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終章 夏祭り

 騒乱に見舞われた小さな街≪ヴィ・デ・クル≫。
 街に被害はあったが、住民は無事だった。
 戦いの中で失った物もあった。だが、その代わりに手に入れた物もある。
 それは共に何かを成しとげようとする絆だった。
 その絆を繋ぐ魔法はすぐに消えることはなく……「夏祭りをしよう」。
 そう誰かか言ったその言葉に反応して街全体が協力して夏祭りの準備が行われた。
 その結果、当初の予定より遅れながらも夏祭りが無事に開始されることになった。

「どうだった?」
 歴史博物館の前に設置された特設ステージで落語を披露し終わった【846プロ】所属の落語家若松 未散(わかまつ・みちる)は、客席で見ていたトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)に感想を聞きに行った。
 感情をそのまま表に出すことはみっともないと考えるトマスは、興奮する気持ちを抑えながら応える。
「とても感心させられたよ。ただ話すだけでなく、動作を交えて人物の特徴や雰囲気を表現する。まるで本当にその人物をいるように感じられる素晴らしい技術。とても勉強になったよ」
「そ、そうか。それはよかったな」
 未散は照れながら笑みを浮かべると、トマスに表現の仕方や尊敬する落語家について話し始めた。
 その様子をハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)は暖かく見守っていた。
「未散くんに新しいご友人ができたようで何よりでございますな」
「そうですね。パートナーの楽しんでいる姿はやはり誰にとっても嬉しいものですわ」
 そんなまったりとくつろぐ二人の背後で、一人邪悪なオーラを発する会津 サトミ(あいづ・さとみ)の姿があった。
「僕のみっちゃんとあんなに楽しそうにしてぇぇ……」
 サトミは後で藁と五寸釘を買いに行こうと思った。


