校長室
秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー
リアクション公開中!
▼▼▼ さて、こちらもすっかり夜の更けたシベリア漁船。 甲板に蹲るコンクリート モモ(こんくりーと・もも)は、一人何やらぶつぶつと呟いていた。 「あ、こんな邪魔な所にパンティーがある〜。お、おじゃまパンティー……なんてね〜。し、しまった。外した〜! てへっ!」 こつん、と側頭部に拳を当てたモモの言葉は、しかし当然ながら誰に届く事も無い。 何処かイってしまった目をしたモモは、更に「いや〜ん! 好きな人言うなんて……恥ずかし〜!」と一人脳内パジャマパーティーを続ける。 彼女を襲った悲劇は、こうだった。食べ放題のスイーツ、温かな温泉、エステに恋バナに夢のような光景の広がるパジャマパーティー。クマの柄のパジャマを身に付けた彼女は、意気揚々と船に乗り込む。 うきうきと肩を弾ませるモモは、しかし船が出港してからようやく気付いた。そう、誰一人としてパジャマを着ていないことに。 「こっちコリマパーティーだった……」 絶望に満ち溢れた声で呟き崩れ落ちて以来、彼女はまるで呪詛のように一人妄想劇を繰り広げていたのだった。 「もう夜かー……今頃きっとあっちはホカホカの温泉に枕投げ……なんか怒りが湧いてきた」 その言葉を皮切りに、ごう、と彼女の身体をフォースフィールドが包み込む。 そこへ、第二の悲劇が訪れた。俯く彼女の頬へ、一匹の蟹が飛びかかって来たのだ。しかし蟹は体当たりしたは良いものの、モモの異様なオーラに気圧され動けずにいる。 ゆらりと立ち上がったモモの形相は、壮絶なものだった。白い息を吐き出し、俯き加減の顔には爛々と輝く二つの目が浮かび上がっている。そんな彼女が危険であることを察したか、蟹たちも次々現れてはじりじりとモモを囲い込み包囲網を作り上げていく。 「全てお前らのせいだ……天誅!」 しかし、そんな蟹達の連携など、荒れ狂うモモの前では何の意味も無かった。 『カタクリズム』によって宙へと舞い上げられた蟹の一匹一匹、その固い甲羅へ、次々と削岩機の先を喰い込ませては抉り削っていく。悪鬼の如く削岩機を振り回すモモには、最早正常な判断力は残っていなかった。 だから彼女は、黄金に光り輝く蟹が姿を現した時も、「狙い易い蟹が出た」程度の事しか思わなかった。哀れ、無残に切り裂かれた蟹がコリマや生徒達の探し求める伝説の蟹であるとも知らず、モモの殺戮は続いていく。 「蟹漁? 伝説の蟹? 知るかっ!! あ、蟹アレルギー出てきた……」 蟹の甲羅も打ち砕く、誰が呼んだかコンクリートモモ。 彼女の戦いは、人知れず続く。 「さぁて……大漁、だな」 蟹の大漁に収められた袋を掲げ、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は満足げに頷いた。サバイバルの訓練を受け、充分な防寒装備を身に付けた契約者の彼にとって、この蟹漁は然程過酷な物でも無かった。 そんな彼の掲げる袋の中には、驚いたことに光輝く蟹も混ざっていた。「こいつは俺が頂くとして」と自ら調理室へ向かうジェイコブは、ふと夜空を見上げる。美しく澄んだ星空。同じ星空を、パジャマパーティーに参加したパートナーも見ているのだろうか。 「あいつにも食わせてやれると良いんだが。まあ、とにかく獲れたての蟹を頂くことにするかね」 船内へ向かうジェイコブの後姿は、達成感に満ち溢れていた。 彼から少し離れた所では、スタッフに火を灯したミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が眠たげに目を擦っていた。彼の傍では、矢野 佑一(やの・ゆういち)と高峯 秋(たかみね・しゅう)が協力して網を引き上げている。 長引く漁に、生徒達の体力は段々限界へと迫りつつあった。それでも佑一は、伝説の蟹を諦めない。 