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悪意の仮面

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悪意の仮面

リアクション

 尾瀬 皆無(おせ・かいむ)は、美羽やクルツ、未沙の失敗を観察していた。
 だからこそ、仮面の力によってへこたれない愛美に声をかけられ、さらわれるときにも一切の抵抗をせず、ばっちりさらわれたのであった。
 皆無が愛美によって連れ込まれたのは、とあるビルだ。ただし、買い手がつかず、テナント募集の張り紙だけがされている、うら寂れたビルである。そこを隠れ場所として使っているようだった。
「ねえ、どうして何もしゃべってくれないの?」
 仮面をつけたままの愛美が、ビルの中に連れ込んだ皆無に問う。
「……」
 皆無は答えられない。彼はパートナー……狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)から、きつく言い含められていたのだ。
「黙っていればイケメンだから、愛美が食いつくかもしれない。だから、できるだけ黙っていろ」
 と。
(はやく追いついて見つけてくれよ、頼むぜ……)
 心中でぽつりと呟く皆無。
 彼は自分のことながら、愛美に勝つことはできないだろう、と直感しているのである。
 なんというか、筋力や能力といったそういうものではなく、ヒエラルキーの問題で。


「あのビルか? やれやれ、手間取らせやがって」
 一方、そのビルを物陰から眺めていた乱世が周囲の仲間に問いかけた。
「ええ、連れ込むところをはっきりみましたわ。何階かまでは分かりませんが」
 答えるのは、アン・ブーリン(あん・ぶーりん)
「まったく、男をさらって連れ込むなんて、悪趣味にも程がありますわ。だいたい男が女のために何かをしてくれるなんてことはございませんのに、それを勘違いして男の甘言に惑わされ、依存しきって自分の手綱を握らせるなんて、まったく恋なんていう精神機構は疾患としか思えない愚劣で蒙昧で犬の食欲にも劣る忌々しい欲求ですこと! 歴史を鑑みれば分かりそうなものだと思いませんこと? 何度も何度も男は女を道具同然に扱って捨ててきたというのに、男は女を守っているだなんて下らない幻想が地球にもパラミタにもいまだにはびこっておりますのよ。ああ、私があのとき、あの男の甘い言葉に乗ったりしなければ、もしかしたら女性の歴史は違ったものになっていたかもしれませんのに。返す返すも、あのファッ……コホン、失礼、私としたことが淑女としてあるまじき言葉を口にするところでしたわ。とにかく、その彼女をなんとしても止めて、目を覚まさせてやらなければいけませんわ!」
 息継ぎの時間すら惜しい、とでも言うようにまくし立てるアン。その勢いに、乱世は思わず表情を引きつらせながら、
「さ、最初と最後しかよく分からなかったが、だいたい言いたいことは分かったぜ。とにかく、タイミングを見計らって突撃して……」
 激昂するアンをなだめながら、乱世は時期をうかがってビルに視線を戻す。そのときだ。
「姐御! 誰かが入って行くぜ!」
 乱世の着るライダースーツ……魔鎧のビリー・ザ・デスパレート(びりー・ざですぱれーと)が声を上げた。
 彼女たちと同じように愛美の後を着けていたのか、ビルの中に複数の人間が乗り込んでいくのが見える。
「ばか、正面から入ったら気づかれるに決まってるだろ! 仕方ない、あたいらは裏口から突っ込むぞ!」
「そもそも、不実な性根は教育でも宗教でも王権でも取り除くことはできないのですわ。だからこそ、女の方が導かなければ……」
「アン!」
 ぶつぶつと恨み言を呟くアンに、思わず叫ぶ乱世。
「は、はい? ……え、ええ、分かりました! 参りましょう!」
「やれやれ。こっちに仮面が回ってこなくてよかったなあ」
 共に駆け出すふたりに聞こえないように、ビリーはぽつりと呟いた。


「そこまでだ!」
 愛美が皆無をさらって連れ込んだ部屋の戸を開き、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が叫んだ。
「な……なぜここが分かったの!?」
 皆無を柱にぐるぐる巻きに縛った愛美が……なんとなく、そうしたくなったらしい……振り返って、焦りの声をあげる。
「薔薇十字社 探偵局にかかれば、これくらいの捜査は難しいことじゃない。さあ、観念してお縄につくのだ!」
 リリはなおも勧告する。
「君が悪いのではなく、仮面が原因でこういった暴挙に出たことはよく分かっている。さあ、自分で仮面を外してくれないか」
 ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が静かに告げる。しかし、愛美は大きく首を振った。
「いやっ! これは私にとってチャンスなの! 運命の人にアタックするには、もうこうするしかなかったのよ!」
「説得は通じないよ! こうなったら、けがさせてでも止めなきゃ!」
 物陰から様子をうかがっていたユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)が手にした弓から、煌めく矢を放った。
「いいっ!? いきなりそれは、いくらなんでもやばいだろ!」
 皆無は思わず声を上げた。動けない状態ながら、放たれた矢に意識を集中し、念動力を放つ。それはわずかに矢の軌道を反らし、矢は愛美の背後の窓ガラスを割って外へ飛び出した。
「ここかあっ!」
 その割れたガラスを目印に、乱世が窓から飛び込む! 部屋の入り口に立つリリらと挟み撃ちの格好だ。
「そこのあんたら! 飛び道具に頼らずに、とっつかまえて仮面を外しちまえ! 援護してやるぜ!」
 手の中の銃から、愛美を威嚇するように弾丸を放つ。対個人用の弾幕と言ったところだ。行く手を塞がれた愛美に、さらに重力の鎖を絡みつかせる。
「恋は盲目ってやつか。あんまり変な男に引っかからないようにしなきゃだめだぜ。まっ、今回は反省の機会を与えてもらったと思うんだな!」
 ライダースーツのビリーが呟く。動きの鈍る愛美に、ララが迫った。
「こういうお嬢さんには、少し強引に迫ってあげるくらいがちょうどいいな!」
 愛美の手についたままの手錠を掴み、引き寄せる。
「きゃっ……!」
 体勢を崩した愛美の仮面をはぎ取り、壁にたたきつける。あっけなく仮面は割れた。
「あ……っ」
 仮面を奪われて、精神的な疲労がどっと溢れ、愛美の膝が崩れる。ララはそっとその体を受け止める。
「おかえり、お嬢さん。冒険は楽しかったかい?」
「一件落着、というところか」
 その姿を眺めて、リリがふっとほほえむ。乱世は皆無を縛った縄を弾丸で切りながら、
「男あさりが悪いとは言わねえが、ダチに心配かけてんじゃねえよ、ったく」
 と、愛美に向けてため息を吐いている。
「ごめんなさい……」
 さすがにしおらしくなる愛美に、ララが慰めるように髪を撫でた。
「全ては仮面が悪いのさ。あまり気にすることはないよ」
「ねえ、なんだか無性にいらつくんだけど、もう1発撃っていい?」
 その姿を見て、ユノが思わず呟いた。
「ええ、ええ。1発といわず、2発でも3発でも、気が済むまでおやりなさいな」
 ようやく現場に追いついたアンが、はやし立てる様にいう。
「終わった話をややこしくするな!」
 思わず、乱世はキャラに合わないツッコミを叫んだ。