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あなたと私で天の河

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あなたと私で天の河
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●epilogue

 七月のはずだ。
 真夏の夜のはずだ。
 ところがなんだここは……雪山?
 見渡す限り白い山、ひっきりなしに降る冷たい雪。
 足元は新雪で、歩むたびズブズブと沈む。
 ぼやぼやしていると吹雪が巻き起こり、凍てつくばかりではなく自分の位置を見失ってしまう。
 急がねばならなかった。凍死する前に。
「どうしてワイはこんなところにいるんだろ? 蒼空学園じゃ祭りがあったのに、しかもワイの誕生日だというのに……!」
 高地ヒラニプラ、常に冬のこの世界に、このとき単身、挑む男があった。
 七刀 切(しちとう・きり)、本当に今日が誕生日、ぼやいているが後悔はしていない。なぜなら彼は、女の子の笑顔のためなら手段は選ばないという立派な男だからだ。
 何時間山中をさまよっただろうか。
 さまよっている間に日付が変わったような気がする。
 だが構うまい、彼女に会えるのならば。
「クランジΠ(パイ)やーい! ワイは敵とちゃう。友達として会いに来たんだ!」
 雪が止み、風もないという奇蹟的な瞬間だ。ここぞとばかりに切は声を張り上げた。
ビーフジャーキーも持って来たぞー!
 好物だろ−、と、腹の底から声を出す。
 空気が振動した。
 強烈な音波砲が、切の頭上を駆け抜けていった。
「ビーフジャーキーに誘われて、出てきたわけじゃないからね」
 そこにいたのは、クランジΠの姿であった。
 碧眼金髪、どう見積もってもティーンエイジャーにすら満たない年齢、あどけないながら仏蘭西(フランス)人形のような整った容貌である。いくらか綻んだ黒テン毛皮の防寒着を着込み、オオヤマネコの毛で作ったフードを頭から被っていた。ブーツ履きだ。
 彼女が山に籠もった日数を考えれば、もっと黒っぽく薄汚れていてもいいはずだが、存外、清潔な見た目だった。どこかに生活拠点があるのかもしれない。
「なにしに来たの七刀切? こんなあたしを笑いに来た?」
 パイの目には殺気があった。いつでも超音波を発射できるように息を吸い込む。
 返答を間違えば、哀れ切はここまで来て屍を晒すことになるだろう。 
「そんな面倒くさいことのためにここまで来ないぜい」
 パイを不安定にさせないように、彼はゆっくりと話した。
「じゃあ、どういうこと」
「今日はせっかくの七夕でワイの誕生日、祭りに誘いにきたんだ」
「な……」
 これはワイの勝手な決意表明、と前置きして、絶句した彼女にむかって切は続けた。
「ワイの勝手な考えだけど、パイたちクランジは人殺しが楽しいんじゃなくて、人殺しの方法しかしらないからそういうことしかできないんだと思う。だからワイがもっといろんなことを教えるよ。世界ってのは、パイが思うよりずっと広くて優しいんだぜ?」
「あんた、そんなことのだけのために来たっての……? そっちのほうが面倒くさいじゃない」
 さあな、と切は肩をすくめた。
 パイは警戒状態をいくらか緩めた。おずおずと訊く。
「ローに……言われてきたとか?」
「いや、ローって娘には会ったことがない」
「あ、そ」
 するとたちまちパイはまた不機嫌になったらしく、眉をつり上げ彼に人差し指を突きつけた。
「ともかく、あんたといっしょに下山してどうこうというのはお断りよ! あんたのバカさに呆れたんで、命だけは勘弁してあげるからさっさと帰るのね!」
「ここまで来てそれはないだろー」
 その回答はある程度予想していたが、切は少し、拗ねたような口調で言い、一転、
「そんならここで一緒に祝ってくれよ」
 と荷物から、しおれた笹の枝を取り出して雪面に突き立て、ミニチュアサイズのデコレーションケーキを取り出した。もっとも、そのケーキも道中で潰れたらしく、残念な形状をしていたが。
「ハッピーバースディ、ワイ! ハッピー七夕、パイ! さあ、祝おう!」
「……底無しのバカでしょ、あんた。ローみたい」
 ところがパイは、どっかと座って片手を出したのである。
「甘い物は好きじゃないの。だからよこしてよ、ビーフジャーキー、持ってきてるんでしょう?」
 ささやかな誕生日パーティは、風の凪いだなかで行われた。
 切はケーキを食べ、パイは乾し肉を囓るという妙な光景だった。
 その十数分間、天候が安定していたのは、山から切への誕生日プレゼントだったのかもしれない。
「それじゃ帰るか。ワイが前に言ったこと覚えてっかい? パイたちには自由の中で笑顔になってほしい。この気持ちは少しも変わってない。だからいつでも頼ってくれよ?」
 すっ、と切は手を差し出してパイの頭をなでた。
 予想外の行動にパイは即反応できず、二三度なでられてからようやく、野良猫のように威嚇の声を上げて後転し、彼と距離を取った。
「変なことするな!」
「変なこと……なあ。まあいいか」
 これ以上の接触は危険かもしれない。切は立ち上がって背を向けた。
 短冊、つるしておいたから読んでおけよ、そう言い残して立ち去った。

 雪中に突き立った笹の枝に、赤い短冊がつるしてあった。短冊には、
『Πが心から笑顔になれますように』
 と書いてあった。


担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 マスターの桂木京介です。ご参加いただき、本当にありがとうございました。
 それぞれの七夕、それぞれの夜の過ごし方を楽しんでいただけたでしょうか。
 あなたにとって記憶に残る一夜となったのであれば、マスターとしてそれに勝る喜びはありません。

 お気づきかと思いますが今回は、前シナリオ『Zanna Bianca』とは意識的に文章構成を変えてあります。
 前の方が良かった、こっちのほうが良い、シナリオによって変えればいいのでは……等々、ご意見があるかもしれません。よろしければ反応をお聞かせ下さい。

 また、構成の話に限らず、今回のシナリオに関するご感想もひろく募集しております。
 よければシナリオの掲示板にでも記してお聞かせ下さい。楽しみにお待ち申し上げております。

 それでは、また次回、新たな物語でお目にかかるとしましょう。
 次は『Zanna Bianca II』になるか、『the sign of the southern cross』(いずれも仮題)になるかわかりませんが、冒険ないし戦闘シナリオになると思います。

 京介でした。

―履歴―
 2011年7月31日:初稿
 2011年8月1日:改定二稿
 2011年8月2日:改定三稿