蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

わたしの中の秘密の鍵

リアクション公開中!

わたしの中の秘密の鍵

リアクション


【八 闇への起動】

 バンホーン調査団本隊側にも、フェンザード邸で起きている事態が、情報として即座に伝わっている。メシエとエオリアが、セレスティアの送ってきたデータをそれぞれのHCで受信し、これを即座に調査団全員に通達して廻っていたのである。
「何と……メギドヴァーンが出現した可能性がある、のですか」
 簡易テーブルで渋い表情を浮かべながらノートパソコンに見入るバンホーン博士の隣で、白竜が困惑の色を面に張りつけて、緊張の声を漏らした。
 結構な人数が、この簡易テーブル周辺に集まってきている。ランタンの光が届く範囲に見える顔は、いずれも硬い表情で息を呑む様子が窺えた。
「中尉と、ルカっちのところの両方で、魔導暗号鍵の話が出たんだよね?」
 セレンフィリティが珍しく真剣な面持ちで、抱えていた古代文献の一冊を簡易テーブル上に広げながら、メシエとエオリアに念を押すような形で聞き返した。ちなみに、セレンフィリティのいう中尉とは、ローザマリアのことを指している。
 要するに、ドロマエオガーデン側とフェンザード邸という、これまで全く接点が無いと思われた二箇所で、同時に魔導暗号鍵なるキーワードが聞かれていることになる。
 ラーミラのコントラクター化疑惑が、バンホーン調査団の追う魔物達と密接な関わりがあるという考え方は、ほとんど結論に近い形で、誰しもが抱くようになっていた。
「実は、この古代文献の中にも、魔導暗号鍵と思しき記述が出てきてるのよ」
 セレアナがセレンフィリティをサポートするように、広げられた古代文献の一箇所を指す。全員が、その一点に視線を集めた。
 周囲の面々の中に猛の顔を見つけたセレンフィリティが、やや背伸びしながら手招きして声をかける。
「ねぇ和泉さん。確か、こういってたわよね……古代に多くのサイボーグ生物が封印、もしくは破棄された、って」
「あぁ、それはその通りだが……まさか、その封印に使われたのが」
 いいかけて、猛は口をつぐんだ。ある可能性が、彼の頭の中で急に鎌首をもたげてきたのである。
 その疑問に追随するように、カイが言葉を繋いだ。
「ブラド・ファンダステンは多くのサイボーグ生物を、魔導暗号鍵を用いて封印した。だがこの魔導暗号鍵は酷く脆弱だったらしい。当初は破棄される予定だったのだが、何かの切欠で破壊されてしまうと、その暗号情報が電気信号となって宙空に飛散してしまう。これを回収して復元すれば、全く同一の暗号鍵が完成してしまうという致命的な欠点があったようだ」
 だから、ブラド・ファンダステンはサイボーグ生物封印の魔導暗号鍵を、ある存在の内側に隠した、というのである。
 猛は、カイとセレンフィリティのふたりの顔を、じっと凝視した。古代文献を調べに調べ倒したカイ、セレンフィリティ、そしてセレアナの三人は、大方の事情をほとんど完全に把握しているようである。
 バンホーン博士が焦れたように、先を続けるよう促した。
「どうした? ある程度の推測なら交えても構わん。続けてくれ」
 これに対し、セレンフィリティが困ったように頭を掻きながら応じる。
「これはかなりぼやかして書いてあったから、多分に推測が混じってるんだけど……どうもブラド・ファンダステンってひとは、魔導暗号鍵を人体の中に隠したみたいなのよ。それも……自分の娘にね」
 更に曰く、魔導暗号鍵は世代を越えて、保持者の子孫へ次々と秘匿位置を変遷させていく、というのだから驚きである。
「それは遺伝情報、としてなのかね?」
 猛の問いに、カイがかぶりを振って、否、と応じた。
「遺伝情報だと、親にも魔導暗号鍵が残ることになる。そうではなく、完全に鍵そのものが親から子へ、そしてまたその子へと潜伏する宿主を次々と変えていったようだ」
 カイの説明に、ふむ、と頷いたのはメシエであった。彼はエースが知らせてきた、魔導暗号鍵除去装置の存在を思い出していたのである。
「では……ドロマエオガーデンで発見された除去装置というのは」
 もうそれ以上は、言葉にする必要は無い。この場に居る誰もが、その用途を明確に理解するに至っていた。
 ただ、ひとつだけ疑惑が残る。
 ラーミラの体内に隠されていた魔導暗号鍵が、果たして本当に、ブラド・ファンダステンが隠したものと同一なのかどうか。
 メギドヴァーンが接近している事実を鑑みれば恐らく間違い無いのだろうが、まだ決定的な証拠を押さえた、という訳でも無い。
「早急に確認する必要がありますね。確か、あちらのカルキノスと淵が、フェンザード家の歴史について公的機関で調べていた筈。何か情報があるかも知れません……エオリア」
「もう、問い合わせてますよ」
 メシエに命じられるまでもなく、既にエオリアが籠手型HCに通信端末を接続して、ダリルに連絡を取ろうとしているところであった。

