、ルージュ達が見易い位置へとLCDを移動させる。そこには、今回盗まれた新型の試作パワードスーツに関する情報が、ずらりと列記されていた。
「試作パワードスーツの所内仮名は、『ストウ』というらしい。で、開発の主任研究員が、この男」
 そういって菜織が指し示したひとりの人物の経歴パネルには、津田俊光の名が堂々と記されていた。
「矢張りというか、ストウについて最も詳しい人物が、最初の犠牲者だったという訳だ。ただ、この津田という人物、少々変わっているようでね。詳しい話は、久我君、頼む」
 そういって菜織が話を振ったのは、久我 浩一(くが・こういち)。実に、捜査部第二班長に先頃就任したばかりの、千里のパートナーであった。
 浩一は、まるで能面のように表情を消し去ってこちらをじっと見詰めてくるルージュの、えもいわれぬ不気味な雰囲気に気圧され、思いがけず全身に変な汗をかいてしまった。
 しかし、彼とて研究者のはしくれである。ここで妙にたじろぐこと無く、堂々と手にしたレポートの内容について語り始めた。
「ストウの性能と、現時点までの評価結果については後程文書で提出しますが、相当な代物です。イコンに匹敵とまではいいませんが、中型のイコン相手ならば、二体編成で無力化する程度の戦闘能力を備えています」
 ストウの装備として何が厄介かといえば、インフィニットPキャンセラーや強化型のアクセルギアが内蔵されているという点であった。
「これは相当、やばい代物ですよ。何といっても、対コントラクター戦には圧倒的な強さを発揮するように設計されているようです。大変いいにくい話ですが、たとえ管区長といえども、一対一という局面になれば、果たして無事に済むかどうか……」
 浩一の分析に対し、ルージュは眉ひとつ動かさず、じっと耳を傾け続けている。それが却って、浩一には変なプレッシャーとしてのしかかってきていた。

 だがここで、浩一はストウから別の話題に切り替えた。津田俊光に関して、である。
「この津田俊光という人物ですが、相当に変わった御仁のようです」
 曰く、津田俊光はストウの性能評価結果や基本スペック等の情報は残しているのだが、肝心の設計データに関しては全く何ひとつ残していないというのである。
 しかも加えて、津田自身の遺留品が皆無であるというのも、おかしな話であった。
「皆無だと? どういうことだ?」
 流石にルージュが、耳を疑った様子で聞き返してきたが、浩一としてもそう答えざるを得ない程に、その有様は異様だった。
「まさに文字通りです。彼のラボの中は空っぽで、サーバー上にも一切のデータが残っていませんでした」
 どうやら、遺族や関係者が遺品を引き取り、或いは処分したという形跡は無く、また海京警察が押収に現れた際にも、何も残っていないということで、意気消沈して引き上げていったというのである。
 まるで、津田が今回の捜索があることを予見して、一切がっさいをどこかに引き上げてしまったかのような、そんな印象を与える話であった。
「お陰で、美幸も津田俊光に関しては全くサイコメトリを仕掛けるに至らなかった。奇妙といえば、これ程奇妙な話も無い」
 菜織が訝しげにいうのを、美幸がその傍らで小さく何度も頷きながら聞いている。
 穿った見方をすれば、津田俊光は被害者でありながら、まるで捜査を妨害しているかのようにも思われた。
「こう、何といいますか……津田という人物は、我々から何かを隠そうとしている……そう思えて、ならないんですよね」
 浩一の半ば独白に近いそのひとことに、ルージュは渋い表情を浮かべて腕を組んだ。どうやら彼女も、浩一と同じ感想を抱いたようであった。
 謎多き被害者――それが、この場に於ける津田俊光の共通した印象であった。
「謎が多いといえば、ブルーハーブ総合病院関係者がふたりも殺害されているのが気になって、仲間をひとり、そちらに向かわせている。もう間も無く、連絡が入る筈だが」
 菜織の言葉に、ルージュは僅かに頷いたのみで、それ以上は反応しようとはしない。
 どうやら彼女は、最初にアイスキャンディと遭遇した際に目撃した武装や性能などについて、必死に記憶を掘り起こそうとしている様子だった。

