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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~

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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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 第10章
 
 
 時は少し遡る。
 ライナス達と邂逅したキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)は戻れなくなった事情を簡単に聞くと、改めて室内を見回した。
「……なるほど、そういうことだったんですか」
「とにかく、どこを探しても出口が無いんだ。何か俺、怖くなっちゃって……」
 キリエの持ってきた食糧の匂いで目を覚ましたトルネは、おにぎりをがつがつと食べながら言う。瞼の下には隈が出来ていたが、サンドイッチにも手を伸ばし空腹を満たすと彼は満足そうな笑顔を浮かべた。
「ぷはあっ! 生き返ったよ」
「神殿から丸1日も出ていないのならお腹が空いていると思って持ってきたんです。喉も渇いていますよね〜」
 差し出されたお茶を受け取って一心地つく。それから、トルネは不安そうな顔になった。
「でも、この状況って……キリエが新しく閉じ込められちゃっただけだよな……」
「ふむ……」
 ライナスが小さく息を吐く。確かに、脱出の糸口が見えたわけではない。このまま時が経てば再び腹が空き、そのうち食糧は尽きるだろう。何せ、この場にあるものは壁と、脆くなった場所から崩れた石くずだけである。
「きっと良い方向に進みますよ。今、神殿には私の他にも救出にいらした方が沢山います。とにかく少しでも早くと思い、パートナー達に黙って出てきてしまったのが気がかりですが、のんびりと助けを待つというのはどうですか〜? あまり下手に動きまわるのも危険ですし」
「……一理あるな。捜索依頼が出ているのならそう心配することもないかもしれないが……」
「閉じ込められちゃったものは仕方ありません〜」
 渋い表情を崩さないライナスに、キリエは淡く微笑んでお茶を手渡した。彼等と一緒にのんびりとしつつ、キリエは周囲の警戒も怠らない。神殿に多くの人が入ったことで変わったこともあるだろう。
 助けが来るまで、2人が無事でいられるように。
「お腹が空いていたら良い考えも浮かばないですよね。腹が減っては戦はできぬとも申しますし〜。まずは腹ごしらえ致しましょう!」
「そうだな……」
 考える姿勢を崩さぬまま、しかしライナスも携帯食糧に手を伸ばす。そこで――
「……もう、何あの機械人形! メルセデスを狙うなんて……あれ? ここは……」
 部屋の中央に茅野 菫(ちの・すみれ)パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)メルセデス・アデリー(めるせです・あでりー)が現れた。菫はライナス達の姿を見て「あ」という表情になる。一方ライナスも、彼女達に若干驚いた目を向けていた。特に、メルセデスに。
 メルセデスは、彼の研究所で修理されて一時的に手伝いもしていた機晶姫である。

「あはは、何? あんたたち、とっつかまったの? ドジねぇ」
「なんだよ。そういうおまえは何しに来たんだよ」
 一通り話を聞いてそう言った菫を、トルネはむっとした顔で座ったまま見上げた。歳が近いからだろうか。口調には、クラスメイトに話しかけるような心安さがある。
「あたし? あ、あたしはほら、仕組みに気付いて……」
「仕組みに?」「本当ですか?」「う、ウソだろ!?」
「いつの間に……」
 三者三様の反応に加え、メルセデスも感心して菫を見た。そんな様子、欠片も無かったけれど。
「それで、どうやってここから出るんですか?」
「え? えーとね、だから……」
 しかし、そこから言葉が続かない。まあ、とりあえず壁を通れるようにと大雑把に攻撃し、彼等と同じ運命を辿っただけなのだから仕方ない。……分からない。
「えーーーと…………、ごめん、あたしも壁を攻撃しただけなのよ」
 だから、正直に白状して照れ笑いでごまかした。皆の肩から力が抜け、キリエが微笑む。
「なんだ、そうだったんですか」
「やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ」
 パビェーダがあきれて横目を向ける。――全く、いつも行き当たりばったりなんだから。
「「…………」」
 メルセデスと2人、菫にジト目を送っていたトルネが何故か嬉しそうに得意気に言う。
「そう簡単に仕組みなんて分かんねえよな! ……え、てことは、結局俺達出られねえってこと!?」
 勝ってはいないが勝ち誇りも束の間、また慌て始める。部屋に新たな来訪者がやってきたのはそんな時だった。