     * * *

 一方、ヴァイシャリーでは。
「あ、もしもし……キヨッピー?」
 百合園女学院近くの森林地帯で、ジープのボンネットに地図を広げて今後の予定を仲間達と話し合っていた美羽の携帯に、清音からの着信が入っていた。
 随分と夜遅くにコールしてくるものだなと訝しんだ美羽だが、無駄話をする為に態々電話をしてくる相手ではないことは、美羽自身がよく知っている。
 コハク、零、そして刹那の三人に目線で頷きながら通話に出た美羽だが、しかし電話回線の向こう側から聞こえてくる清音の息遣いは、幾分乱れているように感じられた。
『あのね美羽さん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……ヴァイシャリーの森林警備システムが、アイアンワームズらしき巨大な影を捕捉したみたいなのです』
 美羽の表情が、ランタンの放つ淡い光の中で、一瞬にして凍りついた。
 清音がいうところでは、アイアンワームズと思われる巨影がヴァイシャリーの森林警備システム内で捕捉されただけでなく、相当な速度で移動を開始しているということらしい。
 慌てて赤ペンを握り、清音に教えられるがままに、アイアンワームズの軌跡を地図上に書き込んでいく美羽の真剣な表情を、コハクが緊張した面持ちで眺める。
 その一方で零はというと、地図上に描かれた赤い線と縮尺を銃型HCに入力し、アイアンワームズがどの方向に走り、その直線上にある施設に対し、何時頃到達するのかを咄嗟に計算した。
 実はバンホーン調査団本隊から、これまでの調査結果、及びフェンザード邸で起きている事象のあらゆる経緯が情報として伝達されており、アイアンワームズがメギドヴァーンの出現に呼応して動き出したということは、ほとんど直感的に読み取れてもいたのである。
 やがて、美羽が清音との通話を終えて、零が操作している銃型HCのコンソール画面を覗き込んでくる。コハクと刹那も半ば勢いに釣られて、美羽に倣った。
「それで、奴はどこに向かってるの? やっぱり、フェンザード邸?」
 幾分前のめりになるような格好で声を弾ませた美羽だが、しかし零は自身で計算しておきながら、意外だといわんばかりの表情で小さくかぶりを振った。
「いえ、違うわ……この経路だと、アイアンワームズが向かっているのは、シャンバラ大荒野……エースや中尉がオクトケラトプスの目撃情報を追って向かった筈の、ドロマエオガーデンよ」
 零の叩き出した計算結果に、美羽のみならず、刹那も訳が分からないといった風に小首を傾げた。
 しかし、ドロマエオガーデンには魔導暗号鍵除去装置がある。敵が魔導暗号鍵の入手を目指している可能性を校了すると、その装置を標的としたところで、何ら不思議は無い。
 美羽は表情を引き締めると、小型飛空艇ヴォルケーノに飛び乗った。だが、そんな彼女に対し、意外にもコハクが疑問の声を投げかけた。
「美羽……どうするつもりだい?」
「勿論! アイアンワームズが危険極まりない化け物である可能性が高い以上、やっつけるのよ!」
 意気込んで答える美羽の声を聞くや否や、コハクは素早くヴォルケーノに歩み寄り、操縦桿を力強く握って、美羽の離陸を阻止する素振りを見せた。これには流石に美羽も酷く驚いた様子で、コハクの面を、真正面からまじまじと眺めてしまった。
「な、何?」
「……美羽、それは、駄目だ」
 一緒に戦ってくれる――かと思いきや、意外や意外、コハクはアイアンワームズに挑もうという美羽の意図を叱責し始めた。
「メガディエーターの時にどれだけ苦戦したか、忘れたのかい? 敵は、僕達だけでどうにか出来る相手じゃないんだ。個別に戦って無闇に火力を消費するのは、戦いの常道としては一番やってはいけないことだ」
 コハクの理詰めの言葉に、美羽は思わず我を忘れて呆けた表情を浮かべた。
 しかし今回の場合は、コハクの論にこそ一理ある。彼は更に、ドロマエオガーデンに先回りして、エースやローザマリアといった面々と戦力を合わせて迎え撃つのが、より勝率が高まる方法だと諭した。
 これにはもう、美羽は素直に頷くしか無い。ぐうの音が出ないとは、まさにこのことであった。
「僕達は先に行く……君達は後から来てくれないか。ジープでの陸上移動じゃ、どうしても時間のロスがあるからね」
 かくして、美羽はヴォルケーノ、コハクはジェットドラゴンを駆り、空中移動でドロマエオガーデンに急行する運びとなった。
 零と刹那はジープで後から追いかける形となるが、ふたりに異論は無い。
「どうぞ、お気をつけて」
 刹那からの見送りの言葉を背に受けながら、美羽とコハクは漆黒の闇に覆われた天空へと舞った。