「ふぁ……、っダメダメ! こんな所で寝たら凍死しちゃう」 がくりと首を落としたミシェルは、慌てて勢いよく首を左右に振った。そんなミシェルへ、佑一は心配そうな視線を向ける。 「大丈夫? 休んでいても良いよ」 「そうそう、俺、毛布も用意してきたよー」 佑一と秋から順に告げられる言葉にも、ミシェルはふるふると左右に首を振る。 「せっかくここまで来たんだし、がんばろう。佑一さん! 秋さん!」 「……そうだね。せっかくここまで来たんだし、頑張ろうか」 拳を握って告げられるミシェルの宣言に、佑一は笑みを浮かべて頷いた。秋もまた気持ちを新たに頷き、三人が網を掲げた、刹那。 黄金色に輝く蟹、それも一際巨大なものが、海中より勢い良く姿を現した。荒く立つ波に船が揺れ、生徒達も何事かと飛び出してくる。秋は「俺、コリマ校長を呼んでくる!」と駆け出し、頷いた佑一とミシェルは蟹へ向き直った。 「あまり傷を付けない方がいいよね。ミシェル、いくよ」 振り下ろされる蟹の鋏へ、佑一はワイヤークローを放ち絡め取る。その隙に振り下ろされた反対の鋏を咄嗟に飛び退いて回避すると、そこへ機晶スタンガンを押し当て一撃を放った。 「ミシェル!」 「任せて!」 痺れ一瞬動きを止めた蟹へ、ミシェルは駆け寄る。掲げたスタッフから放たれた『ヒプノシス』は弱った蟹を容易く眠らせ、その巨大な体躯は佑一のワイヤークローによって沈む寸前で留められた。 「引き上げるのを手伝って!」 念願の伝説の蟹の捕獲にわっと生徒達が湧き立ち、佑一の声を受けて一斉に網やロープを蟹へと投げる。 「やったね、佑一さん!」 「ミシェルのお陰だよ」 嬉しげに見上げるミシェルへ頷き、引き上げられていく蟹を見守りながら、佑一は空いている片手でミシェルの頭を撫で付けた。 (よく頑張った) 脳内へ直接響くコリマの言葉に、生徒達は耳を傾ける。 伝説の蟹はあの後、調理場にいた全員によって様々な料理へと姿を変えた。それぞれの料理を前にしながら、生徒達の視線はコリマへと注がれている。 (では、……頂きます) 両手を合わせながらも、あくまでコリマは無言。 何となく締まらないものを感じながらも、生徒達は各自伝説の蟹を口へ運ぶ。 「わあ……」 そうして、始めに蟹を口に入れたミシェルは歓声を上げた。船の各所で、驚きの声が上がる。 生徒達の脳内には、古代の光景が映し出されていた。今とは随分違う一軒家の中、一組の家族が食卓を囲んでいる。 「あれ……コリマ校長?」 秋は、驚きの声を漏らした。「おいしいね」と嬉しそうに蟹を食べる子どもへ微笑んでいるのは、正に今自分たちの前にいるコリマ・ユカギールその人だったのだ。 「コリマ校長にも、そういう時代があったんだ……」 感慨深げに呟く佑一。暫く経って全員が伝説の蟹を食べ終えた頃、温かな雰囲気の余韻を残して、映像は静かに消え去った。 (……感謝しよう) それだけ告げて、コリマは操船室へと消えていく。見送る生徒達の穏やかな空気は、しかし長くは続かなかった。 「その蟹は俺のだ!」「いや、俺が確保しておいた」「そっちの鍋寄越せ」「汁だけならやるよ」 わいわいと始まる蟹の争奪戦。荒々しくも楽しげな宴は、過酷な蟹漁の鬱憤を晴らすように、そして先の映像に感化され一時の饗宴をそれぞれの記憶へと深く刻み付けるように、夜が明けるまで続けられたのだった。 ▲▲▲
▼担当マスター
ハルト
▼マスターコメント
お久し振りです、ハルトです。まずは身辺が落ち着かず、リアクションに大幅な遅延が発生いたしまして、大変申し訳ございませんでした。パジャマパーティーとコリマパーティーの対象的な雰囲気を、少しでも楽しんで頂けましたら幸いに思います。 また、蟹漁船に乗船された方々にはカニ漁船員の称号をお贈りしました。こちらの称号に関しましては一律の御案内となりますが、ご確認下さい。 では、ご参加ありがとうございました。またお会いできる機会がありましたら、宜しくお願いいたします。