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第一章 「華やかなパーティー」

 天井から淡い光が降り注ぎ、壁にかけられた赤い垂れ幕が光を反射して煌びやかに揺れている。パーティー会場には食欲をそそる豪勢な食事が並べられ、来賓達が談笑しながら優雅な時を過ごしていた。
「この前は美味しい親子丼、ありがとうね」
 イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)は≪猫耳メイドの機晶姫≫あゆむに話しかけた。
「いえ。あゆむはあまり役に立てませんでしたから、あんなに美味しい物が作れたのも皆さんが協力していただけたおかげです」
 メイド服に身を包んだイーリャとあゆむは、イベント用の舞台の上で白いテーブルクロスの上に朱色のワイン入ったグラスや、銀食器を並べていた。あゆむが披露するテーブルクロス引きの準備である。
「その後、騨さんとはうまくやっているの?」
「はい。おかげさまで前ほどモヤモヤすることがなくなりました。騨様は最近、たびたびお店を休んであゆむのために何かしてくれているらしいのですが、今は秘密だそうです。なんだかワクワクしますよね♪」
 あゆむは楽しそうにニコニコ笑い、イーリャもつられて笑っていた。
「……できました!」
 舞台の上にテーブルクロスひきの準備が整った。
 長々としたテーブルの上に並べられた食器はどれも値の張りそうな物ばかりだ。
「ぜ、絶対成功させます。イーリャさん、撮影をお願います!」
「頑張ってね」
 あゆむは声を震わせながらガッツポーズをとると、デジタルカメラをイーリャに押し付けて来賓に挨拶を始めた。
 イーリャは邪魔にならないように舞台の袖に下がると、メイド服を纏ったジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)に話しかける。
「ジヴァ。お願い。あゆむさんを手伝ってあげて」
 シヴァが眉の間に皺を寄せる。
「はぁ? なんであたしがあのポンコツのために働かなきゃいけないのよ。こんな非機能的な服まで着せられたのに――」
「お願い、ジヴァ!!」
 イーリャに強い口調で頼まれ、シヴァは言葉を止めた。
 シヴァは舞台でテーブルクロスの端を掴むあゆむを見つめた。
 あゆむの手は震え、顔は緊張のため強張り、来賓からも不安の声が聞えてくる。見ていると成功しそうな気がしない。
「……あぁ、もうわかったわよ」
 心配になってきたシヴァは仕方なく【サイコキネシス】で援護することにした。
「ったく、見てるとイライラするのよ!」
 シヴァが構える。するとあさにゃん(ネコ耳メイドの格好をさせられた榊 朝斗(さかき・あさと))も援護のためにシヴァの横に並んだ。
「優しいんだね」
「……ふんっ。劣等種があたしに話しかけないでよ」
 あさにゃんの言葉にシヴァはムッとしたようだった。
「い、行きます!」
 あゆむが震える手でテーブルクロスを引く。来賓の女性が口元に手を当てて言葉を失い、傍にいた男性が片方の目を閉じた。
 そして―ー
「で……できた」
 あゆむの両手から白いテーブルクロスがダラリ垂れさがり、テーブルにはギリギリの所で食器が留まっていた。
 来賓達から歓声が上がる。
 シヴァとあさにゃんはホッと胸を撫で下ろした。
「あのポンコツ、思いっきり当てすぎよ」
「駄目かと思ったよ」
 あゆむは暫し呆然としていたが、歓声を聞いているうちに成功した実感が湧き上がってきた。
 喜んで飛び上がるあゆむ。すると――ガシャン!!
「あ」
 会場にいた全員が同じように声をあげていた。
 飛び跳ねた時にテーブルクロスがグラスに当たって落下してしまったのだ。
 あゆむは両手を上げたまま硬直し、沈黙が流れだした。
 すると、手を叩く音がした。
「ご来賓の皆様驚かせてしまいましてすいません。これはちょっとしたパフォーマンスなんです」
 重い空気を破ったのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だった。
 北都は大げさに手を広げて注目を集めると、割れたグラスの近くにやってきた。
 そして白いナプキンを割れたグラスの上に被せた。
「今からマジックを見せます。割れたグラスがほらこの通り……」
 北都は膝をついてナプキンを持ち上げながら、【サイコキネシス】でグラスの破片を来賓から見えないよう自分の背後に隠す。
 そして代わりに隠し持っていたグラスを持ち上げたナプキンの裏に配置した。
 ナプキンがどかされた瞬間、来賓から驚きの声と拍手が巻き起こる。
 来賓からはナプキンをかけただけでグラスが元の形に戻ったように見えたのだ。
「あゆむさんのパフォーマンスはこれにて終了になります。あちらに料理をご用意致しました。お熱いうちにどうぞ〜」
 北都が手袋をした手で示した方向からは美味しそうな追加料理が次々と運ばれてきていた。パフォーマンスを眺めていた来賓が次々と料理の方へと流れていく。
 舞台に幕を下ろされ、あゆむは急いでグラスの破片を回収した。
「北都さん、ありがとうございます」
「いいですよ。気にしないでください」
 北都は笑いながら舞台袖から会場へと戻っていった。