     * * *

 ツァンダの南部山岳地方でも、同様の動きがあった。
 突如として、デーモンワスプの巨体が闇夜の中に舞い上がり、月光を受けて急速移動を開始したのである。ザカコ達は慌ててジープを発進させ、北上するデーモンワスプの巨影を追跡する格好となった。
「くそっ……全く何の前触れも無しだな! 一体、どこへ向かうつもりだ!?」
 ヘルがハンドルを握り、アクセルを目一杯踏み込んで疾駆するジープは、山路の下り斜面を跳ねるように駆け下りている。
 しかし、ぼやくヘルとは対照的に、ザカコは苦笑を僅かに浮かべて銃型HCのコンソール上に映し出されている情報を他の三人に指し示した。
 接続した携帯端末経由で、バンホーン調査団本隊から送られてきたその情報によると、例の古代文献に記されていた伝説の魔物達がメギドヴァーンの登場に呼応して、何らかの動きを見せるかも知れないという可能性が示唆されていた。
「全くの後追い情報になってしまいますが……デーモンワスプの移動は、本隊ではある程度、予測していたみたいですね」
「分かってんなら、もっと早くいってこいっつぅの!」
 忌々しげに吐き散らすヘルだが、優はザカコ同様、随分と冷静に自身の銃型HCのコンソール画面をじっと凝視している。こちらもザカコと同じく、携帯端末に接続して、無線上からデータを受信していた。
「アイアンワームズ側にも、動きがあったみたいだけど……あっちはドロマエオガーデンに向かってるらしい。でもこっちは、違うな。このまま行けば、フェンザード邸にぶつかる」
「……ってこたぁ、メギドヴァーンって奴と合流する形になるな」
 聖夜が優の言葉を継いで、最終的な推論を口にする。
 しかし彼らにはひとつ、大きな問題があった。ジープで陸上を駆け回る以上、宙空を滑り、ほとんど直線で飛び去るデーモンワスプからは、相当な遅れが生じる、という欠陥がこの段になって浮き彫りとなってきた。
「フェンザード邸で何か事が生じたとしても、俺達は後からのこのことご挨拶、って形になっちまうな」
「どの面下げて……っていわれても、仕方ありませんか。今回ばかりはもう、素直に御免なさいで勘弁して頂くしか無いでしょう」
 とはいってみたものの、ザカコは最初からそのつもりではあった。というのも、相手がメガディエーター級の化け物である以上、たった数名でどうにか出来るなどとは、端から思っていないのである。
 今回はあくまでも調査が主目的であり、戦闘は二の次だという発想が、最初からザカコの頭の中に強く根付いている。
 デーモンワスプに追いつけないのは、いい方は悪いが、ザカコにとっては渡りに船という状況に近いものがあった。
「まぁとにかく、行くだけ行きましょう。四人も男手があれば、何かあった時でも、それなりに仕事が廻ってくると思いますし」
「……呑気な野郎だな」
 ヘルが呆れるのも道理だが、ザカコにはデーモンワスプに追いつこうという発想がそもそも無いのである。どこか他人事のような冷たい物いいになってしまうのも、無理からぬことであった。
「ヴァイシャリーの追跡支隊は、ドロマエオガーデンに向かうみたいだね。アイアンワームズと一戦交えるつもりだろうか」
 優のこの台詞には、ザカコは幾分渋い表情を見せた。
 あれ程の巨躯を誇る化け物相手に、主戦力としてエース、ローザマリア、菊、美羽、そしてコハクという面子だけでどうにかなるものではない――薄情といわれてしまえばそれまでだが、しかし事実そうなのだから、ザカコがあまり良い顔をしないのも、当然といえば当然であった。
「変に無茶しなければ良いのですが……」
 ザカコのその呟きは、しかしジープのエンジン音に掻き消されて、他の面々の耳には届かなかった。