「まさか、こんな所で再開するとは思わなかったぜ」
 屋台周りをしていた健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)達は、とある喫茶店の前で思わぬ人物と再会した。
 その人物とは以前、勇刃が依頼を受けて助けた≪猫耳メイドの機晶姫≫あゆむだった。
 勇刃が通り過ぎようとした喫茶店では早見 騨がバリスタの修行中で、あゆむも一緒に働かせもらっていたのだという。
 歩き疲れた勇刃はあゆむに勧められて閉店を迎えた喫茶店を貸し切り、休憩所として利用させてもらえることになった。 
「はい。勇刃くん、できたわよ」
 勇刃の座るテーブルに、皿に乗ったサンドイッチが置かれた。
 屋台の食事に飽きた勇刃のために文栄 瑠奈(ふみえ・るな)が厨房を借りて作ってくれたのだ。
「ありがとう。瑠奈姉」
「どういたしまして。こっちは茨さんの分ね」
「いただきます」
 勇刃の向かい側に座った枸橘 茨(からたち・いばら)は、手を合わせて感謝を述べると瑠奈の差し入れを口に運んだ。
 勇刃がサンドイッチを食べようとすると、隣に座ったアニメ大百科 『カルミ』(あにめだいひゃっか・かるみ)がしきりに話しかけてくる。
「ねぇ、ダーリン。やっぱりもう一回だけ屋台を回りたいです!」
 勇刃が疲れを感じさせる深いため息を吐いた。
「なぁ、もう三回は往復したぞ。そんなにそのお面が欲しいのか?」
「当たり前なのです! 何せあのDTBの面にそっくりなやつですよ。着けたら暗殺者になった気分になれると思いませんか!?」
「いや、カルミちゃんにはちょっと向かないと――」
「先ほどの戦いで大半が壊れたらしいのですが、一個だけが無事で、しかもそれを誰かが先に買ってしまったみたいなのです! もしかしたら街を歩いていれば買った人物を見つけられるかも……そう思ったらダーリンとのデートに集中できないのですよ!」
 今は何を言っても無駄だろうと感じた勇刃は、カルミの話を右から左へと聞き流し、サンドイッチを味わって食べ始めた。
「あぁ、だめだ! ダーリンが食べ終わるまでちょっとそこら辺を見てくるのです!」
 カルミが飛び出していくと、喫茶店が一気に静かになった。
 すると、入れ違うように開け放たれたままの入り口から椿 椎名(つばき・しいな)が顔を覗かせた。
「おっ、勇刃発見じゃん!」
 椎名に続いてソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)椿 アイン(つばき・あいん)が喫茶店に入ってくる。
 椎名は手に水風船やら綿あめを持っており、祭りをそれなりに楽しんでいるようだった。
「なんだ食事中か?」
「まぁな。屋台の味に飽きてきたんで、瑠奈姉にサンドイッチを作ってもらったんだよ」
「まじか。確かに濃いめの味付けが多いもんな。オレも自分で何か作ろうかなぁ。……そうだ、勇刃。ついでオレがなんか作ってやろうか? 結構自信があるんだぜ!」
「悪い。今食ってるからいいや」
 自慢げに腕を振る椎名に勇刃は申し訳なさそうにしていた。
「そうか。……じゃあデザートはどうだ?」
「「!?」」
 椎名の提案を聞いたソーマとアインがぎょっとした表情をしていた。
 そのことに気づかなかった勇刃はそのまま椎名の厚意に甘えようとしていた。
「それならいいか。じゃあ、頼むよ」
「よし、少し待っ、うわっ。なんだよ急に」
 厨房に向かおうとした椎名の手を両脇からソーマとアインが掴んで止めた。
「だめ。勇刃くん、危険」
「え?」
「そうだよ。トラウマになっちゃうよ!」
「え? そんなにやばい物つくるのか?」
 ソーマとアインの言葉に勇刃が青ざめる。
 するとソーマが困った様子ではっきりしない答えを返してきた。
「あ、いや、やばいとかそう言うのとはまた違うような感じで、その、なんていうか、えっと……そう、そうだ! マスターはとてつもない甘党なんだよ」
「まぁ、たまに言われてるな」
「たまにじゃない、頻繁」
「うぐっ……」
 ソーマとアインに睨まれる椎名。
 その様子を見ていた勇刃は別に死ぬほどではないだろうと甘い考えを抱いた。
「別に甘いのが嫌いってわけじゃないし、問題ないぜ」
「ほら、本人もああ言ってるし、いいだろ……」
 椎名はソーマとアインを振り払い厨房に向かっていった。
 ソーマとアインが憐れんだ目を向けてきたため、勇刃は段々と不安を覚えた。
 暫くして、カルミが帰ってくる。
「ただいま……」
 肩を落として歩くカルミに茨が尋ねてみた。
「見つからなかったの?」
「はい、駄目でした。あれ? 人が増えてる。――って、あぁぁぁぁぁ!!」
 カルミがアインの頭を指さして叫ぶ。
「そ、そ、そ、それはDTBの仮面!?」
 アインの側頭部には確かにカルミが探していたお面が付けられていた。
 カルミはアインに近づいて手を掴むと、瞳を潤ませながら頼みこむ。
「譲って欲しいのです!」
「いや」
 アインはあっさり断った。
 その後もカルミは必死に頼み込むが、アインは決して譲ろうとはしなかった。
「仕方ないのです。ならば実力行使で行きます!」
「やるなら外でやれよ」
 勇刃に言われてカルミとアインは外で仮面をかけた勝負を始めた。
 椎名がデザートを手に戻ってくる。
「お待たせ! あれ、アインは?」
「悪い、カルミちゃんが借りてった」
「ふぅん。……ま、いいか。それよりオレが作ったデザート、絶対に残すなよ!」
「もちろん」
 勇刃の前に作りたてのデザートが差し出される。
 そのデザートは黄金色特製ソースがドーム状の焼き菓子にかけられ、程よく溶けたバニラアイスが寄り添った短時間に作ったとは思えない見た目からして美味しそうなデザートだった。
 勇刃は期待しながらスプーンをドーム状の焼き菓子にさすとサクッと音がした。
 焼き菓子に特製ソースとアイスをからませ、勇刃は口に運ぶ。
 すると――目の前がくらりとした。
(なんだこの感じ。甘いという話ではないぞ。甘いを通り越して苦い!? いや、というより俺は今食べ物を口に入れたんだろうか? もしかして異世界の食べ物なのではないだろうか。あるいは遥か未来か失われた過去の文明? いやいや、そんなことがあるはずはない。なら今口の中で味わったものはなんだったのか。わからない。こんなものは俺には――)
「どうだ……?」
 なんだか遠くの世界に意識が飛んでいた勇刃は椎名の言葉で現実に引き戻される。
 勇刃は味わった味覚を何と答えるべきか激しく考えること一秒。
 あの感覚はとてつもなく甘さによるものなのだと思いこむことにした。
「うん。まぁ……かなり甘いな。虫歯になりそうだな――あと当分甘いものはいいかなって思ってる」
「……そうか。勇刃には合わなかったか。これでも甘さ控えめなんだがな。しょうがない。とりあえずさっさと残りを食っちまえよ」
「は?」
「「は?」じゃねぇよ。最初言ったろ。「残すな」って。その時、勇刃は「もちろん」って返しただろ。今更無しにしてなんて漢がそんなこと言わないよな」
 椎名がニコニコ笑いながら包丁を研ぎ始めていた。
 勇刃は今後言葉には注意しようと誓った。


