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リアクション
十二月二十五日というのは、クリスマスであると同時に、天海 北斗(あまみ・ほくと)の誕生日でもあった。
と、言う訳で、前日の二十四日、北斗は恋人であるレオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)とふたり、デートにやってきた。
待ち合わせは公園の入り口。
それから、二人でクリスマス市を見て回る。
「レオン見て、あそこの肉、とっても美味しそうだぜ?」
片手でレオンの洋服を掴んで、開いた方の手で露店の店先に並ぶお菓子を指差す北斗。
「でも北斗、食べられないだろ」
「レオンが食べて、感想教えてくれよ。だいたい、そんなこと言ってたらオレと居る間中、レオン何も食べらんないぞ」
飲食機能の無い機晶姫である北斗のことを気遣うレオンに、しかし北斗は明るく笑って返す。
するとレオンは、そういうことならと北斗が指差した露店へ掛けていくと、骨付きのタンドリーチキンを手に戻ってくる。
クリスマスといえば、本場は七面鳥なのだろうが。この公園で開催されている市は、だいぶ日本式の影響が強い。
若者らしく、そのまま市を見て回りながらかぶりつく。
「うん、旨い」
「そっか、それは良かった」
レオンは実に美味しそうに喉を鳴らしてチキンを飲み込む。それを見ている北斗も、とても幸せそうだ。
途中、北斗からレオンへ、クリスマスプレゼントとしてマフラーを買って贈った。
「なんか、お前の誕生日なのに、悪いな」
「オレがレオンにあげたいんだから、いいんだよ。それに……ちゃんと用意してくれてんだろ?」
へへ、と笑う北斗に、レオンは勿論、と頷いた。
時計の針は、そろそろ日付が変わることを告げている。
「折角だから、中央広場行ってみようぜ」
レオンの提案で、二人は中央広場へと足を向けた。
もう日付も変わりそうな時刻ということで、人気はだいぶまばらになっているけれど、それでも、クリスマスを迎える瞬間を共にすごそうというカップルは少なくないようで、数組のカップルが中央広場に集まっていた。
その一組として、二人も加わる。
イルミネーションに彩られた桜の木が、二人のシルエットを映し出す。
「今日は、来てくれてありがとな」
「大切な恋人の誕生日だろ、当たり前だ」
もう少しで、日付が変わる。
レオンはそっと、北斗の肩を抱き寄せた。
ぽーん、と控えめな時報がどこかから響いて、時計の針が重なった。
「誕生日おめでとう、北斗」
「ありがとう……レオン」
ひとつ年を重ねた喜びを、大好きな相手に、誰より先に祝ってもらえる。
それが、こんなに幸せなことだなんて。北斗は思わず、ぎゅっとレオンを抱きしめた。
するとレオンは優しく、頭を撫でてくれる。
「ちょっといいか、北斗。このままじゃ、プレゼントが渡せねえ」
が、冗談っぽく言うレオンの声に、北斗はハッとして手を離した。
改めて向かい合うと、レオンはポケットをごそごそと探って、小さな紙袋を取り出した。
「ほら。プレゼント」
その中から出てきたのは、男性物のペンダント。
羽をモチーフにしたシルバーのトップに、丈夫で無骨なデザインのチェーンが付けられている。
機構がむき出しになっている北斗がそのまま付けても、違和感はないだろう。
レオンはそっと手を伸ばすと、北斗の首にチェーンを掛けた。
「……ありがとう……似合うかな」
「ああ、似合う」
「大事にするぜ!」
北斗は嬉しそうに笑うと、ペンダントトップをぎゅっと握りしめた。
「それから……」
おまけ、と小さな声がした。
かと思うと、北斗の顎にレオンの指が掛かる。
くいっと上を向けられて、そして。
唇に、暖かいものが一瞬だけ触れた。
え、と思うまもなくそれは離れていってしまって、北斗の視界には頬を赤く染めているレオンの顔だけが映る。
