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リアクション
源 鉄心(みなもと・てっしん)は、ちょっとした用事で空京まで出てきていた。
今日はパートナーのティー・ティー(てぃー・てぃー)とイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の二人も、ついでに着いてきた。
鉄心の用事は夕方まで掛かる予定だ。それまで、二人は公園のクリスマス市でショッピングの予定だ。
「じゃあ、行ってきますね。行こう、イコナちゃん」
会場の公園の前で、ティーとイコナは鉄心と分かれる。
それを見送ると、鉄心は自分の用事を済ませるために空京の街へ消えていく。
イコナと共に公園へ入ったティーは、色とりどりの露店に目を奪われていた。
綺麗ですね、ときょろきょろしながら公園を進んでいく。
そういえば、十二月と言えば、イコナと初めて出会ったのが十二月だ。その日、十二月十二日を彼女の誕生日と決めていたのだけれど、今年はすっかりスルーしてしまった。だってあの日はパンが。パンが悪い。
いや、せめてクリスマスには一緒に祝ってあげたい……と思いながら、ティーは露店のクリスマス用品を眺める。
「イコナちゃん、誕生日は本当にごめんね…………って居ないし!?」
そう、ティーが振り向いた先に、イコナは居なかった。
辺りは人混み、おまけにイコナはかなり小柄。とっさに目で追ったところで見つからない。
「い、イコナちゃーん!」
ティーは慌ててイコナを探しに走り始める。
さてその、当のイコナだが。
すっかり拗ねて、へそを曲げていた。
「鉄心にははじめから期待してなかったですけれど、ティーまでスルーするなんて酷いですの!」
今はここに居ないパートナー達に、誕生日をすっぽかされた件についての恨み言。
もうこうなったらぐれてやる、と、イコナはクリスマス市の中をふらふらと歩いて回る。
しかし、ぐれるというのは具体的にどうすれば良いのか分からない。
――そうえすわ、まんびき、というのは悪いことですわ!
一生懸命考えた末にそういう結論に達し、イコナは万引き決行のために、狙いやすそうな露店を探す。
目に付いたのは、ケーキを並べている露店だ。その場でさっと食べてしまえば、証拠は残らない。完璧な計画だ!
イコナは、その小さい身長を生かしてそーっと店先へ近寄る。そして、美味しそうなケーキめがけて手を伸ばすと。
「お嬢ちゃん、つまみ食いはお金を払ってからよー」
店主の女性がひょっこり顔を出してイコナに注意する。
「買うのかな? お父さんか、お母さんは?」
完全に子供扱いして居る店主の言葉に、イコナは一層機嫌を悪くする。けれど、見つかっているのに万引きもといつまみぐいを決行する度胸は、イコナにはなかった。
うわぁぁぁん、と嘆きながら走り去る。
何もかもがうまくいかない。もういやだ、なんでこうなるんだ。イコナはめちゃくちゃに走る。
けれどそのうちに疲れてきて、なんだかむなしくなってくる。
結局最後はとぼとぼと、中央広場の桜の下でうずくまった。
辺りは少しずつ暗くなってきて、しまいには雪まで降り出した。……人工のものなのだが、イコナはそれに気づいていない。
なんだかとても切なくて悲しい。誰かが頭をよしよしってしてくれれば、全部ゆるしちゃうのに。
イコナが涙目で空を見上げた、その時。
「イコナちゃん!」
ティーが、やっとイコナを発見した。
「お、遅いですわ、ティー!」
両手を広げて走り寄ってくるティーに抱きしめられるままそれを受け入れ、イコナはグーでティーの背中をぽかぽか叩く。
「ごめんね、ごめんねイコナちゃん……」
背中をぽんぽん叩いて、よしよしと頭を撫でてくれるティー。
そうしているうちに、イコナのいらいらはどこかへ飛んでいってしまって、なんとなく、温かい気持ちになってくる。
ティーの方も、イコナの小さな体をぎゅっとして居ると、何とも言えない――良い匂いが気になってくる。