「べ、別にお礼なんて言われても全然嬉しくなんか無いんだからねっ!! って、な、何、わわわわ――!?」
 パーミリア・キュラドーラ(ぱーみりあ・きゅらどーら)は歴史博物館で助けた屋台のおっさんに、頭をくしゃくしゃにされながら感謝されていた。
 暫くして、パーミリアはどうにか暑苦しいおっさんの手から抜け出す。
 するとおっさんは思い出したようにパーミリアにかき氷を勧めてきた。
「かき氷? 嫌いじゃないけど……」
 おっさんは複数のシロップに続いて大きな氷の塊を取り出した。
 なんでも大量の氷を入荷したらしい。
「それって私達が倒した空賊のじゃないわよね?」
 おっさんが苦笑いをしてごまかしてきたため、パーミリアはただ呆れるしかなかった。
「まぁ、いいわ。毒が入ってるわけでもあるまいし。それじゃあ、私は……」
「抹茶味がいい」
 いつの間にかパーミリアの横に銀星 七緒(ぎんせい・ななお)が立っていた。
「ちょっと、抹茶味のシロップなんてないわよ」
「……抹茶味が、ない」
 七緒はショックを受けて落ち込んだ。
 すると、その反応を見たおっさんが、恩人の頼みだと意気込んで抹茶味のかき氷を作るために、急いで自宅に走って行く。
 パーミリアがまたしても呆れる横で、七緒が嬉しそうに頬を緩ませていた。


 その頃、歴史博物館の特設ステージでは飛び入り歓迎のカラオケ大会が開かれていた。
 観客から巻き起こる拍手。
「あ、ありがとうございました!」
 美しい歌声を披露したスノー・クライム(すのー・くらいむ)に観客から鳴りやまぬ拍手が起こっていた。
 ほとんど強引に推し進められて出場してしまったスノーだったが、結果的に大勢の人を喜ばせることができてよかったと思った。
 スノーが感傷に浸っていると、ステージ脇からアニス・パラス(あにす・ぱらす)ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)が出てきた。
「次はアニス達が歌いま〜すぅ!! いまあ〜ワタシノぉぉぉ願いごとガあ――!」
 アニスが披露した覚えたての歌は音程がめちゃくちゃだった。
 しかし、楽しそうに歌うアニスの歌を聴いていると、観客は皆が笑いを漏らし、楽しい気持ちになっていた。
「なんだか楽しそう」
 その様子を観客席から見ていた佐野 和輝(さの・かずき)は、あんなに楽しいなら自分も出ればよかったかなと少しだけ後悔していた。
 すると和輝の傍に数名の住民がやってきて、プレゼントを渡してきた。
「え、何これ?」
 プレゼントの中身は漆黒のドレスだった。
 やってきた住民達は外見が女性になった和輝の戦う姿を見て、ぜひドレスを着てもらいたいと思ったらしい。
 息を荒げて近づいてくる住民達。
 身の危険を感じた和輝はドレスを投げ返して逃げ出した。
「く、くるなぁぁぁ!」
 住民達が和輝をしつこく追いまわしていた。
 
「ガーン!!」
 和輝と住民のやり取りを見ていた【『シャーウッドの森』空賊団】団員フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)がいきなり膝をついて落ち込んだ。
 【『シャーウッドの森』空賊団】副団長リネン・エルフト(りねん・えるふと)は心配そうに声をかける。
「急にどうしたの? 体調でも悪いの?」
「……和輝は男だったのか」
「そうよ」
「……ショックだ」
 フェイミィは男を可愛いと感じてしまったことに激しい苦痛を感じていた。
「見つけましたわ」
 するとユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)と【『シャーウッドの森』空賊団】団長ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)がリネン達の元へ走ってくる。
 二人は一緒に行動していたはずのリネンとフェイミィが、突然姿を消したので探していたのである。
 ヘンリーはフェイミィが連れ出したことをリネンから聞くと、説教を始めようとした。
「こら、エロ鴉! 何勝手にリネンを連れ出して――って何泣いてるのよ!?」
 怒ろうとしたヘンリーは、フェイミィが泣いているのに気付いて、戸惑ってしまう。
 フェイミィは星が綺麗な夜空を見上げて言った。
「真実は残酷だ……」