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ここはパラ実プリズン

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ここはパラ実プリズン

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   8

 懲罰房のドアが開いた。振り向いた看守の目が驚愕に見開かれ、次いで怒りに彩られた。
 ブルタ・バルチャだった。
「何をしているの? ここは女子房よ。出て行きなさい!」
「いや、その必要はない」
 ブルタの後ろから、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が現れる。看守はわけが分からず、クレアの顔と彼女の軍服を見つめた。
「教導団……?」
「この人は査察に来たんだ」
 新棟は本棟と同じく、現在、シャンバラ教導団の管轄下にある。新設の刑務所、そして問題のある容疑者を預かっていることから、上層部の命令でクレアは査察に来ていた。
 柳玄 氷藍の後を追ったブルタは、彼女が午後の作業のため外に出て行き、改めてアリアのことを思い出した。
 そこまではいいのだが、女子房の中へは、ブルタは入れない。迷った末、ブルタはある人物に相談した。所長に報告すべきだろうか、と。その人物は少し待つように言った。
 なるほど纏ならば、アリアを助けてくれるだろう。だが、彼女は所長であると同時にジャスティシアである。上層部へ生真面目に報告し、自ら責任を取って辞職しかねない。それよりは内々ですませるべきだというのが、その人物の考えだった。
 しかし、問題が一つあった。
 それがクレアの存在である。
 もし、この話がどこからか漏れたら更に大事になる。ならば――。
「これはどういうことだ?」
 クレアは淡々とした口調で尋ねた。
 看守はクレアの前で気を付けの姿勢を取ると、
「はっ。実はこの女は悪魔に憑りつかれているのであります」
 いけしゃあしゃあと言ってのけた。
「パートナーを悪魔としている者は、多いと思うが?」
「この者の悪魔は、また別格なのです。非常に残忍で、人の苦しみを己の喜びと感じるタチの悪い奴です。もしかしたら、例の爆破事件の容疑者たちと繋がっている可能性も否定出来ません」
「それではこれは、取り調べだと?」
「その通りです」
 クレアは気絶したアリアに目をやった。
 オレンジの服は剥ぎ取られ、ほとんど裸同然だ。しかも鞭の跡が生々しく、痛々しい。クレアは僅かに柳眉を顰めた。
「これは拷問ではないか」
 いかに刑務所とはいえ、いや、刑務所だからこそ拷問など許されるものではない。
 しかし看守は、頑として取り調べだと言い張った。
「相手は悪魔の手先です。そのため、行き過ぎの感はあるかもしれませんが……」
「どう思う、バルチャ」
「証人に訊くのが一番だと思います」
「この女は悪魔の手先です。証言に信用など置けるか」
 ブルタはかぶりを振った。「彼女じゃない」
「?」
 スッと闇の中から男が現れた。――紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。
「どうも、いい気分じゃありませんでしたね」
 いつもは眠そうな呑気な顔が、渋面を作っている。
 看守は一瞬怯んだが、しかし、にやりと笑う。
「どこにいたかは知らないが、証言など言った言わないの水掛け論……」
『いずれ本棟に送って、たっぷり客を取らせてやろう……』
 看守の顔から、音を立てて血の気が引いていく。
 唯斗の手には、ビデオカメラがあった。ちなみにブルタの持ち物である。
「暗くて顔までは識別できないが、声であんただと分かるはずだ」
「この発言について、何か言い訳ができるか?」
 クレアの感情のない、厳しい問いに、看守はただ項垂れるしかなかった。――が、
「くそ!」
 突然、腕を振り上げた。手にしていた鞭がしなり、クレアの顔目掛けて襲いかかる。
「査察官!!」
 ブルタも唯斗も咄嗟のことにコンマ何秒か、後れを取った。
 クレアは冷静だった。【歴戦の立ち回り】で素早く鞭の軌道を読み取り避けると、手刀を看守の首に叩きつけた。
「!!」
 看守は驚愕と衝撃に両目を見開き、そのままどうと倒れた。唯斗が確認すると、彼女は完全に意識を失っていた。
「やれやれだな」
 叩きつけた手を左手で揉みながら、クレアは嘆息した。
「実に残念なことだ。これは南門所長にとって、決して喜ばしい事態ではない」
「ちょっと待ってください。報告するんですか?」
 唯斗の問いに、クレアは意外とでも言うように小さく片眉を上げた。
「当然だろう?」
「しかし、それは問題がありますよ」
「どういう意味だ?」
「ご存じのとおり、空京連続爆破事件の容疑者二人がこの新棟の男子房にいます」
「知っている。だからこそ、私が来たのだ」
 案の定、受刑者たちに落ち着きはなく、剰え、看守の不祥事が発覚した。クレアとしては、事実そのままを上層部へ報告する他ない。
「考えてもみてください。三日もすれば、彼らの判決が下ります。今、不祥事を上へ報告したら、所長の交代になりかねない。そのゴタゴタに乗じて、奴らの仲間が奪還しようとするかもしれません。今このタイミングでの報告は、得策ではないと思います」
 クレアはしばし考え込んだ。やがて、
「よかろう。例の二人が本棟へ輸送されるまで、この件は私の胸に収めておこう」
「ありがとうございます」
「だが大事な時期だ。他にもこういった者がいるかもしれない。くれぐれも注意して、問題を起こさないようにするのだな」
「そのために俺がいるんです」
 唯斗はマスクの下でにっと笑った。


 クレアはアリアを連れ、医務室へ。看守はブルタがどこかへ連れて行ったが、彼はジャスティシアなので相応の処分を下すだろう。
 それにしても、と唯斗は思い返す。
「――問題は査察官だ。内々に処理して、それがバレたらもっと大事になる」
 あの時、そう唯斗が言うと、ブルタはあっさりと返した。
「なら巻き込んじゃおう」
「へ?」
「今だけ誤魔化せばいいんだよ。例の爆破犯がどうたらとか、そこは君に任せる」
「そんな適当な」
「とにかく時間を稼ぐ。そうすれば、後になって向こうが何か言ってきても、その時点で処理しなかった査察官もいけないんだから、いわば共犯だ。そうだろ?」
「そう……か?」
「黙っていればみんな幸せなんだから、わざわざ問題を起こすことはない」
「お前……ジャスティシアじゃなかったか?」
「そうだよ」
 ブルタはけろりとしている。
「ボクの仕事は治安維持だ。所長に今辞められたら、それが出来ないんだよ。そのためなら、適切な行動を取るよ」
 こいつを敵に回したくないな、とその時、唯斗は思ったのだった。