以前、実際にもぐもぐした事もあるのだが――この匂いは妙に食欲をそそられる。
イコナを探して公園を駆け回っていた所為で、おなかも空いているのだ。
ぐう、とティーのおなかが鳴った。
一瞬、気まずい沈黙が落ちる。
「え、えっと……食べてもいいのよ……じゃなくて、家に帰ったら、ご飯作りますの!」
ようやく元気を取り戻したらしいティーが、イコナの腕の中でにっこりと笑う。
ちょうどそこへ、用事が済んだ鉄心が戻ってきた。
三人はそのまま家路につく。
イコナの、誕生日パーティーの話をしながら。
■■■
「ねえ、何か面白いことない?」
誰か遊んでくれないかなぁー、と、嘉神 春(かこう・はる)は公園で声を掛けまくっていた。
本人はナンパのつもりはないのだけれど、声を掛けられた相手から見れば立派なナンパ。そんなわけで、春はなかなか相手にしてもらえず、公園内をさまよっていた。
「ねえねえ、何か……」
「春」
と。春の背後から、にょきっとパートナーの神宮司 浚(じんぐうじ・ざら)が現れた。
「すみません、私のパートナーがご迷惑を。……失礼します」
春が声を掛けていた相手に丁寧に一礼すると、まだ何か言いたげなパートナーを引きずってその場を立ち去る。
「浚、浚ったら!」
それから暫く行ったところでようやく、春の抗議に応じて足を止める。
「一人で出かけたのに……なんでここに居るのさ」
浚は春の問いかけには応えないで、はぐらかすように笑う。
そして、ずいっと春の顔に顔を近づけると、人差し指をたてて春の鼻をちょん、とつつく。
「春は可愛いんだから、気をつけないと悪い人にさらわれちゃうよ……?」
「そんなこと無いって」
むぎゅ、と鼻を押さえながら春は不機嫌そうに浚を見上げる。けれど浚はそんなこと気にも留めない。
「クリスマス用にケーキとか作りたいんじゃない? 一緒に材料、買いに行こう?」
なんだかんだと言いくるめて、春をクリスマス市へと連れ出した。
ケーキの材料、部屋を飾るためのオーナメント、それから、腹ごしらえに軽いお菓子。
市をたっぷり満喫しているうちに、はじめは不満そうだった春もご機嫌になってきた。
そろそろ帰ろうか、というところで、浚が春を引っ張っていったのは降雪広場。
人工の雪が舞い散る景色はとても美しい。けれど、ちょっと肌寒い気もする。
春はちょっと、浚の方へ近づいてみる。
寒いから。そう、寒いからだ。
何となく人肌が恋しい気がして、春の方から浚に抱きつく。
滅多に無い行為に、浚は一瞬驚いた様に目を見開く。それから、幸せそうにデレ、と眦を下げた。
「やっと俺の物になってくれる気になったんだね」
低い声で、春の耳元に囁く。
春は少し恥ずかしそうに口を尖らせ、「寒いだけだよ」と誤魔化す。
「温めてよ、浚」
「それはもう、喜んで」
よいしょ、と浚は改めて春に向き直ると、正面からぎゅうと抱きしめる。
長身の浚が春を抱きしめようとすると、ちょうど胸の辺りに春の頭が来る格好になる。
だから浚は少しかがんで、春が苦しくないようにしてやる。
「ホントに俺の物にしちゃおっか……?」
密着しているうちに、浚はクスクス笑って、春の髪の毛を一房、口で食んでみる。
引っ張られる感覚がくすぐったくて、春はふるふると首を振った。
すると、浚の唇が頬に触れてくる。
不思議と嫌な感じはしなくて、むしろ、もっと欲しくなる気さえする。
春は強請るように顔を上げる。何も言わなくても、浚はそこへ違わずキスを落とした。
「……我慢できなくなりそう」
「ここでは、困るよ」
「当たり前だろ」
人目があることは浚だって承知している。
だから、改めて頬にキスを落とすだけにして、春の体を解放する。
ひゅ、と冷たい風が通り抜けていって、途端に人肌が恋しくなる。けれど浚は、抱きしめてはくれない。
「帰って、ゆっくり……ね?」
クスクスと笑っている浚が何をするつもりなのか――分からない訳では無かったけれど、春はこくりと小さく頷いた。
浚はそれは嬉しそうに目を細めて、春の手を取る。
「好きだよ、春」
春は何も答えなかったけれど、ただ繋いだ手に、力を込めた。