 会場の方に移動した北都は、優しい笑みを浮かべながら来賓に飲み物を配って回る。
「ご要望がありましたら何なりとお申し付け下さい」
 モーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)は運ばれてきたローストビーフをその場で切り分け皿にサラダと一緒に乗せると、上品な色合いのソースをかけて盛り付けた。
 モーベットはテーブルに近づいてきた来賓に盛り付けた皿を手渡しで渡していく。

 そんな食事風景の中。ごく少数の来賓が未だ舞台の前にとどまっていた。
 彼らの中にはただ単にパフォーマンスに満足していない人もいれば、あゆむのパフォーマンスに疑問を持つ者もいた。
「シヴァ――」
「はいはい。わかったわよ。やればいいんでしょ」
 イーリャの言葉を聞き終わる前に。ジヴァが幕を潜って来賓の前に現れる。
 満足させるためにも、詮索されないためにも、何かしら別のパフォーマンスで気をひこうと考えた。
「ちょっとそこのあんた。その指輪貸しなさい。今から凄い物見せてあげるわよ」
 シヴァは来賓の中から婚約指輪をした男性を一人選んだ。
 男性は高圧的なシヴァの態度に若干顔を顰めたものの、急かされて仕方なく指輪を貸した。
 預かった指輪を手にシヴァは【サイコメトリ】を始める。
「……へぇ、なるほど」
 【サイコメトリ】を終えると、シヴァはイーリャからデジタルカメラを受け取った。
「この人があんたの婚約者ね?」
 シヴァは指輪を預かった男性にデジタルカメラを向けた。そこには嬉しそうに涙を流す一人の若い女性が映っていた。
 それは間違いなく男性の妻の若かりし頃の姿だった。
 シヴァは【サイコメトリ】で読み取った男性の告白シーンを【ソートグラフィー】でデジタルカメラに念写したのだ。
 シヴァの周囲が一気に盛り上がる。気付けばシヴァの周りには思い出の記憶を念写して欲しいという来賓達で群がっていた。 

 一方で料理の方でも新たな盛り上がりを見せていた。
「皆様、こちらは数日煮込んで作り上げましたワタシの自慢の一品です。よろしければどうぞご覧あれ!」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)がテーブルに置かれた瓶の蓋を取る。すると、周辺に独特の美味そうな香りが漂ってくる。
「こちら「佛跳牆」といいまして、乾物と赤身の肉に水とオイスターソースを入れ、蓮の葉を入れて封をして煮込みました。直前にお酒を加えるなどの一工夫をすることで、味もさることながら香りでも皆様に楽しんでいただけるよう、嗜好を凝らした一品になっております。ぜび御賞味下さい」
 弥十郎は小さな器に小分けにして来賓に配る。
 パーティー会場での中華料理に異質さを感じていた来賓も、食欲を誘う匂いにつわれてテーブルに集まってくる。
「よろしければ、こちらもどうぞ」
 そう言ってヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)が運んできたのは高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が作った真っ黒焦げの『何か』だった。
 料理を出された来賓は顔を顰めていた。
 そこへ賈思キョウ著 『斉民要術』(かしきょうちょ せいみんようじゅつ)が両者の間に入り、話を中断させた。
「お客様、こちらの点心などいかがでしょうか? 海老コロッケなどもありますわよ」
 賈思キョウ著 『斉民要術』が持つお盆の上の皿には、ふっくら弾力がある点心とサクサクとした衣に包まれた海老コロッケが乗っていた。他にも濃厚な味付けのニラ饅頭や小龍包など、お手軽に食べれるものが用意されている。
 来賓は興味深そうにお盆の上の料理を選んでいる。
「お食事の提供は私達がやりますわ。あなたは来賓の方々の応対をお願いしますわ」
「わ、わかりました」
 賈思キョウ著 『斉民要術』に真っ黒焦げの料理が乗せられた皿を渡して、ヘスティアは来賓に飲み物や使い終わった皿の回収に動きまわる。