「う、う〜ん、どうやら、私達も閉じ込められたみたいね」
 捜索依頼を見て神殿に来たフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)はライナス達の無事を喜び、それからこの空間の説明を受けて事情を理解した。慌てて室内を一通り歩いたり攻撃してみたりと色々試してみたが、閉じ込められたことが改めて分かっただけである。
(こういう時こそ落ち着かなきゃ駄目。魔術的なものにせよ技術的なものにせよ人間が作ったものだもの)
 焦りだす気持ちを落ち着かせるように、フレデリカはセルフモニタリングを使う。そして彼女は振り返り、不安気なトルネに話しかけた。
「きっと、どこかに脱出手段はあるわ。必ず何とかなるはずよ!」
「ええ。きっとこれは、私達を拒むための部屋ではないんです」
 ルイーザもトルネと目を合わせ、不思議そうな彼に優しく言う。
「智恵の実を守るだけなら閉じ込める罠ではなく、もっと直接的な罠の方が効果的ではないですか? これはもしかして、実を手に入れるための試練なのかもしれません。そう考えると、少し気が楽になりませんか?」
「……試練? じゃあ、初めから出られるように造られてるってことか?」
「その可能性はあるわ。もしこの部屋が脱出不能ならば、白骨死体などが転がっていると思うし。それが無いのだから、ここは一時的に侵入者を留め置く場所とも考えられる。……何らかの方法で出ることが出来るのではない?」
「そうですよ。だから安心してください」
 メルセデスが周囲を見てそう言い、にっこりほんわかとルイーザは微笑する。
「あ、ああ……」
 笑顔に見惚れるように半ば茫然としつつ、トルネはそれでも頷いた。だが、その時。
「…………」
 彼は今度は別の意味で茫然とした。皆が出現するポイント――部屋の中央に、不透明な何者かがワープしてきたのだ。それは、ビジネススーツを着こなした、女性の――
「ゆ、幽霊……?」
「「「「「「「え?」」」」」」」
 その言葉につられ、フレデリカ達も部屋の中央に注目する。しかしつられたのは、彼女達だけではなかった。女性の幽霊もトルネに気付き、こちらに顔を向ける。そして、あろうことか近付いてきた。
「「「「「「「…………!!」」」」」」」
 事情を聞こうとしているのは明白で――皆は、慌てて幽霊に閉じ込められた経緯を話し始めた。

              ◇◇◇◇◇◇

「……戻ってきませんね」
 何か溜まっているものでもあったのか、機械獣との戦闘の際に七日に盾にされたゴーストのヤマダさんは、当たりもしないのに壁に拳を突き付けた。当たりもしないのにごん! という空耳を感じた程で、当たりもしないのにワープしていった。
 七日と皐月はそれから、彼女が戻るのを暫く待ってみたのだが――一向に、戻ってくる気配は無い。
「仕方ありません、先に進みましょう。私達の代わりに罠にかかってくれるので便利だったのですが」
 歩みを再開しつつ、七日はレイスを2体、先に行かせる。山田さんが何か溜めてしまうのも無理ない事かもしれない。
「……宙に浮いていますし、レイスでは効果ありませんかね。まあ、こうして歩いていれば直に智恵の実まで行けるでしょう。皐月……皐月?」
 後方に居た筈の皐月の気配が感じられずに振り返る。そしてその先で目にした光景は、彼女を半眼にさせるのに充分なものだった。皐月は、そこらをうろついている機械人形のうちの1体に話しかけていたのだ。
「なあ、こん中で行方不明になった奴らが居るんだけど知らねーか? ガーゴイルの守る情報管理所でもいーんだけどさ」
「何を面白い事をやっているんですか。いえ、全く面白くありません。遂に頭までやられてしまいましたか? ああ、頭は元からでしたね」
 非道い言い草だ。大変に非道いが、皐月はあまり気にした様子もなく七日に言う。
「いや、この人形、今んとこオレ達には無害そうだしさ、何か情報でも引き出せねーかと思ったんだよ」
「会話をする程の知能は無いでしょう。それに、工房では機械人形に襲われたという報告も上がっていましたよ。見事フラグを成立させて私の前を歩きたいのなら止めませんが」
「……襲うっつっても何か条件があるんじゃねーかな。印象として遺跡を守ってるってよりは何かを探してるような……」
 そこで皐月は言葉を止める。七日には、沈黙した彼が何を考えているのかが手に取るように分かった。
「余計な事を考えてないでさっさと探索を済ませましょう。智恵の実を見つけたら、皐月の用にも付き合ってあげますよ。情報管理所でしたっけ?」
「ああ。2人を助けるにも、何にせよまずは遺跡を掌握する必要が有るからな。なら、情報を得られる管理所が最初の目的だろ?」
「…………」
 呆れた、という表情で七日は皐月を眺めやる。ライナス達を助けるつもりである彼に対し、七日は智恵の実を取りに来ただけ、である。ミクロコスモス――魂を取り扱う錬金術、のような物――の探求に行き詰っていた彼女は、気晴らしも兼ねて遺跡に来てみようと思ったのだ。
「その2人の命に興味は有りませんが……やれやれ、仕方ないですね」
 感謝して欲しいものだ、と溜息と共に歩き出す。あくまでも、実の捜索を終えたら管理所を探そうと思っていたのだが――
「……………………」
 レイスと共に探索を再開して先に目に入ったのは、本棚の立ち並んだ管理所にしか見えない場所。
 人生とはかくも、予定通りにいかないようである。

