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リアクション
ツァンダ(2)
ハロウィンのコスプレは定番の魔女や動物系だけではない。コンテストに参加する者は一段と気合の入った姿をしているし、そうでない人でも……。
「トリック、オア、トリート」
通りすがりの人からお菓子をもらう芦原郁乃(あはら・いくの)は中国のお化け、キョンシーの格好をしていた。
その隣を歩く秋月桃花(あきづき・とうか)は体中に包帯をぐるぐる巻いたミイラ女だ。しかし、お菓子を受け取るのは郁乃ばかりで、桃花にもお菓子をくれる人は少なかった。
ありがとうと礼を言って歩き出した郁乃の耳に、背後から声が聞こえる。
「まだまだ続くから、お姉ちゃんと楽しんでね」
桃花もそれを聞いており、思わず郁乃の顔を見てしまう。
「さっきから、わたしばっかりお菓子もらうと思ったら……」
外見が幼いのは自覚していたが、ここまであからさまに子ども扱いされると複雑な心情だ。
「わたし、お姉ちゃんにパーティに連れてきてもらった子どもだと思われてたんだー! もう子どもじゃないのにっ!」
「い、郁乃様っ」
桃花は気分を害する郁乃を宥めようとするが、郁乃は怒り出さなかった。
「ま、いいか。だって今日はハロウィンだもん、大目に見てあげる」
と、桃花へにっこり笑う郁乃。その笑顔にほっとして、桃花も表情を緩めた。
そして気を取り直し、ハロウィンを楽しみ始める二人。露店を見て回ったり、ベンチのあるところでもらったお菓子を食べたり、早くも傾き始めた陽光をぼーっと眺めたり……。
「っ、きゃあ」
突然、桃花は身体を押さえ始めた。包帯が解けてきたのだ。
「ど、どうしましょう」
胸を覆っていた包帯がぽろりと落ち、慌ててそこを押さえると、別の部位に巻いた包帯まで解けてくる。肌を見せまいとしてしゃがみこんだ桃花を見て、親切を装った男たちが群がってきた。
「ちょっと、何見てるのよ!」
と、とっさに桃花を庇う郁乃。しかし男たちは下心をありありと晒して言う。
「お嬢ちゃん、おじさんが直してあげるからお姉ちゃんをこっちに――」
「お嬢ちゃんじゃなーい!!」
ついに切れた郁乃がものすごい形相で、桃花へ近づく野郎どもを蹴散らし始める。
「桃花に近づく奴は許さないんだから! ほら、さっさとどこか行きなさいよ!」
「郁乃様……」
多数を相手に怒鳴り散らす郁乃の姿に、桃花は不安になったが、同時に嬉しくも思っていた。悲惨なハロウィンになるかと思ったが、結果的には良い思い出になりそうだ。
あっという間に男たちがいなくなり、郁乃が桃花を振り返る。
「大丈夫? 桃花」
「はい……包帯は、大丈夫じゃないですが」
感謝の意を込めてにっこり笑う。郁乃はすぐにしゃがみ込むと、解けた包帯を直しにかかった。
* * * * *
ハロウィンパーティーをある程度楽しんだところで、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)はセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)へ言った。
「そろそろ、お店に入ってゆっくりしませんか?」
「そうね、いいわよ」
と、オレンジ色と黒を基調としたミニドレスに身を包んだセイニィが頷く。
シャーロットはにっこり笑うと、事前に予約しておいた店へ向かって歩き出した。
今日は10月31日。ハロウィンの祭りも嫌いではないが、それよりもっと大事なことがある。
通りを二本ほど超えたところで、シャーロットは角を曲がった。その後ろを大人しくついて行くセイニィ。どこの店へ向かっているかは分からなかったが、どの店にもハロウィンの飾り付けがされていて、見ているだけでも賑やかだ。
「さあ、着きましたよ」
と、シャーロットはカフェの扉を開けてセイニィを先へ入らせた。
店員に案内されたのは、窓辺の角の席。他と遮るように立った柱が二人きりの空間を演出するようだ。
それぞれに飲み物を注文して待つ間、シャーロットはセイニィをにこにこと眺めていた。何かあるのかと首を傾げようとした時、店員が何かを手に近づいてきた。
ことん、とテーブルに置かれるのは綺麗な装飾のバースデーケーキ。
「セイニィ、お誕生日おめでとう」
そう、今日はセイニィの誕生日だったのだ。ハロウィンに紛れて忘れられがちだが、シャーロットにはこちらの方が重要だった。
そして店に置かせてもらっていた赤い薔薇の花束をセイニィへ手渡す。
「……あ、ありがとう。覚えててくれたのね」
と、受け取った花束に見惚れるセイニィ。
「はい、もちろんです」
と、シャーロットは言った。赤薔薇の花言葉は『あなたを愛します』だ。シンプルな分、想いが込められている。
セイニィがそこまで気づいているかは分からなかったが、気づいていなくてもシャーロットは満足だった。彼女が喜んでくれたのなら、それだけでサプライズは成功だ。
協力してくれた店の人たちも、彼女たちを微笑ましく見守ってくれていた。
「これからも、よろしくお願いしますね」
と、にっこり微笑むシャーロット。
セイニィは喜びを隠しきれず、花束をぎゅっと抱いて頷いた。
「ええ、こちらこそ」
* * * * *
大好きな人と街を歩く、幸福なひととき。
カップルの多い通りを眺めて、火村加夜(ひむら・かや)は彼氏へ言った。
「腕、組んで歩きたいですね」
「ああ……そうだな」
と、恥ずかしそうにしながら加夜の方へ腕を出す山葉涼司(やまは・りょうじ)。その腕にぎゅっと自分の腕を絡ませて、加夜は安心したように息をついた。
「温かいです、涼司君」
空気は冷たいのに、隣にいる人と腕を組むだけで温かくなる不思議。涼司も同じ気持ちなのか、加夜の方を見て少し微笑んだ。
ゆっくりと歩いていきながら、普段と違う喧騒から少し遠ざかる。
しかし、違うのは街の賑わいだけではなかった。魔法使いの格好をした加夜と、狼男の衣装を着た涼司。ハロウィンならではの姿である。
たったそれだけのことなのに、二人の距離がいつもより近い気がした。
ふいに子どもたちが二人の横を通り過ぎていき、加夜が口を開く。
「可愛いですね、元気なのが一番です」
「ああ、そうだな」
遠ざかっていく少年少女たちを見送る。その先に待つ夫婦と思しきカップルに目が行って、加夜は尋ねた。
「涼司君は、欲しくならないですか? 子ども……」
と、涼司を見上げる。
彼女の意図に気づきながら、涼司はすぐに言葉を返せない。
「女の子が生まれたら、涼司君は甘ーくなっちゃう気がしますね」
「うん。まぁ、確かに……な」
「ふふっ、やっぱり」
おかしそうに笑う加夜。いつかの未来を想像して、涼司はその時も彼女とともにいられることを願う。
どこからか聞こえてくる子どもたちの声に、加夜はまた彼の顔を見上げた。
「……いつなんでしょうね?」
「……そ、その内、な」
心は同じだ。きっと、ずっとこの想いは変わらない。
「あ、そういえば忘れてました」
と、加夜がふいに足を止めた。
「Trick or Treat。お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃいますよ」
にこっと茶目っぽく笑う。今日はデートだ、お菓子どころじゃなかった。
「ああ、悪いな。持ってくるの忘れた」
「じゃあ、イタズラですね。……デートの後でもいいですか? それまで、何をするかは秘密です」
と、加夜は涼司の唇を見つめながら言った。
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