 菜織がいう仲間とは、緋山 政敏(ひやま・まさとし)を指す。
 彼はブルーハーブ総合病院の人間ドック一日コースを受診しながら、看護士や事務員達を相手に雑談めいた話法で、それとなく情報収集に努めていた。
 既に、二番目に殺されたジェシー・バートンがここブルーハーブ総合病院の勤務医だった事実は聞き出していた政敏だが、四番目の被害者であり、且つ理事長にして脳波解析理論の専門家でもあるドゥエイン・カーターとバートンとの繋がりについては、上司と部下を越えるような関係性の有無については、まだ掴めていなかった。
「それにしても、最近の医学系の機械って、本当に進歩したよね。やっぱりこういう機械ってさ、大手さんから一括購入とかしてんの?」
「そうねぇ……それは結構、部門によるかしら」
 年若い女性看護士相手にそのような雑談を交わしながら、政敏は相手の表情の細かいところまでさりげなく観察してみたが、別段変わったところはなく、本当にただの善良な医療関係者という雰囲気以外は、特に何も感じられなかった。
 ただ、死んだカーター理事長に話が及ぶと、若干陰鬱な顔色を浮かべたのを、政敏は見逃さなかった。
 あまり変に突っ込んでは相手の警戒を買ってしまう為、あくまでも噂話に花を咲かせる程度に留めつつ、政敏は要点だけを聞き出そうとした。
「それにしても理事長さん、大変だったそうだね。俺は報道でしか知らないんだけどさ、色々と大変なんじゃないか?」
「そうなのよねぇ。あの理事長ったら、規律とかやたらうるさいくせに、自分は裏で何かこそこそやってたような噂もあるし……ここだけの話、死んでくれてせいせいしたっていうひと、結構居るんじゃないかな」
 やっぱりなと思うと同時に、それ以上の明確な収穫が得られなかったことに、政敏は内心、落胆の溜息を漏らした。

 実は、同じブルーハーブ総合病院に於いて、政敏以上の突っ込んだ調査に踏み切っている者が居た。星渡 智宏(ほしわたり・ともひろ)である。
 彼は脳科学研究を取材するフリーライターを装い、死亡したカーター理事長周辺のひとびとに対し、カーター理事長が定期的に開催していた講演会とその内容を取っ掛かりとして、取材に見せかけた覆面捜査という手法を取っていたのである。
「このたびは貴重なお時間を頂き、ありがとうございました」
「いえいえ、亡き理事長の研究成果について、少しでも日の目を見させられる為のお手伝いが出来たと思えば、お安い御用です」
 副理事長という年配の人物相手のインタビューを終え、辞去の挨拶を交わしていた智宏だったが、副理事長室を出て踵を返し、廊下を進む頃になると、その面には険しい色が張りついていた。
 カーター理事長が、機晶姫の人格形成メカニズムをモデルにしたニューロコンピュータ理論に、独自の脳波解析結果を重ね合わせた研究に手をつけ始めていたという新たな事実が判明したのである。
 この研究の成果の一部が、アイスキャンディによって盗まれた、あの試作パワードスーツにも応用されているというのだから、穏やかな話ではない。
 しかもこの研究チームの一員に、バートン医師の名が連なっていたというのだから、この情報は大きな収穫であるといって良い。
 だが、どうにも引っかかる部分が多い。
 例えば、カーター理事長をトップとするその研究チームでは、アイスキャンディの標的となったのはカーター理事長とバートン医師のふたりだけであり、残りのチームメンバーは全く見向きもされていない。
 これは一体、どういうことなのか。
(……考えていても始まらないか。まずは管区長に一報だ。残る謎に迫るのは、その後でも良い)
 智宏はさりげない風を装いながら、携帯電話を取り出して短縮ダイヤルをタップした。呼び出し音が鳴る間、彼は周囲に警戒の視線を走らせる。
 その時、智宏はふと、妙な光景に一瞬、気を取られた。
(何だ……機晶姫?)
 ほとんどその全身は通常の女性のシルエットをかたどっていたが、一部機械的な部位が見受けられるその少女は、間違いなく、機晶姫だった。
 ひとりで病院内を彷徨うその姿に、妙な違和感を覚えた智宏だったが、その時の彼は、その違和感の正体を自分で解析し切るには至らなかった。