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想いを継ぐ為に ~残した者、遺された物~

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想いを継ぐ為に ~残した者、遺された物~

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第7章(2)
 
 
『サクラコ、ガーディアンが手当たり次第に暴れてるわ。盗賊はあらかた片付いたみたいだけど、これじゃ邪魔になるだけよ。御神体って奴の所にいるんでしょ? 早い所何とかして!』
 友人である伏見 明子(ふしみ・めいこ)から連絡を受けたサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は今、天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)と対峙していた。
 ――正確に言うと、葛葉の作った落とし穴とではあるが。
(まさか結界の内側に罠を用意しているとは。まぁお陰でこうして連絡を受ける暇が出来た訳ですけど)
 身軽さを活かし、一気に穴を飛び出す。そのまま攻撃と行きたい所だが、ここにいるという事は葛葉は当然獣人。つまりサクラコにとっては同胞だ。
「私は猫の民のサクラコ・カーディ。あなたの祈りによって今、この集落の大切な物が失くなろうとしています。守護者達を止めてくれませんか?」
「止める? そんな事をする気はありませんよ。奴らを……盗賊達をすべて消し去るまではね」
「既に彼らの大半は私達の仲間に捕えられているか敗走しています。これ以上は――」
「『すべて』と言ったでしょう? 最後の一人を叩き潰すまで戦ってもらうんですよ、『守護者』に。それを邪魔なんて……させるものか!」
 葛葉の瞳が妖しく光り、その視線を受けたサクラコの視界が歪む。次の瞬間、彼女の前にはとある森の光景が広がっていた。
「これは幻覚……それにしては……!」
 森で暮らす獣人達。平和な光景。それらが一瞬で朱く染まり、血と炎が周囲を埋め尽くす。
「くっ……! あの姿は恐らく白狐の一族。私の記憶によれば彼らは……」
 民俗学の調査の中で耳にした一つの部族の話が頭をよぎる。何年か前、白狐の部族が盗賊に襲われ滅ぼされたという話だ。目撃者も殺された為に生存者はいないとされていたが……
「そう、奴らは何もかもを奪っていった! 親も、友人も……そして僕自身も!」
 いつしかサクラコの意識は幼い頃の葛葉が見た視点へと移っていた。一族の巫女である自分を護りながら倒れて行く者達。彼らを踏みにじりながらこちらへと近付く粗暴な男。盗賊達の力に抗えず、いずこかへと連れ去られて行く自分。
「だから僕は奴らを滅ぼす! 僕の復讐を……止めさせはしない!」
 葛葉の送り込む幻覚がサクラコの身を蝕む。だがサクラコはその意識に押し潰されず、拳に光を集め始めた。
「あなたの過去、確かに相手を憎んで余りあるものでしょう……ですが!」
 光が葛葉へと放たれ、それを受けた衝撃でサクラコを包む妄執が解かれる。強い意志を持った光の一撃に逆に怯まされた葛葉へ向け、サクラコは一気に駆け出した。
「それは……他の獣人の想いを踏みにじってまで果たして良い復讐では、ありません!!」
「うっ!?」
 葛葉に肉薄して光を纏った拳を叩きこむ。衝撃で気を失った葛葉を抱え、サクラコはそっと耳につぶやいた。
「この洞窟に眠っている物を無事に運び出せば、それだけ集落の人達に笑顔が戻るのです。今は同胞の為に復讐を果たすのでは無く、同胞の為に希望を与えましょう。ね?」
 
「……やはり戦況はこちらに不利か」
 結界の外では白砂 司(しらすな・つかさ)の戦いが続いていた。彼の味方は騎狼のポチ、対するは大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)のコンビだ。
 単純な頭数なら同等ではあるが、炎を纏った刀の一撃を放つ鍬次郎と陰からの奇襲を行うハツネの連携攻撃は二人分を上回る厄介さを持っている。
 しかも、実際は二人だけではないのだ。
「ん……? どうした、ポチ?」
 ハツネの奇襲を警戒していたポチの動きが徐々に緩慢になる。次第に足元も覚束なくなり、しまいにはその場に倒れ込んでしまった。
「ポチ! ……これは、寝ている? まさか……!」
 素早くその場から下がり、鍬次郎達から距離を取る。その際、壁側の窪みに誰かが座り込んでいるのが微かに見えた。
(二人ではなく三人だったという事か。ぬかった……)
 殺気を感知出来るサクラコをすぐに結界の向こうにやった事を一瞬悔やむが、すぐに判断を改めた。その判断は正しく、隠れている斎藤 時尾(さいとう・ときお)はただ眠り花粉を流しただけで自身は殺気のさの字も抱いていないダルさ全開の状態であった。
「クスクス……ハツネ達の勝ちなの。お人形さん、じっくりと壊してあげるの」
 ハツネが笑みを見せる。ハツネの攻撃は奇襲攻撃だけではなく、フラワシによる猛毒攻撃も存在していた。三対一でこれを投入すれば司といえどこれ以上支えきる事は出来ないだろう。
「……いや、どうやら戦いはこれで終わりみてぇだな」
 だが、鍬次郎の方が刀を納めた。振り返ると結界の向こうから葛葉を抱きかかえたサクラコが出てこようとしているのが見える。
「てめぇに止められたか。こいつが内にどんな化け物を飼っているか、興味があったんだがな」
「私達に見えなかったというだけで結構な物だったみたいですよ。ただ、私は見過ごす事が出来ませんでしたが。ここの集落の為にも……この子の為にも」
「フン……」
 差し出された葛葉を片腕で受け取り、肩に担ぐ。既にサクラコによってガーディアンは収蔵物を不当に狙う者のみを狙うように指示が書き換えられているので、葛葉が気絶した以上、自分達がここに留まり続ける理由は無かった。
 それが分かっているのだろう。司も警戒は解かないものの、これ以上やり合おうとはせずに眠っているポチの下へ歩み寄って行った。
「もう壊すのは止めるの? 残念なの」
「別にいいじゃないのさ。あたしは早く帰ってゆっくりしたいよ。ま、お疲れ様、ハツネ」
 時尾がハツネを軽くハグし、頭を撫でてやる。後で葛葉も撫でてやろう、そう思いながらのんびりと、この場から立ち去って行くのだった。