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パラミタ自由研究

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    ★    ★    ★
 
「夢悠ったら、うまくレポート書いてくれてるでしょうね。このワタシの壮大な野望がかかってるんだから……」
 別の教室で自分の発表用原稿を纏めながら想詠瑠兎子が自分よりも義弟の心配をしていた。
「雅羅・サンダース三世の詳細な観察においては、弟の想詠夢悠が物理的接触によって、外部からの刺激や変化に対する棍脳を詳細に調べています。
 弟の想詠夢悠が最初に雅羅・サンダース三世の胸を触ったときの感触は、『柔らかくてはずんだ』だそうです。これによって、雅羅・サンダース三世にはある程度の不幸を柔軟に跳ね返す体質があると考えられます。
 また、だきしめた感触は『非常によし!』だそうです。これは、雅羅・サンダース三世が不幸に好かれる一因であるかもしれません。
 身体を筆で弄んだときは『感度よし!』だそうです。つまりは、不幸に対して敏感であるということです。
 以上のことから、雅羅・サンダース三世のたっゆんこそが不幸を呼び寄せるアンテナとなっていると思われます。
 今後も、この胸に関しては、詳細に、物理的に、遠慮なく研究するつもりであります。終わり……っと。
 よし、これで、雅羅・サンダース三世をイルミンスール魔法学校に呼び寄せて軟禁してワタシの思い通りに……くふふふふふふ」
 もの凄い悪巧みを立てている想詠瑠兎子であったが、後日、義弟の想詠夢悠によって監視した方がいいとされるのは彼女自身となるのだった。
 
    ★    ★    ★
 
「とーろとろとろ、とろとろろ、ととろとろとろ……」
「なんだか、鍋までとろけてしまいそうだのう」
 鼻歌交じりに魔女の大釜をかき混ぜている緋桜 ケイ(ひおう・けい)に、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が言った。
「何言ってんだ、これはカナタが作る謎ギャザリングヘクスよりも、飲み物としてより高い完成度を目指した結果なんだぞ」
 そう言うと、緋桜ケイがぐーるぐーると鍋の中身をかき回した。
 ギャザリングヘクスと言えば、魔力を高める魔女の秘薬であるが、秘薬の例にもれず、たいていはお世辞にも美味しいとは言いがたい。
 効果としては魔力を高めることができるし、空腹時の滋養強壮にもなる。要するに、栄養ドリンクのようなものなのである。あるいは、基本はいろいろな物を煮込むのでスープに近いと言えるだろうか。
 実際、術者によってできあがる秘薬は様々である。
 ある者は、様々なタンパク源を煮込み、コラーゲンもたっぷりと、ほとんどフォンドボーのようなスープを作る。これを飲めば、お肌テカテカでお腹も一杯だ。まあ、つやつやでないところが難点ではあるが。
 またある者は、様々な薬草や毒草を煮込み、薬草酒のような物を作りあげる。これまた、素材によって、香りや味は千差万別である。濃さによって、飲まなければいけない量も違ってくる。
 さらに、古風な魔女のスープにこだわる者もいる。トカゲの干物に、蚊の目玉、マンドラゴラの根に、龍の唾液……。ちょっと、飲みたくはない……。
 基本的に、飲む者が確定しているのであれば、その者の体質にもっとも合った秘薬が調合されるのである。
 そのため、自分がもっとも飲みやすい形にする者もいれば、味よりも効果を追求する者もいる。
 そうでなければ、汎用として、誰にでも効果の出る秘薬にするわけである。
 緋桜ケイが目指しているのは、そちらの方であった。つまり、飲んで美味しいギャザリングヘクスの開発である。
「一応、薬膳スープを手本にしたから、不味くて飲めないと言うことはないはずなんだけど。どう?」
 ちょっと平身低頭気味に緋桜ケイが悠久ノカナタに訊ねた。
「ううむ、ちょっとまだ青っぽいかな。えぐみもやや残っておる。灰汁はちゃんと取ったのか?」
 小皿で味を確かめながら、悠久ノカナタが答えた。
「うーん、卵白でも入れてみようかなあ」
「なんでそうなる」
 これ以上カロリーを高くされるのはちょっと困ると、悠久ノカナタが暗に止めた。
 なにしろ、今朝からずっと味見をしっぱなしである。量は少ないとは言え、もともとが滋養強壮の秘薬である。すでにお腹はたぽんたぽんだし、身体もぽっぽしっぱなしでずっと鼻息も荒い。今だって、ちょっとそこらを走っていって、ファイヤストームを三連発したいぐらいであった。
「い、いかん。このままでは、どえんどえんの危ない魔女になってしまう……」
 今さらながらに、悠久ノカナタが危機感に苛まれ始めた。そういえば、最近、昔に比べて顔が丸くなってきたような気もする。
「いや、灰汁を吸い取ってくれるってきいたんだけど。じゃあ、アルミホイルにでもするかなあ」
「そんな物食えぬであろうが」
 すでに頭の中が食べ続けることで一杯になっていた悠久ノカナタが、ぽかぽかと緋桜ケイを叩く。もちろん、緋桜ケイが言っている卵白やアルミホイルは、本来、吸い取った灰汁とともに捨てられる運命にあるのだが。
「とにかくなんでも入れればいいというわけではないぞ。わらわも、いつぞやは味をすべて取り出そうとして、七草を凍らせてしまったがために青汁になって……」
 今年頭のことをちょっと苦々しく思い返しながら悠久ノカナタが言った。
「とにかく、目指すは美味しい栄養ドリンクだ」
「まあ、昨日や一昨日に比べれば進歩はしいてるようだな。ふう……」
 魔女の大鍋の中に、しきりに美味しくな〜れと愛情と魔力を込めている緋桜ケイを見つめながら、悠久ノカナタが深い溜め息をついた。
「ああ、何やら、この行き場のない高まりをどうしてくれよう。ふん」
 鼻息も荒く、悠久ノカナタが叫ぶ。
「調合、間違ったかなあ……」
 精力剤になってしまったかなと、緋桜ケイがちょっと顔を引きつらせた。
 
    ★    ★    ★
 
 ドドドドド……。
 パラミタオオヒツジが爆走していく。全長10メートルはあろうかという巨大羊だ。
 その前に立ち塞がる白い影。あわや踏みつぶされるかと思ったとき、直前でパラミタオオヒツジがピタリと止まった。
「めー」
 すりすりと、パラミタオオヒツジが鼻先を雪国ベアにすり寄せてきた。以前もふもふ王になったときからの知己である。まあ、実際にパラミタオオヒツジが雪国ベアを王と認めているわけではなく、ただ単に気性がおとなしいから懐いているだけなのではあるが。
「御主人がうるさいからな。俺様の自由研究はお前たちの観察だ。後で少し毛をくれよな。御主人へのお土産にする……んっ? なんだお前、怪我してるじゃないか」
 パラミタオオヒツジのお尻の部分が何かに食い千切られたようになっているのに気づいて、雪国ベアが言った。
「どこのどいつだ、お前の肉を持ってくなんてよお」
 そう言うと、雪国ベアが自分のマフラーを外して包帯代わりに巻きつけた。
 そんな雪国ベアの周りにもふもふの子羊たちが集まってくる。
「よしよし、もふってやるぞぉ!」
 一匹一匹をもふって、その感想をメモしていきながら雪国ベアはもふもふの時を過ごしていった。