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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第5章 篝火は燃える

 宿を出たシャムスがサイクスに案内されてやってきたのは、アムドゥスキアスの塔だった。明け方だというのに光はなく、空はやはり宵闇に覆われたままだった。
 先を行くサイクスの後に続いて塔の廊下を歩いているシャムスは、握っていた拳に汗がにじんでいることに気づいた。
「……不安?」
 そんな彼女の手を、そっと八日市 あうら(ようかいち・あうら)が握った。
「あうら……」
「大丈夫だよ、きっと。私、ずっとシャムスさんの傍にいるからね」
 覗き込むようにして笑顔を浮かべるあうら。そしてシャムスは彼女の手をぎゅっと握り返した。
 隣にいたヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)は二人の握り合う手を見つめていた。思えばザナドゥまでシャムスについていくと言い出したのはあうら自身だったか。
 彼女が本当の意味で無茶や無謀をしないということをヴェルは分かっていた。だが同時に彼は、あうらが友達の為ならそんなことを平気でやるという事も知っている。自分の為ではない。誰かの為ならば――彼女は自分を犠牲にするのをいとわない。
(シャムス……あうらは大抵のことなら冷静でいられる。けどな、お前の事に関しては冷静じゃいられないかもしれない)
 ヴェルはシャムスに耳打ちした。
(それだけは……覚えていてくれ)
(ああ)
 シャムスが返事をした頃合いに、前を行くサイクスがある巨大な扉の前で立ち止まった。
「こちらです」
 扉がひとりでに開かれる。
 アムドゥスキアスの謁見の間だ。そこにいたのは彼一人ではなく、左右に並んでこちらを警戒している兵士たちだった。
 サイクスに連れられるまま、“魔神”の前まで進み出るシャムス。南カナンの領主と芸術を愛する“魔神”は、ついに対峙した。
「改めましてはじめましてだね、南カナンの領主さま」
「こちらこそ。アムトーシスの君主にして魔神――アムドゥスキアス殿」
 恭しく頭を垂れるシャムスの傍には、大岡 永谷(おおおか・とと)……それに蓮見 朱里(はすみ・しゅり)アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が控えている。彼らは一瞬の隙も許さないとばかりに警戒している。
 特に永谷は、軍人として際立った瞳をしていた。無論、こちらから相手を気圧すようなことはないが、いつでも抗戦できる構えをとっている。いつ、どんな可能性が顔を出すか分からない。彼の手は槍をぎゅっと握りしめていた。
(今まで戦闘がなかったとはいえ、相手は魔族だ)
 油断は禁物だと、自分に言い聞かせた。
 アムドゥスキアスは微笑する。そして、傍らにいた兵士に目を配った。
「堅苦しいのはナシにしようか、領主さま。お話は…………これのことでしょ?」
「エンヘドゥ……!?」
 袖に兵士が引っ込んだと思ったら、彼らが運んできたのは一体のブロンズ像だった。
 確認するまでもない。その髪、その身体、その顔は、20年という月日をともに生きてきたシャムスにとって間違えるはずもない姿だった。
 エンヘドゥ――南カナン領主の妹君がそこにいた。
「シャムス……落ちついて」
 思わず拳を握ったシャムスの腕を朱里が掴んだ。そっと撫でるように彼女の手を包んで、言い聞かせる。
「冷静になってシャムス。ここであなたが手を出したら、これまでアムトーシスを見てきた意味がすべてなくなってしまうわ。こうしてアムドゥスキアスと対面するために、我慢してきたんじゃなかったの……?」
「…………」
 歯軋りするシャムス。彼女に、アインが告げた。
「ここで君が我を見失っては、全てが水の泡だ」
「……大丈夫よ。モートのときだって、彼女を救えたじゃない。必ず、元に戻す方法はあるわ」
 そう――あのときも、二人は彼女の傍にいた。
 そのことをシャムスは思い起こし、そして握っていた拳を解いた。にじんだ汗を振り払って、呼吸を整える。
 アムドゥスキアスは平然とそれを見ていた。
「大丈夫。安心してー。ボクだって、別に戦争がしたいわけじゃないんだー。この街が傷つくのは嫌だし、それはあなただって自分の街なら同じことでしょー?」
「…………」
「でも、ボクも一応は魔神だからねー。…………ただで帰すわけにはいかないんだよ」
 最後の声は底冷えする刃の声だった。少年の瞳が無邪気なものから氷結へと変わる。
「だから、芸術対決なんてどうかな?」
「芸術対決?」
「地上とボクたちザナドゥの魔族。どっちの芸術が優れてるかを競うんだ。もちろん、あなたたちが勝ったらエンヘドゥさんは返してあげる。でも、ボクたちが勝ったらあなたをいただくけどねー」
 クスクスと笑うアムドゥスキアスだが、それは領主自らの魂をかけた対決だった。彼はエンヘドゥだけではなく、シャムスにまで『芸術の価値』を見出している。
 提示された条件に思わず朱里たちは表情を歪めた。
 永谷が軽く足幅を広げる。もしもシャムスが抵抗の意を見せたときは――そのときは、彼女の味方となって戦い抜く覚悟だった。
 だが――シャムスは毅然として答えた。
「いいだろう。勝負に勝った者が、お互いのかけたものを手に入れることが出来る。そしてそれが、魔神アムドゥスキアスと我ら南カナンとの戦いだ」
「じゃあ早速準備を進めないとねー。楽しみだー。あ、そうだ。準備が出来るまでは、この街の好きな場所に滞在しててよ。お金ならこっちが出すし、観光でもなんでも、好きにしといてー」
 屈託のない笑みでアムドゥスキアスは笑っていた。
 そして時は舞台を待つこととなる。
 ――エンヘドゥをかけた、芸術大会という戦いの舞台を。



 シャムスたちが去ったあとで、謁見の間に残っていたのはアムトーシス兵隊長のサイクスとアムドゥスキアスだけだった。
「よろしかったのですか? このような戦い、もしバルバトス様やパイモン様にばれてしまっては……」
「大丈夫大丈夫。だってちゃーんと戦いだよ。それに、これはボクの得意分野だからね。むしろ頭脳プレイってやつ、うん」
「まったく…………あなたという人は」
 苦笑しつつ、サイクスは息をついた。
「……ごめんね、心配掛けて」
「いえ。私はアムトーシスの兵隊長。そしてあなたの忠実なる部下であります。……もしあなたに何かあれば、必ずやお守りする覚悟。心配も仕事の一つですよ。それに、こんなあなただからこそ、私はこうしてあなたの傍にいるのですから」
「そう言ってもらえると、気が楽だよ」
 アムドゥスキアスは少しだけ物哀しげに笑った。
 魔神としての責務と責任。血を見たくない自分。二つの心は相反するもので、まるで互いを忌み嫌うようにぶつかり合っている。
 アムドゥスキアスはぽっかりと暗い穴の中にいるように、天井を見上げた。
 謁見の間にいるそんな二人を見ていたのは――ナベリウスだ。
「なんかアムくん、芸術大会やるんだってー」
「面白そー」
「面白そー」
『ふーん、そう…………芸術大会ねぇ』
 ナベリウスが話す黒水晶の向こうから聞こえてきたのは、妖艶な魔神の不気味な声音だった。