そっと自分の唇――正確には口を模した機構の周辺に過ぎないけれど――に触れて、北斗はぽかんとレオンを見つめる。
そして、ようやく何をされたのかに気がついて――人間だったらきっと、顔を真っ赤にしたのだろう。あいにくそういう機構は備わって居なかったけれど。
「レオン……大好き!」
そう言って、北斗はレオンの胸に飛び込んだ。
■■■
「翔くん、来てくれるかな……」
公園の入り口でそわそわしながら思い人を待っているのは、桐生 理知(きりゅう・りち)だ。
その手には、今日の日の為に用意したプレゼントが入った紙袋。
待ち合わせの時間まであと少し。緊張のあまり、かなり早く着いてしまった。
約束はしているけれど、やはり直接顔を見るまでは落ち着かない。理知はそわそわと周辺を見渡す。
と、人混みの中に、その姿を見つけた。同じ学校の、辻永 翔(つじなが・しょう)だ。
今日はお互いに私服姿。なんだか新鮮だ。
「お待たせ」
「ううん、全然、待ってないよ!」
「なら良いけど」
本当はだいぶ待っていたけれど、待ち合わせの時間にはぴったりなので、そのことは言わない。
その代わり、早く行こうっ、と翔を促す。
公園はクリスマスムード一色で、どこもかしこもきらきらしている。
見ているだけで心が躍るようだ。
「美味しそうだね、目移りしちゃう。翔くんは何が好き?」
「別に……美味そうなら何でも」
「あ、じゃああの雪だるま型の綿飴、食べてみよう!」
返事こそ素っ気ないものの、翔の目はせわしなく露店の間を行ったり来たりしていて、声も心なしか浮ついている。
クリスマスの魔法は、万人を浮かれさせるようだ。
二人は雪だるまの形に飾り付けられた綿飴を片手に、市を見て回る。
綿飴で口の中が甘くなった後は暖かいジンジャー・ティーで一休み。
ショウガの香りが手伝って、体がぽかぽかと暖かくなってくる。
「理知、顔が赤いぞ」
「え? ……き、きっと、ショウガの所為だよ!」
本当は翔とこんなに一緒に居られることが嬉しくて赤いのだけれど、それは秘密だ。
「そ、それより、あれ可愛いな! よかったら、お、お揃いで買わない?」
ごまかすように、理知は露店に並ぶ雑貨を指差す。
そこには、星をモチーフにしたアクセサリーが並んでいる。
「ストラップとかなら、翔くんも使えるんじゃない?」
「……ああ、良いぜ」
並んでいたとりどりのアクセサリーの中から、星の形のビーズをつなぎ合わせたストラップを選んだ。
色違いのお揃いだ。
「……大事にするね」
えへへ、と理知は嬉しそうに笑ってストラップを早速携帯に取り付ける。
翔もまた、大事そうにポケットへとしまい込んだ。
「あ……もうこんな時間か……帰らないとね」
ふと我に返ると、時計は結構良い時間を指している。
楽しい時間は、あっという間だ。
「あの……これ。クリスマスプレゼント……」
理知は、手にしていた紙袋を翔に差し出す。
「ほ、本当は、セーターが作りたかったんだけど……難しくて、ほどいて作り直してって、繰り返してたら間に合わなくって……マフラーになっちゃったんだけど、良かったら使って」
「……手編み?」
驚いたように紙袋の中身を覗き込む翔に、理知は少し恥ずかしそうに頷いて見せる。
「あ、あの、来年こそは、セーター、作るね。だから――」
理知は顔を真っ赤にして、翔の顔を正面から見る。
大きく息を吸って、覚悟を決めて。
「来年のクリスマスも、一緒に過ごしてくれる?」
……口から出てきたのは、本当に言いたいことの十分の一にもならないけれど、今の理知の精一杯だ。
翔が答えようと口を開くまで、実際はほんの一瞬だったのだろう。
けれど、理知には途方も泣く長い時間に感じられた。
「ああ……考えておくよ」
「……ありがとう!」
告白することはできなかったけれど、少しだけ、翔との距離が縮まった気がした。
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