              ◇◇◇◇◇◇

「まずは、状況を整理しなきゃね」
 闇雲に脱出方法を探すのではなく、フレデリカはテクノクラートとして冷静に、防衛計画を使っていった。ライナスの持っていた記述用具を借り、部屋の間取りを正確に把握してノートへ描いていく。それを終えると、彼女は皆の所へと戻って出来上がった地図を見せた。
 ちなみに、“皆”の中には山田さんも混じっている。山田さんは話を聞くと一度壁を通り抜けて外へ脱出したのだが、何故かこうして舞い戻ってきた。もしかしたら、使役者からはぐれたのかもしれない。
「……この部屋に強制ワープする以上、ワープ装置も手の届く場所にあるんじゃないかな」
 壁の破壊がワープの契機になっている事が、侵入者を閉じ込める目的の他にワープ装置を壊さないように護るシステムであることを示しているのではないか、と自らの推理を説明する。
「つまり、ワープ装置は巧妙に偽装されて近くにある、ということだと思うんだけど……」
「ここに来る原因となった攻撃は壁にも有効だった。それが、この場では攻撃する前にワープさせられてしまう。そう考えると、装置が護られているというのはあるかもしれないな」
 ライナスが続けて考えを口にし、菫もワープシステムから思いついたことを言う。
「攻撃しようとすると必ず部屋中央に戻されるのよね。そこには、魔法的な仕掛けもあるんじゃない?」
「魔法……そうですね、ワープ装置を動作させるにも動力は必要だと思われますし。……私は機晶石や、何か魔力を持った品などを中心に装置を探してみますね」
 機晶技術が使われている神殿の構造からそう考え、ルイーザがお茶を飲み終えて立ち上がる。
「じゃあ、あたしは呪文や魔法陣を探してみるわ」
「ワープが出来そうな装置とか仕掛けを探すということですね。私も協力します」
 キリエもそう申し出、彼等はそれぞれに散会していった。

「ここはどこでしょう。次に続く通路が見当たらないようですが……」
 次にワープしてきた赤羽 美央(あかばね・みお)は、花妖精の月来 香(げつらい・かおり)と周囲を見回した。室内の一角に座って休憩している3人に目を止め、ちょっとだけ驚く。
「ライナスさんがいます。ということは、むむー? どういうことでしょう。確か今回のお話は……」
「あれ? もしかして、壁……攻撃しちゃったの?」
 美央に気付き、探索を始めた皆も再び集まってくる。状況がまだ分かっていないらしい美央に、フレデリカが聞く。
「壁ですか? もちろん攻撃しました。えっへん」
『…………』
 何故か胸を張る彼女に皆は思わず黙り込み、目を見交わした。